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12・ソフィアの完敗

来客の訪れを聞いたとき、ソフィアは嫌な予感がした。

応接間では、ギルバートが優雅に紅茶を嗜んでいた。護衛は下げて一人くつろいでいる。

「・・次代の王が油断しすぎではないですか」

礼をして顔を上げるなり苦言を呈する。侍女を目配せで下がらせるとソフィアはソファーに腰かけた。

「次代の王とか言うんなら、俺が促すまで座らないのが礼儀だろ」

「・・それは失礼しました。つい、気安い態度を取ってしまいました」

と、特に気にせず紅茶に口を付ける。

「で、今日の御用向きは?」

ギルバートはソフィアをちらりとみると不自然に目をそらした。

なんなんだ。

ソフィアは胡散臭いものを見るようにギルバートを見た。なんだろう。なぜ、彼は頬を朱に染めているのだろう。


警戒警報が胸に鳴り響く。これは、この空気は。

「フィーは王妃には興味がない?」

ソフィアの愛称を呼んでギルバートはソフィアを見た。

「1ミリもありませんね」

「幼児教育のための施設と枠組みを作ると言っても?」

「・・・王妃には興味はありません」

「ねえ、フィー。この国の識字率の低さは知ってるね?」

「ええ、それは身を持って」

奴隷たちや孤児院の子供たち、そして領の人々を見れば知っている。この国の平民たちも、もしかしたら下位貴族ですら「字」を読むという概念がない。字が読めなければ、読める人に教えてもらえばいいじゃない、と考えているせいで、多くの人が騙されている。

「まずは識字率をあげたいと思う。国に力を付けるために」

「・・転生もの小説の定石でございますね」

「まあ、ね。でも小説を読むのと実行するのはかなりの隔たりがある。それこそ、大河(国境)よりも越えにくい大きな隔たりがね。だからフィー、力を貸してほしい」

「私の力など些細なものですわ。できるのは孤児院での教員役くらいかしら?」

そして、子供たちと歌を歌ったり、お遊戯を踊ったりするのだ。折り紙や塗り絵に変わる手先を使う教材ももう用意している。

ソフィアは津原清香だったころ幼稚園の教員をしていた。子供は純粋で腹黒くて小狡くて、可愛い。何より清香は子供が愛おしかった。その思考はソフィアにも強く出ている。


だから内緒で、断罪されたフィッツロイ家やパーシー家の本来なら両親とともに処刑されなければいけなかった子供たちを逃した。さすがに成人前とはいえ分別のついてしまった子供は不穏の種になるのでできなかったが、あどけない年齢の子供たちは孤児院に匿った後、名も全て変えてソフィアや父母が贔屓にし、信頼の厚い商人へと養子に出したり、国外の親戚のつてを頼って信頼できるところに預けたりした。


時折来る、その子たちの様子を知らせる便りが目下のソフィアの楽しみだ。


しばしの現実逃避から冷めてもギルバートはソフィアを熱く見つめていた。


ギルバードの視線が気まずくてソフィアは顔を背ける。


どうしたというんだ。


ソフィアは混乱する。


なんだ、これは。先に笑った方が負けとかっていうゲームか。


ギルバートはこんなキャラじゃない。こんな熱っぽい視線をソフィアに送るようなキャラではない。耳に朱を添えて何かを言い淀むキャラじゃあない。


ギルバートがふらりと立ち上がる。咄嗟にソフィアは応接室の扉を確認した。大丈夫、扉は開いてる。大きな声を出せばすぐに駆けつけられるところに護衛も侍女も控えているはず。


なにかされるわけではないはずだ。でも、逃げたい。


ギルバートはソフィアの足元に膝をついた。

「ギル、膝が汚れます」

「ソフィア」

ギルバートがソフィアの手をとった。


友人としては近すぎる距離。

「ずっと、君を手に入れたかった」


なんの罠だ。


「しかし、君はアンガスのものだ。俺が欲しがっても絶対手に入れられないと諦めていた」

ギルバートは、ソフィアの手のひらに唇を寄せた。

ヒィ、とソフィアの喉が鳴る。


「アンガスは君の手を離した・・・俺も君を手に入れることのできる条件をクリアできた」

ギルバートがソフィアの目をまっすぐに見て微笑んだ。滅多に笑わないギルバートの微笑がソフィアにクリティカルヒットを与える。

「フィー、どうか、俺の手を取って。・・ずっと前から君が欲しかった。君が清香の時からずっと」

ソフィアは、え?と首をかしげる。

「知らなかったろ」

そう笑った顔は記憶にある高山築のもの。

「前は距離が近すぎてなんとなく諦めてた。今回も諦めるしかないのかと思っていたけど、諦めなくてよくなった」


ちょっと待ってくれ。

ソフィアは、握られたままの手を見て、ギルバートの顔を見たがすぐにそらして助けを求めるように扉に視線を向ける。


父が、扉の陰からそっと様子を伺っていた。


ああ、これ、全部仕組まれてた。

ソフィアはがっくりと項垂れる。ギルバートが満足したように笑う。

「フィー、俺とともに歩んでくれないか」

「・・・殿下のお心のままに」


ソフィアだって、嫌ではないのだ。ギルバートの手を取ること自体は。


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