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トレントになったので一万年ほど寝ていたい  作者: 佐藤アスタ


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フランの一日

外伝のようで外伝ではない話です。

できれば読み飛ばさないことをお勧めします。

永眠の魔王朴人の唯一の眷属にして公爵位を持つ精霊族のフランの一日は主の様子を窺うことから始まる。


「ボクト様ー、起きてらっしゃいますか?」


だというのに、こうして朴人に向かって声をかけることは稀だ。

何しろ、フランの主は会話をする機会自体が少ない。当たり前だ、普段は寝てばかりいるのだから。

この「寝てばかり」というのも、朴人が周囲に与える数ある誤解の内の一つだ。

何しろ朴人は本当に寝続ける。その合間に食事を取ったり用を足したりという、生き物として必要最低限の行動をとることは決してない。

さすがにフランも心配になって一度だけ聞いてみたのだが、「トレントだから大丈夫ですよ」の一言で済まされた。

そんなはずはない。現にこの森に移住してきた老トレントは普通に朝に起きて、夜に寝ている。一応老トレントの方にも聞いてみたのだが、やはり何日も寝続けるという芸当は無理らしい。やはりフランの主が変なのだ。

だが、変な部分を挙げだしたらキリがないのがフランの主なので、あまり詮索しない。

朴人本人も自分のことをあまりよくわかっていない節が時々垣間見えることがあるし、そもそもこれ以上朴人に関する情報が増えたら、精神的キャパシティが破裂しそうだとフランは思っている。


だから余計なことは考えない。考えるべきことはもっと他にあるからだ。


「起きてますよフラン。それにしてもフランも毎日何度も私の様子を確認しに来るなんて、よほど暇なんですね」


何を言っているのだこの主は?主の様子が気にならない眷属がいると思っているのか?――とはフランは言わない。万が一思っていても口には出さない。

たまに、一度この主の頭を張り倒してやろうかという衝動に駆られることもあるが、やめておく。

張り倒した結果、朴人から何かお仕置きが来そうで怖いのではない。不安の正体はその逆、張り倒したところで朴人ならアッサリ許すか無視してしまいそうで怖いのだ。


主を張り倒す眷属とそれを淡々と許す主。

想像しただけでフランの価値観が揺らぎそうだった。


と、そんな考えを振り切った後でフランは気づく。


「ボクト様、ひょっとして昨日も寝てないんですか?」


「ちょっと考え事がありますからね」


寝ようと思えばいくらでも寝られるフランの主は、同様に起きようと思えばいくらでも起きていられるらしい。

これもフランが朴人に直接問い質したことはない。あくまで主の生態(?)を観察してきて、ようやく最近確証に至ったのだ。朴人本人も口にしていたが、どうやら悩み事があるうちは熟睡できないという考えに基づいた行動のようだ。


その原因は言うまでもない、先日のドワーフ王国の隠密部隊のことだろう。

それならフランが自分の眷属を動かそうかと朴人に提案したこともあったが、「何を言っているのですか、フランには任せてある役目があるでしょう」と却下されてしまった。

あくまでフランの役目は永眠の森の管理と防衛、という考えを、朴人は曲げるつもりはないらしい。


確かにその二つの役目を十全に果たすのに、今の戦力は欠かせない。欲を言えば足りないくらいだ。

朴人の言うように、ドワーフ王国への対応のために森の外に出せる余力は無いのだから、あくまでフランは管理と防衛に二点に絞って行動するのが現状ベストだというのは理にかなっている。


だが朴人は起きている。それはフランの主が現状に満足していないという何よりの証なのだ。

それを裏付けるように、朴人が『銀閃』のクルスやガラントを呼んでは何か質問をしている様子を時々目にする。

それは決まってフランが朴人の側に居ない時に起きているようなので、質問の内容までは分からない。

クルスやガラントにも聞いてみたのだが、どうやら朴人に口止めされているらしくてはぐらかされてしまった。


結局のところ、朴人が何を考えてどう行動しようが結局はフランがどうこうできる話ではないのだが、それでも朴人が起きている間は、フランの不安と悩みは尽きない。






朴人の身の回りの世話に午前の時間を丸々費やし、午後になってからようやくフランのもう一つの役目、永眠の森の管理と防衛の仕事が始まる。

といっても、森自体の管理や見回りといった細々とした仕事は、森に住む亜人魔族に任せてある。

フランの役割は、その亜人魔族の間で頻繁に起きる(いさか)いの仲介だ。


場所は、亜人魔族が市街地の中で唯一立ち入りを許されている、北門広場。

そこに建てられた大型の天幕の中が、永眠の森全体を管理する役場のような機能を果たしていた。


「今日の川の使用権は我らのはずだろう!」


「仕方ないじゃない!十日前からほとんど雨が降らなくて水が確保できなかったんだから!」


諍いの中で一番多いのが、水の利権。他にも、集落の境界線、狩った獲物の所有権、物々交換のレート等々、例を挙げればキリがない。

なので、種族間の話し合いで事が済まない場合のみ、こうして北門広場の天幕でそれぞれの主張を聞いた上でフランが判断を下している。


「水の備蓄を怠ったのは妖精族の問題です。約束を破って川を利用した以上、その対価を獣人族に支払いなさい」


「ええっ!?」


「そ、それはまた……」


フランの判断に、不利な立場に立たされた妖精族から不満の声が上がるが、獣人族の方からも戸惑いの様子がうかがえた。


(えっ?これもしかして、やっちゃった?)


