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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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14/27

コスモスは嫌い

 かくして作業を分担し、俺たちは十四階まで調査を終えた。二十時までかかってしまったが、なんとか一日四フロアをキープできた。おかげでへとへとだ。


 食堂の奥に入るや、俺は倒れ込んだ。

 だがそのまま眠ることは許されない。人数が二人も増えたので、もろもろ考え直さなければならないのだ。なにせ部屋が狭い。六人で寝るのは不可能だ。

「ちょっと横にならないで。みんな座れないから」

 鐘捲雛子に叱られてしまった。

 俺は「ごめん」と身を起こし、奥へ詰めた。

 六人でも座るだけならなんとかなる。


 円陣薫子も眉をひそめている。

「え、ちょっと待って。ここで寝るの? ムリじゃない?」

 そう。ご指摘の通り、ムリなのだ。

 四人までなら横になれる。餅が誰かと一緒に寝れば、さらにひとり分節約できる。それでも五名が限界だ。ひとり余る。

 誰かが廊下で寝るか、あるいは客が去ってから店の床で寝るしかない。


 俺はやむをえず腰を上げた。

「じゃあ俺、マーキュリー氏の家使うわ。たぶん空き家のままだろうし」

 すると餅が「私も行く!」と立ち上がった。

 そのジャージを鐘捲雛子がガシと掴む。

「鞠ちゃん、それはダメ! お姉ちゃん怒るよ?」

「じゃあお姉ちゃんも一緒に行こうよ」

「……」

 もしそうなれば三人ずつに分かれることになるから、睡眠スペースの問題は解消される。問題は、鐘捲雛子が受け入れるかどうかだが。

「分かった。ただ、鞠ちゃんはお姉ちゃんと一緒に寝ること。いい?」

「うん」

 完全に妹扱いだ。

 餅も餅で演じきっている。

 まあ彼女の精神衛生上、いまは姉妹ごっこを続けたほうがいいとは思うのだが。


 俺は腰をおろした。

「よく考えたらメシがまだだった。食ってから移動しよう」

 そしてリラックスついでに、ちょうどよさそうな箱に肘を乗せた。なんの箱だろうか。

 白坂太一が渋い表情を見せた。

「二宮さん、それ、壊さないでくださいよ。新しいキャンセラーなんですから」

「えっ?」

 よく見ると、サイキウムがはめ込まれていた。

 最初に作られたブツよりデカい。ランドセルくらいある。

「なんか前より大きくなってない?」

「使えそうなケースがそれしかなかったので……。でもちゃんと動きますから!」

「ごめんごめん」

 我がチームのメカニックがそう言うんだ。間違いなかろう。だいたい、彼がいなければ、俺たちはとっくにリタイアしていた。感謝はしても悪く言うべきではない。


 *


 食事を終え、俺たちは故マーキュリー宅へ入った。

 死体はとっくに回収されている。

 ガラクタはほぼ手つかずのまま。ほとんどの住民が、この盗品を取り返しに来ていないということだ。実際、ゴミだったんだろう。

 俺は食堂の婆さんからもらったダンボールを敷き、即席の寝床を作って腰をおろした。

「なんだか異様に疲れたよ。というより、疲労が回復してない気がする」

 メシのおかげでなんとか体がもっているが、それだけだ。緊張感、ストレス、寝不足、外傷のダメージ、様々な要因が疲労となって襲ってくる。

 プロテクターを外し、腰をおろした鐘捲雛子がこちらへ目を向けた。

「寝る前にストレッチしたら?」

「そうする」

 すると餅が嬉々として近づいてきた。

「私が手伝ってあげる!」

「いや、いまはいい」

 そんなことをしたら鐘捲雛子に斬られる。

 が、当の本人は気にしたふうもなく脱力して虚空を見つめている。彼女も疲れているのだ。

 俺は餅へ告げた。

「君はお姉さんのことを心配してあげて」

「うん」

 そしてふたりの姉妹ごっこが始まった。

 俺は気にせず身を横たえる。ストレッチする気力さえない。ただ疲労にむしばまれ、引きずり落とされるように眠るだけ。


 *


 翌日、やはり調子が出ない。体調は悪くないと思うのだが、やる気が出ない。そしてダラダラといつまでも眠っていたいのに、いちど目がさめてしまうと、もう寝ていられなかった。毎夜続く悪夢のせいで、睡眠に対する警戒感が見についてしまったようだ。


