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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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21/27

トレードオフ

 食堂の奥で、俺たちは串焼きを食った。酒はないから、飲んでいるのはコップの水だ。

 特に会話はなかった。

 待っていると、仲間たちがぞろぞろ戻ってきた。いないのは、サターン宅に住み込んでいる円陣チームのみ。

「え、青村さん?」

 白坂太一が目をパチクリさせた。

 本部からはなんの連絡もないのに、いきなり来ていたから驚いたのだろう。俺も同じ気持ちだった。そもそも彼は援軍ではない。ただの民間人だ。

「お、白田じゃねーか。その他大勢も久しぶりだな」

 まだ名前を覚えていないのか。きっと俺のことも宮川だと思ってるんだろう。

 鐘捲雛子は、しかし彼には興味を示さず、餅の姿がないことを不審がった。

「ひとり足りないみたいだけど」

「ちょっと事情があって……」

「どんな事情?」

 すでに姉妹ごっこはやめたはずだが、それでも一応は気になるようだ。

 なるべく口にしたくなかったが、俺はやむをえず告げた。

「じつは四十五階に行ったんだ。それで、上にいたクイーンと接触して……」

「それで?」

 尋ねる言葉は冷静だが、呼吸が荒くなっているのが分かる。

「置いてきた」

「……」

「ただ、命の保証はしてもらった。条件を飲めば助けてくれるって……」

「それで自分だけ逃げたの?」

「そう」

 言い訳はしない。俺は、餅を置き去りにして逃げた。それは事実だ。

 青村放哉が串を捨てた。

「おいおい、辛気臭ぇのはナシだぜ。その条件とやら……おっと」

 茶化そうとしたわけではないのだろうが、彼が軽口を叩くと、鐘捲雛子は目にも見えない速さで抜刀し、ベニヤ板へ刀を突き込んだ。

「どんな条件なのか教えて」

 有無を言わせぬ態度だ。

 いまにでも四十五階へ乗り込みそうだ。

「アメリカの衛星から、救い出して欲しいと……」

「誰を?」

「クイーンだよ。例の研究所で、水槽の中にいた子。ここではガイアとも呼ばれてる。彼女の精神が、いま衛星に格納されてて……」

 すると彼女は、刀を握る手に力を込めた。

「待って。そういうことなの? 本当に? じゃあ……そこまで分かってたなら、なんで私たちに言わなかったの?」

「今回の調査には関係のない話だから」

「関係ない? 自分だけその事実を掴んでて、勝手に四十五階に行って、勝手に失敗して、あの子を置き去りにしておいて、そんな言葉しか出てこないの?」

「……」


 そうだ。

 俺は慢心していた。自分だけがサイキック・ウェーブを使えるから、もしガイアに関する問題を解決できるなら、それは俺だけだと思っていた。ガイアも俺と対話したがっていたし、俺が出向けば済む話だと決めつけていた。

