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トレントになったので一万年ほど寝ていたい  作者: 佐藤アスタ


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そして朴人は中央広場で微睡む

ホームランバッターもかくやという思い切りの良さ、そしてホームランバッターなら絶対にやらないだろう生き物をボールに見立てたフルスイングで、黒狼の魔族を文字通り永眠の森から叩き出した朴人だったが、ただ力任せにバットに見立てた竹を振り回してぶっ飛ばしたわけではない。

少なくとも、飛ばした方向とおおよその飛距離はその人外の視力で認識して、大体の落下地点を予想していた。

とはいえ、あくまで予想は予想、それも素人の浅知恵である。池や川に落下していたら見つけようがなかったし、そもそも朴人の予想が当たっている保証などどこにもなかった。


それでも、その時はその時だと楽観的に構えていたことが却ってよかったのか、捜索開始から二日後の朝、朴人はようやく目当てのモノをとある荒野で捜し当てた。

正確には、モノとなり果てる寸前の《者》だが。


「……ヒュー、ヒュー、ヒュー、」


「おや、生きていましたか」


朴人の視線の先には惨状が広がっていた。

大きく地面を穿ったクレーター、辺りを黒く染める黒い血の跡、そしてその中心に四肢を全てあり得ない向きに捻じ曲げて横たわっている、虫の息の黒狼の魔族の姿だった。


「正直生死の確率は半々だと思っていましたけど、思ったよりも元気そうで何よりです」


あまりにあんまりな朴人の発言に、何か叫ぼうとした黒狼の魔族。

しかし、瀕死の重傷を負った上に二日間も日差しに晒されて、その喉は言葉どころか唸り声すら上げることに失敗して、かすれた呼吸音を出すのが精いっぱいだった。


「ああ、喋らない喋らない。今日はちょっと私のお願いを聞いてもらおうと、わざわざ遠出してきたんです。あなたは私の話をすべて聞いた後で、頷くか首を振るかをしてくれるだけでいいです。わかりましたか?」


客観的に見れば、クレーターの中に横たわる黒狼の魔族に朴人が話しかけているだけの光景だ。

仮にこの様子を遠くから見ているものがいれば、単にそう記憶するだけだっただろう。


だが、端から見るのと実際に体験するのとでは全く違う印象を得ることなんてざらにあることだ。


ただ一つ言えるのは、太陽を背にしているせいで真っ黒な影にしか見えない朴人の存在が、震える余力すら残っていない黒狼の魔族にどういうわけか重大な心境の変化をもたらしたことだけは、後に起きる大事件の惨状を思えば疑いようのない事実だった。






後に『黒爪の大逆』と呼ばれる事件の発端は、首謀者にして唯一の加害者である荒迅の魔王配下の男爵である黒爪のゲルドが、同配下の伯爵である蒼牙のダイゴーンを殺害したことから始まる。


なぜゲルドが仲間を、しかも自分よりはるか上位の貴族に対して反旗を翻したか、しかも本来万が一ほどの勝ち目のないはずの上位の相手をゲルドが一撃で絶命せしめたのかなど、未だ数々の疑問は解消されていない。

ただ一つ確かなのは、蒼牙のダイゴーンがゲルドに極秘の任務を与えていたこと、そして任務の最中に突如帰還したゲルドの心境に大きな変化があったことだけは間違いない。


この一事だけでも魔族の世界を震撼させるような大事件なのだが、事はこれだけでは終わらなかった。


ダイゴーンを殺害したゲルドは、そのままダイゴーンの屋敷の魔族計二十三人に次々に手をかけ、さらに屋敷の生き残りが要請した荒迅の魔王直属の捕縛部隊三個小隊を返り討ちにし逃走。

そのまま荒迅の魔王領内を逃げ続けながら各地の貴族に襲撃をかけ、討ち取った首級は貴族だけでなんと八つ。

結局ゲルドが討伐されたのはダイゴーン殺害から二十日後、荒迅の魔王配下の二巨頭の片割れである白骨のヴダルカーラ直々に指揮した討伐部隊三百によって完全包囲され、四肢を千切られ首を捥がれた後だったという。

事件後のヴダルカーラの名で作成された極秘報告書には、「ゲルドの体は以前の三倍以上の巨体となり、魔力は十倍以上に膨れ上がっていたと思われる。すでに純粋な力勝負では陛下以外に対抗できるものはおらず、絶命以外に止める方法はなかった」という言葉で締めくくられている。


