電気を食う男
急いで九階の調査を片付け、俺たちはジャンク屋を目指した。
店舗は三階。
中では赤ら顔のオヤジが、退屈そうにカウンターに座っていた。
「お、なんだ。客かよ。珍しいな」
ほとんど客も来ないのに、商売なんて成立しているのだろうか。地元の学校と癒着してる商店街みたいなものか。客との商売ではなく、業者同士の商売で稼ぐタイプだ。
「ちょっと欲しいものがあるんですが」
俺がそう告げると、彼はニヤリと小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「あんたら、外から来たんだろ? じゃあここの作法を知らねーのもムリはねぇな」
ふっかけてくるつもりか?
こっちだって品行方正な聖人君子ってワケじゃないんだが。
俺は腰のCz75に手をかけた。
「作法? 俺に分かるのは、こいつを一発使うと、店のモノが取り放題になるってことかな」
「おいおい、滅多なことを言うもんじゃねぇよ。そうじゃねぇんだ。あんたら、どうせ紙のカネで支払うつもりだろ? けどな、ここじゃそんなモンは流通してねぇ。受け取ってるヤツもいるけどな。基本は物々交換だ」
イヤだねぇ、文明の滅んだ社会ってのは。
まあカネがないならインフレもデフレもなくていいんだろうけど。
「交換できるモノがない」
「じゃあダメだ。銃で脅すのもナシだぜ。まあモノがねぇってんなら、ほかに手がねぇワケでもねぇが」
下卑た笑みを浮かべている。
こいつはどうも信用ならないな。
「ほかって、どんな手が?」
「サービスだよ。俺のために働くんだ。どうだ? やってみねぇか?」
「ケツの穴を増やして欲しいならそう言ってくださいよ。二秒で終わりますから」
あるいは不要な脳味噌をジャンクにしてやるのでもいい。クソみたいなことを言うヤツには、相応のお返事をしてやらないと失礼にあたる。
男は露骨にのけぞった。
「いや、待ってくれよ。お仲間のお嬢さんがたに手を出そうってんじゃねぇ。純粋に手伝って欲しいことがあるんだ」
「用件がまともなら」
すると彼はほっとした様子で、盛大に息を吐いた。
「ここの三十階に発電所があるのは知ってるか?」
「発電所?」
「とにかくあるんだよ。んで、そいつが不調だから修理してぇんだが、いろいろ危なくなっちまってな。おちおち作業もできやしねぇ。だから代わりに作業しちゃくれねぇかと」
どのみち三十階には行く予定だけど……。しかし危ないってのがどの程度なのか気になるな。
「電気技師の免許なんか持ってない」
俺の言葉に、彼は愛想笑いした。
「あー、大丈夫、大丈夫。パーツの交換だけだから」
「その簡単な作業ができないほどの危険って?」
「聞いても笑わねぇか?」
「もちろん」
笑ったらそのときはそのときだ。
彼は不審そうに目を細め、こう続けた。
「ジュピターとかいうヤツが、電気を食ってるらしいんだ」
「食う? 電気を?」
「そいつが発電所を守ってる。まあそりゃいいんだが、修理のために近づくヤツにも攻撃してきやがってよ。まったく手出しできねぇんだ」
「人間なんですか?」
「さあな。どうせ例の病人だろ」
まあそうだろう。すでに聞いた名前だ。クイーンのお気に入り。まともに会話も通じないんだろうし、見かけ次第、遠距離から射殺したほうがよさそうだ。
ともあれ、調査は一旦お預けにして、このオヤジのお使いをこなすしかなさそうだ。
オヤジはカウンターの下へもぐりこみ、ゴソゴソとなにかを取り出した。
「じゃあこれな。貴重品だからなくすなよ?」
ドンと目の前に置かれたのは、見覚えのあるブツだった。透明な球体の中に、紫の放電らしきものが見える。両極にケーブルがねじ込まれているが、枠まではついていない。サイズは握り拳より少し大きいくらいか。
「こいつはなんなんです?」
「知らねぇのか? サイキウムだよ。理屈は分からねぇが、こいつを使って発電するんだ」
「へぇ」
精神に影響を及ぼすだけでなく、物理的なエネルギーにも変換可能ってワケか。もしかすると大発明なんじゃないか? 今回の政府の狙いは、そのテクノロジーという気もしてきたな。
*
店を出たところで、例の女が近づいてきた。
「子供は……見つかりましたか……?」
なんだろうな。ストーカーのような気がしてきたぞ。
俺はもう真面目に応じるのもバカらしくなり、こう応じた。
「見つかった、って言ったら?」
「ウソはよくない……怒られてしまうから……」
「誰に怒られるって? 神さまが手を伸ばして、俺の頭をひっぱたくのかな?」
すると、ずっと遠くを見ていた彼女は、このときようやく俺に焦点を合わせ、かすかに笑った。笑顔には少し愛嬌がある。
「神さまなんていない……あなたも分かってるはず……」
たしかに俺たちは「心霊学者」を名乗ってはいるが、あくまでジョークのようなものだ。
「考えたこともない。それより、当ててやるよ。あんたもクイーンのお仲間だろう?」
「ネプチューン……それが私の名前……」
波は感じない。あえて抑え込んでいるのだろうか。まあ他人に迷惑をかけないならそれでもいい。つきまとわれるのは迷惑だが、銃を抜くほどではない。
「見つかったら報告するよ。だから、急に出てくるのをやめてくれないか」
「ムリよ……私はいつも……突然なの……」
自覚があるなら、なおのことやめていただきたい。
*
球体は白坂太一のバックパックにしまった。
しかしいきなり三十階を目指すことになろうとは。発電機まであるというし。レベルもどこまで跳ね上がるのか分かったもんじゃない。俺の能力で防ぎきれるだろうか。ダメそうならキャンセラーをフル稼働させてもらおう。
上階へ向かうにしても、ひとつの階段をひたすらあがることはできない。途中に家を作って住んでいる住人がいるためだ。あがっては迂回し、あがっては迂回し、その繰り返しをしいられる。
彼らの住居を破壊してもいいのだが、その後、廃材を撤去するのも一苦労となる。迂回したほうが早い。
それにしても、サイキウムとはなんなのだろうか?
