40.圧迫面接
ロイッシュトリア・ハワード、フィルアッシュ、そして父親との会食は、フィルアッシュの言う通り説教ではなかった。
父親は、王ではなく父親の顔をしてアンガスの体の心配をしていた。毒を盛られたという話が父親へも伝わっていたことを知る。
「しかし、アンガス。少しやせたのではないか?王都のサクロス邸にも領の屋敷にも帰っていないと聞くがどこに」
「ご心配なく。領では市場調査のために身分を隠して宿に泊まっています。高級宿から安宿まで満遍なく宿泊してみると、領主の立場からは見えにくいものも見えてくるので面白いですよ。・・王太子という身分の時にはできなかった体験で少々羽目をはずしてしまったという感はありますが」
と大嘘をつく。王太子の時もなんだかんだ理由をつけて忍んでは視察に向かった土地土地で安宿に泊まったり、野宿したりしてみた。付き合ってくれたベネディクトには感謝しかない。
「王都でも学園で交流のあった下位貴族の屋敷を訪ねたり、市井に紛れて宿屋に。知ることのできなかった世界が知れます」
下位貴族の家では情報をもらっていた。王城に勤めているものの話は大きくても小さくても今後の糧になることが多い。ギルバートのためにも情報は必要だ。下の者からしか見えない世界というのは案外、的を得ていることが多い。
「それよりも大叔父上のサクロスでの施策は素晴らしいものが多いですね。王領になって停滞はしていますが、管理人が王の代理人になった途端に増税を課せられたのに、停滞だけで済んでいるのは地の力が強いからですね」
「・・税は1.5倍でしたかな」
ロイトリッシュの重い声が落ちる。
アンガスはにこりと微笑みの顔を作った。ロイトリッシュの渋みの滲む声には、領民を慮る気持ちが沈んでいた。
「初めは。そのあと2倍にまで膨れ上がっていました。今はとりあえず1.5倍まで戻しましたが、治水工事と街道の整備を終わらせたら元に戻そうと考えていました」
フィルアッシュが眉を上げる。
「治水工事が進んでいなかったのですか?指示しておいたのですが」
「必要のない工事はしないと言い張っていましたが、過去の記録を見ると30年周期で河が氾濫しています。そろそろその周期が巡ってくる。今、止まっていた治水工事を急ピッチで進めています」
アンガスの回答に、ロイトリッシュとフィルアッシュが同じ顔で安堵した。
アンガスは、サクロス領を管理していた代理人を思い出す。どうしようもない代理人だった。自分の懐だけを潤して、領地のことなど見向きもしない、あんな人材しかいないのならこの国はもうだめだ。
「サクロス閣下はどのような施策を考えておられるのかな」
そのあとは、領地の運営についてや新しい施策の話をいくつかした。父である王も国政でも使えると大叔父の話に耳を傾ける。
何のための会合だ。
アンガスは談笑しながら考える。なんだか面接を受けている気分になり背中に嫌な汗が流れる。
会食は小一時間で終了した。
マグリットのことには一言も触れられなかった。
有意義な時間へのお礼をして退席しようとしたその時、父がアンガスを呼び止める。
「たまにはリンデールのところへ顔を出してやれ。・・マグリット嬢と一緒でも構わない。やはり少し沈んでいるから」
「わかりました。では、そのうちに伺いましょう」
アンガスが席を立つと、父とロイトリッシュが目配せしあったのが目の端に移った。
王城をでてアンガスは深く深くため息をついた。疲労感が半端ない。
ロイッシュトリア・ハワードが王城へ出てきた理由についてはもうわかっていた。
フィルアッシュと父の親しげな様子に、アンガスは結論にたどり着く。
自分たちはしなくても良い警戒をずっとハワードに対して行っていたことに呆れと自嘲がついてくる。
きっと、もっと俯瞰する目を持っていれば気がつけたはずなのに、目先の欲に惑わされてみていなかった。
ギルバートはハワードと王家の関係に気が付いているだろうか。
アンガスが圧迫面接を受けた理由は、フィルアッシュとの相性を見るためだ。
そして多分、ロイトリッシュのお眼鏡にかなってしまったのだろう。
「面倒なことになりそうですね。このことはギルバート殿下には?」
サナンがアンガスの深いため息に応える。
「いや。多分、あいつもそのうち同じような目にあうだろう。なら、前情報がない状態で受けさせた方が面白いからあいつには報告しなくてもいい。俺だけわけわからん面接に引っ張り出されるのは不平等だからな」
かしこまりました、というサナンの声には、笑いと若干の呆れが混ざっている。
「あいつも少し慌てるがいい」
アンガスの不貞腐れたようなつぶやきにサナンが肩を震わせた。