フランも自分の誤りに気付くが、すでに下した判断を自分から覆すことはできない。

あくまでフランは朴人の命令でこの場にいる。ここで間違いを認めることは、朴人が間違えたと言っているのも同然だからだ。

そもそも、ついこの間まで、か弱い精霊でしかなかったフランなのだ。朴人の眷属、そして公爵になったことで、一瞬で苗が大木に成長したような勢いで魔力が増大したが、過ごした年月から生まれる経験と知識は魔力ではどうにもならない。

言ってみれば、政治経験など皆無なフランの独断と偏見で、種族間の諍いを裁くしかないのだ。

そして、そんなフランはしばしば誤った判断を下す。当然、不利な判断をされた側は不満を爆発させるのだが――


「ちょっと!納得いかないんですけど!フランチェスカ様はいったいどういうつもりで――」


ドガアアァン!!


「あら?妖精族は私の決定に不満でも?」


「……いえ、なんでもないです」


フランが魔法で地面から出した小さな木くらいのサイズのバラのツルが、三者の間にあった机を破壊すると、さっきまでいきり立っていた妖精が大人しくなった。

しかも、若干怯えている件の妖精以外の天幕内の亜人魔族は、全員が納得顔でうんうんと頷いている。


これは永眠の森に亜人魔族が移住してきた当初、大規模な諍いが争いに激化する寸前で、鎮静化できずに追い詰められたフランがちょっと暴れ回って強引にその場を収めた経験から学んだやり方だ。

未だに力づくで従わせるやり方に慣れないフランだが、「これでこそ森の管理者フランチェスカ様だ」と言わんばかりの亜人魔族の反応をこれまで数多く見てきたので、結局はこの方法に頼り切っている。


ちなみに、この日フランの元に持ち込まれた案件は全部で十二、その内三度ほど、調停の場に備え付けられたテーブルが破壊された。






フランの一日の終わりもまた、中央広場に根を下ろしたように動かない朴人の様子を窺うことから始まる。


「川はこことここと……」


「なるほど、では地下水脈は……」


そんな会話をガラントとしていたようだが、フランが近づくと途端に会話を中断してしまう。

かなり気になってはいるが、森の管理と防衛への専念を朴人から命令されている以上、あえて質問すること憚られる。


「ああフラン、ちょうどいいところに来ました。ちょっと用意してほしいものがあります。軽く荷物を入れられそうな旅用のバッグと丈夫な水筒と……」


もちろん一番の目的は朴人の様子を見に来ることだが、時々こうして直接命令されることもあるので、フランにとっては実務的な面でも、一日二度の謁見は欠かせない。

それにしても今日の命令は風変りだな、と思ったフランだが、「明日の朝までにその辺に置いておいてくださいね」と朴人から命令されたらすぐに動かないわけにはいかない。

結局、朴人とガラントが話している内容の推測を先送りにしたまま、北門広場の夜勤要員の亜人魔族に手配して朴人要望の品々を用意、中央広場で独り思考の海に落ちていた朴人の側にフラン自ら届けた時には、すでに真夜中と言っていい頃合いになっていた。


(いい加減、明日辺りには市街地の外に出て森の様子を見て回らないと……)


朴人のまねをして最近すっかり虜になったベッドと枕に全身を預ける感覚に安心感を覚えながら、フランは朴人のことで気になっていたことをすっかり忘れながら、近頃お気に入りの家屋の一室で眠りに落ちていった。






「ボクト様ー、起きてら……?」


「む、やっと来たかフランチェスカ様」


あくる日。

昨日の疲れからか少しだけ寝坊をして、まあボクト様なら多少時間がずれても大丈夫大丈夫、と思いながら中央広場の朴人の定位置に顔を出してみると、そこにいたのはさえない人族の若者ではなく、小柄ながらがっしりとした体格の髭面の老人、ガラントだった。


「ガ、ガラントさんがどうして……?それよりもボクト様はいったいどこに?」


「うむ。そのボクト様から伝言を預かっとる」


そのガラントの言葉を聞いた瞬間、フランの脳裏に言い知れない不安が走り、ドワーフの老人の次の言葉を聞いて、予感していた通りに過去最大級の絶叫を中央広場に響かせることになった。


「『ちょっとドワーフ王国に売られたケンカを買ってきます』だそうだ。さきほどお独りで旅立たれた」

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