「精神の結晶」くらいの意味だとは思うんだが。サイキック・ウェーブに反応するから、変異体絡みのブツであることは間違いない。しかし出所不明。製造法も不明。研究所には大量にあったが、高価だという話しか聞いていない。
歩いていると、また後ろから指でつつかれた。
餅だ。
「どうした?」
「あの、さっき……」
「なに?」
ずっと様子がおかしい。顔を少し伏せ気味にしている。まだあの映像を引きずっているのか。
「さっきね、あのおじさんのお尻」
「お、お尻?」
「お尻の穴……増やすって言ってたけど……あなた、そういうの興味あるの?」
「いや、ないです……」
白坂太一は苦笑いで済ましてくれているが、鐘捲雛子が鬼の形相になっている。この話は一秒でも早く切り上げねば。
なのだが、餅はさらに追い打ちをかけてきた。
「私、いいと思うのよ。男同士でそういうことしても」
「いや、誤解だよ。あのオヤジのケツに興味があるわけじゃなくて。えーと、いわゆる交渉の席での定型句みたいなもので」
あれだけイキリ倒しておいて、いまさら自分で解説するのも恥ずかしいんだが。なんなんだ? 拷問? ジュネーブ条約どうなってんの?
「女の子のお尻なら興味あるの?」
「あんまり人前で話すことじゃない」
「そうなの? じゃああとで話すね」
「うん……」
あの場に連れて行ったのは、教育上よろしくなかったな。
餅め、すっかりもじもじしてしまっている。少し前まで全裸で徘徊していたというのに。急に大人になりやがって。
*
階段をあがるにつれ、波の強度がみるみる高まってきた。二十階を超えたところでレベル3。二十五階ではレベル4。白坂太一がたまらずキャンセラーを稼働させた。
三十階についたときには、レベルが5にまで達していた。
もうここらにはまともな住民もいない。住んでいた形跡はあるのだが、下へ避難したか、あるいは完全に制御不能な感染者となってうろついていた。近づいてきたのを、鐘捲雛子が二体ほど斬り捨てた。いつ見ても鮮やかな手並みだ。
人が少ないから、障害物も少ない。
パァン、パァン、と、なにかの爆ぜている音がひっきりなしに聞こえてくる。それに、ゴウンゴウンと機械の稼働する音も。
ケーブルの量も尋常じゃない。床から天井からケーブルまみれだ。そいつがところどころで漏電しては火花を散らしている。誰もメンテナンスなんてしていないんだろう。
のみならず、霧も濃かった。というより、フロア全体がまるで蒸し風呂のようだ。
おそらくは発電機を冷やしている水が、そのまま放出されているのだろう。水道水は使い放題のようだからな。ここが霧の発生源というわけだ。
視界が効かないから、遠距離での狙撃は不可能。
「お洋服がびちゃびちゃになっちゃう」
餅の黒髪は、水蒸気でぺたっとなっていた。まるで風呂上がりのようだ。
きっと俺も似たような状態なのだろう。
白坂太一は計測器のメモリをしきりに手で拭いている。
「えーと、レベルは6から7の間ですね。念のため、キャンセラーのレベルをあげておきます」
ジュピターとやらに接近したら、もっと数値があがるはずだ。
彼がキャンセラーを操作すると、脳を包み込むような不快感がさらに強まった。両手でふんわり抑え込まれるような感覚だ。
俺はCz75を構え、慎重に歩を進めた。
「みんな、離れないように」
キャンセラーのせいで、誰がどこにいるのかさえまったく把握できなくなっていた。分かるのは、上のほうにクイーンがいるということだけ。
とんでもない存在感だ。どう考えてもレベル10じゃ効かない。キャンセラーをフル稼働させ、なおかつ俺の能力をフルパワーで放出して、ようやく釣り合いがとれるかどうかといったところ。単純計算でレベル15くらいはあるだろう。
ともあれ、クイーンの自己主張が強すぎるせいで、ジュピターの位置がまったくつかめない。
ま、波なんて使わずとも、把握する方法はあるのだが。
そいつが間抜けである場合には特に。
「あーっ! あーっ! やべーぞこれ! 今日もキてるぅーっ!」
もやの向こうから、野太い声が響いている。
「ビリビリだぞ! ビリビリしてるぞ! なんなんだバカ野郎っ! この野郎っ! はっ! ほあっ!」
まともじゃないのは分かってた。
分かってたけど、これほどとはな。
そっと近づいてみると、そいつのシルエットがハッキリしてきた。
上半身裸のムキムキ男が、デカい炊飯器みたいな発電機にしがみつき、ひとりで悶絶している。
まだ俺たちの存在には気づいていないようだ。というより、周りのことなんて見えていないようだ。
「レベル7まで上昇しました」
白坂太一からの報告。
しかしこれは、もはやレベルがいくつとかいう話ではなかった。
見えているから撃ちたいのに、敵は発電機にピッタリしがみついている。撃ったら絶対に当ててしまう。そして当たったらなにが起こるか検討もつかない。防弾仕様ならいいのだが、ここから見る限り、薄っぺらな缶詰だ。
「あーっ! 今日もっ! あーっ! 電気っ! 電気が気持ぢぃーっ! んーっ!」
撃ちてぇ……。
(続く)