ep.0 プロローグ
──もう、十年以上も前のこと。
国中の誰もが憧れる、アスター王国の壮麗な白亜の堅城。
少女はその城の中を、父親とその臣従と共に歩いていた。
生まれて初めて訪れる王城。
巨人の住処かと思えるほどに高い天井には、鮮やかな色彩で『おとぎ話』の絵が描かれている。
少女はそれを見上げては立ち止まり、少し歩いて見上げては立ち止まりを繰り返して──はたと気がついた時には、周りに父親たちの姿はなく、広い回廊にひとりきりとなっていた。
始めのうちはちょっとした探検気分で、うきうきと中庭へ降りて花のアーチを眺めたり、大理石の噴水を覗き込んだりしていた。
けれど、いつまでたっても誰も探しに来てくれない。
だんだんと不安になってきて「おかあさま」と思わず呟いた声も、涙が混じって掠れた。
「迷子になってしまったのかい?」
その時聞こえたのは、花弁を揺らす風のように、優しい声色だった。
涙で滲んだ視界ではよく見えなかったけれど、自分より少し背の高い少年であるようだった。
「大丈夫、ぼくにまかせて。必ずきみを守るよ。……だから、泣かないで。」
少年は、少女の手をそうっと握った。
頼もしい言葉とは裏腹に、どこか壊れものを扱うかのような手つき。
少女のほうからぎゅっとその手を握り返すと、彼は一瞬怯えたように震えた。それが可笑しくて、思わず少女は笑ってしまった。
罰が悪そうに少年は咳払いをして、少女の手を引き歩き出す。
同じくらいの年の頃だろう。
でも、そうは思えないぐらい彼の背中は大きくて、その手は暖かかった。
「ねえ、あなたはだあれ?」
「……ぼくは……………おうじ、だよ。」
美しくてかっこ良くて暖かい、リアのおうじさま。
──それが、侯爵令嬢のカメリアが、クロウ王子を愛することになったきっかけだった。