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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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11/27

寝言

 チーム全体のコンディションがよくなかったので、十階の調査が済んだところで本日の業務を終えた。

 四日かけてようやく十階。寄り道したとはいえ、効率がよくない。


 しかし明日になれば新たなメンバーが到着する。そしてまたキャンセラーを作り、調査を再開。仲間が増えるから効率もあがる。そして明後日は、もっとメンバーが増えて、もっと効率があがる。寄り道した分を取り戻すのだ。


 俺たちは五階の食堂へ戻り、奥の部屋に腰を落ち着けた。

 どっと疲れが襲ってきた。昨日殴られたダメージも完全には回復していない。これでもし援軍が期待できないのなら、撤退を考慮していたところだ。

 熱いシャワーを思う存分浴びたいし、防護服もクリーニングしたい。そしてなにより、やわらかい布団で眠りたかった。

 俺はダンボールの上へ横たわり、ダルさに任せて天井を見上げた。

 ビルにはまだ内装もほどこされていない。むき出しのダクトやケーブルなどがコンクリートに張り付いているのが見える。先日修理した発電所の電気が、これらを通ってみんなの生活を支えている。


 目をつむっていると、だんだん意識が遠のいていった。これからメシの時間だというのに。


 *


 はじめは幼少期の夢を見ていたはずなのに、いつしか例の花園へ誘導されていた。

 眠っている間は無防備となり、かなり自由に侵蝕されてしまう。全開放状態だ。きっとキャンセラーをつけたまま寝ないと防げないのだろう。


 少女たちが思い思いに時間を過ごしている。そこへ黒いのが現れ、すべてを滅茶苦茶にしてしまう。

 クイーンとは話をつけたはずなのに、まだ納得していないらしい。一日や二日で到達できるわけもないのに。

 展開はいつもと同じ。

 少女が切り刻まれる。俺はそれをただ見せられる。

 バラのようなトゲをもつ黒い触手が、少女の四肢に巻き付いて執拗に苦しめる。かと思うと力任せに左右へと引き裂いて、残骸にしてしまう。まるでオムライスでもぶちまけるように。

