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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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15/27

残留思念

 慌てて部屋へ駆け込んだ。

 すでに二人が挽き肉にされているのではないかと思うと、そう遠い距離でもないのに、ずいぶん走った気がした。

「え、なに?」

 ベニヤ板のドアを開け放つと、鐘捲雛子が迷惑そうな顔でこちらを見た。

 抱きしめられている餅もキョトンとしている。

「二人とも、無事か?」

「なにかあったの?」

「五代まゆを見た」

「……」

 空気がピンと張り詰めた。

 いきなり懐かしい名前を出されて困惑しているのだろう。マーズの爆発騒ぎがあったとき、鐘捲雛子も餅も別行動だった。五代まゆの姿を見たのは俺だけ。円陣薫子も気づいていないようだった。

 俺はそっとドアを閉め、ダンボールの上に腰をおろした。

「五代まゆだ。あの子にそっくりな子が、このビルをうろついてる」

「本人じゃないよね?」

 鐘捲雛子はさらにぎゅっと餅を抱きしめた。餅はなんとも言えない表情。

 俺は呼吸を整え、こう応じた。

「たぶん違う。じつは十五階でマーズが死んだ。木っ端微塵になって。そのとき、彼女とすれ違ったんだ」

「その子がやったの?」

「分からない。ただ、さっきも通路でばったり会って、『女を殺す』って……。だから、まさかと思って急いで来たんだ」

「女? 誰だろう……」

 あの殺し方は、間違いなくサイキック・ウェーブによるものだ。特定の個人を狙って身体を変異させ、破裂させる。研究所の地下にいたヤツと同じ手口だ。

 それにしても、女とは誰だろう。

 少女はプルートを名乗っていた。おそらくはマーズと同じ惑星プラネットであろう。クイーンが干渉した個体。その彼女が、あえて同胞を殺害した。となると次も同胞の可能性がある。心の波がどうだと言っていたから、次に狙われるのはネプチューンかもしれない。サイキック・ウェーブの消失した個体を殺害して回っているのだ。

 いや、あくまで勝手な憶測だが。

 この予想が外れたら、別の誰かが死ぬ。覚悟しておかなければ。

「ともかく、二人はできるだけ部屋の奥で寝てくれ。距離が空いてれば、少しは波を軽減できるかもしれない」

「あなたはどうなの?」

「次のターゲットは女なんだ。たぶん大丈夫だろう」

「分かった」

 すると鐘捲雛子は立ち上がり、餅の肩をぽんぽん叩いた。

「じゃ、鞠ちゃん、寝る前に歯磨きしよう? 今日もお姉ちゃんが磨いてあげる」

「うん……」

 餅は浮かない顔をしている。姉妹ごっこにうんざりしているのではあなく、五代まゆについて言いたいことがあるように見える。

 俺も立ち上がった。

「護衛につく」

「お願い。私は自分でなんとかできるから、鞠ちゃんのことを守ってあげて」

「分かった」

 キャンセラーも持っていったほうがいいだろう。俺はケースを拾い上げ、ベルトで肩に掛けた。あらかじめスイッチを入れておいて、もし近づかれたらフルパワーで稼働させる。


 *


 二人が女子トイレで歯を磨いている間、俺は通路で警戒していた。

 腰のホルスターにはリロード済みのCz75。いざとなれば戦闘にだって応じられる。

「ほら、鞠ちゃん。お口あーんして」

「あーん」

「今日も可愛い歯だね。虫歯にならないように、お姉ちゃんが磨いてあげる」

「……」

 そんなやり取りを聞きながら、俺は左右をキョロキョロした。

 なんだか自分のほうが不審者のような気もするが。


 だが、警戒はムダではなかった。

 白い服を来た亡霊のような女が、裸足で近づいてきたのだ。

 見知った顔。

 例のネプチューンだ。

 会話のできる距離まで接近したのに、彼女は無言だった。呆然としたような表情で、虚空を見つめている。

「子供ならまだ見つかってないけど」

「カオスは……突然やってくる……前触れもなく……」

「えっ?」

 ついにおかしくなったのか?

 彼女は眼球をぬるりと動かし、俺を見た。かすかに微笑している。しかし力ない笑みだ。

 静かな口調で、彼女はこう続けた。

「子供……見つかりましたよ……あなたの……」

「俺の?」

「そして彼女は……孤独を許さない……」

 顔がむくんだように見えた。かと思うと、にわかに風船のように膨らみ、手足をいびつにひしゃげさせて、ビシャッと水音を立てて弾け飛んだ。

 血液や髄液などが混ざって飛散し、周囲にへばりつく。

 人間の体臭を凝縮したようなにおい。

 完全にミンチになるならまだしも、指のついたままの手の一部やら、歯のついた顎やらが転がっているのを見ると、本能的な嫌悪感を催してしまう。いまのいままで、ひとりの女性だったのに。


