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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
払暁編

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23/27

Xデー

 もしかして、今日はクリスマスというやつなのでは。

 時刻は朝の九時。

 空気だけでなく、アスファルトからも冷気が伝わってくるようだ。

 俺はいまだ瓦礫の散乱する道を、トラックで走行していた。荷物はほとんどがバッテリーで、いわゆる電源車というものだ。俺の持ってる普通免許で運転していい重量であるかは怪しい。

 運転席には俺、助手席には白坂太一、荷台の上には鐘捲雛子が乗っている。

 道路交通法違反だ。見つかれば即座にパクられる。

 そもそも政府の方針に反したイリーガルな作戦だ。救うべき相手を救ったあとは、どんな処罰であろうと受けるつもりだ。


 手順はこうだ。

 GPSで指定された場所へ車両を停める。

 俺たちは徒歩でじゅうぶんに距離をとり、キャンセラーなどで身を守る。

 ターゲットの衛星が上空を通過するころ、タイマーでサイキック・ウェーブが発生する。

 ハーモナイザーで励起された波が衛星へ届き、生体部品の変異を促す。


 警察はいなかった。

 例のビルからも離れているから、霧もない。

 ただ寒いだけの廃墟だ。

 人の気配はない。変異体ミュータントもいない。野良猫とカラスを見かけた程度だ。


 俺たちが車外へ出ると、鐘捲雛子も荷台からおりてきた。黒の防護服にマフラーはしているものの、寒さで耳や鼻が赤くなっている。

 俺は荷台の側面を開き、事前の指定通りに操作を始めた。とはいえ、スイッチを入れるだけだ。時間になれば大規模の波が発生する。


 距離をとって、適当なビルに入り込んだ。

 コンクリートは波を遮ることはできないが、俺たちが避けたかったのは風だった。冬にしては穏やかな天気であったが、それでもときおり吹き付けてくる風だけで寒い。

 玄関のガラスは粉々に砕け散っていたが、客が座るためのソファはほぼ無傷だった。

 白坂太一はバックパックから小型キャンセラーを取り出し、テーブルへ並べ始めた。正規品を機械の姉妹が改良したものだ。互いに同調して効果を増大させるようになっている。

 俺は腕時計を確認した。

「あと一時間弱か……」

 機械の姉妹の計算では、十時を少し過ぎたころ、衛星が上空へ来ることになっている。

 それまでは暇だ。

 白坂太一が水筒を取り出し、カップにコンソメスープを注いでよこしてくれた。生姜入りのあったまるやつだ。まだぬるくなっていないらしく、わりと湯気が出ている。白坂太一のメガネも白くなった。

 すすってみると、だいぶカラい。

 調理したの誰だ……。

 鐘捲雛子もむせている。


 俺はカップを置き、こう切り出した。

「機械の姉妹が立てた作戦だ。おそらくは成功するだろう。ただし、彼女が保証しているのは、あくまで衛星の情報が書き換わるところまでだ。ビルのクイーンがどうなるかまでは分からない。その後のことは覚悟しておこう」

 これに鐘捲雛子が冷たい目を向けてきた。

「そういう自分は覚悟できてるの?」

 俺は思わず笑った。論争する気はない。

「まだできてない」

「そういう人だよね、二宮さんって」

「どう思ってもらってもいい。俺は俺にできることをするだけだ」

「……」

 すると彼女はそっぽを向いて、カップのスープに口をつけた。


 一時間は長い。

 ここには音もない。

 生活音も、自動車の騒音も、電話のベルの音もない。ただ遠くで空の低く鳴る音が、かすかに聞こえてくるのみ。


 鐘捲雛子がカップを置いた。

「言っておくけど、私だって覚悟なんてできてない。でも、やるって決めたから……」

 衛星の人格が上書きされれば、そことリンクしているクイーンにもなんらかの変化が起こる。ずっとリンクし続けてくれれば制御下におけるのだが、おそらくそうはなるまい。スタンドアロンの個体となるはずだ。

 その後、クイーンはクイーンの意志で動く。

 人質の餅がどうなるかは分からない。

 もちろん衛星からの制御は試みる。しかし結果は予測不能。なぜならクイーンの正体が分からないからだ。見た目はともかく、内部は群体になっている。特定の誰かではなく、不特定の誰かなのだ。こういう存在の精神がどうなっているかは、機械の姉妹にも分からないらしい。だから送信すべきメッセージも生成できない。

 衛星がなんとかなるだけマシ、という状況だ。


 日が高くなってくると、スズメたちがチュンチュンと鳴き出した。

 波の影響を受けなければいいが。

 機械の姉妹は、なるべく無関係な個体に影響の出ないようなメッセージを生成していると思う。それでも確実に安全とは言いがたい。


「あと三十分です」

 白坂太一が告げた。

「十分切ったらキャンセラーを起動させますね」

 手際がよくて助かる。


 *


 かくして、定刻となった。

 フル稼働したキャンセラーの違和感に耐えていると、その外側から覆いかぶさるように大きな波が来た。映像ヴィジョンそのものは入り込んでこないが、脳へ二倍の圧がかかったのは感覚で分かる。

