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19.結ばれるはずだった夜 マグリット

マグリットは自室の窓辺に立ってアンガスを待っていた。

アンガスとともに移り住んだサクロス領。二人のために建てられた屋敷はマグリットの住んでいた屋敷とは比べ物にならないほど広く、贅をこらしたものだった。


それなのに。


領に着いたその日。アンガスとはじめて結ばれる夜、アンガスは寝室ではなくサロンにマグリットを呼び出した。


「私は今まで王太子という立場だった」

テーブルをはさんだ距離で、彼は真摯な瞳をマグリットに向けた。

「だからこそ分かる。この国の危うさを」


マグリットはその瞳を受けて、浮かれていた自分を恥じた。

親ほどに年の離れた商人の元に嫁ぐ必要がなくなった。

実家であるニッサル男爵領にも多額の補助金がもたらされたと父が嬉し泣いていた。

なにより、好きな人と一緒に暮らせる。

あの夜会の日からマグリットは夢心地だった。ふわふわとした幸福感に包まれていた。

アンガスも同じ気持ちだと信じて疑わなかった。長く会えなかった日々を経て、ようやく二人で新たに授けられた領地にやってきたその夜。これで本当にアンガスと結ばれる、と嬉しさと怖さと甘酸っぱさを胸に抱いていたけれど。


アンガスはマグリットが幸せな夢を見ていた時、しっかりと現実をみて、未来を見据えていた。

「リリ。これから私たちは今までよりも自分を律してお互いに接していかなければいけない。私たちの結婚は、王太子殿下とスチュアート侯爵令嬢との婚儀が終わってから。そして、子を成すことはできない」


アンガスの言葉はマグリットにとって衝撃に他ならなかった。結婚を王太子のあとにするのは納得ができる。しかし、

「子を成すことはなぜいけないのでしょうか・・私は、私は子が欲しいです」

アンガスがうつむいた。しかし、すぐに顔を上げてまっすぐにマグリットを見つめた。


「私の子はこの国の毒になる」

なぜ、とマグリットは唇を噛んだ。目が潤み、止めようと思っても涙が落ちる。

夢だったのだ。

好きな人と一緒になって、好きな人の子を生み、家族を増やしていくことが。子を慈しみ育てることが。

「そんな、そんな先のことは分からないでしょう?王太子殿下のもとに後継が生まれれば、なんの問題も」

「リリ、私は王の直系だ。今でさえ私を王太子に戻そうという動きがある。もし、私に子が生まれれば、その子は内部を焼く火種になりかねない。私は元王籍に名を連ねたものとしてこの国に混乱をもたらすことができない」


もっとも、とアンガスは目をそらす。

「ギルとソフィーの間の子がしっかりと王位を継ぐのを見届けてからなら子は成せる」


それはいったいいつの話になるのだろう。マグリットは、ドレスにしわが寄るのも構わずに握りこむ。少なくとも20年は先の話だ。そのころ、マグリットは子どもを産める年齢ではないだろう。


すまない、零れ落ちた囁きはマグリットの心をただ通過していった。

信じたくない、と聞くことを拒んだ結果だった。


その様子を見ていたのだろう、アンガスがこちらを向いた気配がした。


「マグリット。よく聞いて」

囁くような、しかし、しっかりと意志を持った声だった。

「私は君を選んだ。でもね、君は私を選んではいないんだよ」

「え?」

マグリットは涙も拭かずにアンガスに視線を移す。

「君はね、私を選んだわけではなく、追い込まれて仕方がなく私の手を取ったんだ」

「それはちが」

「違わない」

アンガスが薄く笑った。

「君がここを出ていくのは君の自由だ。もし私と離れたくなったのなら、すぐ言うんだ。必ず良いように取り計らう。それは王太子であるギルも確約してくれている」

アンガスが切なそうに、しかし、くっきりと微笑んだ。

「だからね、リリ。君は私に縛られなくてもいい。君は、心も身体もいつでも自由だ」

マグリットはなにも言えなくなった。


その日、アンガスはマグリットに指一本、髪の毛一房も触れたりはしなかった。


その日から、アンガスと顔を合せるのは朝夕の食事の時だけ。領地を飛び回るアンガスは朝早く出かけ、夜遅くに帰ってくることが多く、食事の時間に顔を合せられない日も多い。


アンガスは子を成す行為すら拒んだ。抱きしめあうことも、口づけもしない。触れることすらしない。


今、思い返してみれば、アンガスは必要以上にマグリットに触れなかった。学園で側で微笑んでいてくれていたけれど、決して触れようとはしなかった。婚約者であるソフィアが側にいるのだ、当然といえば当然だが・・。アンガスがマグリットに触れたのは、あの夜会の時にエスコートをした時だけ。その時は、腰を強く引き寄せてくれた力強い腕に酔いしれ、絡む手が嬉しくて舞い上がっていた。


触れてしまえば歯止めがきかなくなるからね。


せめて、ハグだけでもしてほしい、口づけが欲しいとみっともなく食い下がった願いは、その言葉で退けられた。確かに触れ合ってしまえばもっと触りたくなる、その先が欲しくなる。でも。


「・・身体が触れ合えないと心も離れてしまうのかしら」

アンガスは今日も帰ってこない。


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