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15.呪

足元に火を放たれる。じりじりと燃える赤は足元に積まれた薪をなめつくし、大きく大きく成長する。たすけて、と叫ぼうとしても煙が喉に入って声が出ない。火が足を炙る。熱い熱い熱い熱い。助けて、助けて、誰か、助けて。

声を上げようと息を吸い込むが、喉を通るのは灼熱。すぐに喉が焼けただれ息ができなくなる。熱い苦しい助けて殺してすぐに死なせてお願い苦しいのはもう嫌。

炎が、自分の身体を包み、自分の身体が焼かれ崩れるのを彼女は少し上から見ていた。苦しさも熱さも絶望もすべてはそのままに。


こんな村、亡くなればいい。

初めはそう考えた。彼女を殺した雨に飲み込まれてしまえ。

しかし、すぐに彼女はいいことを思いつく。

一思いになんか殺さない。

みんなみんな苦しめばいいんだ。


彼女は自分の焼かれた裏山から、ずっと村を見下ろしている。ゆっくりとゆっくりと死に絶えてしまえ。そう恨み呪いをまき散らして。


◇◆◇◆◇◇◇◆◇◆◇◆


どのくらい時間がすぎたのだろう。

裏山からずっと村を見ている。


自分を捨てた家族の営みを。

自分を切り捨てた女が村を出ていくのを。

裏切った男に伴侶が寄り添うのを。


いなくなった者もいた。でもなにも感じなかった。


暗く澱む目で女はじっと見ていた。

時折、叫び出したいほどの恐怖が、怒りが、恨みが、大きく黒い雲を呼んで村に雨をふらせた。雨は彼女が正気を取り戻すまで降り続ける。


彼女を正気に戻すのは、決まって火に炙られた女の叫び声だった。

また一人。

女は、叫び声にニタリと口を歪める。

また一人。

また、一人。

女の憎悪を強くする贄が捧げられる。雨を止ませる代償として。自分と同じ、村に裏切られた者が生まれて、村をゆっくりと死に至らせる。


◇◆◇◆◇◇◇◆◇◆◇◆



その僧形の男を見た瞬間、彼女は彼を敵だと認識した。


彼女の中のたくさんの女たちが叫び狂う。あれは敵だ。敵だ。敵だ。

彼女は僧形の男を村に入れないように画策したが、一人の若い村の男がそれら全て邪魔をした。


男の恋人の家に白羽の矢を立てたのは昨日の夜だ。


祝言を控えて幸せそうに笑った女が許せなかった。

人目を忍んだ逢引きで女を見つめる男のとろけた瞳が許せなかった。


お前だって。

女は男をせせら笑う。

その女が贄にされるのを家の中から窺うことしかできないのだろう。


今までの男たちと同じように。


しかし、その男は違った。女を救おうと、僧形の男に手を貸した。村の若者をまとめあげ、贄に疑問の声をあげ、儀式を壊そうとした。


さらに、用意するのは無理だと誰もが思っていた破魔の鏡ですら、遠い北州へ赴き手に入れてきた。祭りの、儀式の刻限までには絶対に間に合わないと僧形の男でさえ止めたのに。


男は恋人のために長い距離を走りきり、村へついた時には半死半生の態でそれでもその懐にはしっかりと破魔の鏡を抱え込んで。


なんで。

僧形の男に抵抗しながら、女は叫ぶ。

なんでなんでなんで。あの女は助けてもらえるの。あの男は諦めないの。なんでなんでなんで私は助けてくれなかったの。


叫びごと、鏡に吸い込まれる。


◇◆◇◆◇◇◇◆◇◆◇◆



長い長い時が過ぎた。

ひとつだった彼女たちは、鏡の中で長い年月を経るごとに、一人また一人と溶けていく。


鏡ごしでみえる複数の男女が入り混じる痴態。その中で囁かれる睦言。

目を背けたくなるほど、淫らな行いを見せつけられて。


しかし、怒りは湧かなかった。

あんな風に愛し、愛されたかった。


気がつくと、数多の女たちは消え、そこには彼女一人が立っていた。

鏡の中に、ポツンと一人。


何も考えられず、ぼんやりと鏡の外を見つめている。


そんな時だった。

仲の良さそうな男女が鏡の前にやってきた。そのなかの一人に目が吸い付けられた。


微笑みを口元に浮かべて、大好きな人に守られて。


いいなあ、と忘れたはずの言葉がこぼれ落ちた。

いいなあ、いいなあ。

あなたは笑って好きな人のそばにいられるのね。


いいなあ、いいなあ、ずるいなあ。

私だってあの人のそばにいたかったのに。

いいなあ、いいなあ、ずるいああ。

私は火に炙られて、あの人に捨てられたのに。

いいなあ、いいなあ、ずるいなあああ。

なんでお前だけ幸せそうに笑ってるの。

いいなあ、いいなあ、ずるいなああああ。

その場所を私にちょうだい。


ぐらりと世界が揺れた。

何かに鏡が跳ね飛ばされ、鏡の世界が割れた。


いいなあ、いいなあ、ずるいなあああああ。

彼女は、その女に手を伸ばす。

その場所を私にちょうだああああああああぃ


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