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祝祭の塔 ~サイキストの邂逅~  作者: 不覚たん
濃霧編

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10/27

食用サイキウム

 しばらくすると、作業を終えた白坂太一が店から出てきた。晴れがましい表情をしている。

「できました」

 一番聞きたかった言葉だ。

 ただしデカい。サイズが小箱ほどもある。ジャンク品だけでは小型化に難があったか。ケースの表面にビー玉が張り付いており、レベルを操作するダイヤルがついている。ずいぶんカタそうなダイヤルだが。

 彼はベンチに腰をおろし、ケースを膝の上に据えた。そうしないとダイヤルを操作できないのだ。

「二宮さん、ためしにちょっと出してもらえます?」

 かすかにだが、彼がキャンセラーのレベルをあげたのが分かった。いちおう機能はしているようだな。

 俺はうなずくと、加減しながら波を放った。

 ビー玉内部の波形が小刻みに揺れる。

 みんなに影響が出ないうちに、俺は波を止めた。

「すごい。ちゃんと機能してる」

「でしょ? いやー、僕もこれは会心のデキだなと。ちょっとサイズに問題がありますが、理論上、レベル5までなら対応できます」

「電力は?」

「予備のバッテリーを使い回してます」

 貴重な予備バッテリーか。まあ次の援軍が持ってきてくれれば不足せずに済むはずだけど。ちゃんと持ってきてくれるかな。

「数時間で組めるモンなんだね」

「構造自体はシンプルなんです。入ってきた波を反転させて送り返してるだけなんで。あとは遅延さえなければ」

 詳しいことは分からないが、とにかく上出来だ。これで援軍を呼べる。

 白坂太一はケースを脇へ置き、立ち上がった。

「じゃあ僕、本部に連絡してきますね」

「頼んだ」

 たとえ衛星電話とて、屋内では通話が安定しない。幸い、この店は窓際に近い。窓際というか、崩落しかけているからほとんど外だけど。


 ともあれ、これで予備のキャンセラーをひとつ用意できた。

 本部は二チーム送ってくれるだろうか。もし必要なら、さらにもう一個作ればいいだけだとは思うけど。どこかにビー玉さえあればな……。


 俺はちょうど通りがかった自称ネプチューンを呼び止めた。

「あの、ちょっといい?」

「子供……」

「いや、サイキウムを探してるんだ。どこかで見なかった?」

 すると彼女は虚ろな表情で、はるかかなたを見つめた。

「サイキウム……精神の結晶……感情の振動……たしか、発電所にたくさん……」

「それは知ってる」

「もうひとつは……クイーンの体内に……」

「それも知ってる」

 どちらも取ったら問題のあるヤツだ。

 彼女はカクリと首をかしげ、またふらふらと行ってしまった。

 あちこち散歩しまくっているわりに、見かけたことがないようだ。いや、見かけても気にしないタイプなんだろう。彼女はどこも見ていない。

 サイキウムを回収している業者と接触できればいいんだが……。でも、どうせ足元を見られてふっかけられるんだろうな。もしくはまたクソ仕事を押し付けられるか。


 白坂太一が渋い表情で戻ってきた。

「送ってくれるそうです」

「なんチーム?」

「ひとつ」

 ケチだな、本部の連中も。

 まさかブラック企業だったのか? あんまり横暴だと、労組作ってストライキするぞ。どうやるのか知らんけど。

 俺は溜め息の代わりに、こう尋ねた。

「メンバーは?」

「調整中だそうです。明日の朝までに送ってくれるとは約束してくれたんですが」

 今度という今度こそちゃんと調整してくれよ。分担できるメンバーをさ。

 性格はともかくとして、銃の腕だけは信頼できる男がいたのだが、彼は前の仕事に失敗してからというもの完全にやる気を失っていた。だからたぶん来ないだろう。

 あとは自称忍者の白人男性と、その弟子の中二みたいな少年。彼らは、二名セットで行動させる限りは仕事をこなす。途中で飽きなければ。

 ほかはどうだろう。

 この際、シスターズでもいいかもしれない。どの子もアクが強すぎるが、引率係さえつけてやれば最低限の仕事はしてくれる。