 今日も地獄のような光景だ。


 ふと、空から降ってくるものがあった。

「とうっ!」

 そいつは刀を振り下ろし、黒いヤツをザバと一刀両断してしまった。

 敵はふたつに裂け、黒い液体を撒き散らしながら無念そうにどろどろと融解。死んでしまえばただの汚泥だ。

 侵入者は「フッ」とクールな笑みとともに刀を納めると、こちらへ向き直り、とんでもない得意顔を見せた。

「どう?」

 ずいぶん大人びているが、餅だ。

 夢の中なのをいいことに、自分の姿を成長させている。

「なにやってんだ? まあ助かったけど……」

「もっと喜んで! どう? 大人のお餅よ? だいぶセクシーじゃない?」

 腰をクネッと動かし、頑張ってセクシーポーズをとっている。まあ美人だしセクシーなのは認めるが、中身が餅のままだ。

 ジャージ姿ではなく、例のドレス姿ということは、あのドレスには未練があったようだ。本当は渡したくなかったんだな。悪いことをした。

「いま何時だ?」

「分かるわけないでしょ。こっちも寝てるんだから。それより、ほかに言うことないの?」

「メシ食いそこねた」

「女将さん、寝てるヤツには出さないってカンカンだったわ。それより、感想!」

 メシ……。

 仕方ない。起きたら携行食でも食うか。

 俺は餅の頭をぽんぽんした。

「美人だよ。それにカッコよかったし。俺の救世主だ」

「独り占めしたい?」

 いたずらっぽく笑いかけてくる。

 まあこれだけの美人なら、誰にも渡したくないと思うかもしれないな。

「したいよ」

「待って。ちゃんと答えて。いまテキトーだった」

「テキトーじゃないよ。ただ、俺はあまり他人を束縛したくないんだ」

 本当は誰であろうと束縛したい。しかし自分がされたくないのだから、他人にそうするのはフェアじゃない。

 餅はさめた目をしている。

「あなたってそういうところあるわよね」

「なにが?」

「自分のしたいこと、素直に言わないところ。で、相手に言わせるの。ズルい大人よ」

「君だって、あれこれ干渉されるのはイヤだろう?」

「ほら、そういうの! 正論ばっかり! 結構ムカつくことに気づいたわ!」

 なんだろうな。俺はいま説教されているのか。

 ま、こういうのは、言ってくれているうちが花ではある。本当にどうでもよくなったら、なにも言ってこなくなるものだ。

「悪かったよ。俺はどうすればいい?」

「イヤよ。教えない。自分で考えて」

「そう言われても……。ダメだ。メシのことしか考えられない」

「花より団子ってヤツね。ホントに残念よ。こんなに美しい花が咲いてるのに」

 バチバチとウィンクしてくる。

 美人だし可愛らしいけど、餅は餅だ。どうしてもそういう気持ちにしかならない。もちろん嫌いじゃないが、バブルスライムだったころの印象を思い出してしまう。

 俺が黙っていると、彼女は頬をふくらませた。せっかく大人の姿になったのに、行動が子供そのものだ。

「うーっ! 嫉妬! 嫉妬の情が湧き上がるわ! 不幸よ!」

「なにに嫉妬してるんだ……」

 ここにいるメンバーで、いちばん距離が近いのは餅だ。俺は鐘捲雛子とも白坂太一とも深い関係ではない。

「私が鐘捲さんと姉妹ごっこしてるのに、ぜんぜん気にしてくれないじゃない! 私がとられるとは思わないの? そういうところに嫉妬するわ!」

 洗脳されていたわけではなく、わざと見せつけていたのか。回りくどいことをするものだ。

「正直、少し寂しかったよ。でも、君たちが幸せそうだったからさ。邪魔しちゃ悪いと思って」

「たしかに幸せだし、あの人、とてもよくしてくれるけど……。でも違うの! もっと私を必要として! そしてふたりで奪い合って!」

 発想が悪女だな。

「奪い合いねぇ。ヘタすると刀で斬られそうだな。彼女、妹のことになると本気だからさ……」

「それでもあきらめないで! あなた、私のこと大好きでしょ? 私を巡って醜い争いしてよ!」

「少し冷静になってくれないか」

 愛されたいという要求を、ここまでストレートに投げつけてくるとは。もはや才能だな。いや、皮肉でなしに。

 餅が「私は冷静よ!」とぷんぷんしていたので、俺は話題を変えた。

「それにしても、なんで急に姉妹ごっこなんて始めたんだ? 君の思惑はともかく、向こうにも心の準備ってものがあるだろ……」

 背格好が妹に似ていたのかもしれないけど。それにしては急過ぎる。

 すると餅は、ようやく素に戻った。

「あー、あれね。前の日の夜、鐘捲さんの夢に入ったの。そしたら妹が襲われてて、さっきみたいに助けたんだ。それでいい印象持ってくれたみたい」

 それは刷り込みだろう。

 睡眠中に印象を操作してくるとは、おそろしい技だ。

 彼女は思い出すようにこう続けた。

「で、三人でいっぱいお話ししてるうちに仲良くなって。なんか思ったよりいい人そうだったから、妹の代わりになることにしたの」

「じゃあ互いに納得ずくってこと?」

「そうだけどちゃんと嫉妬して。このままじゃホントに鐘捲さんの妹になっちゃうから」

「けど、それは互いにとってどうなんだろう」

 所詮は代用品だ。いずれ記憶と現実のギャップに耐えられなくなり、どこかでほつれて破綻する。

「でもさ、鐘捲さん、ずっと妹のことで悩んでて……。あのままじゃ可哀相だなって」

「君の気持ちは分かる。君が優しい子だってことも。それでも、このままじゃよくない気がする。今度、みんなで話し合おう。俺じゃたいした力になれないかもしれないけど。本部に帰ったら、もっと頼りになりそうな人もいるし……」

