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3・ベネディクトと夜会の後の顛末

ベネディクトはアンガスにマグリットを託された。


夜会の後、王の執務室にて行われた「婚約を白紙にするための話し合い」でアンガスは、ステート卿とソフィアに改めて謝罪し、マグリットの結婚を王に懇願した。


「王籍を廃されてもかまわない」

とまで言い切ったアンガスに、王妃は気を失い、陛下ですら言葉を失った。


王の実子は先年処刑されたアルバート王子とアンガス王子のみ。


それ以降は子宝に恵まれず、しかし、これ以上の側妃は不要と公言してた。その側妃であるウーハイエンも遠ざけ、王は王妃にのみ愛を注いでいたがその愛が芽吹いたのはアンガス一人のみ。


アルバート王子を処刑する際も、直系の王子が一人になることを危惧し反対意見が噴出したが、ウーハイエンの母国であるフィアサテジアラムの干渉を排し、ウーハイエンを支持する者たちを一掃するために王は処刑を断行した。


その結果、王の直系の王位継承者は、アンガス・アサス・エイク王子を残すだけになっていて、アンガスの王位継承は間違いないものだった。


しかし、アンガスは愚かにも恋をとる。


ソフィアとの婚姻がなくとも王位は継承できる。しかし、その道の前途は暗いものとなるだろう。ソフィアの手を放すということがどういうことか分からぬ王子ではない。


でも、それでも。

王子はマグリットの手を取った。


その償いのために王位の継承を放棄するといって。

この国の未来を明るいものにするために。


愚かだな、とベネディクトは感じる。


王は酷く立腹していた。


自身の腹心で最も信頼していたステート卿の娘を裏切り、国を引き継ぐ立場ありながら、女にうつつを抜かす。


殺気にも似た気配を出す王の隣では、王弟のベルフォート公爵が顔を青くしていた。過去、おのれが引き起こした醜聞を重ねているのだろう。

きっと、一時の気の迷いだ。アンガス一人でじっくりと考える時間を、などと甥を庇っていたが、王はその言葉を一蹴した。


「すでにアンガスは行動を起こした。このことはなかったことにはできない。


アンガスは王太子を廃し、王位継承権の1位は弟のオーガスティン・アサス・ベルヒュート、第2位はその嫡男、ギルバート・アサス・ベルヒュートとする。


アンガスについては王籍からの離脱は決定事項だが、その他の沙汰は後ほど下す。


マグリット嬢との面会はしばらく固く禁じることを命ずる」


ベネディクトの背に冷や汗が流れるほどの覇気だった。これが、王だ、との実感が背中をはしり、脊髄でその威にひれ伏したくなる。


王はソフィアに目を向けると頭を垂れた。ソフィアのほうが慌ててその行動を止る。


「ソフィア嬢。私はそなたが娘になる日をとても楽しみしていた。王妃ももちろん同じ気持であった。


しかし、この度、愚息の行動は決して、決して許されることではない。婚約は白紙へと戻し、後日、正式な謝罪をする」


ステート卿。とソフィアの父へも目を向けた。


「長きに渡り、ご息女を妃教育と称し、王都へしばりつけたこと、そして息子のこの所業、深く謝罪する・・フランシス」


と王は友人の顔でステート卿へと呼び掛けた。

「すまん」

ステート卿は何も言わずにかすかに頷く止めた。


「発言をお許しください」

アンガスが王とステート卿、そしてソフィアへ向けて深く、深く頭を下げた。


「ソフィア嬢にはいくら謝罪しても足りません。ソフィア嬢とのこの8年間は決して無下にしてよいものではなかった。


しかし、だからこそ私はこの先ソフィア嬢を偽ることはできない。私は、唯一の女性に会ってしまったから。私はもう自分を偽れません」


申し訳ない、とアンガスは声を絞りだした。王子であるアンガスが自分の非を認め深く陳謝する様子をステート卿は眉一つ動かさずに見ていた。


「発言をお許しください」


ソフィア嬢が声を上げた。

「アンガス様、ありがとうございます。アンガス様は私に誠意を示してくれました」


ソフィア嬢が花がほころぶように笑った。場に似つかわしくない、視線を奪われるような華々しい笑み。


「私は、アンガス様が唯一を得られたことを祝福いたします。私とは縁がなかったのですわ。


だって、私、アンガス様が私の隣でマグリット様へ恋に落ちたのを見ても何も思わなかったんです。


この先、夫婦となってもきっと、アンガス様は私の心を1ミリも動かすことがないと思います。夫婦にとってそれはとても不幸なことではなくって?」


問いかけは王と彼女の父に向けられたものだった。


「ですから、謝罪は今受けたもので十分ですわ。そのほかの体面を重んじるようなものはお父様がたでお決めになってくださいませ。アンガス様への処罰も求めません。どうぞマグリット様と末永くお幸せに」