 俺はオヤジの店に顔だけ突っ込んだ。

「ちょっと聞きたいことがあるんですがね」

「あ? なんだ?」

 ダンボールを片付けていたオヤジが、忙しそうに振り返った。

 パーツが散乱している。いろいろ大変だったようだ。

「発電所で使ってるサイキウム、どこで手に入れたんです?」

「ああ、あれか? 集めてるヤツがいるんだ。十階で店出してるから、直接聞いてみるといい」

「十階……。分かりました。行ってみます」

 ちょうど未調査のフロアだ。本日の調査も兼ねて、ちょっと顔を出してみるか。


 *


 昼食をとり、十階へ。

 自作キャンセラーは食堂の奥へ置いてきた。アレを持ち運ぶのはしんどい。重さはたいしたことないのだが、両手がふさがる。


 十階だと、波の強度はどこもレベル2くらい。

 こんなものをAからGまで七箇所も調べる必要があるのだろうか。ビルの四隅だけ調べればいいような気もするのだが。六角形とその中心で計七箇所を計測することになっている。なぜ六角形なのかは不明。まあ彼らにとっては分析しやすいんだろう。

 せめて障害物さえなければ楽なんだが。


 店の場所はすぐに分かった。

 赤ペンキで「ジュエリーショップ サターン」となぐり書きされていたからだ。ほかに店らしきものは見当たらない。

 それにしても、まさか土星サターンとは。

 店へ近づくと、かすかに波を感じた。のみならず、ヒャハヒャハ笑っているような奇声まで聞こえてくる。

 これはアレだ。いわゆる「やべーやつ」だな……。


 白坂太一が「レベル3です」と告げた。

 店に近づけばもっとあがるだろう。

 俺はうなずき、仲間たちにこう告げた。

「キャンセラーのレベルあげといて」

 みんなを待たせて俺だけ乗り込んでもよかったが、奇襲を受けたときの対応が遅れることになる。ひとりで部屋にこもって笑ってるようなヤツが、奇襲してくるとも思えないが。

 ドアには「ノックしねーと殺ス」と書かれている。

 マナーを優先するか、生存を優先するか……。


 俺はホルスターへ銃を納め、ベニヤ板のドアをノックした。

「すみません、ちょっといいですか」

 すると笑いが止まり、なにやらガサガサ片付ける音がした。

「は? 急に? ちょっと待ってよ! まだ入ってこないで! 入ったら殺すから!」

 若い女の声だ。

 俺は通路から声をかけた。

「急いでないんで、ゆっくりで大丈夫です」

「うるせーよ!」

 なぜかキレられた。余計なことは言わないほうがよさそうだ。


 しばらくすると、前髪をあげたギャル風の少女が顔を出した。

「てか誰? なんの用? つーかそのカッコなに?」

 すべての質問に答えたほうがいいのだろうか。

 俺は簡潔に用件だけ述べることにした。

「サイキウムを扱ってる店って聞いたんだけど」

「警察? え、ちょっと待ってよ。あたし、なにも悪いことしてない!」

「警察じゃない」

「じゃあなに? 欲しいの? マジで? 安くないけど、いい?」

 当然こうなる。

 しかし紙のカネは流通していないはずだ。別のなにかで支払う必要があるのだろう。

「レートは?」

「基本、物々交換なんだよね。いい武器持ってんじゃん? それ頂戴よ。そしたらデカいのあげるからさ」

「これはダメだ」

「じゃあ後ろの子が来てる服。あれ欲しい」

 餅のドレスか。返り血と汚水で汚れてはいるが、まあここらでは上等なほうだろう。しかし譲るわけにはいかない。

「それもダメだ。俺たちが外から持ち込んだ携行食とか、薬とかはどうだ?」

「クスリ!? どんなのあるの?」

「消毒液とか抗生物質とか、そういうのでよければ」

「なにそれ? 全然ダメじゃん! 話になんないんだけど!」

 さんざんな言われようだな。まあこちらは必要なものしか持ってきていないから、取引材料がないのは事実だ。


 あるいは、この少女の頭をぶち抜いて、すべてのサイキウムを回収するという手もある。

 しかし彼女は人からモノを盗んでいるわけでもなく、きちんと商売で生計を立てている。いきなり射殺するわけにもいくまい。命を選別する裁量が俺にあるのかはともかくとして。


