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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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17/27

情報過多

 十階へ引き返すと、俺は「ジュエリーショップ サターン」の商品を根こそぎぶん取った。私利私欲のためじゃない。人助けのためだ。サターンも納得してくれている。まったくそんな顔ではないが。

「ちょっとは残してよ」

「残しておいても、死んだら意味がないだろう」

「マジなんなの? ドS?」

 見当違いのことを言う。俺はサディストじゃない。その逆だ。

 サターンが苦情を投げてくる横では、餅が着替えをしていた。下着姿だが、露出が少ないので安心して眺めていられる。

 いや、他人の着替えを眺めるのもどうかと思うが。

 あきらめたらしいサターンが、肩をすくめた。

「で、どーすんの? そのキャンセラーっての、あんたが作ってくれんの?」

「いや、俺じゃない。優秀なメカニックがいてね。彼に任せる」

「でもさー、そんなにいっぱい使う? イッコでよくない?」

「いろいろ使うんだよ」

 とはいえ、保護対象は、彼女のほかにはヴィーナスしかいない。だからサイキウムは二つで足りるはずだ。

 しかし俺には他のプランもあった。

 複数のサイキウムを並べ、レベル20まで対応できるキャンセラーを用意するのだ。おそらくは、そこまでしないと四十五階へ到達できない。さらに言えば、レベル20のキャンセラーを用意できたなら、他のメンバーも上階で活動できるようになる。

 だからサイキウムは山ほど必要になる。


 *


 その後、俺たちは五階へ戻り、食堂の奥で待機した。

 何時間かすれば、みんな戻ってくる。そのとき援軍の顔も見ることになるだろう。

 俺は婆さんの出してくれた串焼きをかじりながら、ただリラックスしてそのときを待った。味付けが濃いから、酒が欲しくなる。ここらには怪しい密造酒しか流通していないから、いまいち飲む気になれないが。


 夕方になると、メンバーがぞろぞろ戻ってきた。

 もう全員で座ることもできない人数だ。

 新メンバーはジョン・グッドマンと南正太だった。忍者のような頭巾をかぶったガタイのいい白人男性と、猫背の中二少年。いや、実際は中二ではなく高一なのだが。


 俺は二人に手で挨拶をしてから、白坂太一へこう切り出した。

「じつは、こちらのサターンさんからヘルプをお願いされてね。キャンセラーを作って欲しいんだ。材料はある。お願いできるかな?」

「いいですよ」

 調査で疲れているだろうに、イヤな顔ひとつせず応じてくれる。

 材料は豊富にある。木箱に山盛りのサイキウムと、そしてジャンク屋で交換できそうなブランド品の数々。あのオヤジがピンヒールのブーツを履くとは思えないが、ここらじゃ価値さえあれば使えるかどうかは二の次だ。

「それと、レベル20まで対処できるキャンセラーを作って欲しいんだ。並列か直列につなげば、出力もあがるんじゃないかと思って」

「たぶん並列のほうがいいと思います。負荷を分散できるんで。それにしても20ですか? 上ってそんな凄いことになってるんですね……」

「まあ15ありゃ足りるとは思うんだけど、念のためね」

 もしクイーンが本気を出せば、20あっても足りないくらいだろう。なにせ地球に堆積しているサイキック・ウェーブを吸い上げて取り込むようなヤツだ。器となっている肉は、規格外の存在に違いない。


 *


 話によれば、みんなの調査は二十二階まで進んだらしい。つまり進捗は四フロア。人数は増えたが効率はあがらない。感染者ヴィクティムによる襲撃が多発し、凌ぐのに精一杯だったそうだ。

