14・終わり
ブックマークしてくれたかた、ありがとうございます。
ギルバートとの婚約はあれよこれよという間に整って、ソフィアは再び王太子の婚約者の立場に戻ってしまった。
はかない自由だった、とソフィアはため息を付く。
ギルバートをかねてから狙っていた家や令嬢たちからのやっかみや妬みなどの負の感情ももちろん姑息に陰湿にぶつけられたが、そんなものを気にしていたら王妃なんてやってられない。いつものごとく、嫣然と微笑んで躱したり、無視したり、潰したり、返す刀で返したりした。
ギルバートは「さすがソフィア」とその手腕を認めつつ、過激な手段に出た家にはえげつない方法で報復したらしい。現宰相として国の片翼を担い、裏ではあれこれ腹黒いことをしているらしいソフィアの父すらちょっと引いていたので、詳細は聞かないことにした。
なんだかんだといってもギルバートはソフィアをとても尊重してくれる。ソフィアを必要としてくれていることが伝わるので、照れくさいが嬉しい。
アンガスは侯爵を賜り、前回、ハワード公爵家から接収した、現在は王領となっている土地を治めることに決まった。豊かな穀物地帯で王都にも近い。周りを裏切った王子に対して寛大な措置だと不満が続出したが、王はアンガス自ら王太子位を返上し、混乱を最小限に治めたことを鑑みた措置だ、と一蹴した。
ようやく疑いが晴れたマグリットとアンガスへの結婚祝いだと、身内の席では笑っていたけれど。
ソフィアの家に身を寄せていたマグリットはソフィアが手配した家庭教師によって、以前とは違い洗練された女性となった。もちろんまだまだ粗削りで社交は危なっかしいが、アンガス自身が「社交は最低限にして領に引きこもる」と宣言しているので大丈夫だろう。
近況で最も周囲を驚かせたのはベネディクトだった。ギルバートがソフィアと婚約したことにより、ギルバートの婚約者として名前が上がっていた、侯爵家の女性と婚約を結んだのだ。
学園に通っていた時から、はっきりとしている物言いや、勝気だが正義感が透けて見える言動が気になっていたらしい。頭の回転が早いらしく、打てば響くような会話がとても気に入っているとのろけられた。高級な猫のような、アーモンド形の瞳が愛らしいお嬢さんだ。
ベネディクトは人払いしたギルバートの執務室でソフィアとギルバートに打ちあける。
「祭りのあの日、俺、結婚することをお前らに報告するはずだったんだよね。同じ職場の上官で、まっすぐで可愛い人で・・今の婚約者に似ているんだ」
幸せな結婚生活が叶わなかったのはアンガスたちだけではなかった。
あのできごとはとても不幸なことだった。一瞬ですべてを失った。家族も、愛している人も、友人も幼馴染も、そして慣れ親しんだ生活も。
でも、今、生きているこの時間だって捨てたものではないとソフィアは思う。
こちらにも愛しいものが増えた。これからも増えていくだろう。やるべきことは膨大で、逃げ出したくなることもあるかもしれない。しかし、ソフィアはできるだけ前を向いてこの生を楽しもうと決めた。
「私になる前の私」の記憶は神様のいたずらかギフトかは分からない。でも、この記憶が残っていて良かったとソフィアは心から思う。
ふと前を見れば、ソフィアを待って手を差し伸べてくれる人がいる。私となる前から私のことを愛しく思ってくれた人が。その人の手を取って慈しみながらいたわりながら歩いていこう。微笑んでそう決めた。