 だが、それも一瞬だ。

 通り過ぎる風のように、あとはサッと消えてなくなった。

 白坂太一がキャンセラーを切ると、すべての違和感が消失。

 俺はソファへ背をあずけ、ほっと息を吐いた。


 成功したかどうかは、確認してみないと分からない。

 白坂太一が衛星電話を手に、ビルから出ていった。


 俺は水筒からスープをそそぎ、二杯目を口にした。

 やっぱりカラい。のみならず、塩味が濃すぎる。寒さ対策にはいいのかもしれないが、味が強すぎる。

 今朝、この水筒をよこしたのは各務珠璃だった。調理してくれたのも彼女なのかもしれない。


 白坂太一が戻ってきた。

「衛星の制御に成功したようです」

「クイーンは?」

 俺の問いに、彼は苦い笑みで応じた。

「そちらは実際に確認して欲しいと」

 まあ気持ちは分かる。事前に分かっていたことだ。


 俺は立ち上がった。

「さ、車に戻ろう。悪い魔女から、囚われのプリンセスを助け出さないとな」

 すると鐘捲雛子から「真面目にやって」と苦情が来たが、俺は聞こえないフリをした。


 *


 他の車両もないし、信号に止められることもないから、ビルへは意外とすぐについた。

 路肩にバイクが停まっている。別の車両もある。ミニクーパーだ。例の動画配信者のものだろうか。あるいは別の客か。

 俺たちは構わず霧深いビルへ足を踏み込んだ。


 薄暗いエントランスに、ひとりの男が立っていた。

 痩せこけて虚ろな目をしたコートの男。年齢不詳。自称ウラヌスだ。

 俺たちを待っていたのだろうか。

 そのわりには、こちらに気づいてもなにも言ってこない。

 様子がおかしい。

 俺はホルスターの銃に手をかけた。

「なにかご用でも?」

 すると彼は薄い唇を開き、こうつぶやいた。

「祝祭が始まった」

「祝祭?」

「忌まわしき束縛からの解放。秘儀の成功。グランドクロスは完成したのだ。分かるか? 奇跡が起きた。なのに、ああ、世界はまるで変わらない……。自由とは、かくも不自由」

 自作のポエムを聞いて欲しかっただけか。

 俺はうんざりして通り過ぎようとした。

 ふと、風が吹いた。

 遅れてヒュンという音。

 見ると、切断されたウラヌスの両腕がくるくると宙を舞っていた。ただの腕ではない。急速に色素を失い、白くなっている。

 両腕を失ったウラヌスも、マネキンのように色を失った。

 変異している。

 鐘捲雛子がさらに刃を振るった。首が刎ね飛び、胴体がどっと転倒。やや遅れて頭部も床へ落ちた。

 体毛こそ有しているものの、それ以外は変異体ミュータントによく似た状態になっていた。


 ふと、エントランスで寝ていた住民たちが、もぞもぞと動き始めた。

 どいつもこいつも変異体になっている。フェストの感染者ヴィクティムが、なんらかのきっかけで変異したということだろうか。

 俺はCz75を構え、警告もナシに発砲した。狙ったヤツに当たらずとも、その後ろのヤツには当たる。そんなにいたのかと思うほど、大量の変異体が出てきた。

 こちらはとにかくトリガーを引き続けるので精一杯だ。幸い、敵は走ってこない。近いヤツから仕留めればいい。


 鐘捲雛子も駆けた。

 間隙を縫って流れるように仕掛け、鮮血の花を散らした。


 しばらくすると、すべてが死体になった。

 血の海だ。

 白坂太一が血液を踏まないよう身をちぢこめているが、無駄な努力だ。どうせみんな血まみれになる。

 実際、鐘捲雛子は返り血でひどい見た目になっている。

 まだ一階だってのに。

 この様子じゃ、五階の青村放哉も無事ではないかもしれない。もし変異していた場合、殺すしかない。得意の銃は撃ってこないはずだから、戦闘になってもおそらく勝てる。


 サターンも、動画配信者も、もしこのビルにいたら同じ目に遭っていることだろう。

 あるいは餅も無事ではないかもしれない。

 俺たちは衛星を片付けたことで敵の中枢を叩いた気になっていたが、じつはハメられたのかもしれない。彼女の存在は、なにかのトリガーだったのだ。

 ウラヌスは「忌まわしき束縛からの解放」だと言っていた。衛星の存在が、彼らの変異を抑制していた可能性がある。

 衛星を上書きしたのは失敗だったかもしれない。


「行こう。道は長い」

 俺はマガジンを抜いて残弾を確認し、また銃へ押し戻した。

 エントランスを制圧するために、マガジンを二つも使ってしまった。この調子で撃っていたら、四十五階へ行く前に弾が尽きる。できる限り節約しなければ。


 衛星の書き換えが成功したら、後続部隊が駆けつけることになっている。政府のヘリは使えないから、レンタカーだ。到着まで一時間はかかる。

 もちろん到着など待たない。先に行けるところまで行かせてもらう。


 鐘捲雛子は懐紙で血液を拭い、スッと鞘へ納刀した。

「ふたりとも、怪我しないでね。もしそうなったら置いていくから」

 心配して言ってくれているわけではなく、お荷物に足を引っ張られたくないというわけだ。いまの彼女なら本当に怪我人を置いていくだろう。それくらいの意気込みでここへ来た。


(続く)

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