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33.サットラン

家庭教師のエミリアに来客があったのはその日の午後だった。

マグリットはサクロス邸の庭園の温室でお茶をしている彼女たちを見下ろしている。

外は雨が降っている。しとしとと体を濡らす雨が。

その雨が、自分の心境を表している気がしてマグリットは暗く目を伏せた。


エミリアを訪れてきたのは目も覚めるような美貌を持つ少女だった。


アイリーン・サットランと名乗ったその少女は、サットランの娘だという。妹かと尋ねると、エミリアは貴族の笑みを浮かべて返事を濁した。

アイリーンはエミリアに劣らないほどに美しい所作を身に着けていた。礼も佇まいも歩く姿もすべてが美しい。


マグリットはその姿にソフィアを思い出す。

アンガスの隣にふさわしいその姿を。

胸に湧き上がるのは敗北感と劣等感と嫉妬。醜い感情が混ざりあってマグリットの中を汚していく。


挨拶をしてマグリットは逃げ出した。


逃げ出したのに、きらきらと輝くような美貌を持つアイリーンから目を離せない。庭園を見下ろすサロンの窓から彼女を目で追っている。


ふ、とアイリーンが二階を見上げた。マグリットと目が合う。マグリットが身体をこわばらせた瞬間、彼女はふう、と微笑んだ。


はにかむような。花が綻ぶような。心地よい風が吹くような。

どんな形容も薄っぺらく感じるほど、心を鷲掴みする微笑み。


マグリットは身をひるがえして、自室に逃げ込もうとしたその時。

「リリ?」

聞こえるはずのない声がしてマグリットは立ち止まる。

「閣下」

マグリットは礼を取り、失礼しましたと謝罪した。

「お帰りになっているとは存じませんでした」

「ああ、誰か来ているようだったから、見つからないように使用人玄関から入ってきたんだ」

「え?」

アンガスはいたずらっぽく笑う。

「もし来ているのがラジヴィルのご令嬢だったら面倒だろ?こっそり忍んで入ってきた」

あっけに取られて、思わず見てしまったサナンの無表情に「不本意だ」とでかでかと書いてあって、マグリットはくすりと笑ってしまった。

アンガスはマグリットの出てきたサロンへと視線を映した。

「誰が来ているの?」

マグリットは言い淀む。

言い出せないのは、アイリーンにソフィアが被って見えるから。アイリーンを一目見てしまえばアンガスは彼女に惹かれてしまうかもしれない。そう思うと怖かった。

「エミリア先生の・・サットラン家のご令嬢です」

「サットランの娘?」

「ええ。先生に会いに来たと」

「・・・・そう。じゃあ、私は邪魔をしないほうがよさそうだね」

そう言ってアンガスは自室へと向かった。アイリーンにアンガスを会わせないことができてマグリットは安堵の息を吐く。


それと同時に、湧き出た敗北感に苛まれたのだけれど。


◆◇◆◇◇◆


サットランに娘。自室でアンガスは考え込む。聞いたことがない。

サナンに目配せするもサナンも首を振った。

「すぐ手配します」

サナンはそういうと部屋を出ていく。


サットラン子爵家、ニッサル男爵家、ウォルポート男爵家。すべてフィルアッシュと学友で親しかった家だ。


サットランは長男が事故死。フィルアッシュと学友だった弟が王城を辞し領に帰った。冬前には爵位を継ぐらしい。エミリア・サットランは長男の嫁だった。二人の間には子どもはいなかったと調べはついている。


サットランの家には娘はいない。


いま、自分がサットランと接触するのはマズい気がする。サナンが部屋に戻ってきてアンガスは立ち上がる。

「街へ出る」

「・・かしこまりました」

アンガスは5分という短い滞在時間で屋敷から出て行った。

◆◇◆◇◇◆


調べはすぐに付いた。

アンガスは報告書を捲る。


アイリーン・サットラン。事故死した長男がメイドに手を付け産ませた子どもだ。メイドは地方の小さな領を賜る男爵家の三女。学園へ通うことができずに、平民としてサットランに出仕していた。


エミリアと結婚する前のできごとだった。メイドを家におくことはせずに平民区に家を借り生活を援助していた。


事態が動いたのは先年。母親が流行風邪で死亡。ほかに身寄りがないアイリーンは大家に連れられて孤児院を訪れた。そこでサットラン子爵家とのつながりが分かり、サットラン家に引き取られた。その後すぐに長男が事故死。

彼女の身柄は宙ぶらりんとなったが、エミリアの助言により学園へ入学、入寮した。

この間は、学園への入学をサットラン子爵に提言してくれたエミリアに礼を告げに訪れていた。


不自然な所は何もない。すべて裏が取れる。


アイリーンは日陰者の身でありながら優秀だった。所作は美しく、マナーも貴族の常識にも通じている。入学時の試験では、|ウィリアム・スチュアート《ソフィアの弟》とともに満点合格を果たしたという。


父親であるサットランは娘の教育に糸目をつけなかったようだ。

しっくりこないな、とアンガスは一人ごちる。整いすぎて逆に不自然だ。

疑問も残る。

サットラン。もう少し探る必要がありそうだ。


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