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21.うまくいきませんわね ギルバート

報告書を読んだギルバートは深くため息を落とす。こんなことならば危険を犯してもベネディクトを国境へ置いておいたほうが良かったかもしれない。彼がいたならもっと危機感を持って対処できたはずだ。

国境にいるのは、中枢から遠い兵士が多く、「なぜ移民がだめなのか」を理解できていないものも多い。仕事だから監視しているだけで「なぜ監視しているのか」の意味を理解しようともしない。


フィアサテジアラムの工作員らしき女をむざむざとこの国に招き入れてしまった。


国境を預かる隊長は降格。女を船に乗せぬよう嘆願を行った兵士たちは減給3か月。女の見張りを怠ったものは停職1か月と軒並み厳しい処分をした。そのほかにも、差し入れなどをした兵士たちは譴責けんせきとしている。


それでもぬるいと正直感じる。フィアサテジアラムは恐ろしい国だ。少しの足場で頂を制する。


エイクは、再び足場を許してしまったのだ。


女は痕跡がなく消えた。この国でフィアサテジアラムの容姿を隠すのは至難の技だ。

内通者がいる。手を貸しているものがいる。早く焙り出さなければ。そして、女をこの国から摘まみだすのだ。


それが花花であろうが関係ない。


ノック音が部屋に響いた。誰何すれば今日茶会の約束をしていたソフィアが来城したという。茶会の用意をしてあるバラ園に通すように伝えると、ギルバートも手袋をはめなおして部屋を出た。


バラ園では、ソフィアは見事に咲いたバラを見ていた。ギルバートに気が付くと臣下の礼を取ろうとする。それを手で押しとどめると、ソフィアはクスクスと笑った。

「酷い顔でございますわね、殿下」

「・・いつも通りでいい。聞いてるか?」

「足場をこれ以上築かれてはやっかいですわねぇ」

端的な質問でも通じることにこれほど心強いと思ったことはない。

「フィーはどう見る?どこが」

「ギル、まずは座ってお茶を楽しみましょう?」

バラが見事ですのよ?とソフィアは椅子に視線を流す。

「・・失礼した。どうぞ、ソフィア嬢」

着席を促して、お茶が目の前に届いたのを確認して人払いをした。侍女が下がったのを確認すると、ソフィアはお茶を一口飲んで、素敵な香りですわね、と息をつく。


「モルベリープールにはその女性と思わしき人の目撃談はありません。ただ、逃走したあと、顔に傷を負った女性を連れた男が馬車を走らせていたとの目撃がありましたわ。傷に気を取られて顔はよく見ていなかったと、その者は申しています」

ソフィアの情報は手広くはかりごとの際にはとても有益だ。普段からどんな些事でも情報精査を忘れない。

国境からにげた女の顔に傷があったという報告はないが、逃走したその日に馬車を走らせる男女、というのは気になった。傷があればその傷に目線が集まり、傷のほかの印象は薄くなる。フィアサテジアラムの特色を備えた容貌であっても、傷に目に行き気づかれにくい。

‘女には傷がなかったはず‘と一蹴していい情報ではない。

「・・相変わらず、頼りになる」

「わたくしの子どもたちは優秀ですから」

ソフィアが悠然と微笑んだ。

「その優秀な子どもたちを使って何をする気なんだ?」

「隠密を作りたいな、と初めに考えましたわ。忍者アニメとかスパイ大作戦とかみたいな。情報を操る女頭目ってなんかかっこいいでしょ?しかも闇に隠れているの」

「・・忍者とスパイは違うだろう。違うアニメも混ざっているし」

「でも情報は最大の武器でしょう?思ったのとは形は違いますが、情報網を作ることには成功しましてよ」

お互いにしか聞こえないような囁きを躱しあう。はた目には睦言を躱す恋人に見えるだろう。紳士淑女の好ましい距離を保ちながら、話しているのは割とばかなことだ。

「その二人づれの足跡は?」

「モルベリープールのとなり、ヨトペッタの娼館へ。楼主はギルテン・オーランドと表向きはなっていますが、どこぞの貴族の偽名であることは間違いないですわ。こちらは今、確認作業中ですの」

「こちらでも確認しよう。顔に傷のある女が娼館へ売られるとは考えがたい」

「場末の劣悪な場所ならいざ知らず。くだんの楼・・ボーニャへキゾンは高級娼館ですから。下働きもそれなりの美貌と知性が必要とされますわ」

ソフィアは、そこで言葉を切って目を伏せた。その目の下に隈が見える。ギルバートはその目の下の隈にそっと指を沿わせた。

「・・ギル、はしたないですわ」

わずかに上ずった声がする。

「・・彼女なのだろうか」

ソフィアの頬を片手の手のひらで包み、親指で目の下をさする。その隈が少しでも薄くなるようにとでもいうように。ソフィアは、触れる手に頬を摺り寄せた。目をつむった表情に平常心が消える。

手袋越しなのがもどかしかった。

「・・デュークはなにかおっしゃっていて?」

目を開いた彼女が見上げてくる。

吸い込まれそうになるのを自制して、頬を一撫でして手を離す。

「・・カイくんと呟いたそうだ」

「偶然とは考えにくいですわね」

ソフィアはやや赤い目元を隠すようにしてうつむくと、ぽつりとこぼす。

「うまくいきませんわね」

同感だった。


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