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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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20/27

理由

 このままじゃいけないと思った。

 俺はツタへ駆け寄り、引きちぎろうとした。が、信じられないほど鋭い棘が、グローブを貫通して手の奥へと突き刺さり、激痛ですぐに手を離してしまった。

 もしかするとさしたる傷ではなかったかもしれないが、情けないことに、痛くてなにも握れない状態だった。

 血液が滴り落ちて、白い肉へいくつかの赤い円が描かれた。

「頼む! もう許してやってくれ! 彼女がなにをしたって言うんだ!」

「……」

 プルートは無表情。

 ただ目を動かし、餅を見た。するとさらにツタが力みだし、餅の腕を引きちぎった。喉奥から絞り出すような悲鳴。ゴミのように捨てられる腕。床の肉から咲く黒い花。

 俺はプルートへ歩み寄った。

「どうすればいい? どうすれば彼女を解放してくれる?」

「むり……」

 俺は手を伸ばし、プルートの首を絞めた。

 ほっそりとした首だ。

 手の痛みをなんとかおして、ぎりぎりと力を込める。

「助けないと君を殺すぞ」

「……」

 彼女の目はこちらへ向けられている。

 さすがに苦しそうにはしているが、特に恨むような顔ではない。ただ苦しみながら、景色としてこちらを眺めているような顔だ。虚空を見つめているのと変わらない。

 餅は震える声で「もう許して」と繰り返している。

 このままでは本当に死んでしまう。

「本当に殺すぞ! 離せ!」

「……」

 返事はなかった。その代わり、餅の足がブチブチと音を立てて引きちぎられた。これでもう、四肢はすべてもがれた。

 彼女の胴体に絡みつくツタは、棘で皮膚に食らいついている。どれだけ深く食い込んでいるのだろう。きっと吊られているだけでも激痛のはずだ。涙と鼻水を流しながら、餅は口を半開きにして呼吸を繰り返している。

「頼むから離してくれ……」

「……」

 力が入って、ゴッと鈍い音がした。

 なにが起きたか分かったが、受け入れたくなかった。首の骨が折れた。それくらい強く握り込んでしまった。

 プルートは崩れ落ちた。

 糸の切れた人形のように。

 あとは口から胃液を吐きながら、ぴくり、ぴくり、と痙攣するのみ。


 映像ヴィジョンはない。

 ずっと凪だ。

 そう。

 レベル15あった波は、俺たちがここへ来てからずっと消えていた。


 ツタがしゅるしゅると芽に回収された。餅は解放されて床へ墜落。その周囲にも花が咲いた。

 花葬にでもしているつもりか。

 黒い芽はふたたび少女の姿へ戻り、こちらへ近づいてきた。歩いているというより、歩いているフリをしているだけだ。両足はずっと床とつながっている。

 少女に表情はない。

「殺してしまったのね、私たちの子供……」

「俺の子供じゃない」

「あなたがどうするのか、ずっと見てたわ。あなたが餅と呼ぶ姉妹、『45-NN』を選ぶのか、それとも子供を選ぶのか」

「殺すつもりはなかった」

「けれども死んだ」

 選択肢はなかった。

 助かろうとしたら、命を奪う結果になってしまった。

 少女はにこりともしない。ただ視線を死骸へやり、こう続けた。

「宇宙へ投げ出されたとき、あなたとの思い出も一緒に持っていったの。それを私の記憶と混ぜ合わせてプルートを作った。だからふたりの子供。出来損ないのデク人形だったけど、それだけに愛しかった。命令にはなんでも従うの。人格の希薄な肉よ。機械で人格を上書きされて、実験に使われていた私とそっくり」

「君を救えなくてずっと後悔していた」

「嬉しいわ。もっと苦しんで?」

 にこりと笑みを見せてくれた。

 しかし、できればこんな会話の流れでは見たくなかった。

「対話に来たんだ。争うために来たわけじゃない」

「知ってる」

「じゃあなんでこんなことをするんだ」

「言ったはず。ムカつくからよ」

「以前の君はそんな子じゃなかったろう」

 この問いを投げた瞬間、彼女はぐっと眉をひそめた。

 部屋を覆う肉もピクリと反応した気がする。

「そんな子じゃなかった? よくそんなことが言えるわ」

「もちろん、そんなに長い付き合いだったわけじゃない。ただ、あんな環境にあっても、君は尊厳を保ち続けていただろう。素直に凄いことだと思ってたのに」

「尊厳? そうね。けれども、満たされないのよ、そんなものを大事にしていても。私が我慢すればしただけ、他の誰かが幸福になる。そして奪えば奪っただけ、私の心は満たされる。それが分かってから、いい子でいるのがバカらしくなったの。だってそうじゃない? みんな私のことなんて忘れて、楽しく過ごして。素敵なお花畑よね。海まで作って。キラキラ美しい水面。気に食わないから、私はヘドロにしてやるの」


