双頭の蛇 前編
「さてと、どうしたものかね」
冒険者ギルドを出たところでようやく緊張感から解放され、思わず愚痴をこぼしてしまった。
近くを行き交う数人に怪訝な顔をされたので慌ててその場から移動するが、この悩みから来る気の重さは俺の頭に取り憑いて離れない。
……とにかく、仲間に話してみないと始まらないか。
そう考えなおした俺は、仲間が待つ『双頭の蛇』のホームへと、腰に差した二本の剣をカチャカチャと鳴らしながら歩くのだった。
冒険者という仕事は危険が多い。
中には貴族や商人の専属となって左団扇の悠々自適な生活を送っている奴もいるし、俺の交友関係の中にもそういう奴の一人や二人はいるが、大抵は自分の実力と経験、そして命の危険と引き換えに報酬を得ている。
実際、新人冒険者の一年後の生存率は五割ほどだって言われてるくらいだ。五年後に冒険者を続けてる奴なんて一割にもならないらしい。
そんな入れ替わりの激しい稼業だからだろうか、冒険者業界では他の職業に比べて亜人魔族への偏見が少ないように思う。
ぶっちゃけ、くだらない思想に浸っている余裕が無いくらい、優秀な冒険者ってのはギルドから厚遇されているから、一つの事実なんだろうと実感している。
――まあ、いざという時の体のいい捨て駒扱いされてるだけかもしんないけどな。
「帰ったぞー」
「おかえりラルフ。ギルドの用って何だった?」
元はとある商人の別宅だったらしい俺達のホームのドアを開けながら声をかけると、玄関近くの居間のソファでだらけていた仲間の一人が返事をした。
「そのことなんだがな、今から緊急のパーティ会議だ。そこで全部話すから全員に声かけてきてくれ、サティ」
「りょーかいりょーかい」
そう言った仲間が寝そべっていたソファから立ち上がる。
艶やかな銀色の長髪に整い過ぎて冷たさすら感じる顔、細身ながらはっきりとした凹凸としなやかな肢体は、見る者全てを魅了する力で溢れている。
そして、それ以上に彼女を表現する上で顕著な特徴は、銀髪を掻き分けてツンと尖って主張している、人族ではあり得ない形状の耳。
彼女の名はサティ。
俺達『双頭の蛇』のサブリーダーにして、エルフ族の戦士だ。
「よし、揃ったな。まずは前回の依頼で得た素材の売却益からだ。ダイン、頼む」
しばらく居間に置いてある大きめのテーブルの椅子の一つに腰かけて休息を取っていた俺は、ホームのあちこちから五人の仲間が集まってきたのを確認した後で切り出した。
俺の言葉に「はい」と言って立ち上がったのは、ちょっと頼りなさげな雰囲気を漂わせた人族の青年。
奴の名はダイン。商人の家の出ということで、『双頭の蛇』の会計係をやってもらっている。
「ええっとですね、サティさんからお預かりした分は省いた、前回の依頼の素材売却益は合計金貨七枚と銀貨五枚になりました」
「おいサティ」
「ぴ、ぴーふふゅるふ、ふーー……な、なんのことかな?」
「あ、あのリーダー、僕も了承してのことなので……」
個人の戦利品や報酬は自分で管理する。
『双頭の蛇』のルールの一つをまたもや破ったサティを一睨みするが、ここで話を逸らすと説教が長くなってしまうので、やむなく断念してダインに話の続きを促す。
「い、いつもの通り、このうち二割をパーティの活動資金としてプール、残りをそれぞれの報酬として分割した上で、装備の修繕費など必要経費を差し引いてありますので、各自後で受け取りに来てください」
「よし、これで前回の依頼に関しては全て終わったな。んじゃ、次の話だ」
「次って……ちょっと待ってよラルフ、しばらくは休息を兼ねてパーティの活動は休止するんじゃなかったの?」
「俺もそうしたかったんだがな……すまんサティ」
「もうエステの予約入れちゃったのよ。折角お肌をピカピカにしようと思ってるのに、すぐに泥と擦り傷だらけにしろっていうの?あんまりじゃない」
「まあ待てサティ」
ぷんすかと怒るサティと俺の間に割って入ったのは、大型の獣人に匹敵する偉丈夫、パーティ最年長のバルカンだった。
「この男の頼まれたら断れない性格は、俺達のリーダーとしてどうかと思うことは何度か、いや何度も、いやいや頻繁にあったが」
「おい」
「まあ、そんな男をリーダーと認めてついてきたのは俺たち全員だし、少なくとも今日まで一人として欠けることなく冒険者家業を続けられていることは事実だ。まずはラルフの話を聞け。文句を言うのはその後だ」
「……わかったわよバルカン。悪かったわねラルフ、話の腰を折って」
俺は礼を言うようにバルカンに視線を合わせた後、「いやいいんだ」と軽くサティにフォローを入れてから、話を再開した。