 食堂でメシを食い、本日の調査フロアへ移動する。

 坂上アイシャも調子が悪そうだった。昨日、ミュー丼を食った直後に吐いていたようだし、彼女も携行食に切り替えたほうがいいかもしれない。


「では六日目。十五階から調査を開始します。安全第一で行きましょう」

 自称リーダーの口うるさい挨拶で本日の業務が始まった。

 俺たち円陣チームはポイントGから、白坂チームはポイントAから出発だ。互いに無線で連絡を取りながら移動する。途中、窓際で白坂太一が本部に援軍を要請する。これで明日から三チームによる稼働が期待できるというわけだ。


 ポイントGは六角形の中心にあたる。

 だからわりと人口が密集しているのだが、本日はいつにも増して混雑していた。人だかりができている。事件でもあったのだろうか。

「見てみよう」

 俺はそう仲間たちへ告げ、現場へ向かって歩を進めた。

 多くの人々とすれ違う。

 だいぶすれ違ってから、俺はふと足を止め、振り返った。

 見知った顔がいた気がしたのだ。

 いや、「気がした」というのは白々しいな。知っている少女だ。しかし実際にそうであるかは判断できない。シスターズの元となった「五代まゆ」と瓜二つの顔。特別なサイキック・ウェーブは感知できなかったから、感染者ヴィクティムでない可能性はある。たんに他人の空似というヤツだろうか。


 ふと、中年男性が声をかけてきた。

「あんた警察か? なんとかしてくれねーか? 人殺しだよ」

 揃いの黒服で銃をぶらさげ、腕章までしているから、いつも警察と間違えられる。

 人殺し……。

 ここでは珍しくもなさそうだが。

 俺は訂正するのも面倒だったので「見てみます」とだけ応じ、奥へ進んだ。


 人だかりはできているのだが、通行の邪魔になるほどではなく、みんな遠巻きに現場を見ているといった感じだった。

 現場は「祝祭の塔本部」と書かれたベニヤ板の住宅。内部から爆破されたように壁がボロボロになっており、周囲には肉片が散乱していた。どの肉片がどの部位かは不明だが、とにかく血液の糸を引いて床に転がっている。悪臭もひどい。血のにおいというより、もはや肉そのもののにおいだ。

 例の自称マーズだろうか。

 衣服もズタズタだが、グランドクロスを模した例のローブを着ているように見えるので、この遺体は教団メンバーということで間違いなかろう。そして教団メンバーはもうマーズしか残っていないはずなので、やはり彼が死んだと判断してよかろう。