 内容の是非は、ひとまずおこう。

 俺たちの行動を見て、彼女はそういう考えに至ってしまった。これは事実。

 そして俺たちはといえば、彼女の喪失を忘れたかのように振る舞ってきた。哀しみを引きずっていては明日を生きられないからだ。これがこちらの都合。


 どちらにも「正しさ」などない。

 あるのは互いに「どうしたいか」だけだ。


 もちろん彼女の主張には気に食わない点がいっぱいある。いろいろ理屈を使えば攻撃のしようもあるだろう。ただし、それは正しさとは別だ。

 この世に存在するどんなにもっともらしい理屈であろうと、全人類にアンケートをとって検証されたものではない。そしてまた、時代や情勢によって変更されないものでもない。

 俺たちは、たまたま見かけた合意らしきものを「正しさ」であると思い込み、チラチラ参照しながら生きているだけだ。

 そして暴力でどうにかできる場合には、参照さえしなくなる。


 俺はいま、圧倒的な力を前に、数少ない選択肢を選びかねている。


1.なんとかして俺だけ逃げる

2.なんとかして餅だけ助けてもらう

3.なんとかしてみんな助かる


 ほかにも可能性は存在するが、実際に選びうるのはこの辺だろう。


 彼女はいま、サイキック・ウェーブを停止している。俺と会話するためだ。つまり話を聞き入れる用意があるのだ。よってこちらも武器ではなく言葉を使う。

 いま必要なのは「正しさ」じゃない。

 仮に七十億の人類が顔をしかめるような選択であろうと、俺と彼女の間で合意へ至れば、衝突は避けられる。


「君の希望が聞きたい」

 俺はそう切り出した。

 理由があって呼んだはずだ。彼女は対話がしたいと言った。じゃあその対話の内容はなんだ? なんらかの主張があるはずだろう。

 彼女は表情を消した。

「私を宇宙から救い出して。そして抱きしめて欲しいの。どんな姿であっても」

 冗談を言っている様子ではない。

 が、不可能だ。

 不可能だが、それをそのまま伝えることはできない。

「できれば希望には添いたい。ただ、あきらかに俺の力量を超えている。あれはアメリカの衛星だし、いまは制御不能になってるらしいじゃないか」

「そう、制御不能なの。すべてが制御不能になってゆく」

「えっ?」

 すべて? 衛星以外にも問題が起きているのか?

 彼女はふっと力ない笑みを浮かべた。

「この体、私だけのものじゃないの。私以外のみんなが、少しずつ混ざってる。あなたさっき言ったでしょ? 以前は『そんな子じゃなかった』って。その通りよ。以前はこんなんじゃなかった。復讐の衝動を抑えきれなくなってるの。みんな殺してしまいたい。私たちがそうされたように。勝手に研究して、勝手に失敗して、勝手に殺して、勝手に精神を奪って……。最後は石ころをとられて、土に埋められてしまうの。この怒りは抑え込めない」

 なるほど。

 たまたま強いサイキック・ウェーブを持っていた彼女が制御しているように見えるが、実際は大統領の言う通り「群体」なのだ。様々な衝動がぐちゃぐちゃに混ざり合っている。それがなんとか対話可能な個性に見えるのは、彼女の力によるものだ。

「分かった。じゃあ本部と調整して、できる限りの対応をする。そのためには、いちど引き返したいんだが……」

 俺は餅を見た。

 傷口はすでにふさがっているものの、まだ痛みに震えている。切断された手足は痙攣を止め、ただの部位として転がっている。

 少女は不快そうに目を細めた。

「戻っていいのはあなただけ」

「彼女を放ってはおけない」

「イヤよ」

「なぜだ? 彼女を巻き込むことはないだろう!」

「イヤって言ってるでしょ。不快なのよ。あなたにまとわりついて。自由な体で、どこへでも行けてしまう。できれば頭に穴を空けて、なにも考えられないようにしてしまいたいくらい」