 自分を特別な存在だと勘違いして、スタンドプレーに出て、結局は取り返しのつかない事態を招いてしまった。


 鐘捲雛子は刀を鞘へ戻し、白坂太一へ告げた。

「衛星電話を貸して」

「なにを言うつもり?」

「本部に協力を頼むの。アメリカの衛星なんて、私たちでどうにかできる問題じゃないでしょ?」

 その通りだ。

 個人の手に負えない問題は、もっと大きな組織に対処してもらう必要がある。それが大人の対応というものだ。

 白坂太一が衛星電話を渡すと、鐘捲雛子は向こうへ行ってしまった。


 青村放哉がふっと笑った。

「ずいぶん険悪なムードだな。なあなあの馴れ合いだけがオメーの唯一の長所かと思ったが、うまくいってねーみてーじゃねーか」

 ほかにも長所はあると信じたいが。

 俺はうなずいただけで、反論もできなかった。

 代わりに、白坂太一がフォローに入ってくれた。

「僕も事前に相談して欲しかったとは思いますが、起こってしまったことは仕方がありません。今後の対処を考えましょう」

 ぜひノーベル平和賞を受け取ってくれ。

「キャンセラーも壊されちゃった」

「それは作り直せばいい話です。それより、手を怪我してるじゃないですか。消毒はしました?」

「まだ」

「じゃあ早くしたほうがいいですよ。グローブとってください。手伝いますから」

 もう血液がこびりついてグローブと一体化しているから、そっとしておいて欲しい気もするが。このまま放っておけば化膿するかもしれない。彼の言う通り、消毒したほうがいいだろう。

 ただし、見た目ほど傷は深くなかった。

 俺がツタをつかんだ瞬間、棘が引っ込んだのだ。ガイアは、俺を傷つけるつもりはなかったのだろう。まだ優しさが残っている。人格が消滅する前に救い出さないと。


 傷の手当てが終わると、鐘捲雛子も戻ってきた。

 深刻そうな顔をしている。

 白坂太一が「どうですか?」と尋ねると、彼女は静かにこう告げた。

「撤収しろって」

「……」

 聞き間違えか? 急過ぎるだろう……。

 だが、彼女はジョークを言うようなタイプじゃない。きっと本当に、本部から撤収命令が出されたのだ。

 青村放哉がケタケタ笑った。

「おいおい、もうお開きかよ。こっちは参加したばっかだってのによ。全然エンジョイできてねーんだが?」

「あなたは勝手にすれば? 民間人なんだし。私は命令に従うから……」

 悔しそうな顔をしているから、いちおうは不服なのだろう。

 俺はこう尋ねた。

「理由を教えてくれるか?」

「アメリカが衛星を撃ち落とすらしいの。そしたらデータも取り直しになるから、後日、イチからやり直しだって……」

「俺は残る」

「正気? 残ってどうするの? あなたになにができるの?」

「分からないが、このまま帰るのはごめんだ」

「命令違反は許さない」

「知るかよ。とにかく俺は帰らない。帰るなら君たちだけで勝手にしてくれ」

 たぶん冷静な判断じゃない。

 それでも抵抗したかった。

 どうしてもここを離れたくない。今日から毎晩、餅は体を斬り刻まれる。俺だけが日常に戻り、平和な生活を送る気にはなれない。調査や計測なんて知ったことじゃない。

 すると、白坂太一がこちらを見た。表情はいつも通りだが、すっとメガネを押しあげ、冷たい口調でこう言い放った。

「一緒に帰ったほうがいいと思いますよ。もし帰らなかったら、次に来たとき、僕たちは敵同士になるかもしれませんから」

 感情的に怒鳴りつけてくるならまだしも、こんなに非情に現実を突きつけてくるとは……。

 ぐうの音も出ない。

 彼の言う通りだ。

 認めないといけない。俺は普段からバカなのかもしれないが、いまは輪をかけてバカになっている。

 ワガママで四十五階へ行ったのに、またワガママで残ろうとしている。

 もちろん完全には納得できない。だが、俺よりもみんなのほうが納得していないはず。

「もしそうだとして、あの子は家族なんだ。置いて行くのは……」

「餅さんの命が保証されているということは、人質という扱いなんでしょう? 殺したいだけならとっくにそうしているはずです。しかも今回、相手側の要求も明示されています。アメリカの衛星をどうにかするなら、政府も巻き込まないとムリですよ。時間を有効に使うためにも、いまは引き返すべきでしょう。ほかになにかいい案でもあるならともかく」

「案はない」

「じゃあ決まりですね」

 完敗だ。


 鐘捲雛子は腕時計を確認した。

「二十時過ぎには迎えのヘリが来るから。みんなは下に行ってて。私、円陣さんたち呼んでくる」

 一時間以内に撤収か。展開が早すぎる。

 まるで、誰かがクイーンに接触したら即撤退すると以前から決まっていたかのようだ。さすがに考えすぎかもしれないが。


 青村放哉は仰向けになった。

「じゃあ帰るのか? 各務ちゃんによろしくな。ま、どうせすぐ会うことになると思うけどな」

 ここに住むつもりだろうか?

