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1・婚約破棄

まばゆいばかりの光があふれる王宮の夜会。

会場では雅やかな音楽が流れ、人々が優雅に踊る。

紳士淑女たちが優雅で陰湿で夢のような時間を楽しんでいた。


ソフィア・スチュアートはエスコートして貰うはずだった婚約者の王太子アンガス・アサス・エイクに美しい礼をして微笑んだ。


婚約者と同じ夜会に出席するのなら、婚約者のエスコートをするのは必須。それは王族であっても覆らない。

それなのに、アンガスは夜会当日になって、エスコートができないこと。代わりに腹心のギルバードにソフィアのエスコートを頼んだことを伝えてきた。


婚約者でもない家族でもない男性にエスコートをしてもらうというのはありえないことだった。それを受け入れればソフィアに酷く大きな傷がつく。それがわからないアンガスではない。


父はその申し出にひどく立腹し、母はアンガスの母である王妃のもとへと知らせを飛ばした。


本日の夜会は王が主催、国中の貴族が招待された盛大なもので、この度学園を卒業した者たちが、本格的に社交界に参加することを知らしめるための夜会だ。学園を卒業しなければ貴族としては認められないため、この夜会に参加することは貴族の一員として国の一翼を担うことを意味する。


その、王主催の夜会で、王が決めた婚約者を伴わないというアンガスの行動は非常識どころの話ではない。気が触れたかと危ぶまれる程の愚行。


(それも、分かっていたのだけれど)


ソフィアはギルバートのエスコートを断って、一人で王宮へ乗り込んだ。城は灯の

揺らめく光で幻想的なシルエットを浮かべている。


会場にはもう多くの招待客が入っていた。

ソフィアが会場に一人で入ると周囲が一瞬沈黙し、次の瞬間、声なき声が会場全体に広がる。


それもそうだろう。スチュアート侯爵令嬢であり、次代の王妃であるソフィアが一人で入場することの意味に気が付かないものなどいない。


本来ならばソフィアがアンガスと入場するタイミングで、アンガスは彼の想い人とともに入場してきた。名を呼びあげる者の声も心なしか弱弱しくふるえているように感じる。


王太子、アンガス・アサス・エイクとニッサル男爵令嬢。二人は互いしか見えていないようなとろけた笑顔で見つめあう。紳士淑女たちは思ってもいなかった醜聞に眉をひそめ、口元を隠し、さざ波のような囁きを会場に満たした。


ソフィアに刺さる視線は、同情を装った憐憫。王子への憤慨を装った侮蔑。憐憫の中に潜む嘲笑。どれ一つとして彼女を慰めるものはない。


アンガスは、ソフィアを見つけるとニッサル男爵令嬢を伴って彼女の元へやってくる。

ソフィアは身分の上のものにする礼をアンガスに向けた。


それは、見事なカーテシーだった。美しく典雅な所作は一朝一夕では身につかない、未来の王妃の証。


しかし、ソフィアの礼を受けたアンガスは苦し気に眉を寄せた。一歩後に下がったニッサル男爵令嬢がソフィアに向けて礼をするが、その所作はソフィアとは雲泥の差があった。

ソフィアは微笑みを浮かべてその礼を受ける。


「ソフィア、すまない」


アンガスがソフィアの微笑みに苦く顔を顰める。公の場で感情を表情に出すのは悪手だとわかっているだろうに。

ニッサル男爵令嬢、マルグリット・ニッサルもまたアンガスの色のドレスの裾をぎゅっと握りしめた。マグリットはコスナエルトという小さな領を納めている男爵の三女だ。感情を出すなという躾は徹底されていないのかもしてない。アンガスは彼女に引きずられてしまっているのだろうか。


ソフィアは微笑みを崩さない。


こうなることをソフィアは予見していたのだ。学園で、彼女をみた瞬間に。


だってソフィアは学園で彼女と出会ったアンガスが彼の唯一を見つけた瞬間を隣で見ていたから。


(長かったわ)

ソフィアは一層笑みを深める。

長かった。これまでの道のりを思い起こす。


それまで受けていた侯爵令嬢としての教育に、アンガスとの婚約とともに王妃となるべく施された妃教育。マナー、教養、語学、外交と他国のマナーや歴史。それにこの国の歴史と考査。遊ぶ暇なんて一ミリもなかった。

もちろんアンガスも同じだった。王位継承権を争うアルバート王子に負けないよう、努力に努力を重ねてたくさんの知識を吸収し、厳しい鍛錬で身体を作り、王となるべく資質を育てる。


アルバート王子の勢力をねじ伏せるために。

この国を統べるために。

この国を統べる未来の王を支えるために。


「私は、君とは婚姻できない」

アンガスの言葉に華やかだった会場が凍りつく。アンガスの後ろ盾は王妃の実家であるロクスバラ公爵家とその公爵家を支え、宰相の役を担うフランシス・スチュアートが当主を務めるスチュアート侯爵家。ソフィアはスチュアート家の長女だ。


その婚約を捨てるということは、次代の王には後盾がないことを意味する。


先年、アルバート王子を産んだ側妃が失脚し、王子とともに処刑されたことは皆の記憶に新しい。そんなことがあったため立太子したアンガスは国内の貴族との関係を強固にするためにソフィアとの婚約を無下にはできないのだ。


それなのに、王子は愚かにも恋を取る。


「私は、出会ってしまった。マグリットに。自分を偽ることはできない。だからソフィア、」


婚約を解消してくれ


アンガスの懇願にソフィアはゆっくりと小首を傾げる。

「殿下、わたくしたちの婚約の意味をお忘れではありませんね?」


アンガスが苦しそうに下唇をかみしめる。マグリットがそっとアンガスの腕にその華奢な手を寄せた。はしたない行為だ。しかし、その手は彼を支えるために必要な支え。


「分かっている。自分の立場も、責任も。しかし、・・だからここで君に伝えるんだ。」

アンガスは顔を上げた。そして周りを見ると大きな声で宣言する。


「私は、ソフィア・スチュアート嬢との婚約を解消し、ここにいるマグリット・ニッサルと婚姻をする。この償いは王太子位返上でしよう。王位継承は叔父であるオースティン・アサス・ベルヒュード公爵へ譲る。」


会場が騒めく。さざなみのような声が大きなうなりとなり会場を静かに満した。


王の入場を知らせる声が上がる。


人々がざわりと動いて王の進むべき道を作り、礼をする。


ソフィアは動かないアンガスとニッサル男爵令嬢に視線を向けて、スッと表情を消した。


茶番はこれでおわりね。


ソフィアは、再びアンガスへと礼をとる。

「殿下のお心のままに」


そう、これですべて計画通り。茶番はすべておしまい。


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