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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
払暁編

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24/27

 二階も激戦区だった。

 住民はほとんどが変異体ミュータントに変わっており、こちらを見つけ次第襲いかかってきた。しかし判断力はあまりないらしく、自分たちで作ったダンボールハウスにつまずくなどしていた。

 近づかせなければ一方的に対処できる。しかし弾丸の減りが激しい。俺もジョン・ウーの映画みたいに弾数を気にせずに戦いたいものだ。

 とはいえ、俺が弾切れになると、白坂太一が換えのマガジンをよこしてくれるから、ずいぶん戦いやすい。


 鐘捲雛子もぐんぐん敵陣に斬り込んでいった。

 小柄な体で、苦もなく刀を振り回す。その剣閃は美しい半円を描き、血液を舞い散らす。


 結局、ほとんどの変異体を殺害するハメになった。こんなことなら毒物でも散布して、皆殺しにしたほうが楽だろう。


 *


 三階でも戦闘。

 しかし俺は、ずっと違和感をおぼえていた。キャンセラーが起動しているせいではない。もっと別のなにかだ。

 前回と違う点がある。

 それがなんなのかハッキリしないが……。


 *


 おそらくはかつてジャンク屋のオヤジだったものや、その他の顔見知りだった連中を殺し続けながら、俺たちは五階へ到達した。

 死体の中には食堂の婆さんもいたのかもしれない。

 だが、どれも変異してしまっているから、死体がもとはどんなツラだったのか分からなくなってしまっている。

 すでに青村放哉を殺した可能性もある。


 いや、正確には「あった」だ。

 食堂へ向かうと、青村放哉が串焼きを齧りながら出てきた。

「意外と早かったじゃねーか」

「よく普通でいられるな、あんたは……」

 俺は思わず顔をしかめてしまった。

 みんな変異しているのに、ひとりだけごく普通に生活している。異常としか言いようがない。まあ理由は分かる。俺と同じで、彼もサイキック・ウェーブが使えるのだ。

 たぶん、ここへ来るずっと前から使えたのだろう。なのに、使えないフリをしていた。理由は分からないが。思えば、例の研究所でも、彼はみんなが避けたがる「探検」をひとりで続けていた。映像ヴィジョンへの耐性があったのだ。

 青村放哉はふっと笑った。

「お前らも食うか? 婆さんいねーから食い放題だぞ。焼くのはセルフサービスだけどな」

 店主は死んだらしい。

 かなり世話になったから、礼のひとつでも言いたかったのだが。こうなってしまっては仕方がない。


 白坂太一がバックパックをあさった。

「残弾あります? いちおうマガジンごと持ってきましたけど」

「気が利くじゃねーか、白田。オメーはきっと出世するタイプだぜ」

「とりあえず二つほど渡しておきます」

「今度いい店教えてやるよ」

 なんの店だよ。うちのメカニックに妙なこと教えたら承知せんぞ。


 変異体どもは、姿の見えない相手は襲わないらしく、店の中までは入ってこなかった。

 青村放哉は椅子代わりのビールケースに腰をおろし、カウンターへ背を預けた。まるで店の主みたいな態度だ。

「住民がおかしくなったのは、つい数時間前だ。ま、オメーらがなんかやらかしたんだろうとは思ったが」

 俺も腰をおろした。

「衛星の人格を上書きしたんだ」

「ずいぶん思い切ったな」

「ほかに選択肢がなくて」

「そんなツラすんなよ。必要なことだったんだろ? ところで、三人だけか?」

 珍しく気を使ったのか、話題を変えてくれた。

「残りは一時間後に来る予定になってる。ただ、その前に上に行こうとは思ってる」

「オーケー。じゃ、世間話はこいつが終わってからだな」


 *


 俺たちは六階へ。

 戦闘はあった。が、鐘捲雛子がとにかく凄かった。旋風だ。その距離で届くのか、という距離を一気に踏み込み、変異種を乱切りにしてゆく。

 まるで歩く裁断機だ。


 青村放哉がヒュウと口笛を吹いた。

「鐘捲ちゃん、だいぶ気合い入ってんじゃねーの」

 しかし距離が離れていたこともあり、鐘捲雛子本人が無視したので、代わりに白坂太一が応じた。

「みんな餅さんを助けたくて」

「それにしてはずいぶんな入れ込みようじゃねーか。あいつら、そこまで仲良かったっけ?」

「いえ、それが……ここへ来てから、姉妹みたいな関係になって……」

 青村放哉の顔つきが変わった。

「あー、そーゆーこと……」

 その話題にはあまり触れたくないといった様子だ。


 かつて研究所がミステリーツアーを始めたとき、最初に大統領に保護されたのが青村放哉であり、その次が鐘捲雛子であった。当初、二人は互いの事情を説明し合ったのかもしれない。相性があまりよくなかったようで、その後は特に親しくなるようなこともなかったようだが。


 今度は俺が話題を変えた。

「そういえば、小田桐さんはどうしてるの? 一緒に暮らしてたんでしょ?」

 これに青村放哉はへの字口だ。

「オメー、ふざけんなよ。デリカシーってもんがねーのか? え?」

「あるけど、なに? フラれたの?」

「知らなかったぜ、オメーがエスパーだったとはよ。まあ否定はしねーよ。ただな、勘違いすんじゃねーぞ。あくまで互いのためだ。もし俺が一流のロッカーになったら、そうそう家になんていらんねーからな。予行演習として家を出たんだよ」