 環境に適応しそうではあるけれど。

 彼の言う通り、また会うことになると思う。衛星の問題がどうにかなりそうなら、俺はすぐにでもここへ戻ってくる。民間人としてでもいい。とにかく戻る。

 餅だけでなく、ガイアのことも放ってはおけない。


 *


 大型のヘリコプターに、七名で乗り込んだ。

 揺れるハシゴに難儀しながら乗り込み、ベンチに腰をおろした俺たちは、もう脱力して雑談さえできなくなっていた。

 ふわりと機体が上昇し、霧を抜け、サーチライトはもやに包まれたビルなどを照らした。

 機体に搭載されたキャンセラーが稼働しているものの、上階へ近づいたときには独特の圧力を感じた。


 そんな景色も、すぐに夜の闇に飲まれてしまう。

 外部から電気が来ていないから、光を漏らしているのはビルだけで、それ以外は真っ暗だ。眼下に宇宙が広がっているような錯覚さえおぼえる。


 *


 ヘリが到着したのは本部ではなく、政府の研究所であった。広さはそこそこだが、二階建ての建造物。

 俺たちは消毒用のガスを吹き付けられ、それから中へ案内された。

 といっても応接室なんかじゃない。倉庫のような機材搬入口で、立ち話だ。


 出迎えたのは政府側の「主任」。

 これといった特徴のない中年男性だ。白衣ではなくスーツ姿。

 前に研究所でハメられたときには、ずいぶん世話になった。もちろん悪い意味で。


「ずいぶん大所帯ですね。たしか三名だったはずでは」

 彼は開口一番、そんな皮肉を飛ばしてきた。

 分かってて言っているとしか思えない。俺も相応の返事をした。

「事前の想定よりマンパワーが必要だったので、増員しました」

「そうですか。計測器を回収しますので、そちらのカゴへ返却願います。ところで、クイーンと接触したようですね。所見を報告してください」

 俺たちのことを、データを運ぶ装置かなにかだと思っているような態度だ。

「所見? デカい肉でしたよ。ほかに説明のしようがない」

「対話はしましたか?」

「世間話くらいは」

「内容は?」

「本体はアメリカの衛星に入ってます。クイーンはその操り人形で。衛星から出たがってましたよ。人道的見地からも、彼女の要求を飲むべきかと思いますが」

 すると彼は少し不快そうな表情を見せた。

 この程度の情報は、おそらく最初から把握していたはずだ。

「ほかになにか気づいた点は?」

「さあ」

「まあいいでしょう。詳細なレポートは後日提出してください。フォーマットはこちらで用意しておきます」


 *


 バスで本部まで運んでもらった。

 表向きは「進化ダイバーシティ研究センター」なる第三セクターだが、俺たちはそこをサイキストの本部として使っている。


 定時はとっくに過ぎているが、センター長の各務珠璃はまだ残っていた。

 ふわふわした印象の若い女性だ。もとは俺たちをハメたツアーガイドだったが、いろいろあった結果、いまは俺たちのボスをやっている。

 いつもは柔和な笑みを浮かべている彼女も、今回ばかりは浮かない表情だった。

「お帰りなさい。疲れたでしょう。報告などは明日で結構です。今日はこちらに宿泊してください」

 社会で暮らせないシスターズのために、生活スペースが用意されている。大人数でも寝泊まりすることが可能だ。


 俺たちが生活スペースへ向かうと、シスターズも受け入れてくれた。とはいえ、みんな状況を把握しているらしく、浮かない表情だったが。

「お帰り。あの……」

 ショートカットで活発な印象のアッシュがこちらへ駆け寄ってきた。しかし言葉が続かない。

 俺は「ただいま」と応じ、頭をなでた。

 先に彼女が対応に困ってくれて助かった。もしそうでなければ、俺のほうがしどろもどろになっていたはずだ。