 俺は顔面にこびりついた肉片を手で拭い、ブッとツバを吐いた。少し口に入ってしまった。

 予想通り、狙われたのはネプチューンだった。

 おそらくだが、ネプチューン自身も、なんらかのタイミングでこうなることを察したのだろう。あるいはプルート本人に告げられたのかもしれない。己の死を悟り、俺になにかを言いに来た。

 俺の子供……。まさかプルートのことだろうか。冥王星。ハデス。死を司るもの。

 だが、分からない。プルートは、なぜわざわざ能力を失ったものを殺すのだろうか。コスモスは嫌いだと言っていた。俺はてっきり花のことかと思っていたが、おそらくは整然コスモスのことを言っていたのだろう。だからネプチューンは混沌カオスについて語った。

 そこにはなんらかの対立軸がある。

 俺たちの知らない理由が。


 トイレから鐘捲雛子が出てきた。姉の目ではない。

「来たの?」

「彼女ひとりだ。五代まゆは来てない」

「そう」

 さすがに顔をしかめている。

 俺は溜め息をついた。

「ちょっとシャワーを浴びたいんだけど、護衛を代わってもらえるかな?」

「そうして。ここで待ってるから」

 まあ彼女としても、こんな状態のヤツと同じ部屋で寝るのはイヤだろう。歯磨きしたばかりなのに。


 *


 その後、惨状に気づいた住民たちが集まってきて、現場は騒然とした状態になった。

 もちろん俺たちは構わず部屋へ戻った。

 故マーキュリー宅で横になり、ただじっとベニヤ板を見つめた。

 壁際では、鐘捲雛子と餅が小声でなにかヒソヒソ喋っている。姉妹間の秘密の会話といったところか。なにを言っているのかまでは分からないが。


 *


 いつの間にか眠りに落ちていた。

 また夢の世界。

 しかしいつもの花園ではない。

 そこは夜の浜辺。海に沈みかけた巨大な月が、うっすらと世界を照らしている。吹き付ける風は、遠方から届く悲鳴のようにも聞こえる。

 隣に座っているのは黒衣のプルート。いや、五代まゆ本人だろうか。あるいは……。


 少女はこちらも見ずに告げた。

「きっと知りたいでしょう、なぜ命が奪われてしまったのか」

「教えてくれ」

 ここは彼女の世界だ。なにを言うかは彼女の気分次第。俺は結末を受け入れるしかない。

「私は誰かとつながっていたいの。なのに、あの人たちは切断してしまった。それは拒絶。だから殺したの」

「少々ポエティックだな。もっとシンプルに説明してくれないと理解できない」

 彼女はふっと笑った。

「彼女たちは私と対話しようとせず、心を閉じてしまった。だからムカついて殺したの」

「閉じた? みずからの意志で?」

「知らない。とにかく私を受け入れなかったから殺したの。それだけ。どう? 私って悪い子?」

 挑発するような表情で、こちらへ笑みを向けてくる。

 プルート本人ではなさそうだ。そして五代まゆは、こんなことを言う少女ではない。つまり俺の隣で笑みを浮かべている少女は、それ以外の存在ということになる。

「次は誰を殺すんだ?」

「誰でも。対話してくれないヤツはみんな殺すの」

「なぜ花園を攻撃するんだ?」

「ムカつくからよ。だってみんな幸せそうじゃない? 私だけ遠いところに飛ばされて、醜い姿のまま、ひとりで暗闇の中に浮かんでいるのに」

「暗闇? どこにいるんだ?」

 すると彼女は、体を曲げてくつくつと笑った。

「きっと分からないよ。分かっても到達できない。私はひとり。だから、ひとりじゃないヤツを見ると殺したくなる。いっぱいいるから、ムカついた順番に、ひとりずつ殺すの」

「俺のことも?」

「正直、どうするか決めてない。もしずっと私と対話してくれるって約束できるなら、殺さないであげてもいいかなーって。でも、あの馴れ馴れしい姉妹は許さない。あなたの目の前で、できるだけ残酷な方法で殺そうと思ってる」

「餅のことか」

「あの子、ムカつくのよ。ちょくちょく私の邪魔してさ。だから痛い思いさせて、いっぱい苦しめてから殺すの」

 やめろと言って納得するようなタイプではあるまい。妙な説得を試みるよりは、気分良く喋らせたほうがいいかもしれない。

「目的を教えてくれないか?」

「目的? なにそれ? 私は私の生きたいように生きてるだけ」

「みんなを進化させてる理由は?」

「世界はウソばっかりでしょ? だから、もう言葉なんて使わないで、思ってること全部共有しちゃえばいいって思って。だから進化させて、思考をむき出しにさせたの。そしたらあんなふうになっちゃって。でも、怒らないでね? 人間が悪いんだよ。あれが人間の本性なんだから。私はそれを暴いただけ」

 同類を殺しまくるのが人間の本性だと?

