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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
払暁編

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27/27

そして日常が始まる

 センターへ戻り、雑魚寝した。

 ほとんど誰とも口を聞かなかった。

 悪夢も見ない。

 おそらく熟睡だった。

 すっと眠りに落ちて、すっと目がさめた。時間が経過したことさえ把握できないほど、心が無になっていた。

 外でスズメたちの鳴くのが聞こえた。

 みんなまだ眠っている。

 鐘捲雛子に抱かれた餅も、少し苦しそうではあったが、それでもじっと眠っていた。


 俺はひとり、一階へおりた。

 シャッターに閉ざされた薄暗い室内。受付カウンターは無人。「進化ダイバーシティ研究センター」などを名乗っているが、なにも活動していない。餅やアッシュ、機械の姉妹など、シスターズの住居として機能しているだけだ。

 パックの茶に湯を注ぎ、俺はベンチに腰を下ろした。


 俺たちがアメリカの衛星に手を出したので、その問い合わせでセンター長の各務珠璃も大変だったらしい。

 正確には、アメリカの苦情を受けた外務省が、内閣の「特定事案対策本部」へ問い合わせ、さらにこのセンターへ事情聴取という流れだったようだが。

 きっと知らぬ存ぜぬで通したはずだ。

 政府だって表沙汰にしたくないだろうし、訴訟にはならないと思う。他の方法で絞め上げてくるとは思うが。

 なんならこっちは尻拭いしてやった立場だ。それを感謝するどころか、文句を言ってきやがるとは。反省できないなら、また同じ問題を起こすに違いない。そのときまた俺みたいな立派な人格者が対応すればいいが。


 謎の奇病「フェスト」は収束へ向かうだろう。今後の対応をミスれば増える可能性もあるにはあるが。感染者ヴィクティムに触れる距離まで接近しなければ、人格を上書きされることはない。

 発生源も死んだ。

 警察庁から感謝状が送られなければおかしいくらいだ。まさか逮捕状なんて出さないと思うが。


 茶をすすっていると、溜め息ばかりが出た。

 餅を救うことはできた。

 だが、彼女はもう俺に近づいてこない。

 いや、それでいいのだ。

 餅は鐘捲雛子になついている。そこに幸せを見つけてくれれば、もうなにも言うことはない。


 熟睡できたおかげか、冬の早朝の澄んだ空気のおかげか、頭がクリアになっていた。

 いろんなものを精算できた。というか、精算させられた。失われた命は生き返らないし、取り返しのつかないこともたくさんあった。

 それでも、だからこそ、俺たちは未来のことだけ考えるべきだ。

 俺は聖人じゃない。もちろん神でもない。人間だ。すべては手に入らない。なにかを手に入れようと思えば、なにかを失う。それ以外にできることはないのだ。

 どんなに不満だろうと、最後は自分を納得させるしかない。


 *


 春を過ぎても、俺は無職のままだった。

 狭いアパートでPCをいじりながら暮らす毎日だ。あたたかくなってきたから、そこらにビールを置いておくとぬるくなってしまう。


 例の動画配信者のアップロードした映像が、世間ではちょっとしたニュースに発展していた。

 彼らの持ち込んだカメラは、感染者ヴィクティム変異種ミュータントに変貌する瞬間を捉えていたのだ。

 後ろで女が「熱いんだけど」を連呼していたのは、おそらく白坂太一の作ったキャンセラーのことだろう。

 まあそれはいい。

 政府広報によれば、フェストは感染症ということになっていたが、これはあまりに不自然であるという話になった。なにか致命的な事実が隠蔽されているのではないかと。

 すると「感染症の原因を特定できなかった」というよく分からない理由で、厚労省の大臣が辞任した。政府はこれで事態の収束をはかったつもりらしい。


 例の衛星は、アメリカからの強い要請により、大気圏へ突入させることになった。

 コントロール権を失ったままではマズいとの判断だろう。

 ただし、機械の姉妹もただではオペレーションに応じなかった。今回の事件で、あの衛星がどういう役割だったのかを聞き出した。

 答えはこうだ。


 政府はビル周辺の再開発を進めたかった。

 しかしすでに不法占拠者が多数おり、立ち退き命令を出しても効果がなかった。かといって警察や自衛隊を送り込む余力もない。そこで、変異種ミュータントを使うことを思いついた。ビル上階に変異種が出現すれば、不法占拠者も逃げ出すだろうという判断だ。