 あきらめて帰ろうと振り向くと、餅が服を脱ぎ始めていた。

「ちょっと、なにやってんの?」

「えっ? なに? 服が欲しいんでしょ? いま脱ぐから待ってて」

「そうじゃなくて……」

「ねえ、お姉ちゃん、脱ぐの手伝って」

 餅は鐘捲雛子へ袖を突き出した。

「鞠ちゃん、いいの?」

「うん。寒くなったらお姉ちゃんがあたためてくれるでしょ?」

「分かった。じゃあ引っ張るね」

 こいつらの常識どうなってんだよ。

 店の女も「マジウケんだけどぉ」と笑っている。

 自分の持っている固定観念が、いかに狭い世界のものであるかを思い知らされるな。


 餅が脱いだ服を渡すと、店の女も代わりの服をよこしてきた。

「これ着なよ。タダであげるからさ」

 ボロボロのジャージ。それでも服は服だ。さすがに気の毒になったのだろう。

 受け取った餅はしかし困惑顔。

「あ、ありがとう」

 どんな服であろうと、下着姿でいるよりはマシだぞ。

 おさげでジャージだと、体育の授業を受けている学生にしか見えないと思うけど。


 店の女は、すると木箱に入ったサイキウムを出してきた。山盛りある。サイズはまちまち。

「どれでもイッコ持ってっていいよ。ビー玉なら三つあげる」

 レートが渋いな。

 一番大きいのだと、拳より小さいくらいか。つまり普段使ってるキャンセラーほどだ。ビー玉ほどのものもある。これでもキャンセラーはつくれるが、三つもいらない。

 少女はニヤニヤしている。

「なんに使うの? 食べるの? おいしいよね」

「は?」

「おいしいって言っても、味がするわけじゃないよ。記憶がさ。脳にズガンってクるじゃん? あれヤバくて好き」

 食べる?

 そんな使い方もあるのか……。いや、どう考えてもそんな使い方はしないが。

「じゃあこのデカいのもらうよ」

「イッパツでキマりたい感じ? はじめは小さいのから始めたほうがいいと思うけど」

「いや、いいんだ。これを使う」

 受け取ったサイキウムを、そのまま後ろの白坂太一へ渡した。

「ところでこれ、どこで手に入れたの?」

 俺がそう尋ねるた瞬間、少女は露骨に顔をしかめた。

「なに? イチャモンつける気?」

「いや、そうじゃなくて。純粋に知りたかったからさ。俺、なにも知らないんで」

「上のほうに変異体ミュータントいっぱいいるじゃん? そいつら殺してさ、すぐ抜き取ってんの。ほっとくと消えちゃうから。デカいのはクイーンからとったんだ。死んですぐのヤツがいたから、ラッキーって思って。あ、クイーンって言っても四十五階のじゃないよ? もっと下っ端のヤツ」


 彼女は波を扱えるようだから、キャンセラーを使わずとも上へ行けるのだろう。そこで変異体を殺害し、サイキウムを抜き取っているというわけだ。

 やっていることはサイコそのものだが、ここでは特に咎めるようなことではない。


「ありがとう。参考になったよ。なかなか大変そうだね」

「分かる? こう見えてめっちゃ苦労してるから。もし気に入ったらまた来て? いっぱい集めとくからさ」

 人懐こい笑顔だ。

 しかしこれを服用している人間がいるとはな。粉にして吸い込むんだろうか。あるいは齧るのか。歯が欠けてしまいそうだけど。

 ともあれ、俺たちは食わない。もうひとつキャンセラーを作るのだ。三チームいれば調査も劇的に進むはず。


(続く)

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