効率重視ですよ
「…………魔王の角」
魔王の角。
古より魔族の王たる証として、人魔亜人だけでなく魔物家畜といったあらゆる生き物にとって畏怖の象徴である。
その禍々しいフォルムに込められた膨大な魔力は見る者全てを畏怖させる力を持っており、魔王の角を手に入れた者が魔王なのか、それとも魔王にふさわしい力を持った者が魔王の角を手に入れるのか、未だに議論は伯仲して結論は出ていない。
過去には魔王の角そのものを己が武器として戦う魔王もいたそうだが、どんな強力な武器、魔法を受けても傷一つ付かなかったと言われていることから、一説には神が与えたもうた神器なのではと、まことしやかに囁かれている。
そんな、全ての亜人魔族だけでなく人族にとってすら羨望の対象である魔王の角をその身に宿した朴人は、
「これじゃ寝る時に邪魔ですね――えいっ」
シュワン
「「「「「………………んふえ?」」」」」
自分の力で生やせる枝葉と同じように体内に戻してしまった。
「……ボ、ボクト様、今のはいったい……?」
「いや、あんな尖ったものがいきなり頭についても邪魔じゃないですか。無い方が楽だなと思ってやってみたら引っ込んだので良かったですよ。フランもそう思うでしょう?」
「いえ……良いか悪いかで言ったら、それはとてつもなく悪いんじゃないかと……」
朴人と違って、魔王の角というものがどれほどの価値があるのか、ある程度は分かっているフランが自分の主と全くかみ合わない会話を繰り広げている間、二人とは少し離れた所に移動した『銀閃』の四人はひそひそ声で激論を交わすという器用な真似をしていた。
「……なあ、今俺達はとんでもないものを見ちまったんじゃないか?」
「どう見ても魔王の角、だったよな?」
「一度、魔族の領域の偵察の依頼で、偶然遠目に見た『劫火の魔王』らしき奴の角と同じ気配がしたわね……」
「……無駄を承知であえて確認しますけど、あの魔王の角が偽物だったり幻覚だった、なんて可能性はないですよね?」
「マーティン、お前の言ってることはもっともだしそう言いたくなる気持ちもよくわかる。だけど、他の能力はともかく、危機意識だけは他の冒険者に負けない自信がある俺達全員が、あれを魔王の角と認めてるんだぜ?たとえこの世の全てを疑えと言われても、俺達の直感まで疑うようになったら終わりだと思わないか?」
「……確かにクルスの言う通りなんだが、じゃあ、この先俺達はどうすればいいんだ?」
「あの冴えな……地味……慎ましい恰好をした方が魔王様で、私達のご主人様が公爵様?つまり、私達って魔王軍の一員なの?」
「それについては俺から提案がある。……幸か不幸か、ボクト様は魔王の角を引っ込めた」
「……あんな、自分の力を誇示しない魔王なんて初めて見ましたけどね。そもそも、魔王の角って自在に引っ込められるものなのかも……」
「それについても激しく同意だが今は置いとけ。……いいか、魔王の角を見たのは俺達四人とフランチェスカ様だけだ。他の奴は見ていない。だから、難しい判断はフランチェスカ様にお任せして俺達は一旦見なかったことにする、っていうのはどうだ?」
その後は全員がただ首を縦に振っただけで終了した『銀閃』の緊急会議。
意を決して朴人とフランの元へ戻ってみると、ちょうど二人の会話も一区切りついたところだったようで、朴人から目顔で促されたフランが四人に言った。
「ええ、コホンコホン。みなさん、今しがたちょっと、いやかなり、いやトラウマものの刺激的なアレを目にしたと思いますが、アレについての口外を禁じます。アレについてはボクト様がしかるべき時に公表するそうですから、ついうっかり口にするなんてことがないように、あなた達の主、『庭園のフランチェスカ』として釘を刺しておきます。いいですね」
見たものを見なかったことにする。
口でいうのは簡単だが、これが意外と難しい。
どんな者でも規制されれば規制されるほど、家族やペットに愚痴ったり、あるいは何かに書き残したり、とにかく誰かに知ってもらいたくなるものだ。
もちろん、元S級冒険者パーティとして常に高いレベルの守秘義務を要求されてきた『銀閃』の四人は、必要とあらば墓まで秘密を持って行く心構えはできていたが、それでも眷属への強制力を使って他言を禁じてくれたことには有難みを感じて、一斉に安堵の溜息をついていた。
そんな四人の会話の一部始終を、実は朴人はしっかりと把握していた。
だが、それは俗に言う「見て」、「聞いた」とは少し違う。