「それでいいのか?」

ステート卿がソフィアへ問う。

もちろんですわ、とソフィアは満面の笑みを浮かべた。


「ただ、許していただけるならマグリット様を私の邸で引き取りたいのです。


あんなに派手にアンガス様に求められたマグリット様をほかの皆さまがほっておくわけがありません。


変な手合に利用されるのが目に見えています。男爵家ではマグリット様を匿いきれませんし、学園にこのまま通うのも危険です。私の所なら、その心配はありませんし、それに」


ソフィアは王へ嫣然と微笑む。


「アンガス様は優秀な方ですわ。処罰して暗き道に堕とされるのは得策ではありません。マグリット様も愛らしく努力家ですわ」


「そうか」

王が悪い顔で笑った。


「ソフィア嬢はマグリット嬢を引き取ってくれるか」

「ええ、お父様が了承してくださるなら」

「そ、ソフィア」

アンガスが少し慌てた声を出す。

「俺は処罰されても構わない。王籍を廃して捨て置かれても」

「ソフィアが望むなら、そうしよう」

アンガスの声を遮ってステート卿が悪く笑う。


王太子の言葉を遮るのは不敬罪だがアンガスはすでに王太子でも王位継承者でもない。

「では、マグリット嬢は我が邸へ」


別室で両親とともに待機していたマグリットは、スチュアート侯爵家へ行くということは了承したが、一緒に馬車に乗って向かうことは拒否した。


そのため、マグリットはアンガスの背後に控えていたベネディクトに託されたのだ。

マグリットは学園の寮へ向かうことを希望した。


14歳から18歳の間、貴族令息・令嬢は王都にある学園へ入る。たとえ貴族籍に生まれたとしても学園を卒業しなければ貴族として認められないからだ。最近では商人などの裕福な家庭の子息も莫大な入学金を積んで学園に入園している。貴族との縁を結ぶためだ。


貧乏貴族ニッサル家の三女、マグリットがこの学園に入園できたのは奇跡のようなことだった。マグリットは「金蔓を捕まえるために入園させてもらいました」と言っていたが、ここで王子のアンガスをとっ捕まえたのだ、大金星だろう。



マグリットとは学園の正門前で出会った。入学式の日、アンガスの目の前で盛大に転んだのだ。淑女としては大失格だ。


アンガスが彼女を助け起こしたその時から、アンガスとマグリットのためにこの計画は練られた。否、彼女と出会うことを前提にして、そのだいぶ前からこの計画に繋がる作戦は開始されていたのだ。


学園は王城からほど近い。王族が学園へ通いつつ公務を熟すため必然的にこの位置に建設された。学園の寮は遠方の貴族の令息・令嬢が入寮する。寮は高位貴族が上階を占め、マグリットは一階の相部屋だ。それだけでこの国での彼女の家の立ち位置が知れるだろう。


ベネディクトは学園の寮から馬車を伴って、スチュアート家を目指す。馬車の中には、アンガス王子の唯一、マグリット・ニッサルが乗っている。


未婚の婚約者でもない女性と同じ馬車には同乗できないことから、ベネディクトは愛馬で馬車に並走していた。


身一つで来て構わないと言ったステート公に、寮にある大事なものだけ取りに行かせて欲しい、と何か謀がある者感満載の希望を告げたマグリットは何を考えてるんだろうか。


(きっと何も考えてない)


ベネディクトは確信をもって断言した。


多分、「大好きなぬいぐるみ」だの「秘密の日記」だのファンシーなどうでも良い「大切なもの(ハート)」を取りに行っただけだ。


(それに付き合わされる、俺の身にもなってくれ)


マグリット・ニッサルは馬車の中で静かに今出たばかりの寮を振り返っている。きっとくだらない感傷に浸っているんだろう。


(このまま、計画がうまくいけばいい)


ベネディクトは考える。

これで計画がうまくいけばいい。うまくいけば、自分の立ち位置は変わらない。変わるのは、戴く王だけだ。


そもそも、アンガスに仕えるのは精神的に引っ掛かりを感じていたから、アンガスがマグリット嬢と出会い、今回の計画を4人で立てた時には少しだけほっとしていた。


アンガスは優秀だし、王の資質は兼ね備えている。後ろ盾も強く、次代の王としてなんら遜色はない。


()()()()()()なら、きっとアンガスに仕えることを光栄に思ったことだろう。しかし、ベネディクトたち4人は「何もない状態」ではなかった。


スチュアート侯爵家は学園から馬車で10分程の所にある。侯爵家の門番に到着の旨を伝えるとすぐに門が開けられ、正門ではなく裏口へ通された。裏口にはソフィアが待ち構えていて、馬上のベネディクトへいたわりの声を掛けた。


「ベネディクト様、裏口からで申し訳ありません。身体が冷えておられるでしょう?お茶を用意してあります。どうぞ、ご一緒に。マグリット様も、今日からここがあなたが暮らす場所ですわ。どうぞくつろいでくださいませ」


ベネディクトは流れるような誘いに断る隙間を見つけられなかった。馬から降りると、馬丁が自然に馬の手綱を引いて馬房へと連れていく。


「さ、ベネディクト様」

「いや、俺は」

「いいえ、寒くて顔色が悪くなっておりますから。このままお帰りになられるとスチュアート家の醜聞となりますわ」


有無も言わさぬ迫力がある。ソフィアの言葉を訳すと「話があるからいいから寄ってけ」だろう。


「マグリット様。部屋は整えてあります。デイジー、マグリット様を案内して差し上げて?」

「なにから何までありがとうございます、ソフィア様」


このときだけ、マグリットの能天気な無邪気さがとてもうらやましく感じた。



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