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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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18/27

サイキストの休日

 自称ウラヌスがなかなか用件を言わないので、俺はあらゆる感情を抑制し、こう応じた。

「二宮です。なにかご用でも?」

 彼は神経質そうな眉をひそめた。

「ご用? まあそうだ。用がある。そうでなければ、カロリーを消費してわざわざ君に会いに来たりなどしない。私は忠告に来たんだ。ガイアには近づくべきではないとね」

「そうですか。ご用件は確かにたまわりました。内部で検討してみます」

 内部で検討というのは、つまり「帰ったら忘れる」ということだ。こんなのを真に受けていたら、仕事が進まなくなる。

 立ち去ろうとすると、俺は肩をつかまれた。

「待ちたまえ。たまわりました? 内部で検討? いかにも政府のイヌが言いそうなことだな。どうせ私の忠告を無視するつもりだろう?」

「正解です。手を離してください。公務執行妨害ですよ」

「公務? なんのつもりだ? ここに政府などない」

「いや、その辺は俺も勝手にしてもらったらいいとは思うんですが、そもそも話に興味がないんで……」

「生意気だな。権力を笠に着て思い上がっているのか?」

「権力もなにも、普通に通行妨害でしょう」

 なんなんだ。俺だって政府のゴリ押しには頭に来てるけど、こういうヤツが相手ならダブルスタンダードも辞さないぞ。

 彼は不快そうに目を細めた。

「ほう。では暴力に訴えるか? その銃で撃ち抜けば、たしかに私を黙らせることはできるだろう。もちろん知性ある人間の行動ではなかろうがね」

「いいから手を離してください」

「なぜガイアに近づくべきでないのか、知ろうともしないのか」

「なぜなんです?」

 銃で撃ったあと下へ落とせば、完全犯罪の成立という気もするが。

 彼はやや満足そうに笑みを浮かべた。

「ああ、ガイア……。高貴なる慈愛の聖母にして、無垢なる少女。薄氷のごとき危うさ。交合にも似た濃密な対話。すべてが神秘的。人はロジックを放棄してもいい。いや、積極的に放棄せねばならない。これはアガペーとエロスの両立だよ。もちろん君も啓蒙されたいだろう?」

「日本語でお願いします」

「異物なのだよ、君は。穢れている。ガイアに近づくべきではない」

 こいつもカルトか。

 コートの下に例のローブを着てたりして。

「それ本当なんですか? 前に似たようなこと言ってたヤツがいて、結局ガイアの手下にぶっ殺されてましたけど」

「彼はガイアの慈愛に背いたのだろう。罰を受けて当然だ。しかし、私は決して背かない。愛! 愛を受け入れる! 私は、私のちっぽけな精神を、すべて彼女に捧げる」

 こんな狂信者がいるんだから、ガイアさんもさぞご満悦だろう。なのに、なぜシスターズの花園を攻撃するのだろうか。人はどれだけ愛を得ても、なお欲しがるものなのだろうか。いい加減にしろと言いたい。

「つまり、ここを出ていけってこと? 俺はそのガイアさんに呼ばれてるんですが」

 以前も同じような会話をしたなぁ。

 彼はふんと鼻を鳴らした。

「知っているとも。ガイアは君と交わりたがっている。だからこそ許せんのだ。こんな醜い精神の持ち主が、私を差し置いてガイアと交わるなど」

「もう行っても?」

「待ちたまえ。まだ話は終わっていない。そう。終わっていないのだ。なぜなら、私は君に提案をしたい」

「じゃあしてくださいよ」

 もったいぶりやがって。結論から言ってくれ。そろそろ昼飯にしたいのに。

 彼はぐいと顔を近づけてきた。

「グランドクロスだ」

「は?」

「ガイアを囲む四つの星。彼女を祝福するための饗宴だ。私はそれを実現したい。残念ながら、いくつかの惑星プラネットは消滅してしまったが。しかし、まだ私がいる。サターンがいる。ヴィーナスがいる。そして君がいる。本来なら君になど頼みたくないのだが、選り好みしていられる状況でもないのでな」

