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ep.1 目指せ番長!

「──アデュレリア侯爵家が長女、カメリア・アデュレリア。」


「侯爵家令嬢という責任ある立場にも関わらず、この学び舎で共に成長してきた同胞を非道な手段でもって陥れた罪……これ以上看過することは出来ない。」


「アスター王国国王、アルフレッド三世が嫡男。クロウ・アウイライト・アスターの名をもってそなたへ命ずる。……この学術院を去れとまでは言わない。もう二度と、私と彼女……アイリスに近づくな。」


獅子を思わせる金色の髪と、冬の夜空のように澄んだ藍色の瞳。

この王国で今、二番目に貴い青年は、神話の神にも勝るとも劣らぬその美しい尊顔を失望の色に染めて、銀色の刀身を目の前の娘──カメリアへと向けていた。

そんな二人の姿を、沈痛な面持ちで見守っているのは、アイリスという少女。

彼女はほんの一年ほど前まで、小さな町医者の娘だったそうだが、紆余曲折あってクロウの従者となり、そこからまたいろいろあって、王の腹心ヴァロヴァイト将軍の養子となった。

治癒魔術に長けていて、勤勉で慎み深くそれでいて決して挫けない。

時代が時代なら、聖女と呼ばれても可笑しくないぐらいに良く出来た娘だ。

カメリアは、この娘が気に食わなかった。

幼少より一途に想い続けて来たクロウ王子が、どうやら彼女に惹かれているらしいと分かってからは、特に。

だからカメリアは、アイリスを陥れるために様々な罠を張った。

色々な人間を利用したし、金も湯水のように使った。

それでも、アイリスとクロウを引き離すことは出来なかった。それどころか、とうとう全ての悪巧みが暴かれて、こうして追いつめられている始末。


人気のない夜の礼拝堂を選んでカメリアを呼び出したのは、クロウなりの優しさだろうか。

高潔だが、甘い人だ。

以前のカメリアであれば、ここでしおらしく頷いておいて、後日また再起を図ったろう。

そう、『以前の』カメリアであれば──。


「わ、わわわかったからその剣さっさと仕舞ってくれないぃ!?!?」


恐怖のあまり声が盛大に裏返った。

真剣なんて、『現実世界』では見たことがなかったので耐性がないのだ。


「………すまない。」

クロウは呆気にとられた様子で、言われた通りに刀身を鞘へ収めた。


──ようやく一息つける。

カメリアは安堵した表情で胸元を撫でた。

「えーっと……これまでのことは、本当に申し訳なかったと思ってます。もうアイリスにひどいことはしないから、安心して。」

クロウはまだ訝しげな顔をしていたが、アイリスは嬉しそうに眦を緩めて微笑んだ。

「カメリアさん、あの……」

彼女が何事かを口にする前に、カメリアはさっさと踵を返して礼拝堂から出ることにした。

近づくなと言った王子の言葉を守らなくてはならなかったし、何より──。


「転生前の記憶を取り戻してしまった……。」


愛する王子に剣を突きつけられたショックのせいか、前世の記憶を思い出したのだった。





***





前世──もとい、転生前のカメリアは、現代日本で生きるごく一般的な大学生だった。

いや、一般的というと多少の語弊があるかもしれない。

日本で生きていた時の彼女は、それはもう模範的な優等生であった。

小学生の頃から大学生まで、学力は常に学年トップ。

部活にも入らず、下校時に寄り道もしない。

ご飯時にテレビは見ないし、漫画やゲームなど勉強の妨げになるものにはほとんど触れてこなかった。

唯一、リビングで妹が毎晩プレイしている乙女ゲームを覗くのが、娯楽らしい娯楽だったか。

そういえば、この世界は妹がやっていたゲームの世界に似ている気もする。が、いかんせん覗き見程度の知識なので自信はない。正直、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界はすべて同じに見える。


ちなみに、前世のカメリアは大学卒業前に病気によって死んだ、と思われる。

思われる、というのは、最期のほうの記憶がやや曖昧だからだ。

まあ、死に際の記憶なんて思い出したって、陰鬱な気分になるだけだ。


何はともあれ、カメリアは日本での死後、この世界へ転生した。

ここでの名前はカメリア・アデュレリア。侯爵という、国でもかなり上位の貴族の家に生まれ、今年で17歳となる。

これまでの17年間を思い返してみると、カメリアという少女は絵に描いたようないじめっ子で、性悪女だった。侯爵令嬢という地位を笠に着て驕り高ぶり、全てを自分の思いのままにできなければ気が済まないといった性分。

何がどうしてこんなザ・噛ませ役みたいなキャラクターになってしまったのか。カメリアを溺愛する母親がなんでもかんでも許して、さらにはお小遣いもガッポリ渡して来たからかもしれない。子供の性格形成の大半は親の教育に責任があるのだ。

そうして立派なレディ・ジャイアンとなったカメリアは、クロウを追いかける形で、今年度からこのアスター王国学術院へ入学した。



──アスター王国学術院。


現実世界でいうところの、いわゆる魔術学校というものである。

魔力を持つ16歳〜18歳の少年少女であれば、貴族平民問わず入学が可能だ。

特に貴族の子供達は、この学術院で学ぶのが通例となっている。

二年制の寄宿舎学校で、魔術学のみならず、一般教養学、芸術学、兵学、薬学、武術──あらゆる素養を身につけることができる。

雰囲気としては、日本の高校に似ている。校舎や寮はお城のように広いけれど。

ひとつ、特徴的なのは──


「平民クラスへ移籍……ですか。」


クロウに剣を突きつけられた翌朝、カメリアは校長室へ呼び出され、通達を受けた。

この学院は貴族平民問わず学生を受け入れてはいるが、学級と寮は貴族クラスと平民クラスできっちり線が引かれている。

カメリアも勿論、これまでは貴族クラスだった。


「……本来ならば、この学術院内での揉め事は、外の政争には持ち込まない、というのがルールなのだけれどね。クロウも処罰は望まないと言っているし……。」


学術院の女校長カルセドニーは、還暦を過ぎたとは思えない若々しい双眸に影を落としながら、大きなため息を落として続ける。


「貴女の父君、アデュレリア侯爵たっての希望で……貴女を平民クラスへ移籍させて欲しいと。伝言も預かっているよ。『──大馬鹿者へ。勘当されたくなければ、一から学び直せ。卒業出来なければ、お前を殺して私も死ぬ。』……だそうだ。」


