42.疑心暗鬼
その日、マグリットは王宮へ来ていた。
王宮へやってきたのはソフィアから茶会の招待を受けたからだ。エミリアにも同行を頼みたかったが、エミリアは「恐れ多い」といって辞退した。一人で行くのは少し怖かったが、いつまでもエミリアに甘えるわけにも行くまい。
エミリアはこのごろあまりマグリットと行動を共にすることが少なくなった。あの事件からだから、身の危険を感じているのだろう。近々、暇を申し出てくるかもしれない。
しかし、マグリットはそれでよかった。アンガスのために頑張ろうという気持ちは萎えてしまってた。
アンガスのそばにしか居場所はない、それは分かっているがもう気持ちが付いていけなかった。アンガスがそばにいてくれないのも大きく関係しているのだと思う。
王宮はあの夜会の時以来だ。日が高いうちに王宮に来るのは初めてで、マグリットはふわふわとした気持ちのまま、物珍し気に周りを伺う。
騎士に庭園へ案内されると、花々が咲き乱れる庭園の東屋に茶会の用意がされていた。
今日は、友人だけの茶会ですので気を楽にしてくださいね。
手紙に認められた友人へ向けるような一文で出席を決めた。ソフィアと友人というのは烏滸がましいが、友人の一人に数えられていると思うと面映ゆかった。
「マグリット様、お久しぶりですわね」
東屋にはソフィアが立ち上がってマグリットを出迎える。エミリアから学んだ礼をとるとソフィアは柔らかく微笑む。
「マグリット様、とても努力をなさっているんですね。この短期間で素晴らしいわ」
「ありがとうございます」
嬉しくてはにかんでしまう。
「本当、学園のころとは別人のようですわね」
その声に体を固くした。
視線を移すと、そこにはアリス・グロブナーがいた。学園にいたころ、マグリットがアンガスの隣にいることを良しとせず、たくさんの諫言を受けた。その言葉は、アンガスの隣に立つことで際立つ劣等感を猛烈に刺激し、刃となってマグリットを傷つけた。その痛みがぶり返す。
マグリットはぐっと奥歯をかみしめて、目上の者への礼をする。
「お久しぶりね、ニッサル様。いえ、サクロス侯爵夫人ですわね」
「お久しぶりでございます、グロブナー様。ニッサルで間違はありません」
まだマグリットとアンガスは婚姻の誓いを交わしていない。一緒の屋敷に暮らしているが、結ばれた事実もない。マグリットの身分は書類上でも事実でもニッサル男爵家の三女のままだった。
アリスは首をかしげる。
「でも」
「アリス様、マグリット様。さあ、お座りになって?お茶を楽しみましょう?」
ソフィアが促す。マグリットはソフィアを見た。なぜ、ここにアリスがいるのかわからなかった。ソフィアもマグリットとアンガスのそばでアリスの諫言を聞いていたはずだ。マグリットがアリスを怖がっていたことを知っていたはず。それなのになぜ、ここにアリスがいるのだ。友人だけの気の置けない茶会といったから来たのに。アリスが来ると知っていたら断っていたのに。
もしかして、とマグリットは思いつく。
ソフィアはずっと怒りを感じていたのではないか。
アンガスを奪ったマグリットを。
婚約破棄という醜聞を被らせた自分の存在を。
だから今になってマグリットを貶めるためにこの場を用意した?
アリスだけと見せかけて、このあと高位貴族のご婦人やご令嬢がやってくるのではないか。
無作法で貴族としての所作ができない、教養も常識もないマグリットを笑いものにするために。
気持ちがすうと冷えていく。
劣等感が蘇る。
やっぱり全部間違いだったんだ。
「マグリット様?どうかなさって?顔色が」
「いいえ、ソフィア様」
マグリットは顔を上げられなかった。噛み締めた頬の内側に血がにじんで錆び臭い味が口の中に広がる。
「ソフィア様」
マグリットは、うつむいたまま声を絞り出す。
「申し訳ありません、やはり少し体調が優れず・・申し訳ありませんがお暇させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、ええ、もちろんですわ。今、付き添いを」
「いいえ、大丈夫です。無作法をお許しください」
マグリットはふらりと立ち上がる。感じた悪意に本当に倒れてしまいそうだった。
必死に礼をとり、美しく見えるであろうぎりぎりの速さでその場を後にする。
帰りたかった。
元の何も知らずに幸せを感じていたころに、帰りたかった。




