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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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22/27

バッド・カンパニー

 ぶち抜きで共同生活しているフロアだから、個室はない。みんなで雑魚寝になる。

 俺は人の迷惑にならないよう、部屋の隅で、なるべくみんなから離れて寝た。

 それはきっと正解だったろう。


 眠りに落ちると、夢の世界に引きずり込まれた。

 白い肉に覆われた部屋。

 しかして床一面には黒い花。

 四肢をもがれ、虚ろな表情の餅が、黒い茨で宙吊りにされている。

 見上げているのはプルート。いや、ガイアかもしれない。顔は同じだからどちらかは分からない。


「頭がどうにかなってしまいそうよ。早く夜になって、あなたが眠りに落ちてくれないかって。そのことばかりを考えてた」

 彼女はこちらへ近づいてきた。

 歩くとき、床と足とがつながっていたから、きっとガイアなのだろう。言葉も流暢だ。

「彼女を傷つけないでくれ」

「ダメよ。約束したもの。私を救い出してくれるまで、毎日あの子を傷つける」

「救出プランは立てている。もう少しだけ待ってくれ」

 すると彼女は、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。

「待つ? 私になんのメリットがあるの? あの気に食わない姉妹を、あなたの目の前で切り刻める。それだけが楽しみで夜を待ったのに」

「できる限り急ぐから」

「交換条件」

「えっ?」

「分かる? あなたは私の楽しみをひとつ奪おうとしているの。だったら、別の楽しみをくれない?」

 オリジナルの五代まゆは素直で利発そうな少女だった。

 なのだが、同じ人物の遺伝子とは思えないほど凶悪な表情を見せている。

「交換条件ったって……」

「私と交わって」

「君と……」

「愛されたいの。誰でもいいのよ。けど、私と対話できる人間、あなたしかいないじゃない? だからあなたがして」

 両手を広げて、受け入れるような格好を見せた。

 餅はずっと虚ろな表情だ。

 俺がそちらを見ていると、ガイアは俺の頬を両手で挟み、強制的に向きを変えた。

「私を見て」

「もし応じたら、彼女を傷つけないでくれるか?」

「ええ。あまりに安っぽい取引だけど、応じてあげる。ただし、全部私の言う通りにすること。私の首に手をかけて、殺してから愛して」

「なぜ……」

「大丈夫。死ぬのはこの人形だけだから。死んだら食べてまた作る。あなたが死体を相手に頑張ってる姿が見たいのよ。姉妹もきっと楽しんでくれるはず。ほら、して?」

 彼女は俺の手首をつかみ、首へと誘導した。

 これ以上、餅を傷つけるわけにはいかない。

 しかし彼女の要求に応じる気にもなれない。

 情けないことに、俺のはいま役に立たない状態だった。こんなので興奮できるわけがない。

 すると彼女は、絹を裂くような甲高い声で笑った。

「なに? できないの? だったら姉妹を傷つけるけど」

「待ってくれ」

「遅い」


 まるで弾丸でも撃ち出されるようなスピードで、床から黒いツタが伸びた。

 その鋭い先端が、餅の四肢の切断面へと突き刺さる。のみならず、抉るようにグネグネと蠢動。中を掻き出され、血液と髄液の混じったものが飛散した。

 餅は顔をぶんぶんと動かしながら、切り裂くような悲鳴を室内に響き渡らせることしかできない。


「あはは! 楽しい! もっと苦しんで! 徐々に心を壊してあげる! それとも、もっと別のところがいい? 赤ちゃん産むところ、壊しちゃおうか? でもいいよね? あなた、すぐ治るんだもん。でも内臓はダメなんだっけ? まあ知らないけど」