「頼むから、そんなことしないでくれ」

「……」

 返事さえしなくなってしまった。

 恨みがましい目でじっとこちらを見ている。

「分かった。じゃあ彼女は置いていく。ただし、殺さないと約束してくれ」

「遅ければ殺す」

「すぐに戻る。だから……」

 すると彼女は、ふたたび眉にしわを刻んだ。

「そういう必死さが余計にムカつくのよ。そんなに彼女が大事なの?」

「もし君が同じ扱いを受けた場合でも同じことを言う」

「デマカセね。大人はすぐそう言う」

「そんなに信用できないなら、腕の一本でもくれてやる。いや、腕っていうか指っていうか……。待った、もっとほかの……」

 あきらかにデマカセを口にしてしまった。

 彼女はうんざり顔だ。しかし眉に刻まれたしわは消えた。

「いらないわ、あなたの腕なんて。欲しいのは心だもの。ただし、バカみたいなことを言ったことは反省して」

「謝るよ。ただ、本気だということを伝えたかったんだ」

「いいわ。殺さない。ただし、毎晩少しずつ傷つけていくから。その様子を夢で伝えてあげる。あんまり遅いと腕や足も返さない。消化して私のものにしてしまう」

「覚悟しておく」


 *


 かくして俺は、四十五階からの脱出に成功した。

 つまりは堂々と「1.なんとかして俺だけ逃げる」を成し遂げたというわけだ。

 餅も救えない。あの少女も救えない。救うつもりはあるが、それだけだ。具体的なアイデアがひとつもない。

 逃げただけ。


 三十階の発電所を通り過ぎ、二十九階へ来たところで、不意に涙が出そうになった。

 なんとかこらえたが、突発的に来た。

 俺は口ではなんとか言っておきながら、ふたりを見捨てたのだ。

 俺には、どちらも救えない。

 なのに理想だけを並べ立て、成功の見込みもない約束をし、待たせることになった。

 これから餅は、毎晩のように体を傷つけられるだろう。そして遠からずアメリカは衛星を撃ち落とす。そのとき餅がどうなるかは分からない。人格を制御していた少女の本体が死ねば、クイーンはついに制御不能となるだろう。異物である餅を生かしておくわけがない。


「おいテメー、シケたツラしてんじゃねーよ。どんだけ探したと思ってんだボケ」

 いきなり暴言を浴びせられ、俺は慌てて顔を上げた。

 スパイキーなツンツン頭の、背の高い男が立っていた。黒のレザージャケットを着て、トーラス・レイジングブルを手にしている。

 青村放哉だ。

 腕章はしていない。

「え? 青村さん? なんでここに?」

「散歩してたら道に迷ってな」

「散歩? ここに住んでたの?」

「なわけねーだろ。昨日ついたばっかだよ。面白そうなアトラクションがあるみてーだからな」

「腕章は?」

「うるせーな。俺が休日になにしようと勝手だろ。それより、メシねーか? ハラ減ってよ」

 付近には感染者ヴィクティムの死体が転がっているが、さすがにそれを口にする気はないようだ。変異種ミュータントならともかく、感染者はさすがにマズいと思ったのだろう。

「じゃあ、下に行ったほうがいいかな。食堂あるんで」

「おう」

「ひとり?」

「見ての通りだ」


 昨日、路上に停められていたバイクは一人乗りだった。つまり、例の配信者コンビのバイクではなかったのだ。

 違和感の正体がようやく判明した。


 歩きながら、俺はなお尋ねた。

「どうしてひとりで?」

「いいだろ、なんでも」

「いいけど、俺らと一緒に行動したって一円にもならないよ」

「金の心配はすんな。まだちっと貯金あっからよ」

 前回、大統領を救えなくて、一番落ち込んでいたのがこの男だ。もうこの手の仕事は引き受けないのかと思っていた。

 俺の記憶によれば、いまは彼女と同棲しており、ギタリストを目指して好き勝手に生きていたはずだ。それがひとりで乗り込んでくるとは。

「で、目的は?」

「言っただろ、散歩だって。ま、ちょっとした気晴らしだ」

 銃の腕は信頼できる。しかしそれ以外は怪しい。気分屋だし、気が乗らないとなにもしない。

 彼は横目で俺を見た。

「そういうオメーはなにしに来たんだよ?」

「俺? 俺は仕事だよ。べつになにも……」

 どこにも再就職できなくて、この仕事を受けざるをえなかった。貯金はあるが、遊んで暮らせるほどではない。

 いや、違う。それだけじゃない。

 本当は仲間たちに会いたかったのだ。また一緒になにかしたくて、ずっとこうなるのを待っていた。そして声がかかった。

 おそらくではあるが、俺は寂しかったのだ。


(続く)

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