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トレントになったので一万年ほど寝ていたい  作者: 佐藤アスタ


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エドワルド=ラーゼンの策謀 前編

窓一つない暗闇に閉ざされた部屋に、男が一人座っていた。


その姿を辛うじて照らしているのは、男の前に等間隔に並べられた二つの水晶。紫色のそれは、淡い光で部屋の中を照らしている。

その明かりで部屋全体を改めて見回すと、内部の尋常の無さが浮き彫りになるだろう。


決して派手ではないが、年代物の木材の壁、柱、天井は、その部屋が過ごしてきた年月と風格を感じさせる。

その地味で控えめな下地の中に、薄闇の中ですら光沢を放つ家具の数々が際立つように置かれている。

そしてその主たる男の衣装もまた、最高級の布地と仕立て、高貴な身分を表す気品と格式に満ち溢れた装飾をちりばめられ、大領地を背負う重責にふさわしい逸品と言えた。


「では、始めるとしようか」


その、この場に一人しかいない男の声は、普通なら誰もが独り言と思うことだろう。

しかし、その常識に反して、部屋の中に男のものではない別の声が響き渡った。


「早速で悪いがエドワルド殿、王都にいる父上達が亡くなったというのは間違いないのか?」


「間違いない。王都の私邸の者達はもちろん、王宮の間者、白鷲騎士団の手の者、我が家の御用商人など、あらゆる伝手を使って確認した。あの日あの時刻に件の騎士団総本部にいたことは間違いない。そして、今日に至るまでにご当主たちの生存が確認されていない以上、御逝去されたものとして動くほかあるまい」


「し、しかしエドワルド殿、もし勝手に新当主を名乗ったことが後で父上たちに知られれば、どんなお咎めを受けるか分かったものではないぞ」


そう言ったのは、最初の声とはまた違う、姿なき第三の声。

そしてよく見れば、声と連動して飴色のテーブルの上に鎮座する水晶の光が強弱を繰り返している。

これこそ、数ある魔道具の中でも最高級に位置する、市場に出せば城一つ分の値が付くという『遠声の紫晶』の効果だった。


「お咎め?そんな悠長なことを言っている場合だと、本気で思っているのか、クライス。いや、ユルト公?」


「い、いや、その……」


そう第三の声への男の言葉には、静かながらも決して反論を許さない憤激が見え隠れしていた。


「落ち着け、エドワルド殿。別にクライスとて悪気があったわけでは……」


「どうやら我らの危機を察していないのは貴殿も同じようだな、シュルツ。すでに貴殿もフレンシス辺境伯家を背負う身なのだとなぜわからぬ?」


「だ、だがエドワルド殿……」


「その名で呼ぶのはこれで最後にしてもらおうか。すでに私はラーゼン侯爵家を継いでいる。そしてこれは、サーヴェンデルト王国騎士派の行く末を決める会議の場でもある。不用意な名の呼び方は貴族としての品位を問われるぞ」


二つで一対の『遠声の柴晶』の機能はあくまではるか遠くにある片割れに声を届けるのみであり、決してその姿や気配を受信したりはしない。

しかし水晶越しの二人は、男の冷徹なまなざしや断頭台のような容赦のなさが伝わってくるようで思わず固唾を飲んだ。

本来ならば最高爵位であるユルト公爵家がこの場を仕切るべきなのだが、物心ついた時からすでに三人の中では突出したカリスマを持っていた男を差し置く考えなど、とっくの昔に二人の中から消え失せていた。