「あはははは……相変わらず苛烈なおじさん……」


物騒な文面に冷や汗が出た。

性悪令嬢の悪事はもう父にまで伝わっているようだ。悪事千里を走るとはまさしくこのことか。


カメリアの父、アデュレリア侯爵は王の信頼も篤い優秀な臣下だ。忙しすぎて家には滅多に帰ってこないし、娘のカメリアとも年に数回話すかどうか、というぐらい。

娘を溺愛しまくっている母親とは真逆で、こちらは非常に娘に厳しかった。家から出したくないと駄々を捏ねる母を説き伏せ、カメリアが学術院へ通えるようにしてくれたのも父の計らいだった。

そんなこと言うなら、初めからしっかりあんたが教育しといてくれよ。と思わなくもないが、前世の記憶を取り戻したカメリアは、官僚って忙しいだろうに……身内の尻拭いまでしてお疲れ様……と手を合わせた。


「……そういうことであれば、わたしに異論はございません。命は惜しいので。」


カメリアがそう言うと、カルセドニーは「はっはっは!」と上品な見た目にそぐわぬ大仰な笑い声をあげた。

そして移籍証明の書類に印を押して、くるくると丸め、目の前の教え子に差し出す。


「もっと抵抗してくるかと思ったけれど……王子に突き放されて、目が覚めたのかな? 今の貴女なら、このクラスでもやっていけるでしょう。──マーリンのご加護がありますように。」


この国で定番の送り文句と共に証明書を受け取って、カメリアはぎこちない笑みを浮かべた。


──目が覚めたどころか、生まれ変わった(ことを思い出した)んだけどね。



***



授業が始まるまではまだ時間があるからか、校舎の中は比較的静かだった。

平民クラスの教室へと続く回廊を歩きながら、カメリアはさきほどの校長の話を思い返していた。


カルセドニーによると、学術院が設立されて以降、貴族クラスの者が平民クラスへ移籍するというのは初めてであるらしい。

平民の学生が、その優秀さから貴族の養子となり貴族クラスへ移籍、という話はちらほらあったとか。アイリスも元平民なので、この例に当てはまるだろう。

しかし由緒正しい貴族のご令嬢が、平民に混ざって学生生活を送るなど前代未聞。

以前のカメリアであれば、あまりの屈辱から即行で首を吊るレベルだ。


しかし、ここにいるのは元スーパー優等生のカメリア・アデュレリア。

前世では死ぬまで親の敷いたレールの上を走らされ続け、優等生という立場を守ることを強いられてきた。

本当は人並みに遊びたかったし、人並みに恋だってしてみたかった。

そんなカメリアにとって、この状況はある意味僥倖であるとも言える。

時期国王である第一王子には愛想を尽かされ、これまでの人間関係もおそらくリセット。王子とアイリスを陥れたという噂は遅かれ早かれ学校中に広まるだろうから、周りからの信頼はゼロに等しい。父親には崖から突き落とされた。一からどころか、マイナスからのスタートだ。

けれど、初めてレールのない場所を走る"自由"を、手に入れたような気分だった。

今なら何をしたって、誰かをこれ以上失望させることはない。


「どうせなら、前世では出来なかったようなことをやりたいな。……そうだ。」


このまま、性悪令嬢として生活するのも悪くないかもしれない。

流石にもう王子たちを陥れるようなことはしないけれど、悪巧みをするのは案外楽しかった……ような記憶がある。


「父さまは『卒業出来なければ』と言ってたし、逆に卒業さえできれば何をやってもいいんじゃない?」


自分でもめちゃくちゃな理論を展開しているのはわかっている。

でも、カメリアは一度でいいから『悪い子』になってみたいと思っていたのだ。

日本で生きていた時は、教育に悪いからと結局一度も不良漫画のたぐいは読ませてもらえなかったけれど、ヤンキーという響きには憧れがあった。

彼らにはそれぞれ譲れないモノがあり、それを守るためにトップを目指したり、他校の生徒と喧嘩しまくるのだ──と家庭教師のお兄さんに教えてもらったことがある。社会の中でははぐれもの扱いだが、彼らには彼らなりの美学があるのかと、幼い少女は感動したものだ。しかし感動こそすれ、道を踏み外す勇気がなかった。


「そう──だから、いまこそグレる時なのよ!!」


とはいっても、どうすれば『グレ』れるのだろうか。

優等生の自分を思い出したせいか、以前のカメリアのようにぽんぽんと悪いことが思い浮かばない。そもそも、カメリアの悪事はすべて『クロウを自分のものにする』という目標のもとに行われてきたものなので、その目標が失われた今、何も思いつかないのは当然といえば当然なのかもしれなかった。


家庭教師のお兄さんに教えてもらったことを、必死で思い出す。学園ヤンキーもののストーリーラインは、大抵決まっていたはずだ。とてもすごい不良の主人公が、不良学校に入学して、そして──


「……学校のトップ、番長になる!これだー!」


カメリア渾身の叫びが人気のない回廊に響き渡り、間の抜けた感じで反響した。

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