 ほとんど白目をむいて、発狂するみたいにはしゃいでいる。

 俺は怒りに任せて指先に力を込め、彼女の首を絞め上げた。あまりに細い首だ。もっと力を込めればまた折れる。

「ぎひぃっ! そう! それそれ! でももっと! 強く! 強くしてっ! ほらっ!」

 彼女は、もはや水槽の中にいたころの少女ではない。

 死に取り憑かれた残留思念と同化してしまっている。

 俺は全力で力を込め、ゴッと石でも欠くように骨をへし折った。少女は口から泡を吹き、ビクビクと痙攣。

 俺はその死体を捨て、その場に立ち尽くした。

 もちろん要求には応じない。

 ただ餅のいたぶられる様を見守ることにした。

 俺はこの場から彼女を救い出すことはできない。だから見ているだけ。恨んでくれてもいい。ただし、心は決まった。


 俺はこのあと、機械の姉妹の提案を受け入れ、サイキック・ウェーブで衛星の人格を上書きする。

 もちろん、他人の人格を上書きする権利なんて誰にもない。

 それでもヤる。俺は一刻も早くこの状況を終わらせたい。

 あれもエゴ、これもエゴなら、最後は俺自身の意志を通させてもらう。


 *


 目を覚ましたのは午前四時。

 俺はトイレへ行き、冷水で顔を洗った。

 廊下へ出ると、鐘捲雛子が立っていた。髪を下ろしているし、ぼんやりとした立ち姿だったから、はじめ誰かの亡霊かと思った。

 俺は思わず吹き出してしまい、ごまかすようにこう切り出した。

「おはよう。早いね」

「少し話せる?」

「いいよ」

 彼女も寝付けなかったらしく、憔悴した顔をしていた。


 一階の受付へ向かった。

 エントランスにベンチが置かれており、ちょっとした待合室にもなっている。俺たちはそこへ腰をおろした。

 ドアにはシャッターがおりている。

 日も出ていない。

 蛍光灯をつけ、向かい合って座った。

「今日もうなされてたみたいだけど」

 彼女の言葉に、俺は思わず笑った。

「いつものことだよ」

「あの子もいたの?」

「どっち?」

「どっちでもいい。いたの?」

「いたよ」

 餅のことだろう。

 彼女は両手で顔をごしごしとこすり、こう続けた。

「私、あの子を助けたいの。でも、どうすればいいか分からない。本当はあなたとは口も聞きたくないくらいだけど。ほかに頼れる人がいないの。力を貸して」

 気持ちは分かる。彼女に反論する気にはなれない。

「機械の姉妹から提案があった。衛星に搭載された人格を、サイキック・ウェーブで書き換える」

「可能なの?」

「センシビリティ・ハーモナイザーを使えば、衛星の生体部品を上書きできるくらいの出力は確保できる」

「政府は協力してくれそう?」

「アテにならないよ。あいつら、アメリカに関することとなると、すぐ引け腰になるから。それに、ミサイルが飛ばされたら全部おしまいだ。政府の対応なんて待ってられない」

「じゃあハーモナイザーはどうするの? サイキウムが必要になるよね? どこで手に入れるの?」

「例のビルだ。ただし、発射するときはビル内ではやらない。まず電力を確保できないし、住民にも影響が出る。上にいる餅にもね。人のいない場所で、大量の電力を使う必要がある」

「具体的には?」

「これから詰める」

 機械の姉妹が都合よく手配してくれれば楽なんだが。

 大量のサイキウムの入手、衛星の軌道の把握、適切な場所の選定、そして電力の確保。なおかつ、政府にバレないこと。アメリカ絡みなのだから、バレたら妨害されるに決まっている。