「みんなも薄々気づいているだろうが、今回はギルド直々の指名依頼だ。つまりは半ば強制的な依頼で、もしも断れば多額の罰金と長期間の冒険者活動停止命令が、『双頭の蛇』の全員に下されることになる」
「うげっ」
その美貌には似つかわしくない声を上げたのはサティ。
他にも、金庫番のダインが苦々しい顔つきで黙っている。
「おいラルフよ、さっきはああ言ったが、お前の考えに従うかどうかは依頼の内容次第だぞ。さすがに貴族同士の権力争いに利用されて要らん恨みを買いたくはないからな」
「心配するな。内容に関してはしっかりとギルドで聞いて来たし、俺の一存で断らなかったのは、確かに俺達『双頭の蛇』向きの依頼だと思ったからだ」
「だから、その指名依頼ってなんなのよ」
それなりの覚悟をしてもらうためにあえて勿体ぶった言い方をした俺にしびれを切らしたらしく、サティのやつが溜まりかねたように聞いて来た。
もちろん、俺もこれ以上焦らすつもりはないので、待ってましたとばかりにこう告げた。
「聞いて驚くなよ。あのリートノルドを飲みこんだ森の攻略依頼だ」
「なるほど、納得だね」
「それは確かにあたしら向きの依頼ね」
そう即答してきたのは、サティの姦しさのせいかこれまで黙っていた五人目と六人目。
フードをかぶれば人族と見分けがつかないサティと違って、こいつらは一目見ただけで亜人と分かる。
全身の鮮やかな毛並みと、頭頂部近くに人族より数千倍敏感な耳を持つ、猫の獣人族のマルガとヤリャーシャだ。
同じ村の出身で幼馴染の二人は、息の合ったコンビネーションが冒険者の間でも有名だが、それ以上に俺が評価しているのは、亜人魔族関連の依頼を得意にするほど、奴らの能力や生態に詳しいところだ。
もちろんリーダーである俺もそれなりの知識と経験を持っていると自負しちゃいるが、物心つく前から亜人族の領域で生きてきたマルガとヤリャーシャの足元にも及ばないのは、これまでに潜り抜けてきた数々の依頼で嫌というほど知っている。
正直な話、マルガとヤリャーシャが首を縦に振らなければ、この指名依頼を断固として拒否するつもりでいる。
たとえこの街の冒険者ギルドを敵に回す可能性があっても、だ。
「ちょっと、ヤバいってものじゃないじゃない!」
「ま、魔族との戦いの最前線じゃないですか。いや、もう完全に魔族の勢力圏の真っただ中ですよ!」
「むうう、正直いくつ命があっても足りんぞ」
「落ち着け。話はまだ終わっていない」
ざわつきだした仲間たちを何とかなだめる。
もちろんこれが俺達だけで挑む依頼だったら、提案されたその場で話を蹴っていただろう。
だが、そこは腐っても冒険者ギルド。さすがに無策だったわけじゃなかった。
「この指名依頼は、四つのパーティから成るレイド方式だ。俺達を含めた四つのパーティは、東西南北四つの方角から森に侵入し、内部の敵戦力を分散させながらリートノルドの街へと至る、というものだ。当然だが、どれか一つのパーティに敵戦力が集中する事態もありうるから、かなり危険な依頼だ。冒険者ギルドもその辺は理解しているらしく、潤沢な支援と法外な報酬を約束してきた。もちろん、各自の鹵獲物はそれぞれで好きにしていいという確約付きだ」
「確かに待遇面は破格ね」
サブリーダーとして、全員を代表して感想を言うサティ。だが、普段のだらけた目はどこへやら、睨みつけるように俺に問いかけてきた。
「問題は他の三つのパーティよ。こんなこと言うのは自分達の実力不足を認めるようで癪なんだけど、仮に『双頭の蛇』クラス四パーティがこの依頼に参加したところで、成功率は一割にも満たない。それどころか、リートノルドの街を飲みこんだ原因次第では無事に帰ってこれるかどうかも分からない。つまり、よっぽどの面子じゃないとこの依頼を受けること自体が自殺行為なのよ。そこらへんどうなってるの、リーダー?」
「サティお前、俺のことをバカだと思ってないか?」
「騙されやすいお人好しだとは思ってるわよ」
「なにを!お前だって依頼の間以外はグータラしてるだけの残念エルフじゃねえか!」
「アンタよくも言ったわね!若い女と見るとコロッと騙される方がよっぽどだらしないわよ!」
「そんな事ねえよ!」
パーティ会議の最中だというのにサティと始めてしまった喧嘩だが、四人の仲間は誰一人として止めようとしてこない。
それどころかニヤニヤしながら見物している始末で、いつのことだったか「夫婦喧嘩はほどほどにな」と、バルカンから言われてしまったこともある。
そう思うなら止めろよ!あと夫婦呼ばわりはまだ早ええよ!