「その前に、ギター弾けるようになったの?」

「なにも聞くな。あんまりいじめると、母親に言いつけるからな」

 唐突に小学生みたいなことを言う。


 *


 計測をしなくていいし、ダンボールハウスも壊し放題だから、俺たちはサクサクと上へ進んだ。

 一日あたり四階しか進めなかったあのころとは違う。


 さて、十階だ。

 俺たちはこのフロアを素通りすることはできない。

 サターンが家にこもっているはずだ。変異種になっていれば殺すし、そうでなければ保護してもいい。彼女に渡したキャンセラーはコンセントから電力を取るタイプだから、バッテリーが切れる心配はない。所有者が死んでいようと駆動を続ける。

 実際いまもキャンセラーの気配を感じる。


 青村放哉がトーラス・レイジングブルを撃ち、脇から飛び出してきた変異種の頭部をぶち抜いた。男物の服を着ているから、こいつはサターンではあるまい。


 やがて「ジュエリーショップ サターン」へ到着。

 俺はベニヤ板のドアをノックした。なにせ「ノックしねーと殺ス」と書かれている。

「サターンさん、いる? 二宮です。もし生きてたら……」

 まだ言葉の途中なのだが、物凄い勢いでドアが開き、中からサターンが顔を出した。

「早く入って! 危ないんだから!」

 どうやら無事だったようだ。

 彼女は俺たちの背中を押し込むようにして中へ招き入れると、慌ててドアを閉めた。

「遅い! 遅い遅い遅い! あたし死ぬかと思った!」

「キャンセラーが役に立ったようでなにより」

「なんで置いてったの! ひどいじゃん!」

「だって君はここの住人だろ? あのときは公務だったからさ」

「もう二度と置いてかないで!」

 地団駄を踏んで子供みたいだ。

 青村放哉がニヤケ顔だ。

「お、なんだ? オメーの女か? ちっと趣味悪くねーか?」

「違うよ。保護したんだ。この子、クイーンのお気に入りだったから」

 撤収命令が出たため、その保護も放棄してしまったが。

 サターンも憤慨した表情だ。

「なにこいつ、性格悪っ。失礼すぎ。つーか誰? 前いたっけ? 友達?」

「いや、友達じゃない。ちょっとした知り合いみたいなものっていうか」

 もっとも適切なのは「戦友」だと思うが、それをそのまま言ってやる気分でもなかった。

 すると青村放哉が反応するより先に、鐘捲雛子が口を開いた。

「連れてくの? 足手まといじゃない?」

 たぶん本気で言っているから怖い。

 サターンも気圧された表情だ。

「は? 行くってどこに? 上? 行くわけないじゃん! サイキック・ウェーブも使えなくなってんのに!」

「じゃあおとなしく留守番してて。帰りに回収するから」

「てかなんで上なんか行くの? なんかあるの?」

「……」

 当然のように無視。

 白坂太一が「一通り見たら戻るから」とフォローを入れた。


 *


 ともあれ、サターンの無事は確認できた。

 もし途中で例の動画配信者と遭遇したら、サターンの部屋へ誘導してもいい。すでに殺している可能性もあるが。ただ、あんな「外から来ました」みたいな格好をしていれば、さすがに気づくはずだ。


 十二階でひとしきり殺しまくったのち、俺たちは適当な住居へ入り込んだ。

 そろそろ昼だ。

 長丁場では必ず休憩を挟むべきだ。動きっぱなしでは効率が落ちるし、最悪死ぬ。


 床へ腰をおろし、プロテクターを外し、俺たちはほっと息をついた。

 家具らしきものは、椅子がぽつんとひとつだけ。

 ただ寝るためだけのスペースだったのだろう。

 白坂太一がバックパックからチョコレートバーを出し、みんなに配った。


 直接の通信手段がないから分からないが、そろそろ援軍が到着したころかもしれない。正確な状況を把握したければ、衛星電話を使い、本部を経由して教えてもらうしかない。

 後続部隊はすぐ俺たちに追いつくだろう。なにせ敵がほとんど死んでいるのだ。

 問題は、正規品のキャンセラーで高レベルのサイキック・ウェーブを凌げれば、ということだが。


 俺はチョコレートバーを齧りながら、また頭の中のもやもやに行き当たった。

 なにかがおかしい。

 ビルに入ってから、その違和感がずっと引っかかっている。

 前回とはなにかが異なっているのだ。


「あ、分かった」

 俺がつぶやくと、みんなが不審そうな顔でこちらを見た。

 しかし言葉で説明するより、見せたほうが早い。

 俺はキャンセラーのスイッチを切った。

 圧力が消失。

 みんなは「なにやってるんだ」という表情。

 だが、これでようやくハッキリした。

 いま、このビルには、サイキック・ウェーブが飛んでいない。サイキウムの中央を走る紫の波形もほぼ一直線のまま。

 俺は告げた。

「ほとんど波が感じられない」

 人体の発する最低限の波は出ている。だが、それだけだ。かつて四十五階から放たれていた圧倒的な波はまったく感じられない。

 衛星とのリンクが断絶したせいか。あるいはそれ以上のなにかが起きたのか。詳細までは分からない。

 鐘捲雛子が不審そうに目を細めた。

「クイーンが死んだってこと?」

「可能性はある。もしくはサターンみたいに、サイキック・ウェーブだけが失われたか」

 あるいはクイーンが意図して抑え込んでいるか。

 もしそうなら厄介だ。プルートのように、そこらを徘徊している可能性がある。


 とはいえ、あれだけの波をゼロまで抑え込めるものなのだろうか。

 たとえ睡眠中であろうと、そいつの有する波は常時発せられる。ある程度抑制することはできるし、増幅することもできるが、気を抜くと平常値のまま放出されるはずだ。


 白坂太一がキャンセラーのスイッチを入れた。

「念の為、オンにしておきましょう」

 一理ある。また波が放出されないとも限らない。


 前回とは明らかに状況が異なっている。

 なにが起きてもいいよう、せめて心の準備だけでもしておかなくては。


(続く)

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