 約半年前、サイキック・ウェーブの研究所において、多大な犠牲者を出す事件が起きた。俺たちも巻き込まれた。

 鐘捲雛子は、一連の騒動が収束したのち、現場を再訪していた。妹を弔うためだ。

 俺の勘違いでなければ、彼女はあのとき命を絶とうとしていたのではなかろうか。たまたま俺たちが同行することになったから、思いとどまったようだけど。

 思いつめていたのだ。

 そしてまだ引きずっている。

「なあ、餅よ。さっき鐘捲さんの夢に入ったって言ってたよな? 俺も入れるのか?」

「うん。私が中継すれば」

「じゃあ彼女にバレないように、夢の中に入ることってできるか? 覗き見するみたいでアレだけど。彼女がどういう感情なのか少し確認しておきたいんだ」

「分かった」


 *


 見覚えのある通路へ出た。

 オレンジ色のライトに照らされた薄暗いトンネル。壁は打ちっぱなしのコンクリート。研究所となったジオフロントへ続く道だ。


 ふたりの少女が追い詰められていた。

 へたり込んでしまい、立てなくなってしまった妹。

 そして刀を構え、必死で変異体ミュータントと戦う鐘捲雛子。

 両者の表情は必死ながらも、なかば諦念をにじませている。

「もうダメ、死んじゃう……」

 妹は自力での解決を放棄してしまい、ただ泣き言を口にしている。

 一方、鐘捲雛子は鬼の形相だ。少しでも距離の近い敵から始末している。

 敵はマネキンのような、体毛のないオメガ種。それが集団でふたりを囲んでいる。動きは早くない。しかしいちどでも掴まれれば、信じられないような力で引きずり込まれる。

「お姉ちゃん、怖いよ、助けて……」

 その声を聞くたび、鐘捲雛子の表情は険しくなった。


 これは過去の出来事だ。最終的にどうなるかはすでに確定している。

 鐘捲雛子だって理解しているはずだ。それでもなお、やめることができない。

 そして完璧に戦っていたはずなのに、いつの間にか妹はマネキンに掴まれ、引きずり込まれ、寄ってたかって引きちぎられてしまった。

 鐘捲雛子は声もあげず、なおマネキンを斬り続ける。

 もう間に合わないのに。耳が痛くなるような妹の悲鳴を聞きながら、ひたすら殺戮さつりくを継続する。


 最後は、彼女以外のすべてが死体となった。

 鐘捲雛子は刀を捨て、壁際でうずくまり、ただ呼吸を繰り返した。なにを考えているのかは分からない。ただ、あらゆるものを喪失したような、あまりに孤独な姿だった。


 *


 すると俺たちは、いつの間にか花園へ戻された。花々の枯れたままの荒野。餅とふたり並んで腰をおろし、ヘドロのような海を見つめている状況だ。

「夢から追い出されたようね。きっと目を覚ましたんだわ」

 あんな夢を見れば、目が覚めてしまうのも当然だ。

 彼女の悪夢は、俺と違って外部からの干渉によるものではないが。しかし毎晩のように苦しめられていることに変わりはない。


 そこには「絶望」以外のなにも存在しなかった。

 もう過去の話なのに、ムリだと分かっているのに、鐘捲雛子は「頑張ればいつかは妹を助けられるかもしれない」という期待を抱いてしまう。そして彼女の努力と期待は、必ず否定されて終わる。

 終わることのない地獄のような夢。

 骨の粉砕される鈍い音、そして人体の七割が水分であると思い知らされるような水音。これに妹の悲痛な絶叫が重なる。最後は声というより、もはや空気の抜けるだけのみじめな音でしかなかった。


「なあ、餅。しばらく鐘捲さんのこと、助けてやってくれないか?」

「いいけど……」

「あそこまでとは思わなかった。俺じゃあ力になれる自信がない」

 妹の置かれた状況を、自分の身近な存在に置き換えて見ると、もはや怒りだとかなんだとかを超えて、最終的に虚脱感しかなかった。俺なんかにどうこうできる話じゃない。

 すると餅が、すっと身を寄せてきた。成長した体だから、いつもよりサイズ感がある。

「寂しい顔してる」

「仲間があんなに苦しんでるってのに、俺、自分のことしか考えてなくて……」

「いいじゃない、自分のことだけでも」

「俺さ、まともな企業にも再就職できないし、悪い夢ばっかり見るし、だんだん普通の人間じゃなくなっていくし、これからずっとこの力を使って、政府の使いパシリみたいなことするのかと思って、いろいろあきらめかけてたんだ……。でも、厳しい状況に負けそうになりながらも、踏ん張って戦い続けてる人間がいたんだ。それも、すぐ近くにさ。そう思ったら、なんか、自分で自分が情けなくなってきて……」


 このところ少しヤケになっていた。どうせまともに頑張っても報われないし、サイキック・ウェーブだろうが銃だろうが、使えるものは使ってカタを付けていいんだと決めつけていた。

 人生における問題のほとんどは、そんなんものじゃ解決できないのに。

 楽なほうに流されてはダメなのだ。どんなに虚しくたって、投げ出したらズルズル後退してしまう。たとえ前進できなくとも、その場に留まり続けないと。

 もちろん、ときには逃げることも必要だと思う。しかしその場合、代わりになにか失うことを覚悟しなくちゃいけない。


 餅がクスクスと笑った。

「あなたの自己嫌悪、見ていて心地がいいわ」

 悪魔みたいなことを言う。

「なんとでも言ってくれ。実際、無力なんだ」

「けど、やっぱり分かってないわね。たいした人間でなくたっていいのよ。そこにいるだけで。鐘捲さん、あなたに救われてる部分もあるのよ」

「俺に?」

「だってあなた、逃げ出さないで一緒に戦うじゃない? 自分の手を汚して、命を危険にさらしてさ。そういう人が一緒にいるだけで、救われることってあるの。ま、あなたじゃなきゃダメってわけじゃないけど」

「結局誰でもいいってことだ」

 すると彼女は、さらに身をあずけてきた。子供みたいだ。

「そう。誰でもいい。最初はね。でも、だんだんその人じゃなきゃダメになってくの。特別になってくの。次に同じことをするときも、その人がいいって」

 俺だって彼女を戦友のように感じている。鐘捲雛子だけじゃない。白坂太一のことも。他のみんなも。

 餅はぐりぐりと頭を押し付けてきた。

「つまんない人間だっていいじゃない。一緒にいたら、それだけで特別なんだもの」

「……」

 狭い水槽の中で孤立していた餅に、コミュニケーションの重要性を教わることになろうとは。

 だが、彼女の言う通りだ。

 社会で暮らしていた俺にとって、まわりに人がいるのは当然のことだった。当然すぎて、ときには他者が障害物にしか見えなくなることもあった。それでも会話をすれば障害物ではなくなるし、友人になることだってある。そういうことを経験的に分かっていたはずだった。なのに、いつしか理解を拒むようになっていた。

 誰でも誰かの特別になりえる。力になれる。

 そんなシンプルなことさえ、俺は忘れていたのだ。


(続く)

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