 確かにそういう側面はあるのかもしれないが、他にも欲求はあるだろうに。やはりなにか、悪意を植え付けられているとしか思えない。

 彼女はこちらを見た。なにか、確認するような表情だ。

「あなた、いま気づいたでしょ?」

「なにを?」

「私がウソついたってこと。なのにそれを表に出さないで、気づかなかったフリしてる」

「ま、否定はしない」

 すると彼女は過剰な笑みを浮かべ、ふっと顔を近づけてきた。

「私、そういうの嫌い。ウソの中でもいちばんムカつくヤツ」

 幼い感情だ。いや、大人になっても残る感情だから、人間の根本なのかもしれない。自分だってウソをつくのに、他人のウソを許せない。

「君もウソをついただろう」

「私はいいの。ここは私の世界だし、私が支配してるんだから。でもあなたはダメ。私の気持ちに違反してる」

「殺すのか?」

「そうしたくなってきた。でも、そうしたらもったいないから、あなたの目の前で姉妹を殺して、あなたの哀しむ姿を見てから決めたい」

 残忍としか言いようがない。ただ、それでも俺は真剣に受け止められなかった。あまり強烈な殺意を感じられなかったからだ。

 彼女は、どうしても誰かを殺したいわけじゃない。

 救われたいだけだ。

 それができないから、代償行動として他者から奪っている。

 重さに耐えきれず、傾いたままの天秤だ。

「君とは戦うことになりそうだな」

「……」

 不服そうな顔。

 そうだろう。

 彼女にしてみれば、そもそも対話可能だと思ったからここへ俺を呼んだのに、宣戦布告された格好になっている。

 俺はこう続けた。

「とはいえ、そんなことは俺も望まないし、そうならないよう努力するつもりでいる。ただ、うまくやるには君の協力も必要だ」

「私……」

「具体的にどうすべきかは、まだ分からないけれど。こうして話し合っていれば、そのうち解決策が見つかるかもしれない。だから結論を急ぐ必要はない」

 だがこの提案はお気に召さなかったらしい。

 彼女はつまらなそうに、視線を海へ投げた。

「対話するフリ。みんなそう。フリだけ。深く交わらない。孤独。私、お月さまみたいよ。ひとりでぐるぐる地球を回ってる。手を伸ばしても誰にも届かない」

「衛星、か……」

 理解した。

 暗闇の中にいる。そして月のような軌道。

 彼女の心の中心は、ビルの四十五階にあるんじゃない。そのさらに先。宇宙だ。衛星として地球の外側を周回している。


 以前、波を打ってくる衛星があった。アメリカが使っていたものだ。

 おそらく中には、精神を受容する器としての肉が詰め込まれている。彼女はそこに取り込まれたか、あるいは自分から入り込んだか、そのどちらかなのだろう。


 彼女は不快そうにこちらを見た。

「また正解に到達した。私の心を読んでるみたい」

「断片から全体を組み立てるのが好きでね。悪気はない。元プログラマーの条件反射みたいなものだ」

「プログラマー?」

「睡眠時間を削ってパソコンばっかいじってるヤツをそう呼ぶんだ。君がなにか喋れば、そこから正解に近づいていく」

「あなたとはもう対話しない」

 ふてくされた子供のような顔になった。

 しかし不快じゃない。素直な感情を出してくれた気がして、少しほっとした。


 *


 夢を追い出された俺は、そのままの勢いで目を覚ました。

 ベニヤ板の壁は天井までピタリと閉じているわけではないから、通路からの明かりがうっすら入ってくる。おかげで室内も暗闇にならずに済む。

 横を見ると、鐘捲雛子も餅も、安らかな顔で眠っていた。死んではないない。悪夢も見ていないようだ。


 俺はリラックスして、ぼうと天井を見つめた。

 コンクリートに張り付くケーブルやダクトは、ビルという巨大生物の血管のようだ。となると俺たちは、その内側に巣食う微生物ということになるか。


 破裂したネプチューンの死体はどうなるのだろう。

 小動物が食うか、あるいは下水道へ流されるのかもしれない。

 あまりに無残な終わり方だ。

 彼女は鬱陶しかったが、悪人ではなかった。クイーンとの対話が続けられなくなったばかりに、殺されてしまった。

 クイーンは誤解しているようだが、彼女たちはみずから心を閉ざしたのではない。なんらかの理由で機能を喪失してしまっただけだ。


 ここから分かることは、彼女たちにフェストを感染させたのはクイーンだが、機能を喪失させたのは別の人物ということだ。あるいは免疫のようなもので自動的に喪失したか。

 人体は、DNAにない情報を体内から除去しようとする。だから身体が、サイキック・ウェーブによる変異をイレギュラーと判断してもおかしくはない。

 もしそうなら、俺の身にも同じことが起こりうるだろう。

 後天的な進化など、やはり無理があったのだ。世界がそれを必要とするまで、待つ必要があった。流れに委ねるべきだった。

 専門家の意見とは異なるかもしれないが。

 たしかに、歴史を見れば、人類はこういう無茶をしながら進歩してきた。たぶん今回の件もそういうことなんだろう。しかしそれにしては、犠牲が大きすぎる。

 五代まゆは死んだ。

 死してなお複製されたクローンが、数々の実験にさらされた。地中に埋められた怨念が、こうして表出するのも当然だ。

 俺はクイーンを責める気になれない。


(続く)

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