 シャワールームで思う存分身を清めたあと、患者着のような浴衣に着替えた。あとは雑魚寝して、明日になればレポートとやらを書くことになるだろう。

 いや、その前に――夢の中で、餅の傷つけられる様子を見せられることになる。

 できれば眠りたくない。


 特に食欲もなかったが、俺は携行食をひとつ手にとった。栄養のあるチョコレートバーだ。齧ると想定通りの味がする。

 壁際に座り込んでひとりでメシを食っていると、体からケーブルを生やした少女が近づいてきた。機械の姉妹だ。俺たちと同じ浴衣姿で、髪は上で団子状にまとめている。

「なにか手伝えることはありますか?」

 表情は乏しいし、口調も平坦だが、俺たちのことを心配してくれている。

「君の力で、アメリカの衛星をなんとかできないか?」

「残念ながら、ただでさえセキュリティも厳しい上に、現在制御不能ですので。オンラインでの制御は不可能と思ったほうがいいでしょう」

「かといってオフラインって言っても……」


 アメリカはミサイルをぶつけるつもりでいる。もしそうなればガイアは死ぬだろう。クイーンは制御不能となり、怒りを抑えきれなくなった彼女は躊躇なく餅を殺害する。

 つまり俺たちは、アメリカがミサイルを撃ち込む前に、なんらかの方法で宇宙へ出向き、衛星をキャッチして地上まで運ばなければならないわけだ。


 チョコレートバーをボロボロこぼしながら食っていると、自分が無力なガキのような気がしてくる。

 機械の姉妹はさすがに苦笑した。

「相当頭がやられているようですね」

「もっと優しく言ってくれ」

「いつものあなたなら、もっといろいろアイデアが出てくると思うのですが」

「俺もそう信じてたよ。けど、ダメだった。俺は自分で思ってるほどマシじゃない。二三回うまくいっただけの、ただのバカだった」

 これは自虐じゃない。正当な評価だ。

 機械の姉妹は「ちなみに、さっきからこぼれてますよ」と指摘してきたが、俺は構わず食事を進めた。

「やる気まで失ったのですか?」

「そう言わないでくれ。今日はいろいろありすぎた」

「私の知っている二宮渋壱は、もっとクレバーな人物だったと思うのですが。まあいいでしょう。ひとつヒントを進呈します。衛星を直接制御しようと思うから詰まるのです。他の方法をもってすれば、制御も不可能ではないはず」

 なにを言っているのやら。

 そんなヒントではなにも分からない。

 直接じゃないとしたら、間接だ。俺たちも衛星を打ち上げて、それで回収するという方法しかあるまい。そしてそんな金も時間もないし、政府もたぶん乗ってこない。ゆえに不可能。先にミサイルが直撃する。

 彼女はこう続けた。

「分かりませんか? 私たちが制御するんじゃありません。『13-NN』に制御させるんです」

 それは水槽の少女、ガイアの個体番号だ。

 やはり無茶を言っている。ガイアが制御しているからこそ制御不能だというのに。

「なにも思いつかない」

「では模範解答です。地上からサイキック・ウェーブを送り、衛星内部の生体部品を書き換えるのです。私たちの命令を聞くようにね。『13-NN』は消滅しますが、代わりに別の人格が誕生します。餅は助かりますよ」

「……」

 あまりの感動にチョコレートバーを落としそうになった。

 餅を救出できるだけでなく、衛星とクイーンを自由自在にコントロールできるようになる。

 おそらくは完璧な提案だ。

 俺がガイアも助けたいと思っていなければ、だが。

 全員救おうというのはエゴなのだろうか。あるいは力も知恵も不足している俺には、分不相応な望みなのだろうか。


(続く)

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