かくして黒爪のゲルドは討伐されたのだが、最終的な被害は、魔族だけでも貴族が十一、戦士級が五十六、その他配下が二百二十八という、一人の魔族が引き起こしたテロでは史上例を見ない大災害となった。


なお、被害の大きさに隠れがちだが、この事件の特異性は他にもある。

一つは、殺害されたのは荒迅の魔王配下の者だけで、領内に暮らす一般の亜人魔族は一人として襲われていないこと(二次的な事故などは除く)。

もう一つは、ゲルド殺害後の調査で、ゲルドの体内から強力な魔力が込められた《種》が見つかったことだ。

この《種》がゲルドに男爵としての限界を大きく逸脱した力を与えた原因であることは間違いないと言われている。

しかし、あくまで《種》には宿主の力を底上げする能力しか認められず、はたして主である荒迅の魔王を裏切るほどゲルドの精神を変調させたかどうかについては、専門家の中でも意見が分かれている。


最後に、当事者であるゲルドと命を下し唯一その内容を知っていたダイゴーン両名が死亡しているため、ゲルドの任務の内容、及び《種》の出所に関しては、今現在も手がかり一つ見つかっていない。






朴人が元リートノルドの街に帰ってきたのは、ゲルドを発見した翌日のことだった。

当然、途中途中で永眠の森に移住した亜人魔族と顔を合わせるはずなのだが、やはり一連の出来事の影響なのか、ほとんどの者が物陰や巣に隠れて朴人と顔を合わせようとしなかった。

中には逃げ遅れて仕方なく挨拶をしてきた者もいたのだが、全員の目に恐怖の感情が宿っていた。


これが他の誰かなら、無礼な奴らだと怒るか、少しでも関係を深めようとなにかしら行動しようとするだろう。

だが、そこは朴人である。


(良い感じかな。挨拶されたら当然返事はするけど、全員にされたらさすがにいつまでたっても帰れないし)


決して朴人のほうから話題を振って挨拶から会話を派生させようとしない辺り、コミュニケーションの必要性を毛ほども感じていないのは明白だった。

当然、朴人が森に帰還して初めてまともな会話をした相手は、元リートノルドの街で主の帰りを待っていたフランだった。


「おかえりなさいませ、ボクト様」


「ただいまもどりました、フラン。留守中何か変わったことはありましたか?」


「いえ、特には。というよりですね、あの男爵様と一緒にボクト様を襲おうとした種族代表の方達ですけど、全員残るつもりみたいですよ。ボクト様が出かけてからすぐに、おそろいで謝罪に来ました」


「二度目は無い、とだけ言っておいてください」


「そうですよね、理由は気になりますよね。なんでも、この森はいずれ荒迅の魔王の領地になるから今のうちに協力しておけと男爵様に脅されて仕方なく……興味なし!?」


「ああ、フランにはありますよ。森というのは自然に成長するがままに任せると、却ってその中で暮らす生き物が生きにくい環境になってしまいますからね。あえて言うまでもないかもしれませんが、そこはフランが住人達に上手く指示して、良い環境を整えてください。私の快眠のためにもね」


「それはもちろん、ボクト様に命令されなくても、私達の存在価値みたいなものですからちゃんとやりますけど……ちなみにどうしても気になっちゃったんで聞いちゃいますけど、もし森が荒れ果ててしまったら、ボクト様はどうなさるんですか?」


「決まってるじゃないですか。睡眠に適さない場所に用はありません。どこか快適な土地を求めて出て行きますよ」


「全力で頑張ります!怠ける人がいたら首に縄を付けてでも働かせます!」


「いい御返事ですね」


そんな朴人の感想を聞いたか聞かなかったか、ある意味でとても元気になったフランが街の外へと飛び出していった。


そんなフランを朴人は気にもせず、フラフラを街をうろつき始めた。

もちろん、何かをしようというのではない。むしろその対極にある行動と言っていい。


「この辺りでいいかな」


やがて朴人が立ち止まったのは元リートノルドの街で最も開けた場所、つい先日黒爪のゲルドを吹き飛ばした中央広場、その中心部だった。


「普通にベッドで寝るのもいいけど、やっぱり日向ぼっこしながら寝るのも捨てがたい」


そんな独り言を呟きながら、頭の後ろで組んだ両腕を枕に仰向けになった朴人は、ゆっくりと瞼を閉じて至福の時間を愉しむのだった。


それは奇しくも、とある魔王領でとある男爵がとある伯爵の首を跳ね飛ばしたのと、まったくの同じ瞬間だった。

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