朴人、キレる
「やあ、この間は御活躍だったね」
「まあ国一つ壊滅しちゃったわけだけど、あいつらドワーフは人魔のバランスを崩そうとしていたから、僕としては朴人君が暴れてくれてよかったと思っているよ。それをやるには世界はまだまだ未熟すぎるってもんだ」
「んん?今日はやけに無口だね。ここでは朴人君は眠ることはできないから、意識ははっきりしてるはずだけどな?」
「ああ、ひょっとして機嫌が悪いのかい?いやまあ、分かった上で言ってるんだけどね」
「おお怖い、そんな目で僕を睨まないでくれよ。君が怒りを向けるべき相手は僕じゃないだろう?」
「何を我慢しているのか知らないけれど、いくら耐えても彼らはやめてはくれないよ?それほど、欲望ってやつは際限がないのさ」
「約束が違う、って眼をしているね。それは朴人君の大きな誤解だよ。僕の領分は君が己の欲望を叶える力を提供するところまで。その後のことは全て朴人君が自分の力で手に入れるしかないのさ」
「さあ、あとは君がしたいようにするだけだ。存分に一万年の重みを使って君の欲望を妨げる障害を破壊してくるといい。あ、でも、間違っても滅亡だけはNGだからね――」
「………………」
「……おはようございますボクト様」
朴人が目覚めたのは、ドーワフ族とのいざこざの後で眠りについた、とある邸宅の居間に置いた安楽椅子の上、ではなく、その邸宅の地下にある防音処理の施された一室だった。
当然の話だが、フランやその他永眠の森の住人が睡眠中の朴人を強制的に移動させたわけではない。朴人の睡眠を妨げるような、そんな恐れ多いことを考える愚か者は永眠の森にはいるはずもない。
つまり答えは一つ、朴人が自らの意志でこの地下室まで移動してきたのだ。
「こ、今回の寝心地はどうでしたか?」
「……フラン、これがしっかりと熟睡できた者の顔に見えますか?」
「……いいえ、全く」
しかも朴人自身、この地下室が初めての移動ではない。
顔を引きつらせながら質問に答えるフランだったが、朴人の方が何十倍も機嫌が悪かった。
「それで、今回はなんですか?」
「それが、人族の複数の貴族達からなる連合軍が森の付近に展開していまして、勝手に森の端から木を切り倒していまして……」
別に直接森に侵入してきたわけではないし、周辺に住む人族が伐採していく程度ならこれまでに例がなかったわけではない。
普段の朴人なら、即座に興味を失ってフランに丸投げするレベルの案件だろう。
案件がそれ一つだけなら。
「当然、追い払ったんですよね?」
「それはもちろんです。ですけれど、どうやら森から少し離れた所にかなり本格的な陣地を構えているらしくて、どうにもこれで終わりというわけじゃなさそうなんです……」
「それでまた私に相談しに来たと?」
「はい……森の中に入ってきたなら私の責任でなんとでもしますけれど、一歩外に出るとなるとやっぱりボクト様に報告しないわけにもいきませんから……」
そう。
フランは永眠の森に関するあらゆる権限を朴人から与えられているが、逆に言えば森の外のこととなるとどれだけ簡単な問題であってもフランが解決することはない。そういう朴人との契約なのだ。
もちろん朴人もそのことは十分に分かっているし、別にフランを糾弾しているつもりは少なくとも朴人本人にはない。
朴人の機嫌が悪いのは、フランが頭を悩ますもう一方に対してだ。
「人族がやり方を変えてきたきっかけがあるとすれば、『銀閃』やガラントさんといった冒険者にこの森を攻略させようとした時だと思います。あの時、森の中に入ってきた冒険者は一人も無事に帰しませんでしたけど、森の外に待機していた冒険者ギルドや騎士団には手を出しませんでしたから」
「それで人族が図に乗った、というわけですか」
「敵討ちとか魔族憎しとかそういう感情も理由なんでしょうけど、挑発してこっちの出方をうかがっているっていう意味もあるそうです。元冒険者さんの意見ですけど」
「……」
「あ、あの、ボクト様?」
「…………」
「な、何かしゃべってくれないと怖いんですけど……」
「……フラン、これまで人族がこの永眠の森に対して働いてきた悪行の数々を列挙してみてください」
朴人にそう命令されたこの時、フランの中にも予感めいたものはあった。
基本朴人は無気力だ。いや、正確には寝ることのみに心血を注いでいるのであって、起きている時にやることといえば寝るための準備以外には無いと言っても過言ではない。
そんな朴人の目が据わっている。快眠のために普段から平静を心掛けているあの朴人が、だ。
「ええっと、最初はリートノルド子爵による森の侵略から言った方がいいですよね?次が元冒険者さん達による偵察兼攻略ですね。その後からは本当に種々雑多というか……やって来たのは冒険者、騎士団、開拓者、それに今回の貴族ですね。やったことといえば、今回の伐採は可愛い部類に入るくらいで、他には土砂の投棄、地面の掘削、開墾。ひどいのになると亜人の集落への襲撃、川への非致死性の毒物混入、ボヤ。とくにボヤの内の一件は発見が遅れたせいで危うく大火事になるとこ」
「があああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「うきゃああああああああああああああああああああ!!」
突然の爆音に、フランは思わず耳を塞いだ。
その発生源は言うまでもない、すぐ側に居た朴人の喉からだった。
はっきり言って、人族が出せる声質と音量では絶対にありえない。その根源は擬態を剥がした本性、一万年生きたというトレントのそれに違いない。
そう頭では理解しつつも、耳をふさいだままのフランはいまだに信じられない気持ちでいっぱいだった。
フランの知識にあるトレントの声は、正に由来となった木の洞に風が吹き込んだようなものだ。少々不気味さは感じるものの、決して破壊的な音量を出せる代物ではない。
そして、この朴人の怒りの魂を込めた叫びを半ば予感していたフランには、この後の朴人の言葉もある程度予想はついていた。
いや、フランでなくても、おそらく永眠の森中に響いたであろう朴人の叫びを聞いた全ての住人もまた、同じことを思っただろう。
不意に爆音が止んだ。
恐る恐る耳から手を離して顔を上げたフランの目に、平静な顔に戻った朴人の姿が見えた。
しかし、次の朴人の言葉で、やはりその表情は取り繕ったものに過ぎないとフランは確信した。
「戦争です。二度とふざけた気を起こせないように、徹底的に人族を叩きますよ、フラン」