 俺たちは襲われなかったのに。まさか同類とでも思われているのだろうか。


 さて、ここまで休みなしで七連勤してしまったので、明日はみんなで調査を休むことにした。

 いくら現場がハードだからといって、潰れるまで労働したら意味がない。

 キャンセラーを作る白坂太一だけは休めないが。これはあとで調整しないといけない。


 夕食を終えた俺と餅、鐘捲雛子、そしてサターンの四名は、故マーキュリー宅へと移動した。

 さすがに部屋が狭いのは政府も認識しているらしく、新メンバーの二名には別の宿が手配されていた。協力者は食堂の婆さんだけじゃないということだ。


「え、なに? みんなって警察じゃないの? じゃあなに?」

 サターンはずいぶんお喋りだ。

 鐘捲雛子と餅は姉妹ごっこで忙しいから、必然的に会話の相手は俺になる。

「政府に雇われてビルの調査に来た下請けだよ。いちおう準公務員って扱いだけど、警察じゃない」

「警察じゃないのに鉄砲持ってんの?」

「まあ特例で」

「へー」

 言いながら、彼女はチラチラと餅たちを見た。あまりに仲が良すぎるので気になるのだろう。

「あのふたりってさ、なんなの? アレなの?」

 これに応じたのは鐘捲雛子だ。

「私たち、姉妹なの。悪い?」

「いや、悪くないけど……。でも似てなくね?」

「……」

 すると鐘捲雛子はぐっと目を細め、殺気立った表情になった。さすがに刀は置いているが、すぐ手に取れる位置だ。

 サターンもヤバいと感じたらしく、コクコクとうなずいた。

「いや、ぜんぜん。なんだけど。なんかね。気になっただけ。うん」

 口を滑らせるとプルートが来る前に斬られるからな。気をつけて欲しい。

 すると餅は「お姉ちゃん、怖い顔しないで」と身をあずけ、場を和ませた。これには鐘捲雛子も二秒で姉の顔。

 助かったぞ、餅。


 俺は咳払いをし、サターンへ告げた。

「いちおう、今日はここで保護するけど、キャンセラーが完成したら家に帰ってもらうから」

「は? マジで? 鬼なの? 怖いんだけど……」

変異種ミュータントぶっ殺して回ってるような女が、よく言うよ」

「違うんだって。あいつら、サイキック・ウェーブ飛ばせばスグおとなしくなるじゃん? それで動けないようにしてヤってるだけ。でもプルートって子は、そういうんじゃないんでしょ?」

「おそらくは、向こうのほうが強い波を出してくる」

「ヤバ。チビるんだけど」

 チビるな。

 すると彼女はダンボールの上にごろりと横になり、パーカーのポケットからビー玉サイズのサイキウムを取り出した。

「ちょっとキメていい?」

「は?」

「一回! 一回だけ! リラックスしないと寝れないし。迷惑かけないから」

 察するところ、クイーンの介入によって「暴食」の業を助長されているようだが。これは暴食というより、もっと違うなにかのような気がしないでもない。もともとの素質によるものか。

「部屋の隅でやるなら」

「そんな目しないでよ。ちょっとキマるだけだからさ」

「……」

 彼女はニヤニヤしながらダンボールを引きずり、壁際まで移動した。


 結論から言えば、部屋の空気がおかしくなった。

 サイキウムの摂取は、額に押し付けることによっておこなわれた。

 サターンがビー玉を押し付けて集中すると、反応した紫の波形が徐々に激しく波打ち始め、やがて最高潮に達したところで爆ぜた。

 どういう物質なのかは不明だが、破片は床へ散らず、すっと消滅。

 そしてサターンは周囲へサイキック・ウェーブを放ちながら、ひとりでのたうってケラケラと笑い出した。


 俺も自己を防衛しながらかすかに映像ヴィジョンを覗いてみた。

 すると、これが必ずしも快楽のみを増幅するようなものではなく、めまぐるしい情報の流入による精神の乱高下を楽しむものであることが分かった。ジェットコースターのようなものか。高濃度の眩暈イリンクス。原始的な高揚だ。

 他人の精神を喰って得られるものがこれとは。


 防衛手段を持たないために影響を受けてしまった鐘捲雛子は、餅を後ろからぎゅっと抱きしめているし、餅もじっと身をちぢこめていた。餅は完全に防衛できるはずなのだが……。


 サターンは笑い疲れたのか、そのまま大の字になって寝てしまった。口を半開きにして、だらしない表情。およそ理性ある人類には見えない。

 鐘捲雛子も、そっと餅から離れた。

「そ、そろそろ歯磨きに行こっか? 鞠ちゃん、今日は自分でしてね? お姉ちゃん、ちょっとあれだから」

「うん……」

 生々しいやりとりをするな。

 耳が赤くなっている。

 映像ヴィジョンの内容自体は意味不明なものであったが、直撃を受けて精神を揺さぶられたのであろう。理性を剥がされ、動物に近くなる。誰かと体を密着させていれば、距離がさらに近くなる。