はたしてこれがトレントの固有能力なのか、それとも朴人にだけ備わった感覚なのかは彼自身わからなかったし調べるつもりもないのだが、とにかくまるですぐ近くで見聞きしているような感覚で、『銀閃』の四人が話す情報を頭にインプットしていた。
(ふ-ん、どうやらあの角は、出したままだと面倒に巻き込まれやすいみたいだな。じゃああんまり他人に知られない方がいいかな)
朴人はそう考えて、フランにもそう伝えた。そしてその情報以外のことは全部忘れようと思った。
こうして、朴人の脳裏に『銀閃』の四人の存在が一瞬刻まれ、そしてすぐにその他大勢のカテゴリに戻った。
「……それでフラン、一体いつになったら私を起こしに来た理由を説明するんですか?」
「は、はひっ!いえ、用があるのは私じゃなくて、『銀閃』の四人なんですよボクト様。えへへへへ!」
いつもより低めの朴人の声に体中に戦慄が走ったフランは、とっさに自分の眷属に責任を押し付けた。
中間管理職の権力の悪用である。
「何言ってるんですかフランチェスカ様?あなたに報告したら『これはボクト様にご注進です!』って、俺達の話を最後まで聞かずに行っちゃったんじゃないですか」
「なっ!?」
だがそこは元S級冒険者、とっさの危機への対応力もまさにS級だった。
部下を裏切る上司は、部下に背中から撃たれるのである。
「そんなのはどっちでもいいです。効率的に報告できるんなら誰でも構いません」
もっとも、そんなフランの悩みも朴人にとってはやはりどうでもいいことだったが。
仕方なしに『銀閃』のリーダーであるクルスがフランに視線を送って了解を得、朴人に説明しだした。
「ボクト様がお眠りになってから一月が経ったんだが、俺達はフラン様の指揮のもと、この街の整備と同時並行で事後処理に奔走していたわけなんだが、実はまだ完全に解決したわけじゃないんだ。というより、余計なところに飛び火した、っていった方が正しいかな」
仮にも魔王に対する言葉づかいではないが、朴人が礼儀に関してほとんど無頓着で効率優先主義であることをフランから聞かされていたクルスは、やや緊張しつつもいつも通りの喋り方で説明する。
案の定、朴人が何も反応しないことを確認して心の中でホッとしながら、クルスは説明を続ける。
「当然の話なんだが、俺達四つのパーティがこの森の攻略に失敗したことは、森の外周部で俺達を支援していた冒険者ギルドや騎士団に伝わってる。だからあいつらが未だに監視の目と、俺達の生死を確かめるためにちょいちょい偵察部隊を送って来てるんだが、そっちはボクト様の配下の亜人魔族が適当に追い払ってる。だから俺達が問題にしてるのは『飛び火した方』のことなんだ」
「クルスさん、そこまで言うからには、それなりの確証があるんでしょうね?」
「もちろんです、フランチェスカ様」
そこで一旦話を切ったクルスだったが、当の朴人の安定の無反応に不安を覚えた。
だが、すでにある程度の内容を知っているはずのフランが合いの手を入れてきてくれたことで、クルスは話を続ける。
「ボクト様が直に手を下した鉄鎖のガラントの旦那、その仲間のドワーフが四人いたと思うんだが、その内の一人が行方不明だよな?どうもその線らしいんだ。これを見てくれ」
そう言ったクルスが懐から出したのは、布にくるまれた細長い何か。
クルスがその布を慎重に取った時、初めて朴人がその中身に興味を示した。
それもそのはず、その布の中身の一本のナイフ、その材質は異様としか言いようのない代物だった。
一言で言うなら、黒。
切っ先から柄頭に至るまで黒に染まったそのナイフは、一切光というものを反射していなかった。
一見して、鉄どころか金属を使用していないのかとすら疑えるほどの漆黒の逸品だったが、その刃の薄さと鋭さを金属以外の物質で代用できるとは想像できない。
「こいつは、とある亜人の種族にしか伝わらない製法で作られた特殊な鋼でできている。俺達ですら噂で聞いたことがあるくらいで、実際のブツはその種族でも限られた部隊にしか支給されない特別製らしい。そしてその部隊は王の命令でしか動かない、王直属の隠密部隊だそうだ。その命令とはたった二種類しかなく、王の命じた相手を調べるか、殺すか。はっきり言って、俺達もこのナイフを見るまではその部隊の存在すら半信半疑だったんだがな」
できれば知りたくもなかったと言わんばかりに首を振ったあと、クルスは少しだけゆっくりと、そして厳かに結論を告げた。
「その部隊とは、ドワーフ王直属の『漆黒の針』部隊。この森、ていうかボクト様は、かのドワーフ王に目をつけられちまったってことになるのさ』