 俺たちが近づくと、住民たちは「お、警察か?」「早く犯人捕まえてくれよ」などと勝手なことを言う。

 円陣薫子は気味悪がって近づかない。

 代わりに隣へ来た坂上アイシャが、ふっと笑った。

「これも食堂のメニューになるのかな?」

「やめてくれ」

「失礼。でもみんなは平気で食べてたよね。私にはとてもマネできないよ」

「慣れたんだ。ところでどう見る? 爆死?」

 俺の問いに、彼女は肩をすくめた。

「火薬のにおいがしないね。それに、どこも燃えてない。爆発物の容器の破片もない。メントスとコーラを一緒に飲んだとしか思えないよ」

 そのメントスとコーラも見当たらないようだが。

 となると、人体が勝手に膨張して爆死した、ということになるな。

 この光景は以前も見たことがある。水槽の中で飼育されていた五代まゆのクローンが、地下からの波を受けて変異し、木っ端微塵に砕け散ったのだ。

 あのとき地下から仕掛けてきた存在が、いま四十五階でクイーンをやっている。偶然の一致ではあるまい。

 さっきの五代まゆを捕まえて話を聞いておくべきだったかもしれない。


 ともあれ、俺たちには解決不能だ。

 掃除は住民に任せて、俺たちは数値の計測をやらせてもらう。なにせ六日目だ。明日になれば一週間を迎えてしまう。日帰りのはずだったのに。早く帰りたい。


 俺たちがその場を離れると、住民たちも興醒めしたように散開した。

 ともかく調査だ。計測だ。ほかのことにはなるべく時間を割きたくない。


 トランシーバーから声がした。

「白坂チーム、ポイントAでの調査終わりました。続いてBへ向かいます」

 ややノイズ混じりではあったものの、ハッキリと聞き取れた。

 円陣薫子が「了解」と返す。

 今回は先を越されてしまった。修理したキャンセラーはきちんと稼働しているようだ。


 *


 その後、俺たちは幾度か感染者に襲われはしたものの、十五階の計測を終えることができた。約一時間半。以前の半分とまではいかないが、作業を三十分ほど短縮できた。この調子で続ければ、今日は五フロア処理できるかもしれない。

 レベルはどこも2前後。たまに3や4になることもあるが、そういうときは近くに感染者がいる。銃のトリガーを引けば2に戻る。


 だが十六階へ移行する直前、坂上アイシャがトイレへ寄りたいと言い出した。青白い顔をしていた。円陣薫子が付き添って中へ入ったが、しばらく戻ってこなかった。

 あまり態度に出さないが、ミュー丼への嫌悪感だけでなく、戦闘のストレス、それに映像ヴィジョンによる干渉なども加わり、精神的に参っているのかもしれない。


 俺たちはなにをするでもなく、ただ通路で彼女たちを待った。

 通行人がジロジロ見てくる。しかしどれもただの住民だ。フェストの感染者ではない。

 途中、中年女性が薬をくれと言ってきたので、抗生物質を渡してやった。子供の具合がよくないのだという。以前なら断っていたところだが、見殺しにするのはさすがに気の毒だった。


 しばらくすると、ふたりが戻ってきた。

「ごめんごめん。待たせちゃったね」

 坂上アイシャは陽気な態度だが、ムリして笑っているようでもあった。周囲に配慮してくれるのは嬉しいが、それで本人が潰れるようでは元も子もない。まあ彼女のことは円陣薫子がサポートするだろうから任せるとしよう。

 俺はうなずいた。

「じゃあ行こう。体調が悪かったらすぐに教えて。絶対にムリしないこと」

「ありがとう」


 *


 結局のところ、五フロアの調査は達成できなかった。頑張れば行けたかもしれないが、ムリしてやるようなことでもないと感じたからだ。

 十八時過ぎには食堂へ戻ることができたから、いつもより少しゆっくりできる。

 こうして負荷を少なめにして、体力回復につとめるのもたまにはいいだろう。ムリしてもすり減る一方だ。


 食事には少し早かったので、俺たちはクソ狭い部屋で腰をおろし、少し雑談をした。

「明日は誰が来るって?」

「調整中だそうです」

 聞き飽きた回答だ。

 しかし待機メンバーはそんなに多くない。シスターズか、忍者と中二のコンビか、あるいはその他か。

 餅の髪を直していた鐘捲雛子が、こちらへ顔を向けた。

「チームが三つになるけど、どう分担するつもり?」

「それはずっと考えてた。キャンセラーは三つあるけど、トランシーバーは二つしかないし。ただ、上のほうは波のレベルもあがってくるでしょ? だから、みんなには十九階から続きをやってもらって、俺と餅で先行して三十階から作業しようかなって」

