漆黒の針の末路 前編
9/12 20:54にサブタイトル変更
「……じゃあ、やっぱり森の亜人魔族に手伝わせるっていうのは」
「無しだな。今回の依頼、っていうかフランチェスカ様の命令の難しいところは、戦闘はもちろん事後処理に至るまで最小限の影響で済ます点だ。彼らを巻き込むとどうしても大げさになる」
「じゃあやっぱり、冒険者組で何とかするしかないわね」
「ボクト様の策を踏襲するっていうのはどうだ?」
「バカ、俺達の時とは全然状況が違うだろ。相手はいざとなれば森ごと焼き払ってもいいって奴らだぞ」
「でも十個小隊は多過ぎよ。気づかれる前にやれるのは精々二、三小隊くらい。残りの奴らに束になってかかってこられたら、正直私達じゃきついわよ」
「しかも、さっきリーダーが言った条件じゃ罠も使えないってことだろ?……詰んだな」
「いや、分解するのが簡単な小型のものならOKって、フランチェスカ様にお墨付きをもらった」
「上限は?」
「まあ、数人規模の落とし穴くらいが限界だな」
「おいおい、それで全滅はさすがにしんどいぞ」
「もちろんそこまで無理するつもりはない。俺達の役割は最終ラインまでだ」
「あとは旦那にお任せか……で、あの二人はどうなんだ?」
「一応、今回の件を伏せたまま会ってきたんだが、ありゃ駄目だな。いても足手まといにしかならない」
「やっぱり、僕達と違って仲間を亡くしてますからね……」
「いや、元々近いうちに二人で引退するつもりだったらしい、ていうか、完全に戦えない目になってたな」
「いいんじゃないの、それならそれで。そもそも二人だけって時点で、戦力の足しになったか怪しいんだから」
「おいおい、そりゃ言わぬが花って奴だろ……」
「二人とも、無駄話はそれくらいにしておけ。方針は決まったんだ、さっそく行くぞ――楽しい楽しい仕掛けの時間だ」
漆黒の針。
その名の由来は、闇夜にあって姿を見せず、針の一刺しのような静かな攻撃で敵を屠る様から付けられている。
実際にそのいで立ちを見たごくわずかな者達は、一様に「意外」と感想を口にする。
防具はドワーフらしからぬ全身を覆う漆黒の軽鎧に、武装は細身の短刀のみ。
一目でわかる武装はそのくらいだが、一目でわからない所には数々の暗器が仕込まれているという。
その戦い方も通常のドワーフのそれとは一線を画する。
鈍色に光り輝くフルプレートの防御力に任せた愚直な前進のみのドワーフの戦士とは真逆、ドワーフ族の技術の粋を集めて作られた漆黒の軽鎧のステルス機能を駆使して、音もなく標的に近づき短刀か暗器で気づかれる前に仕留める。
まるでドワーフの戦士の誇りをかなぐり捨てたような名誉のかけらもない戦い方を『漆黒の針』が選ぶのは、ひとえに偉大なガーノラッハ王への忠誠心ゆえに他ならない。
それだけに王からの信頼は絶大であり、それが彼らの誇りとなり、王の陰の刃足らしめている。
だからこそ、王が放った一小隊が謎の森で全滅したとの一報に、彼らは深い戦慄と怒り、そして王からの信頼失墜への恐れを抱いた。
ガーノラッハ王の『漆黒の針』十個小隊派遣の命に側近の二人が驚いていたが、それは当然だ。
何しろその命は、どちらかと言うと慎重居士の傾向があるガーノラッハ一人の決断ではなく、任務失敗という汚名返上に燃える『漆黒の針』が直訴した結果だったからだ。
もちろん、影護衛の身分で差し出がましい真似をした自覚は彼らにはある。
それだけに、王に任務成功以外の報告をするつもりは毛頭なく、例え最後の一人になっても撤退という道は取らないという不退転の覚悟を出撃前に固めていた。
準備は万端、士気は最高潮、戦力も十二分。
もはや一分の隙も見いだせないと、確信に近い自信をもって森の攻略に臨んだ『漆黒の針』十個小隊。
その『漆黒の針』が、思いもよらない足止めを食らっていた。
「隊長、駄目だ。一歩も前に進めない」
隠密部隊としての基礎中の基礎、至近距離にのみ聞こえる特殊な発声法で焦りを口にする部下に対して、この十個小隊の総隊長でもある第一隊長は、茂みの陰に伏せた体勢のまま思わず歯噛みした。
すでに日が沈んで宵闇が森を支配している時間。つまり『漆黒の針』にとっては最も動きやすい時間帯。そしてこうして待ち構えられていた以上、敵は仲間を全滅させた輩の可能性が最も高い。
そんな敵討ちの絶好の機会を得ておきながら、第一隊長の心は混乱の最中にあった。
(なぜだ……?なぜこちらの位置が掴まれている!?)
標的を待ち伏せるために伏せることはあっても、敵から隠れるために伏せるというかつてない屈辱を味わいながら、第一隊長は前方を睨む。
茂みの先にあるのは、不自然に盛り上がった枯葉の山。どう見ても罠、それも落とし穴の類いだと一目でわかる。
(あんなものはどうにでもなる。それどころか障害にすらならん!なのに、なぜこの場から動けぬ!?)
