クルスは五人だということを知った
「最近嫌がらせが過ぎるので、人族の王国をちょっと痛い目に遭わせようと思います」
案の定、中央広場に参上した俺達に、この永眠の森の主であるボクト様が告げたのは人族の国、サーヴェンデルト王国への侵攻だった。
……いや、訂正する。
内容はともかく、さすがにピクニックに行くような気安い言い方で戦争発言されるとは思ってなかった。
俺の予想の斜め上を行ったと認めよう。
「ついては、あなた達『銀閃』の四人に、ボクト様の道案内役をお願いしたいと思います」
そう言い足したのは、ボクト様の唯一の側近で俺達『銀閃』の直接の主に当たるフランチェスカ様。
ボクト様の前だと、今俺達に向けているような人当たりのいい笑顔を絶やさないフランチェスカ様だが、それ以外の場所だと途端に、ある意味で公爵位にふさわしい尊大で冷徹な一面が姿を現す。
正直、この永眠の森の中で俺が一番警戒している相手がフランチェスカ様だ。直接的な脅威で言えば、俺達を見るごとに今でもバリバリに殺意を向けてくる市街地の外の亜人魔族達の方が上なんだが、俺の冒険者としての経験と勘がそう訴えている。
だがその一方で、俺達、というかこれはガラントの旦那や『双頭の蛇』の生き残り二人も含めての話なんだが、どうもフランチェスカ様が俺達へ向ける視線が外の亜人魔族へのものより幾分か柔らかい、ような気がする。
そうだな……同じ犬畜生でもその辺の野良犬と、自宅の庭を警備する番犬くらいの違い、と思えば分かりやすいだろうか。
この場合、前者が森の亜人魔族、後者が俺達元冒険者だ。
まあ、今のところ俺の勘以外の根拠はないから気休め程度のものなんだけど……話がそれたな。
とにかく言いたかったのは、俺は森の亜人魔族の連中ほどフランチェスカ様のことを怖がってないってことだ。
だからこそ、言葉の端に含まれたちょっとしたニュアンスの違いにも気づくことができる。
……お願い、ねえ。
フランチェスカ様と俺達『銀閃』の関係は、文字通りの主従関係。極論を言えば、フランチェスカ様が死ねと命令したら、俺達にはそれに応じる義務と、眷属契約による強制力が発生する。
だがフランチェスカ様はその権利を使うどころか、命令という言葉すら使わなかった。それはなんでか?
答えは一つしかないだろう。フランチェスカ様自身が、俺達元冒険者組を眷属以上の地位にあると認めているってことだ。
ここまで考えると、また新しい疑問が沸いてくる。
フランチェスカ様が、俺達の立場を尊重するような態度を取る理由はどこにあるのか?という点だ。
俺達の名声?人族の評判なんかこの永眠の森じゃ木の実一つ分の役にも立たん。
それぞれの実力?フランチェスカ様の足元にも及ばない程度のものが?
冒険者として貯めて来た金?冗談にもほどがある。
もっとシンプルで分かりやすい理由があるじゃないか。
今の俺達の仕事はなんだ?元リートノルドの街が朽ち果てないように整備して回ることだ。
それを命じたのは誰だ?そもそも俺達を殺さずに捕らえろと命じたのは誰だ?
そんなもの、フランチェスカ様の主のボクト様に決まっている。
そう、フランチェスカ様にとって俺達元冒険者組とは、ボクト様に命じられて眷属契約を交わした、いわばボクト様の所有物ということだ。
そうでなきゃ、フランチェスカ様の妙にへりくだった「お願い」の説明がつかない。
……とまあ、ボクト様に敗北して以来、これまで見聞きした断片的な情報を繋ぎ合わせ、さらに足りない部分を市街地の外にニーニャマーティン組と二交代で、リスク覚悟の上で森の亜人魔族に接触して収集し、今日までに九割五分くらいまで仮説を組み立て済だったのだが、まさに今、フランチェスカ様の言葉で確証を得た。
間違いない。フランチェスカ様の中では元冒険者組はボクト様の直接の眷属並みの扱いになってる。
理由は……考えるだけ無駄だろう。
なにしろ、俺がフランチェスカ様よりはるかに恐ろしいと感じている存在が、ボクト様その人なんだからな。
この間ドワーフ族の国、ガーノラッハ王国を一人で叩き潰した圧倒的な力、にじゃない。
その体が内包する、普通の生き物の論理とはかけ離れた得体のしれない精神が、だ。
「別に断ってもらっても構いませんよ」
だからボクト様からその言葉が飛び出した時、フランチェスカ様の命令だった場合を想定して考えていた頭の中の全てのパターンを全て廃棄処分にした上で、ボクト様に向けてこう言った。
「何なりとお命じください、永眠の魔王ボクト様」
この時の俺の発言は、隣で聞いてたランディにも、市街地の外で情報収集をしていたミーシャとマーティンにも一言も相談せずに決めたことだが、冒険者だった頃と同じく三人共に無条件で賛成してくれた。
もちろん、その後で微に入り細を穿つように、三人がギブアップするまで俺の考えをしっかりと説明した。
俺を信じてくれることと、俺の考えをわかってもらうことは全くの別問題だからな。
そんなわけで「あなた達の準備ができ次第出発します」とのボクト様の言葉に従って慌ただしく旅の支度を整えて市街地を発ったのは、その翌朝のことだった。
この時の俺の心境をどう表したもんだろうか?
シンプルな感情ではなかった、とだけは言えるだろうな。
ボクト様に降伏したあの日に覚悟を決めたとはいえ、やはり直接人族との戦いに関わるとなると、終始平穏な心持ちのままとはいかない。当然だ、人族だもの。
でも、迷いはなかったと思う。必要とあらば同胞の体をこの腰の剣で刺し貫くくらいの覚悟はできていた。まあ、知り合いだとやっぱり迷うかもしれんが。
そんな懊悩が良くも悪くも全くの的外れだったのに気づいたのは、永眠の森の中をなぜかコソコソしながら抜け出て、いよいよ人族の領域に足を踏み入れようとした時のことだった。
「……あ、あのう、ボクト様、永眠の森の軍勢はいったいどこに?」
おどおどしながらも、勇気を振り絞ってそう切り出したのはマーティンだった。
それも当然、すでに森は地平線の向こうに消えつつあるのに、ここにいるのは俺達『銀閃』の四人と、我らが魔王ボクト様の五人だけ。
おそらくマーティンは、俺かフランチェスカ様かボクト様のどこかで話の行き違いがあって、森の亜人魔族からなるサーヴェンデルト王国侵攻軍がまだ到着していないか、合流地点を間違えたかしたと思ったんだろう。
よく、よくわかるぞマーティン。俺もそう考えられていたら、どんなに幸せだったか……
だがマーティンには悪いが、俺の思考はもう少し先を行っていた。正確には、とてつもなく悪い予感がしていた。
ボクト様がさも当然という顔で返事をしようとしている瞬間を、この目に映してしまったからだ。
「何を言っているんですか?人族の国を攻める人員はこの五人だけですよ。この先、増援の予定は一切ありません」
わかってはいた。人族の領域近くのこのだだっ広い平原に俺達四人とボクト様の計五人。それ以外にどう見ても足し引きする余地なんかどこにもないってことを。
さらに言えば、あのフランチェスカ様がボクト様が関わることに関して、誤解や行き違いなど許すはずがないことを。
だが、サーヴェンデルト王国五十万人対永眠の森軍五人という数字を思い浮かべた俺はこう言わずにはいられなかった。
「はあああああ!?あんた馬鹿か!!」
たとえ相手が魔王だったとしても。




