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29.「友達だろ?」「やだね、気持ち悪い」/ギルバート

応接室に現れたアンガスはギルバートに臣下の礼を取る。ギルバートはそれを受けると人払いをした。侍従と護衛がしぶしぶと言った態で部屋を出ていく。


「はあ、ようやく行った」

ギルバートが深く深く息をついてソファに身を沈める。


「めんどくさいだろ」

アンガスがふん、と鼻で笑って座った。ギルバートは手ずから紅茶を入れてアンガスに供する。人目がないなら、彼は臣下ではなく友人だ。


「忙しいのか」

「それなりには」

アンガスは少し痩せたようだった。顔も倦んでいる。


「サクロスはハワード公爵のおかげでかなり潤っていたからな。ハワードから王家に接収されてから経済活動が滞っていて、不満に満ちている。領地を見て回ったが、ハワード大叔父の功績は素晴らしい。あの手腕、地方に寝かせておくのはもったいない」


「そうだな・・。側妃の件のせいでいろいろと弊害があるが・・」


「フィルアッシュを中央で使えるようになればかなりお前の負担も減るだろうな。おれにはお前がいたし、まだ学生だったから。そこまで負担はなかったが、お前ひとりではけっこうきついんじゃないか?


婚約中とはいえ、まだ婚姻をしていないソフィアに頼める仕事も少ないだろうし。育てていた人材も狸爺どもに頭を押さえられてるんだろ?」


「きついができないことはない。大丈夫だ」

アンガスは一瞬強くギルバートを見ると、すぐに目を伏せて、お前がそういうんならいいんだけど、と濁した。

「だけど一人でできることは限られている。おれはしばらく王都にいるから、情報が欲しいなら連絡をくれ。


で、本題だ」


紅茶で喉を潤すとアンガスが真っ直ぐにギルバートに視線を投げた。


「花花が見つかったんだろ?」

やっぱりバレてたか、とギルバートは内心顔を歪めた。

「国境を女が渡った。そのあと急に中隊長の子爵が国境を離れた。ベネディクトの家が子爵家も持ってたよな。キルギス子爵だっけ?・・・国境を離れたのもキルギス中隊長だ。


女が花花だったんだろ?」


誤魔化そう、と考えてすぐに改める。アンガスがこう言ってきたということは確信を持っているのだ。誤魔化せば、面倒なことになるという予感があった。


「・・確認はしていない。ただ、ベネディクトが花花かも知れないと。保護しようと動く前に女は行方不明になった」


「保護しようとしたなら、どうしてベネディクトは一人で王都に戻った?花花を連れて戻ればいいだろうが」


「女はフィアサテジアラムの人間だった。・・ベネディクトの独断では保護できない。国境にはフィアサテジアラムだけではなく他国の人間は追い返せ、と通達してある。・・・例外を認めるには中央の判断が必要だった。」


そう、不法入国者は例外なく送り返せ、というのが今の国の施策だ。それを個人の感情だけでないがしろにはできない。ベネディクトの行動は理にかなっている。


アンガスは舌打ちをすると、ソファのヘリに頭を預けて目を両手で覆った。いら立ちを紛らわすような深い息を吐くと顔を上げてギルバートに向き合う。


「・・女の行方は?」

「捜索中だ。足取りがまったく掴めない・・どっかの阿呆が匿っているんだろう」

「・・フィアサテジアラムか。厄介だな」

「ああ」

沈黙が落ちる。


「・・・ベネディクトは一目で花花だと分からなかったのか?俺はお前やソフィアと会った時、一目で分かったが・・」


「分からなかったと言っていた。ベネディクトはおれたちと会った時、前のおれたちの顔がダブってみえたのにあの女にはそれがなかったと。花花かも知れないと思ったのは、引き上げられたとき「カイくん」と言ったように聞こえたからだと」

「・・それなら」

「女はその時虫の息でそんな風に聞こえただけかもしれないと言っていた。・・しかし、可能性が少しでもあるならと、ベネディクトはおれに報告をしてきたんだ」

アンガスはギルバートを睨む。握りしめたこぶしは白い。

「・・その女は国内にいるんだな」

「足取りは掴めていないが」

「・・花花だったら、どうする?」

「・・また、4人で悩まなくてはいけないだろうな」

「そう、か。今、分かっていることは?」


ギルバートは息を吐いて紅茶に口をつける。

そして隠すことなくアンガスに情報を提示する。

女が消えた日、顔にやけどの傷跡を持つ女を連れた男が国境近くのヨトペットの娼館に消えたこと。

娼館はボーニャへキゾン。楼主はギルテン・オーランドだが、それは仮名で本名はチャールズ・ウォルポート。男爵位を賜っている。


チャールズ・ウォルポートはマグリットの義兄、アルベルト・ニッサルとともにフィルアッシュ・ハワードの学友で親しかった。しかし、現在は親密な付き合いはない。


「・・・フィルアッシュはサットランとも親交があったな?」

「ああ。サットランは先日、嫡男だった長男が事故死して、次男が後継者となったが、フィルアッシュはその次男と学友だった。親しかったと報告を受けてる」

「マグリットに付いた家庭教師がエミリア・サットランだ」


ギルバートは顔を歪めた。


ギルバートは顎を摘まんで思案する。フィアサテジアラムの危険性を熟知しているハワードがあの国の女を引き入れるという愚を犯すとは思えない。

「ニッサルとサットランの動向を調べよう。アンガスはマグリットのほうを頼む」

「・・大丈夫か?サナンもおれのほうにつけていてお前の手ゴマは足りるのか?あの脳筋は、頭に花が咲いていて使い物になるか?」


ベネディクトの一件はアンガスの耳にも入っているらしい。

「・・ベネディクトはなあ・・。前は結婚直前で死んだから・・浮かれているんだ。困るんだが言いづらくてな・・」

「おれだって花花と結婚直前だった。式の日取りだって決まっていたんだ。なんだアイツだけへらへら浮かれて。働かせろ」

「八つ当たりすんなよ」

「お前だってそうだろうが。せっかくソフィアの手を取れたのにどうせままならないんだろ」

ギルバートはぐっと黙る。

アンガスがせせら笑う。

「だよな。お前はもう少し周りを頼れ。おれだってばかじゃあない。すこしくらいなら我慢するさ」

アンガスが立ち上がる。

「今まで、お前はおれに付き合っていろいろ立ちまわってくれたろ?・・今度はおれがお前を助ける番だ。頼れ」


ギルバートはしばし考え、フ、と息を吐いた。

「・・ああ。サットランとニッサルを頼んでいいか?あと、情報があれば頼む」

「はじめからそういえ。馬鹿が」

そういうとアンガスはギルバートへ臣下の礼を取った。

「ギルバート殿下のお心のままに、だろ?」

「馬鹿はどっちだよ」

ギルバートはふ、と笑う。

「友達だろ、くらいいえよ」

「やだね。気持ち悪い」



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