結局、誰一人として俺達を止めにこないのでどちらともなく矛を収め、コホンと空咳一つで仕切り直した俺は、すでに内定しているらしい他の三つのパーティについて五人の仲間に話し始めた。
「あの白鷲の十五小隊か!?確かに実力は申し分ないが、変に絡まれると貴族の身分を盾にしてきて厄介極まりない連中だぞ?」
「そこらへんは任せてくれとギルドも言っていた。おそらくは最小限の接触で済むはずだ」
「ならいいが……いや、奴らのことだ。冒険者との連携など考慮することなく勝手に突き進むだろうからな。考えようによっては、これ以上ない囮になるか……」
「た、隊長、この『鉄鎖』の参加は本当ですか?気難しいドワーフだけに、これまで他のパーティと協力したなんて話は聞いたことが無いんですけど……」
「本当だ、ダイン。ただし、唯一の条件として、武具の素材になりそうなものは優先的に取引してほしいと言ってきているらしい。どうやら森に眠っている鉱物資源が目当てらしいな」
「それなら納得です。彼らは普通の依頼は受けない代わりに、希少な金属には目がないそうですから」
そんな風に他のパーティについて、それぞれギルドで聞いて来た限りの情報を仲間と共有し、いよいよ最後の冒険者パーティについて話す段階に来た。
「さて、最後のパーティだが、聞いて驚くなよ。なんと『銀閃』がこの依頼に加わるそうだ」
また勿体ぶった言い回しになってしまったが、そのことについて不平を言うものは誰もいない。
それどころか、全員が時が止まったように沈黙してしまっている。
――そりゃそうだ。俺がこの指名依頼を断らなかった最大にして唯一の理由が、『銀閃』の参加なんだからな。
「……その様子だと嘘を言ってるわけじゃなさそうね」
「当たり前だサティ。依頼内容に関して仲間にでたらめを言うようになったら、冒険者としておしまいだろ」
「……なるほどな。それならば、この指名依頼も成功を約束されたようなものだ。一つ問題を挙げるとすれば、やはりこっちに敵戦力が集中してしまう事態だけだが……」
納得顔のサティに、バルカンも一抹の不安を言いながらも視線をある方角に向けることで杞憂だと悟る。
「そこは任せてほしい」
「包囲される前に私達で敵の裏をかいて見せるわ」
俺達の不安を掻き消すように、マルガとヤリャーシャの二人が自信たっぷりに太鼓判を押してきた。
続けと言わんばかりに、ダインも興奮気味に依頼のメリットを話す。
「この依頼が成功すれば、僕達『双頭の蛇』の名声は一気に高まります。それこそ、貴族からの指名もより取り見取りになる可能性が高いです。専属冒険者になれる絶好の機会ですよ!」
「どうやら決まりのようだな」
俺の言葉に誰一人として反対する者がいないことを確かめた上で、『双頭の蛇』のリーダーとして高らかに宣言した。
「『双頭の蛇』は、冒険者ギルドの指名依頼を受けて、リートノルドの街奪還作戦に参加する。なお、これは非常に危険度の高い依頼だ。各自、最悪の状況を想定して最低限の身の回りの整理は済ませておくように!」
その夜、まるで示し合わせたかのように外泊を希望した四人の仲間に感謝しつつ、俺はサティとの二人きりの夜を愉しんでいた。
「ねえラルフ、この依頼が終わったら……」
「待ってくれサティ。その先は俺の方から言わせてくれ」
「……うん」
「この依頼が終わったら、一度俺の故郷に一緒に行かないか?少し前から俺達のことを察したらしくて、一度合わせろって親がうるさいんだ」
「でも、迷惑じゃない?」
「そんなことあるかよ。二人とも亜人への偏見なんてこれっぽっちもないだけが取り柄の田舎のジジイとババアだ。きっとお前のことを気に入ってくれるさ」
「……」
「な、何泣いてんだよ!?」
「……だって、言葉にしてくれたの、初めてだったから……」
「……そうか、悪かった。だけど、この先を言うのは親父とお袋に会った後にさせてくれ。古臭い男かもしれんが、そういうことは大事にしたいんだ」
「……うん、わかった。楽しみに待ってる」
一つのベッドを分け合いながらそう話す俺たち二人を祝福するように、窓から差し込む満月の光がどこまでも明るく照らしてくれていた。