 せめて姉妹として、適切な距離をとっていただきたい。


 *


 翌日、八日目にしてようやくの休息。

 といってもやることがない。

 餅は鐘捲雛子に連れられて散歩に行ってしまったし、サターンはまたサイキウムをキメて床に転がっている。


 やむをえず、俺は故マーキュリー宅を出て九階へきた。

 リフレッシュの方法をひとつ思い出したからだ。

 予想では、そこには行列ができているはずだった。なのだが、列の代わりにできていたのは人の輪。イヤな予感がした。

「どうしたんです?」

 私服はないから、俺は今日も黒の防護服。住民にはまた警察と思われたかもしれない。

「どうもこうもないよ。ヴィーナスさんが死んじまったんだ」

「……」

 ボロボロになったベニヤ板の隙間から、肉片が飛び散っていた。床にはバケツでぶちまけたような血液。

 手遅れだったか。

 男たちは「なんか爆発したのか?」「危ない病気だったりして」などと勝手なことを喋っている。サイキック・ウェーブによる殺人だなんて、誰も思わないだろうな。


 もしかすると、プルートも近くにいるのかもしれない。だが気配を殺しているとすれば、俺には探ることができない。感じられるのは周囲に群がる男たちの気配だけ。

 俺が初めてヴィーナスに会ったのは、ここへ来て三日目のこと。そのとき彼女はサイキック・ウェーブを使いこなしていたから、機能を喪失したのはここ数日ということになる。

 いま戻ったらサターンも肉片になっているかもしれない。そう思うと、まっすぐ帰宅する気にもなれなかった。


 俺は三階のジャンク屋へ向かい、作業中の白坂太一へ告げた。

「ヴィーナスがやられた」

「えっ?」

 ハンダ付けをしていた白坂太一は、ぎょっとしてこちらを見た。いままさにヴィーナスのためのキャンセラーを作っていたところかもしれない。いや、サターンの分か。

「ごめん。作業してた?」

「大丈夫です。まだひとつ目ですから」

「ふたつ目はナシでお願い」

「分かりました。ただ、物騒ですね。みんなは大丈夫ですか?」

「たぶんね」

 なんの根拠もないウソをついた。個人で状況を把握するには、ここはあまりに広すぎる。

 ともあれ、俺はバッグに目をつけた。

「衛星電話、使っていい?」

「本部に連絡ですか? 構いませんけど」

「じゃあ借りてくね」


 *


 俺は衛星電話を手に、壁際へ向かった。壁際というか、壁の崩落した場所へ。

 霧は深いが、まだ昼前だけあって外は明るい。地面が見えないのは怖いが。三階だから、もし突き落とされても死にはしないだろう。


 電話をかけると、少女の声が返ってきた。

『こちら本部。現在「8-NN」が応答しています』

 機械の姉妹だ。

 声は餅やプルートと同じだが、雰囲気が違う。彼女の喋りはだいぶ平坦だ。

「二宮です。各務さんいる?」

『いませんよ、人間は誰もね』

 シスターズしかいないらしい。つまり、本部の連中も休日を満喫しているというわけだ。

 まあいい。

「衛星について尋ねたい」

『どの衛星です?』

「アメリカが使ってた例のヤツだよ。研究所の水槽にいた少女が、あそこまで飛ばされた可能性がある」

『水槽……。「13-NN」ですか? なるほど。非公式な情報ではありますが、現在、その衛星は制御不能となっているようです。「13-NN」に乗っ取られたのだとしたら、話が整合するかもしれません』

 アメリカにカタをつけてもらおうと思ったのに、まさか制御不能とはな。

 俺は溜め息をついた。

「あの衛星は、結局なんなんだ?」

『もとは地球上のサイキック・ウェーブを観測するために飛ばされたもののようです。内部には寿命のない生体部品も積まれています』

「寿命がない? 死なないってことか?」

『いえ、不死ではありません。外的要因か、あるいはアポトーシスの気まぐれによっては活動を終えるはずです』

「アポ……とにかく死ぬんだな?」

『ええ。ただし、そう長くはもたないと思いますよ。アメリカはアレを撃ち落とす計画のようですから』

「はっ?」

『制御不能のまま飛ばしていれば、どんな影響が出るか分かりませんからね。人間だけでなく、微生物や植物なども影響を受けますし』

 微生物まで? だったらこれはサイキック・ウェーブではなく、バイタル・ウェーブなんじゃないのか? まあそもそも、精神というものは、肉体あってのものだけど。

 いや、いいんだ。問題はそこじゃない。

「ところで、ビルの中で遭遇した個体が、次々とサイキック・ウェーブを喪失してるようなんだが……。なにが考えられる?」

『興味深い現象ですね。変異自体がバグのようなものですから、体が自然治癒したと考えるのが妥当ではないかと』

「やはりそう考えるか……。ほかには?」

『何者かに上書きされたと』

「誰が考えられる?」

『地球でしょうね』

「……」

 そういう途方もない話はヤメて欲しいな。もし事実なのだとしても。

 地球がメッセージが発信していることは以前から知られていた。しかしそれは、堆積した死者の残留思念ではなかったのか? やはり地球自身も意志を持っていると?

 となると、バカデカいクイーンのようなものということになる。

 彼女はこう続けた。

『この提案は受け入れられませんか? 物質がランダムに発している波のうち、認識可能なもののみを受け取るから意志のように見えてしまうのです。ただの自然現象だと思えば、さほど不思議ではないでしょう』

「そこに意味を読み取ってしまうのが人間なんだよ」

『共感できますが、いまはやめておきましょう。仮定の話になりますが、もし地球がバグを排除するような信号を発しているのだとすれば、人体からサイキック・ウェーブが喪失するのも不思議ではありません』

「俺の体にも同じことが起こりうると?」

『可能性はあります』

「分かった。とりあえず今回の会話内容は上に報告せず、保留にしておいてくれ。また連絡する」

『了解しました。どうぞご無事で』

「ありがとう」

 俺は急いで電話を切った。

 後ろから人が来ていたからだ。下へ突き飛ばそうというのではなさそうだが、あきらかに俺に用がある感じだ。


 そいつは痩せこけて虚ろな目をしたロングコートの男だった。三十代だろうか。少し老けた二十代だろうか。年齢は分からない。

 彼は薄い唇を開き、こう告げた。

「怠惰のウラヌス。人は私をそう呼ぶ。ああ、怠惰とは……いわば甘美なる果実。楽園の顕現。世界の創造に等しい。それは人の小さな頭の中でさえ行われる」

 射殺して欲しいならほかを当たって欲しいところだが。


(続く)

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