「ヴィーナスさんならさっき死にましたけど」

「……」

 彼はきょとんとした顔で、まずは外を見て、またこちらを見た。

「死んだ? なぜ?」

「他のメンバーと同じですよ。木っ端微塵に。パァンって」

「じゃ、じゃあどうやって四人揃えるんだ?」

「知りませんよ。俺もう行きますから」

「ああっ」

 手を振り払うと、体勢を崩して彼はその場に崩れ落ちた。

 じつに迷惑きわまりない男だ。

 そもそも、なんなんだグランドクロスって。みんなで囲んだらガイアは成仏してくれるのか? そしたら調査はやりやすくなるが……。


 ここでなにが起きたかはほぼ把握できている。

 かつて研究所の水槽に少女がいた。それが事故で下から突き上げられて、精神だけが衛星の生体部品に入り込んだ。そして衛星は波を送り、ビルの屋上にクイーンを生み出した。クイーンは人間を争わせるためフェストを蔓延させた。

 以上。


 俺たちの仕事は、あくまで全フロア計測することだから、謎が解けたところで帰れないわけだけど。こういうのをお役所仕事というんだろうか。まあ必要なことなのかもしれないが。


 *


 食堂でミュー丼をかっくらっていると、忍者と中二が入ってきた。

「おお、二宮どの。奇遇でござるな」

 忍者はどんと椅子に腰をおろした。

 椅子というか、ひっくり返したビールケースだけど。

 中二もその向こうへ腰をおろした。

「ここヤバいね。感染者ヴィクティムばっかじゃん」

 どちらも返り血を浴びているところを見るに、上で戦闘でもしてきたのかもしれない。せっかくの休日だってのに。

「何階まで行ったの?」

「二十階。なんかカツオ節売ってた」

 すると食堂の婆さんがブハハと豪快に笑った。

「ありゃカツオ節じゃないよ! ミュータント節さ! 高級品だから、うちじゃ使ってないけどね!」

 どんな味なんだろう。まあ味ってよりは、結局はうまみ成分なんだろうけども。

 このふたりは、研究所にいたときから遊びのように変異種ミュータントを狩っていた。ここでも似たようなことをするつもりなのであろう。

 俺は中二に尋ねた。

「受験勉強はいいの?」

「は? 俺まだ高一なんだけど。全然ヨユーだし」

 まだ冬休みでもないのにこの作戦に参加したということは、きっと不登校を続けているのだろう。勉強は忍者が教えているのだったか。


 *


 先に食事を終えた俺は、なんとなくひとりで下へおりた。ジャンク屋の前を通過し、エントランスへ。

 住民たちが家もつくらず寝転がっている。

 体は冷えないんだろうか。


 などと歩いていると、迷い込んだと思しき若者たちに遭遇した。着ている服は小綺麗だし、手にはカメラまで持っている。動画の配信者だろうか。

「いやー、さっそくヤバい雰囲気っすね。人が寝てます。てか死んでるかも。死体とか映したらまずいんだっけ? あとでモザかけまーす」

 男女のコンビだ。女のほうは無言で後ろからついてくる。


 どこかで見た顔。

 たしか、例の研究所にも入り込んできた若者たちだ。

 彼はカメラを動かし、こちらを捉えた。

「あ、住人いましたね。ちょっと話聞いてみ……あっ」

 慌ててカメラを隠した。

 向こうも俺が誰だか分かったようだ。前になにが起きたのかも。

 俺が近づくと、彼は「いや、撮ってないんで」などと言い出した。

「また来たの? ここは危ないから……」

「いや、待ってくださいよ。すぐ帰りますから。カメラだけは」

「壊さないよ。前はちょっと気が立ってたし、軽率なことして悪かったとも思ってる。ただ、ホント危ないからさ」

 すると彼は信じられないようなことを言った。

「フェストですか? でも普通の感染症じゃないんでしょ?」

「なぜそれを……」

「みんな言ってますよ。だいたい、お巡りさんだってマスクしてないじゃないすか。騙されてんの情弱だけですよ」

「でも危ないのは事実だから」

「スタンガン持ってきたんで」

 腰ベルトにぶらさげているバリカンのようなもののことか。食らったら痛そうではあるが。

 俺は思わず笑ってしまった。

「いや、危ないってのは感染症のことで……」

「感染するんですか?」

「保護する装置持ってないと、感染する可能性あるから」

「いやー、大丈夫と思いますよ。俺、けっこう運いいほうなんで。ここらで寝てる人も大丈夫じゃないですか」

「……」

「あんま奥まで行きませんから。すぐ帰りますし」

「人を撮るときは、ちゃんと許可をとってからにしてくれるなら」

「大丈夫ですよ。またカメラ壊されたくないし。あれ六万くらいしたのに」

 さらっと反撃してきやがる。

 まあ六万をオシャカにされたら誰だって根に持つだろうけど。

「分かった。じゃあくれぐれも気をつけて」

「はーい」

 言ってもムダだろう。彼の言う通り、必ず感染するわけでもない。上階はもろもろ危険だが、下のほうはまだ治安もいい。


 外へ出た。

 街はいつものように霧に包まれている。見えるのはほんの少し先まで。

 俺はガードパイプに寄りかかり、霧深い景色をぼんやりと眺めた。

 少し離れた位置には、彼らが乗ってきたと思しきバイクもある。もともとこの付近の住人なのかもしれない。

 本当なら富士山も見えるはずだし、高所からは駿河湾も見渡せるはずなのだが。

 大量の水で発電機を冷やしているせいで、水蒸気はおさまることがない。冬だからいいものの、夏場はきっと地獄だろう。

 これでエレベーターが稼働していれば少しは移動も楽なのだが、ビル内にはスペースだけあって箱が存在しない。建設途中だし、まだエレベーター会社さえ入っていないのだろう。