 どう考えても難事業だ。

 それでもやるしかない


 *


 各務珠璃が起きたのを見計らい、俺たちは計画を提案した。

 だが彼女は起きたばかりで、ずっと半目だった。コーヒーカップ片手にぼんやりしている。

「はい、分かりました。あのー、前向きに検討しますね……」

 普段は雑誌モデルかのように整えている栗色の髪は、寝癖でぼさぼさだ。久々の宿泊ということもあり、昨晩はシスターズに囲まれて大変だったのだろう。

 しかし悪いが、こっちは必死だ。一秒でも早く始めたい。

「どこかでサイキウムを手配できませんか? そうすれば時間を短縮できるんですが。それともハーモナイザーでも構いませんが」

「いえ、あの、そういった物品は、最近政府が厳しく管理していて……」


 俺たちのテーブルへ、機械の姉妹が近づいてきた。

「ありますよ」

 これに各務珠璃が「えっ」と驚いた顔を見せた。

 政府に所有を禁じられているものが、どこかに保管してある。そんなことがバレたら責任問題だ。

 機械の姉妹は表情を変えない。

「例の研究所が埋め立てられる前に、持ち出されていたものを見つけまして。私のラボに運んであります」

「ちょっと待って。機械ちゃん、どこで見つけたの? ラボって?」

「あなたは知らないほうがいいでしょう」

「政府の人に怒られちゃう……」

 各務珠璃は頭を抱えた。


 が、俺にとっては好都合だ。違法だろうがなんだろうが、モノさえ手に入れば文句はない。

「すぐに手配できるか?」

「もちろん。十二個もあれば足りるでしょうか。上書き用のメッセージや、場所の選定についてもこちらで用意しておきます。電源の用意もね」

「なんでもできるんだな」

「ただし、環境へ与える影響を考えると、住民のいないエリアで発射するのが好ましいでしょう。そこには電気も来ていませんし、ネットワークもつながっていないはずですから、誰かが現場でオペレーションする必要があります」

「それは俺がやる」

「ところで費用は一億を超えますが、払えますか?」

「……」

 無料ではないのか……。

 前に振り込まれた四千万は、すでに三千万にまで減っている。無職のまま数ヶ月過ごしたのだから仕方がない。しかも何度か派手に遊んだ。

 結論から言うと、足りない。


 鐘捲雛子がイライラした様子で応じた。

「四千万なら出せる」

 一円たりとも金を使い込んでいないだと……。

 このあとに三千万という額を出すのは勇気がいるぞ。

 だが、迷っている時間はない。

「俺は六千万だ。ただし分割払いにしてくれ。利子もナシでな」

 口を滑らせたわけじゃない。

 借金がどうだろうが、餅をあの境遇から救い出すほうが重要だ。


 機械の姉妹はこう応じた。

「正確には、一億九百三十二万六千三百二円です。少し足りませんね」

「足りない分も全部俺が出す。話を進めてくれ」

「支払いのアテはあるのですか?」

「俺を信じろ」

「まったく信用できないのですが……」

 冷たすぎる。

 なんなんだこの女は。心まで機械なのか。

 まあどう考えても支払いのアテなどない上に再就職すら失敗しまくっているし、俺が逆の立場だったら絶対に信用しないけど。


 各務珠璃が申し訳無さそうに口を開いた。

「あの、うちからも百万くらいなら……」

 ポケットマネーではなく、あくまで経費で参加するつもりか。まあ彼女はこのセンターを作る前に私財をなげうっているからな。財政が厳しいんだろう。

 ともあれ、他人の財布をアテにしている場合じゃない。

 なんとか再就職して返済する。この際、IT企業じゃなくてもいい。俺は家族を救うんだ。


 機械の姉妹はにこりともせず切り出した。

「そうですか。しかしそんな顔をする必要はありませんよ。姉妹を代表して私が一億ほど出しますので、皆さんは残りを出し合ってくだされば結構」

 女神は存在したのか。

 俺が宝くじを当てたら、ぜひとも銅像を建立させていただくとしよう。

 そして彼女はこう続けた。

「では明日までにすべての手配を済ませておきます。二宮さんは、指定のポイントまで車両を運転し、オペレーションをお願いします。ただし、これらは政府の認可を受けていない非公式な行為であり、立入禁止区域に危険物を持ち込むわけですから、できるだけ慎重にお願いします」

 明日か……。今夜もまた餅を苦しめることになる。だが、これ以上のスピードは望むべくもないことだ。

 あと一日だけ我慢してくれ。

 絶対に解放する。


(続く)

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