「……承知した」


「わ、わかった、エド――ラーゼン候」


「よろしい。では本題だ」


二人の盟友の返事を聞いてそう言い放った男、新たなラーゼン侯爵の物言いが、これまでの厳しさに加えて重みが増した。

幼いころから家ぐるみの付き合いである、新たなユルト侯爵とフレンシス辺境伯は、水晶越しに聞こえる幼馴染の声から、ここから先は軽口一つすら許されないと感じた。


「知っての通り、我らが騎士派は今や崩壊の危機にある。貴殿らもすでに独自に情報を得ているとは思うが、ここはあえて万全を期すため、情報のすり合わせから入りたい」


「……情報も何も、私は今でも壮大な騙りに遭っているような気分だぞ、ラーゼン候」


「ユルト公爵の言う通りだ。いくら全ての知らせで一致しているとはいえ、あの堅牢な騎士団総本部を魔神が破壊していったなどと……」


大貴族であるユルト公爵家とフレンシス辺境伯家が長い年月をかけて築き上げた情報網は王国内外に広く深く浸透し、その収集力と確度が王国屈指であることは疑いの余地はない。

にもかかわらず、それでもなお自らの耳と目を疑っているに等しい二人の発言に、エドワルド=ラーゼン侯爵は嘆息せずにはいられなかった。


「先に言っておく。この際、事の真偽を確かめるつもりはない」


「なんだと?」


「気は確かか、ラーゼン候?」


「勘違いするな。そもそも、件の魔神とやらは魔導師団総本部と騎士団総本部を破壊した後に忽然と姿を消し、四大騎士団が総出で捜索したにもかかわらず何の手がかりも得られなかったと聞いている。二人とも、相違ないな?」


「う、うむ」


「私のところでも、そう報告が上がってきている」


「ならば、いつ出現するかもわからぬ魔神の対策を今論じても何の益もない。むしろ、我ら騎士派のこれまで築き上げてきた権益が、無能な王宮の官僚どもに今まさに根こそぎ奪われようとしているのだ。その逆転の策を練ることこそ、今我らが為すべき使命であろうが」


「しかしだな、ラーゼン候……」


「それぞれの領地にいる我らができることなど、たかが知れておるぞ……」


そう決然と言い切ったラーゼン候に対して、いつもならすぐさま追従する二人の反応は芳しくなかった。


「なんだ?言いたいことがあるのならば言うがいい」


「いや、ラーゼン候の言うことは理解できる。王宮で紙切ればかりを見ている下級貴族上がりの官僚どもに我らの権益をみすみす奪われるなどあってはならぬことだ。だが、今の王都にはもはや我らの手駒はほとんど残っておらぬではないか」


「父上……先代だけが逝去されたというのなら、まだ反撃の目はある。だが、今回の件で、先代を支え実務を仕切っていた側近達まで失っているのだ。正直なところ、今は王都の立て直しどころの話ではない。動揺する家門の引き締めに全力を注がねばならぬ状況だ。それはラーゼン候とて同じであろう?」


