45.思い悩むだけ無駄だ。
6月13日 20時 キリが悪かったので加筆しました。
アンガスが茶会が開かれている庭園につくと、いちゃついてるカップルが二組いた。
ごほんと咳払いすると、ソフィアとギルバートが気まずげな顔をして離れる、がベネディクトは構わずアリスの腰を抱いていた。いつものメンバーならあけすけな嫌味も言えるが、アリスがいるのでぐっと我慢する。
アリスは、ベネディクトの手を腰に回したまま困った顔をして無理な姿勢で淑女の礼をとる。
「アリス嬢。ベネディクトの手をつねり上げても構わないぞ」
「い、いえ・・ごきげんよう、アンガス様」
アリスもまんざらでもないようだ。
「アンガス様、マグリット様は」
「気分が悪いというので、少し外の空気を吸ってから馬車に乗るように手配してきた」
「ついてなくて大丈夫ですの?」
アリスが心配そうに眉を下げる。
「ああ、付き添いはいらないと断られた。代わりに騎士に案内をしてもらっている」
それだけでソフィアやギルバートは察したようだ。
席についてアンガスは微笑みを浮かべて話を聞く。
茶会の話題はサットラン子爵令嬢だ。
宰相の息子であるウィリアム・スチュアート侯爵令息に引けを取らない頭脳をもち、クレメント・ベルヒュート公爵令息やスチュアート家嫡子であるアナステシアも一目置くという。
「一度会って見たいですわね」
「それなら、いっそこと学年別の成績優秀者をねぎらうためにという大義名分で茶会を開くのはどうだろう」
ギルバートの声にソフィアは頷くと、アリスが情けなさそうに眉を下げた。
「それでは私は招かれることはありませんわね・・」
いつものようにどうもよい話題は耳をすり抜けて行っているのはソフィアにもギルバートにも筒抜けだろう。
サットラン子爵令嬢を招いた茶会には参加しよう。顔を合わせればきっとはっきりする。彼女が花花か。
もし、サットラン子爵令嬢が花花だったら自分は自制ができるのだろうか。この生となってからの自制心は強いほうだと認識している。しかし前の生からという長い時間乞い求めてきた女性を前にして自分はどうなってしまうのかわからない。
そして、自分がアンガスと知った花花の行動もわからない。もし、子爵令嬢が誰かの思惑を背負って近づいてきたら。
それが、ギルバートや自分の命を狙うたぐいのものだったのなら。
アンガスはすぐに結論を導き出す。
思い悩むのは無駄な時間だった。
花花が自分の命を狙っているのであれば、この命を差し出そう。
ただし、ギルバートを狙うのは許されない。
この国にはつよい「王」が必要だ。ギルバートはこの国のかじ取りをするのに最適な人物で、この国に必要な「材」だ。ギルバートの命を狙うのならば、ベネディクトの剣の露となるしかない。
花花がその選択をし、斃されるのであれば・・。アンガスは口元に微笑みを乗せた。
話は簡単だった。自分も後を追えばいい。
「アンガス様、考え事は終わりまして?」
ソフィアの嫌味が聞こえてアンガスは考え事から浮上した。すでにアリスとベネディクトの姿はない。茶会は終わりを告げたようだ。
「本当に、話を聞いていなくても終わりの挨拶だけは完璧なんですから」
ギルバートは、気の抜けた顔でカップを傾けている。この香りはコーヒーか。
「俺にもコーヒーくれ。濃いやつ」
「それなら、中に入りましょう。もう肌寒くなってきましたわ」
ソフィアがそういうとギルバートはさりげなく自分の上着をソフィアの肩にかけた。ソフィアのが耳を赤くして礼をいう。
通されたのはギルバートの執務室だった。
部屋は人払いがされ、ギルバート、ソフィアの三人だけ。
アンガスは苦く濃く熱いコーヒーを啜る。
「やけに嬉しそうだっただが、何を考えていた?」
ギルバートの問いにアンガスはとぼけたふりをして、探りを入れた。
「ハワードの動向は?」
ギルバートが不服そうに、しかしアンガスの問いに答える。
「・・・特に目立ったものはない・・ハワードは白だと思う」
「根拠は?」
「ハワードがフィアサテジアラムを国内に入れる愚を犯すとは思えない」
なんだ、大体気が付いているのか、とアンガスはつまらなく思う。
ギルバートもぶっつけ本番の圧迫面談を受けてうろたえたらいいのに。
「ハワードに関しては白、というのに俺も同意する。ただし、フィルアッシュの優秀さを王の資質とみる向きがあるのも事実。フィルアッシュのあずかり知らぬところで動いている可能性もある。
・・ウォルポートとサットランの動向は今まで通り、把握する必要がある。ダルゴア、ハリマスには駒を置いてきた。適切な情報は随時こちらに集まるようになっている。
・・少々キナ臭い動きもある。油断するなよ」
「ああ」
ギルバートが短く返すと、アンガスは立ち上がった。
「じゃあ、俺も帰る。連絡はいつものように。サクロスの屋敷にはしばらく帰らないから」
「・・マグリットさんは、彼に決まりましたの?」
「ああ。あれが了承すれば、どうにかする予定だ」
「そう、ですか」
アンガスはひらひらと手を振って部屋を出た。
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一方、ジェイコブに馬車止めまで送ってもらったマグリットは礼をとる。
「ありがとうございました。おかげで落ち着きましたわ」
「お役に立てたなら光栄でございます」
ジェイコブの笑顔が眩しくて、マグリットは口元が緩みそうになるのを必死で引き締める。
「この間のお礼は必ずいたしますので」
「いいえ、閣下から十分いただいております」
「・・私からもしたいのです。あなたがいなかったらきっと、命はありませんでしたから」
ジェイコブは微笑むだけ。
周囲のささやきは憚ることなく、むしろ先ほどよりも多くなっていた。
マグリットは礼をとって馬車に乗り込んだ。ジェイコブが見送りの礼をし、馬車が走り出す。
願うなら、不躾なささやきがジェイコブに聞こえていませんように。
マグリットはそう願っていた。
見て、ニッサル様よ。スチュアート様から殿下を奪った悪女。
悪女という割には・・スチュアート様の方がお綺麗ではなくて?
私、学園でご一緒していたんですが、彼女、入学式に殿下の前で転んだそうですわ。殿方の気を引くのがお上手なんだわ、きっと。
あら、でも私、サクロス領を治めるようになった殿下が領の邸に帰ってないと聞きましたわ。ニッサル様もご一緒に領に入られたはずなのに、と不思議に思ったんですもの。確かですわ。
そういえば、王都のお屋敷でも殿下を見かけないとか。
白い結婚だという噂もございますわよ。
な、こんなところではしたないですわ。
きっと、殿下も冷静になって気がついてしまったのでしょうね。
くすくすくす。
そういえば、ニッサル様はマナーや所作だけではなく読み書きもおぼつかないとか。
そうそう学園でも、本が読めずに困っていらしたわ。
男爵といえど、三女ですものね。元の婚約者は商人なのでしょう?その商人にお金を出してもらって学園へ入学したと聞いていますわ。
まあ、学園の入学費用も賄えませんでしたの?それは、必死になりますわね。殿下もお気の毒に。
くすくすくすくす