 三十階の発電所は、どこも普通にレベル5はある。ここまでになると、映像ヴィジョンが脳を侵蝕し始める。

 鐘捲雛子はやや眉をひそめた。

「鞠ちゃん連れてくの?」

「ほかに作業できそうなメンバーがいないんだ。勘弁してくれ」

 彼女はしかし露骨に不満顔になり、今度は餅にこう食い下がった。

「鞠ちゃんはそれでいいの?」

「心配しないでお姉ちゃん。私、頑張るから」

「ダメだよ。鞠ちゃん頑張り屋さんだから、いつもムリしちゃうでしょ?」

「私、自分にできることがしたいの」

「ダメ。鞠ちゃんはおうちにいて。代わりにお姉ちゃんがやるから」

 そして後ろから抱きしめる。

 これはずいぶん頑固というか……。もしかして彼女は、餅を本当の妹だと思い始めてるんじゃないだろうな。

 事情を理解していない円陣薫子は渋い表情だ。理解している白坂太一も。たぶん俺も同じ顔をしてるはず。


 *


 食事を終え、解散となった。

 今晩も故マーキュリー宅に宿泊だ。いくら泥棒とはいえ自分たちで始末しておいて、勝手に家を使おうっていうんだから、俺たちもかなりの悪党かもしれない。少なくとも正義のヒーローではないな。

 ま、その前にトイレだ。水を飲みすぎた。

「悪いんだけど、ふたりは先に行ってて。ちょっとトイレ寄ってく」

「ひとりで平気?」

 餅が心配そうに見つめてくる。ちゃんと見ると、くりくりした愛らしい目だ。バブルスライムにちょこんとついていた目と同じモノとは思えない。

「平気平気。このフロア、わりと治安いいから。すぐ戻るよ」

「分かった」

 餅が納得していない様子だったが、鐘捲雛子に「ほら、行こう」とその腕を引っ張られ、向こうへ行ってしまった。


 俺はトイレで小さいほうを済ませた。

 いちおうシャワーもついている。冷たい水しか出ないから、この冬場に浴びたら風邪をひくだろうけど。


 手と顔を洗い、通路へ出た。

 フロアの様子はだいぶ把握しているから、GPSのナビゲートなしでも迷うことはない。ベニヤ板の壁とダンボールハウスだけの景色だが、それでも意外と目印になるものだ。


 みんな寝るのが早いらしく、二十時を回ると通行人もほとんどいなくなる。娯楽のない環境では、日の出とともに起きて、日の入りとともに寝るようになるのかもしれない。いまやここらはテレビの電波さえ来ていない。ラジオは放送されているらしいが、それも夜間は止まる。


 ふと、通路の向こうに少女のいるのが見えた。

 十代中盤くらいの小柄な少女だ。ただじっと虚空を見つめている。危ないヤツだろうか。波は感じない。

 が、近づくにつれ、誰だか分かった。

 五代まゆ。あるいは彼女と同じ顔をした誰か、だ。

 彼女はこちらを凝視していた。固定されたような笑顔。オリジナルの五代まゆは利発そうな顔だったのに、目の前の少女は操り人形のようでいながら、獣のような興奮を内包しているようにも見えた。

「また会ったね」

「あ……うあ……」

 笑顔を保ったまま口を開き、声にならない声をあげようとしている。

 言葉が不自由なのだろうか。

「ここでなにしてるんだ? まさか、悪いことをしに来たんじゃないよね?」

 マーズの死亡した現場には彼女もいた。

 俺の前に来たということは、次のターゲットが俺という可能性もある。

「話せないなら、首を振るだけでいい」

「ぷるーと……」

「プルート? それが君の名前?」

 彼女はこくりとうなずいた。

 話が通じて嬉しいのか、目を見開いている。表情が狂気じみていて怖い。

「えーと、俺に用かな? それとも散歩してるだけ?」

「おんな……ころす……」

「えっ?」

 聞き間違いか?

 いや、おそらく彼女は本気だろう。

 仮面のような笑顔の内側に、煮えたぎるマグマのようなエネルギーを感じる。

「こころの……なみが……きえた……」

「おい、殺すって誰を……」

「だから……ころすの……こすもすは……きらい……」

 そうつぶやくと、彼女は俺に背を向けて行ってしまった。

 まさか、餅や鐘捲雛子になにかしたのだろうか?

 あのマーズのように……。


(続く)

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