 体が冷えてきたので、俺はエントランスへ引き返した。

 バイクに妙な違和感をおぼえたが。しかし違和感の正体は分からない。そもそも俺はバイクに詳しくない。気のせいだろう。

 せっかくの休日だというのに、無為に過ごしてしまった。休日というのは、そもそもそういうものかもしれないが。

 時刻は二時になる。なにをするにも半端な時間。あとは部屋で仰向けになって、夕飯の時間を待つしかない。

 どこかに本屋でもあればいいのだが。


 *


 部屋へ戻ると、サターンが暇そうに寝転がっていた。

「あ、やっと帰ってきた。置き去りとかひどくない? あたしが襲われたらどうするつもりだったの?」

 もし襲われていたら、こんなにうるさく言わずに済んでいただろうな。

 俺はなにも答えず、逆に質問を投げた。

「ふたりは?」

「知るわけないでしょ」

「さっき下行ったら白坂さんがキャンセラー作ってたから、あとで受け取れると思うよ」

「マジで? でもさ、そしたらあたしのことポイするんしょ? イヤだって。殺されちゃうもん」

 かといって現地採用はしていないのだが。

 俺は溜め息を噛み殺した。ヴィーナスが死んだことは教えないほうがよさそうだ。

「大丈夫だよ。これまでずっとひとりでやってきたんでしょ?」

「やー、でもこうしてみんなといると、安心感? そういうのあるっしょ?」

「こっちも仕事だからさ」

 キャンセラーさえあれば、プルートのサイキック・ウェーブは緩和できる。彼女が死ぬことはないだろう。出力にもよるが。

 すると彼女は、ずずいと近づいてきた。

「見捨てないでよ!」

「俺に決定権はないんだ」

 なにせリーダーではないので。

 彼女はさらに近づいてきた。ツナギを着ているから肌は露出していないのだが、顔が近すぎる。

「え? あんたいつも偉そうにしてるのに、こんなことも決められないの?」

「俺は偉そうなだけで、なんの権限もないんだよ」

「は? ださ。じゃあ誰が権限持ってんの? そいつに言ってよ」

「どいつだよ」

「誰でもいいから言ってよ! 言って言って言って! 言ってくんなきゃヤダから! あたし死んじゃうもん!」

 ギャーギャー騒ぎ出した。なんなのだこのクソガキムーブは。

 するとドアが開き、ふたりが戻ってきた。

 正直、俺は助けを求めようと思った。が、鐘捲雛子は鬼の形相になっていた。

「もしかして邪魔だった?」

 右手でドアを開き、左手で刀の鞘をつかんでいる。返答次第ではドアごと叩き切られそうだ。

 が、彼女の後ろから餅が抱きついた。

「お姉ちゃん、落ち着いて」

「でも鞠ちゃん、このふたり、私たちの部屋で変なことしようとしてる」

「うん……」

 いや待て。距離は近すぎるが、まったくそんな雰囲気ではなかったぞ。むしろ俺は彼女を追っ払おうとしていたのだ。彼女も俺に好意などなく、ただ死にたくないだけだ。