あの落とし穴を最初に発見した時は気にも留めていなかった。回り道をすればいいだけなのだから当然だ。
ただ、地形的に気に入らない箇所だな、程度の印象はあった。左右がやや急な傾斜で挟まれていて、前方以外の視界が通らなかったからだ。
だから、第一小隊の前を歩いていた、露払い役の第八小隊は周囲を警戒しながら傾斜を進み、その向こう側の景色を見ようとしたところで――突然一帯に複数の爆発が起こった。
「下がれ!!」
第一隊長のその一声で、ドワーフとは思えない俊敏さで全員が後退、方陣を汲んで全周囲を警戒したタイミングで、十数回ほど甲高い金属音が至近距離で鳴り響いた。
「これは……針?」
地震の鎧に当たって地面に落ちた一本を拾い上げると、『漆黒の針』が使う暗器とは別物の、何の変哲もない鉄の針だった。
ただし、先端に緑色の液体が塗られててらてらと光っているその針まで、落とし穴のように無視することはできそうもなかった。
(だが、こんな雑で非力な攻撃でこの鎧の防御を抜けるとは思っていないはず……)
そこまで考えたところで、第一隊長の耳に仲間特有の小さく叫ぶ声が入ってきた。
「そっちだ」 「追い込め!」
見れば、先ほどの爆発を一番至近距離で食らった第八小隊が、爆発が起きた方向とは逆、針が飛んできたと思われる反対側へ走り出しているのが見えた。
いつもなら、仲間を信頼して無言で見守っていただろう。
だが、これだけの攻撃を受けながら未だに敵の陰すら踏んでいない現状を振り返り、第一隊長は思わず叫んだ。
「行くな、戻ってこい!」
次の瞬間、確かに第八小隊は戻ってきた。
振り子の要領で横向きで飛んできた、両端をロープで固定された丸太に、傾斜を登り切ったあたりで五人全員がが追突され吹き飛ばされる形で。
「第七小隊、第八小隊を回収、全員下がれ!」
やはり容易ならざる相手と感じた第一隊長は全員に撤退を指示。視界の開けた場所まで後退し、敵の行動と思考を見極める戦術に変更した。
(先ほどの爆発も大した威力ではなかった。おそらくは爆発を照明代わりにしてワシらの位置を特定したのだろう。ならば、こうして物陰に隠れれば、敵もワシらの位置を見失うはず。隠れたワシらを捜しに来たら、その時が奴らの死ぬ時だ)
その第一隊長の考えは周囲に潜む『漆黒の針』全員に素早く伝わり、軽傷で済んだ第八小隊も含めて蟻の這い出る隙もないほどの警戒態勢が敷かれた。
(さあ来い愚か者どもめ、『漆黒の針』を敵に回すことの恐ろしさをその身に刻んでやる!)
そうほくそ笑んでから刻一刻と時間は過ぎ、やがて待ち構えているはずの『漆黒の針』の方から無音の動揺が第一隊長の元に届くようになっていた。
(鎮まれ!ここでワシらが迷うことこそが敵の狙いだとなぜ気づかぬ!こと闇の戦いにおいて、偉大なるガーノラッハ王の陰の刃たるワシら『漆黒の針』が後れを取ってどうする!)
独自の発声法で抑えられるギリギリの声量で仲間の軽挙妄動を戒める第一隊長。
その檄に、自分達の心の揺れを教えられた漆黒のドワーフ達が今一度気を引き締める。
そうして再び警戒を厳にして二刻、 そして三刻。
すでに真夜中は遠く過ぎ去り、闇の中に微かに薄い青が混じり始めていた。
(なぜだ、なぜ攻撃どころか影の一つも見つからない?ワシらの意図を見透かしているのか?だとしても睨み合いになれば多勢のワシらの方が有利なはず……)
すでに昼間の行軍で、本来の森の住人である亜人魔族がこの辺りに一人もいないことは確認されている。
それ以前に、夜の戦いに慣れていない者が近づけば瞬時にわかる。
だからこそ、第一隊長を含めた『漆黒の針』十個小隊全員が、目の前の敵の対処に集中できていた。
だが、豊富な経験と五感全てを使っていくら探っても、敵の姿を捕らえらえない。
その事実が『漆黒の針』を隠れた場所に釘付けにしてしまっていた。
結局、空が白んで辺りを光が支配し始めるまで、『漆黒の針』は敵を仕留めるどころかその場から一歩も動くことができなかった。
「捜せ!多少の攻撃は無視しろ!とにかく奴らの姿を捉えるのだ!」
(少なくとも、爆発を起こした者、針を投げた者、罠を起動させた者の最低三人はいるはずだ。ワシら全員で捜索すれば見つけらぬはずがない!)
もはや怒りを隠そうともしない第一隊長の命令で『漆黒の針』十個小隊が散開、敵の発見に全力を注いだ結果、一つの事実が明らかになった。
「いない、だと?」
第一隊長を除く九人の小隊長からの報告で導き出された答えは、敵影無し。
つまり、『漆黒の針』が後退して周囲を警戒し始めた時には、すでに敵ははるか遠くへ去っていたことになる。
その結果を踏まえると、夜通し警戒していた『漆黒の針』の姿は、客観的には居もしない敵に怯えて夜が明けるまで小動物のように隠れていたとしか言えなかった。
「お、おおおおのれえええええぇぇぇ!!」
第一隊長の憤激の絶叫が永眠の森に木霊した。