「……クク」


その声を聞いた時、ユルト公爵とフレンシス辺境伯は最初は幻聴かと思った。


「ククク、クカカカカカカカカカカカカ!!」


だが、普段は滅多に笑うことのないエドワルドの嘲笑にも似た笑い声だと知った時、二人の中に怖気(おぞけ)が走った。

一度だけその笑い方をした直後のエドワルドの行動の結果、ラーゼン侯爵領の一つの村が消失した事件を思い出したからだ。


まだ若かった二人の父親と違って、エドワルドは先代ラーゼン候が老齢に差し掛かってから生まれた嫡男だった。

それゆえ、当初は成人直後に当主交代を済ませるつもりが、エドワルドの生来の残虐性を憂慮した先代が党首の座に留まり続けていた経緯があった。

その先代ラーゼン候という唯一最大の枷が外れたエドワルドを阻めるほどの才覚も覚悟も、ユルト公爵もフレンシス辺境伯も持ち合わせていなかった。


「貴殿らは何を言っているのだ?家門の引き締め?そんな些事は家臣や分家に任せておけ。最初に言ったであろう、我らが為すべきは逆転の策を練ることだと」


「そ、そんなものがあるのか、ラーゼン候?」


「しかし、王都はすでに王宮派に掌握されつつあるのだぞ?」


ユルト公爵とフレンシス辺境伯もわかっていた。

すでに身内の結束を再確認した程度で自分達の凋落は止められないと。

そしておそらくは、王都を掌握した後の王宮派が騎士派、魔導派に対して更なる追い打ちをかけ、最悪の場合、家門断絶もありうることも。

だからこそ悪魔の罠と知りつつも、騎士派の重鎮三家の中で突出した頭脳と機転を持つエドワルド=ラーゼンに賭けるしかないと考え、この遠隔会議に参加したのだ。


「……まず、騎士派の方針を決めるこの会議の前に、私が独断で動いたことを謝っておこう」


「……な、なにをしたのだ?」


思わず、ユルト公爵はそう訊いた。


一方のフレンシス辺境伯は声も出さない。

その臆病な性格から考えて、恐怖のあまり無言になってしまっただろうことは、ユルト公爵には容易に想像がついた。


「魔導派と和解した」


「んなっ……!?」


「まあ聞け。今のところこちらの益になるかどうかは断言はできぬが、別に何も譲歩はしておらぬ。ただ、互いの勢力が旧に復するまで共同戦線を張ろうと提案し、了承されただけのことだ」


「バ、バカな!?そんな口約束、いかに我らと同じく苦しい立場に追い込まれようとも、そう容易く魔導派の面々が了承するはずが――」


「無論、私もそう考えた。ゆえに、我が(そく)エドモンドを人質に出した」


「っ!?」


今度こそ、ユルト公爵も黙らざるを得なかった。

なにしろ、エドモンド=ラーゼンとは、エドワルドの長男――今となっては次期ラーゼン侯爵家当主だ。

そのエドモンドを人質に出すということは、ラーゼン侯爵家は魔導派の軍門に下ったと言うに等しい。

すでにエドワルドは、承認されるかどうかも分からない策のために、一歩間違えれば魔導派に嫡男が殺される可能性すらあるという、取り返しのつかない事態に自らを追い込んでいたのだ。


「ま、魔導派と和解したと言ったな。その上で、一体王都で何をしようというのだ?」


「王都?我らの戦いの場はそこではないぞユルト公。貴殿も先ほど言ったではないか、すでに王都は王宮派に掌握されつつあると。そのような、鉄壁の要塞に攻城兵器もなしに突撃するかのような愚策を私が取ると思ったか?我らの戦場は別にある」


「……せ、戦場だと?どこだ!?」


そこで声を上げたのはユルト公爵、ではなく、先ほどまでだんまりを決め込んでいたフレンシス辺境伯だった。

三人の中では臆病者で通ってはいるが、その分利に(さと)く、騎士派と言えど目の行き届きにくい王国の辺境における、裏切り者を見つける嗅覚と政治的手腕はエドワルドも認めるほどだった。


「ふむ……いつもならば自分で考えろと言いたいところなのだがな、今回は時が惜しい。特にフレンシス辺境伯、領地にいる貴殿が今この瞬間から最速で支度したとしても、全力で馬を走らせても間に合うかどうかという距離だからな」


「もったいぶるなラーゼン候!!貴殿の逆転の策とは一体なんだ!?」


「そうだ!王都以外に我らの行く末を変えられる地があるとでも言うのか!?」


「ある。無論、我らの総力を結集したとしても一筋縄ではいかぬがな」


そこで一旦言葉を切ったエドワルド。

冷静沈着な彼をもってしても、これから言う策が己とラーゼン侯爵家、そして栄光あるサーヴェンデルト王国騎士派の運命を左右する一世一代の賭けであることを自覚し、緊張から来る体の震えを感じていたからだ。


「我らが再び王国の実権を握るには、魔導師団総本部と騎士団総本部を破壊した魔神を討伐する以外に方法はない。ゆえに、我らはこれより魔神の住まう、リートノルド子爵と街を滅ぼし永眠の森と称する魔族の領域を攻め落とす」


そう宣言したエドワルドの眼には、野望と狂気に満ちた紫光が宿っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、貴族派と魔導派の残党そろえて、トドメの自殺行為でしたか
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