 そこで依頼を受けたアメリカが、ビルへ向けてサイキック・ウェーブを照射した。

 ただしアメリカは、このとき衛星の生体部品に少女が入り込んでいることを知らなかった。

 結果、ビル上階に、想定外の個体が誕生してしまった。

 すると政府も興味が湧いたのか、方針を「不法占拠者の排除」から「個体の調査」へと転換させた。おそらくは例の「特定事案対策本部」がうるさくせっついたのであろう。

 フェストが蔓延していたこともあり、調査は難航した。最初に送り込んだ調査チームは音信不通。第二回目もほぼ全滅。

 そこでサイキストへ仕事が回ってきた。

 あとは俺が見た通り。


 ともあれ、探究心は結構だが、安全性を確保した上でやって欲しいものだ。たとえ不法占拠者とはいえ、れっきとした人間なのだから、彼らを巻き込むべきではなかっただろう。

 まあそんな政治の責任は、俺のような民間人とは無縁の話だ。

 誰の首が飛ぼうが知ったことじゃない。


 *


 暇を見つけ、俺はセンターを訪れた。

 とはいえ、特別なことはなにもない。アッシュにお土産のチョコを渡してやり、あとは座ってみんなを見守るだけ。

 このところ、鐘捲雛子は住み込みで働いている。エプロンなどをして、保育園の先生のようだ。


 どういうつもりか知らないが、俺がここへ来ると、彼女はいつも餅を連れてくる。もちろん餅は怯えているのだが、それでも会わせようとする。

「ほら、餅ちゃん。二宮さんよ」

「やだ、怖い……」

 餅は後ろに隠れてしまっている。

 いまは手足も生えて、自由に行動できるまで回復している。再生能力を自慢していただけのことはあるようだ。

「大丈夫。怖くないよ。あんなのただの悪い夢だから」

「やだもん」

 餅は鐘捲雛子にしがみつき、チラチラとこちらを見るだけ。

 俺は特に声をかけない。

 というより、なんと声をかけたらいいのか分からない。はじめのころは「大丈夫だよ」などと言っていたが、余計に怖がらせるだけだった。


 とはいえ、逃走しないところを見ると、少しは過去の記憶が残っているのかもしれない。あるいは記憶など残っていないが、新しい関係を築こうとしてくれているのかもしれない。


 餅は鐘捲雛子の上着を思い切り引っ張った。

「ね、もう行こう?」

「どうしても怖いの?」

「うん」

「じゃあ行くけど、ちゃんと慣れてね?」

「やだ」

 そして苦い笑みの鐘捲雛子と連れ立って、餅は行ってしまった。


 入れ替わるように各務珠璃が来た。

 ようやく定時が過ぎて、業務時間が終わったところらしい。

「あ、二宮さん。お餅ちゃんとお話しできました?」

「まだだね。怖がってるみたい。前よりはマシだけど」

 彼女は俺の座っているベンチへ腰をおろした。

「はぁ、聞いてくださいよ。今日も大変だったんです。電話ばっかり……」

「政府から?」

「そうなんです。また調査に入ってくれって。私たちの責任だって言うんですよ。あのビル、もうなにもないのに」

 普段からガミガミ言われているせいか、得意の愛想笑いさえ疲れていた。例の事件への対応を、ずっとひとりでこなしているのだ。想像を絶する忙しさなのだろう。

 ビルにはほぼなにもない。住民は変異種だけ。それらを薬殺するとかいう噂も聞いたが、まだ実行されていないらしい。

 俺としては、もう放っておけばいいのではないかと思うが。オメガ種はフェストを感染させたりしないのだ。あのビルで生活させておけばいい。


 すると鐘捲雛子が物凄い剣幕で戻ってきた。

「ちょっと二宮さん! またアッシュにチョコレートあげたの?」

「え、ダメだった?」

「ダメよ。こっちはちゃんと栄養のバランス考えて食事出してるんだから。それに、ひとりだけ贔屓ひいきしたら他の姉妹が可哀相でしょ? そういうところが分からないんだから」

 後ろでアッシュがあわあわしている。

 いきなり大声出したら、そのほうが可哀相だと思うのだが。

「悪かったよ。次からは気をつける」

「もし次同じことしたら、二度とここへは入れないから。覚悟しておいてね」

「うん」

 刀は持っていないが、圧力が凄い。


 彼女が去ると、各務珠璃が目を細めて笑った。

「落ち込まないでくださいね。鐘捲さん、みんなのことが大好きなんです」

「分かってますよ」

 もとは世話好きのいい姉だったんだろう。

 この職場は彼女に合っているかもしれない。

 などと上から感慨深く思っている場合ではなく、俺も職を探さないといけないんだが。


 *


 さて、しかしこれで大団円ということにはならなかった。

 ある日、コンビニで弁当を買って自宅へ戻ると、PCのメッセンジャーに連絡が来ていた。送信者は機械の姉妹。

 というか、そもそもこのアプリは彼女が勝手にインストールしたものであり、連絡相手も彼女しかいないのだが。

 内容はこうだ。


1.政府がフェストの研究を進めており、民間の協力者を募っている

2.俺にも参加して欲しい

3.じつは自分もチョコが欲しかったので次からは全員分買ってきて欲しい


 3が本題なのではという気もするが。

 しかし民間人の参加できる研究とはなんなのであろうか。URLをクリックすると、政府のサイトにつながった。

 フェストに関する研究を進めたいので、感染の自覚のある人間は参加して欲しいということであった。

 病理学の発展に貢献するチャンスみたいに書かれているが、じつのところサイキック・ウェーブの備わった人間をあぶり出そうという罠に思えないこともない。

 なんだか怪しい企画だ。

 機械の姉妹が、まさか俺をハメようとしているわけではないと信じたいが。


 こちらがメッセージを投げ返しても、しかし機械の姉妹はオフラインのまま。あの女がオフラインになるわけがないのだから、おそらく居留守だろう。

 俺はキーボードを叩き、こう返した。

「返事しないとチョコ買ってかないぞ」

 すると返事が来た。

「政府に不審な動きがあります。内部に入り込んで全容を解明してください」

「俺はスパイじゃない」

「一億出しましたよね?」

 こいつ……。

 札束で俺を引っぱたこうってのか。まあ実際、彼女が一億出さなかったら、俺はいまごろ借金まみれになっていたわけだが。

 彼女はこう続けた。

「もちろん報酬もお出しします。希望の額を言ってください」

「一億」

「そうですか。二千万までなら出してもいいと思ったのですが。不満でしたら他の方にお願いします」

「悪かった。やるよ。やらせてください。二千万でいいです。お願いします」

「ではセンターでお待ちしています。チョコレートも忘れずに」

「はい」

 なんて高度な交渉術だ……。

 鐘捲雛子に怒られるかと思うと気が重いが、チョコレートを買っていこう。俺は脅されただけだ。なにも悪くない。

 それに、二千万あればしばらく無職でも食いつなげる。

 なんだか、こっちが本業になっている気がしなくもないが。


(終わり)

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