10・過去の業績
その伝言があったのは学園の入園まであと数か月という頃合いだった。
ようやくだわ、とソフィアは嗤う。
ギルバードを中心としてソフィアたちはひそかに罠を張った。たかだか子どもが考え広げる罠だ。性能の良いものではない。だからこそ、油断を誘えたとほくそ笑む。
ソフィアは孤児院や奴隷の子どもたちにどこに出しても恥ずかしくない教育を施した。識字率が著しく低いこの国で読み書きを教え、計算を教え、礼儀も言葉遣いも所作もソフィアが与えられるだけの知識を詰め込んだ。
奴隷の子どもは「価値のある労働力」として全国に散って行く。孤児院の子どもたちは貴族や商家の下働きに入った。
情報を得るための種を撒いたのだ。
所作も礼儀も言葉遣いも働きぶりもすべてが高い評価を受けたソフィアの耳目たちは短い期間で出世を果たす。商家では帳簿を扱う重責に付いた。貴族の家では下働きから近従へと昇格し、その中に執事見習いとして勤めるものもいた。
奴隷商との定期的な売買を通じて、情報を引き出すことも忘れない。
彼らから不定期に届く情報はソフィアの武器だ。
初めは彼らを使うことに抵抗が有ったことは否めない。しかし、自分は人を使う側の人間として生まれたのだ。手駒を活用できなければ自分の役目を遂行できない。
ベネディクトからは国境付近の情勢があがってくる。ベネディクトは父の騎士団の任務に同行を許された。広い視野をもち、無駄を削ぎ落とした的確な父親への助言は、さすが騎士団長の息子として高く評価されている。騎士団での人望も厚い。
国境付近に赴き、隣国の不穏な噂や、国境付近の領の話を拾ってくる。王都では聞くことのできない類の話も多い。
アンガスは王城で貴族の腹を探っていた。顔色を見て、言葉の裏を探るのは性格の悪いアンガスの得意分野だ。公務と称して各地の領へ視察に赴く。歓待された領の邸を探る。王城では知り得ない情報も領内の邸では手に入りやすい。子供だということもうまく働いているのだろう。子供の前では、大人の口は滑らかだ。
ギルバードはその統括を行う。ソフィアやベネディクトの持ってくる情報を精査し、アンガスとともに貴族の腹を探り、税務調書を漁り、その裏を読む。
そして、断罪する証拠を構築する。より効果的に、より罪深く見せるために。
結果は、国家転覆罪というもっとも重い物だった。パーシー家が多くの武器を隣国から取り寄せていた。フィッツロイ家との繋がりは濃厚。さらに、鉱山からは王命で固く禁じたフィアサテジアラムからの移民が多数発見された。しかもその状態は酷いものだ。痩せ骨が浮いた肢体、充血し虚な目は寝る間すら与えられずに仕事に従事させられていたことを示す。廃坑となった穴には重ねられた数多の死体。
フィアサテジアラムとの戦争の理由になりうる所業だった。こちらの非が重く近隣国からの批判も噴出するだろう。
見つけたときはさすがの王も顔色を変えた。
フィッツロイ家は内戦の準備をしていたかのようだった。
フィッツロイ家やパーシー家に乗り込むと、数多くの兵が応戦してきた。想定していた数よりも多く、騎士団についていたベネディクトにも危険が及んだと聞く。騎士団にも多くの被害があった。
フィッツロイ家は大不況に喘ぐ隣国や、サダルモリスンからの傭兵も呼び寄せていた。名目は鉱山の人夫の監視役としてきちんと書類は提出してある。しかしその数は申請した人数のおよそ数十倍。
隠されていたフィアサテジアラムとの繋がりを示す書類も見つかる。鉱山で働かされていたのは、フィアサテジアラムの長を批判するいわゆる思想犯と呼ばれる者たちだった。フィアサテジアラムは自分たちの体制を批判する自国民を他国で重労働に従事させていた。
その書類を見つけたことで王もそしてソフィアたちも胸を撫で下ろす。非がこちらにないことが証明され、むしろ抗議ができる立場になった。
フィアサテジアラムとの窓口はやはり側妃だった。しかも、側妃はフィッツロイ家当主を離宮の寝室に誘い込む、といったことまで行っていたのだ。中立派だが、有効な鉱山を有することで豊かな資金力を持つ、王城での発言力も高いフィッツロイ家をその足の間に抱え込んでいた。
もちろん、アルバート王子の出自も疑われたが、王と瓜二つの容貌を持つ王子が王の種であることは間違いはなく、妊娠期間も正確だった。しかも、側妃が王に抱かれたのは、側妃の近従も王の近従も証言している。
しかし、どんなに探ってもハワード公爵家との繋がりは見えてこなかった。無関係だと判断せざるを得ない。
フィッツロイ家とパーシー家は断絶。両家とも家長とその妻、子どもたちも全て処刑された。側妃ウーハイエンをこの国に迎入れ、元凶のフィアサテジアラムが付け込む隙を作ったハワード公爵家も爵位を伯爵まで落とし、豊かな穀物地帯の領地を半分以上に削った。削った領地、フィッツロイ家・パーシー家が有していた鉱山は国が接収した。
同じく、フィッツロイ家・パーシー家に連なる貴族たちもその身分を剥奪されたり、爵位を下げられたりし、側妃派とされる貴族たちはそれぞれ手酷い傷をおったのだった。
もちろん側妃ウーハイエンとその息子である王子、アルバート・アサス・ウー・エイクも毒杯をあおった。このことでフィアサテジアラムからの抗議が来ることはなかった。
こちらからもフィアサテジアラムへの抗議は避けた。
戦争は避けたかったからだ。
この件でアンガス・アサス・エイクの王位継承は確約された。
彼がこんな愚かな真似をしでかさなければ、彼は王となることが決まっていたのに。