 鐘捲雛子はようやく入室すると、すっと武士のように正座をし、まっすぐこちらを見つめてきた。

「二宮さん、悪いんだけど、出ていってもらえる?」

「え?」

「その人がいると、鞠ちゃんの教育によくないから」

「いや、彼女はもう追い出すよ」

「でも居座るって言ってたよね?」

 ちゃんと聞こえてたんじゃないか。

「だからって、なんで俺まで追い出そうとするの?」

「ひとりじゃ出ていかないんでしょ? 二宮さんが責任をもって対応してよ。私には鞠ちゃんを守るという使命があるんだから」

 こいつ、勝手なことを……。

 さすがの餅も困惑気味だ。

 サターンと同じ部屋で二人きりになったら、絶対アレなことが起こる。いや、相手はそのつもりがないかもしれないが。

 やむをえず、俺はこう返した。

「俺たちはチームだ。ワガママは許容できない」

「ワガママ?」

「君は妹のことばかり構って、チームメイトとしての責任を果たすつもりはあるのか?」

「私から鞠ちゃんを奪うつもり?」

「彼女は俺の家族でもあるんだ。自分の所有物みたいに言わないで欲しい」

「所有物……。よくもそんな……」

 眼球がぷるぷる動いている。刀に手をかけていないが、それだけに動揺が伝わってきた。

 かと思うと、彼女は餅にすがりついた。

「鞠ちゃん! 鞠ちゃんはどう思うの? お姉ちゃんと一緒にいたいよね? ね?」

 今日も揃いのおさげ髪にして、ずっと連れ回していたのだろう。失われた日々を取り戻すように。同情はする。しかしたまには譲歩して欲しい。


 すると餅はこう応じた。とんでもなく醒めた目だ。

「くだらないわね、下等な人間たち。こんなことでケンカして。ボディーガードなら私が引き受けるから、いつまでも二人で言い合ってなさいよ」

 全員、沈黙。

 内心キレていたのか。あるいは演技か。その辺は分からないが。

「ま、鞠ちゃん? 鞠ちゃんはそんなこと言わないよね?」

「離れて。いまは鞠ちゃんじゃなくて餅よ」

「ウソだよ……」

「ほら、サターン。行くわよ。あなたがいると、自称姉がうるさいから。二宮さん、あとでキャンセラー持ってきてね。そして用が済んだらすぐ帰って」

 そしてサターンの腕をつかんでムリヤリ立たせ、部屋を出ていってしまった。


 残された俺たちは、ただその場に居続けるしかなかった。

 ドアはすでに閉じられている。足音は遠ざかった。

 まあ俺はいい。いいんだが、鐘捲雛子が再起不能だった。崩れ落ちたまま、涙も流さず、目を見開いている。すべてを失ったときの顔だ。

 このあと斬られるかもしれない。

 いや、斬られないとしても問題だ。メシのときに気まずくなる。

 つらい……。


(続く)

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