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トレントになったので一万年ほど寝ていたい  作者: 佐藤アスタ


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腰を入れて振り抜くべし

亜人魔族が大勢押しかけた森の中は昼間はそれなりに騒がしく、夜になってもそれなりの生活音があちこちから響いてきている永眠の森なのだが、今夜に限ってはこれから起きる何かに怯えるように、森中がしんと静まり返っていた。

折しも薄い雲が広範囲に夜空を覆い隠す朧月夜、そんな暗躍するには絶好の環境の元リートノルドの街の建物の物陰の一つで、こんな会話が交わされていた。


「ボクト様、来ました?来ましたか?」


「あのですねフラン、もうすぐそこまで来ていることくらい、魔力感知ですぐにわかるじゃないですか」


「ボクト様こそ何を言ってるんですか?魔力感知は、適性を持っている人が少ない希少なスキルなんですよ。ボクト様が変なだけで、私がそんな能力――あれ、なぜか使えますね?複数の亜人魔族がひと固まりになって、前方から近づいてきているのが分かります……」


「動きから察するに、どうやら向こうはこっちの居場所に気づいていないようですね。好都合です」


「あのー、少しは私の新能力に驚いて欲しいところなんですけど……」


「そんなの、私の眷属だからじゃないですか?」


「いえ、まあそうなんでしょうけれど……期待した私がおバカでした。……それで、どうするんですかボクト様?」


「せっかく完全に近い形で残したので、街に被害を出したくないですね。中央広場におびき出しましょう」


「そうですね、待ち伏せが一番確実だと思います」


「できればこっちの居場所が分からない方法がいいですね」


「そんな方法があるんですか!?」


「では何とかしてください、フラン」


「わかりましたここはひとつパワーアップした私の力を存分に見せる時じゃないじゃないですか!!今のは完全にボクト様がやる流れだったじゃないですか!!」


「フランならできるだろうと思っただけですよ」


「だからなんでできると思ったんですかいや多分できますけど!ていうか、なんで私パワーアップしてるんですか!ナゾすぎるんですけど!」


「だから公爵になったからだって言ってるじゃないですか」


「そんな恐れ多いこと信じられるわけないじゃないですか!公爵ですよ、貴族様ですよ!そもそも魔王様以外に貴族を作ることなんてできないんですよ!?」


「だから私が魔王だと何度言えば……」


「あーあー、聞こえません。ボクト様の神をも恐れない暴言なんて、私には何にも聞こえませ―ん。ボクト様はちょっとおかしいんですー。ついでに私もほんのちょっとだけおかしくなっただけなんですー」


「別に無理に信じてもらおうとは思っていませんが、自分の仕事はきっちりとお願いしますね。ほら、来ましたよ」






特に条件を出されるわけでもなく、ボクトの眷属たるフランによって永眠の森に住むことを許された亜人魔族たちだったが、数少ない制約の一つに、フランの許可なしにボクトが眠る元リートノルドの街の敷地内には一歩たりとも入らない、というものがあった。

元々人族の街に対して特に興味はなかった彼らだったが、森の支配者たるボクトやフランの機嫌を損ねることを畏れて、この制約は厳格に守られてきた。

そしてこの夜、その決まりを破って、足音も立てずに侵入する複数の影があった。


「……本当にこっちで合っているんだろうな?」


「なによ、あたしたちの仲間が」 「必死で探ってきた情報が信じられないっていうの?」


「貴様ら妖精の仕事は適当だと評判だからな」


「だったら自分で……!!」


「こんなところでケンカはやめましょう。私の気配遮断結界も万能ではないですから」


「そう言われると思って、私の方でも事前に上空から偵察してある程度場所を絞り込んだわ。方角も一致してる。それよりも速度をもっと上げないと」


「ほっ、ほっ、ほっ。すまんのう。ワシにとってはこれが全速力なのじゃよ」


「まったく、……これだからトレントと一緒は嫌なのよ」


「偉そうにさえずるな、ハーピー風情が。元爵位持ちのこいつは、貴様らの中で一番戦力になるとこの俺が判断したのだ。貴様らは俺の命令に従っていればいいんだ」


「「「「「……」」」」」


そんな内輪もめのような会話を続けながら、元リートノルドの街の中を中央部へと進む影達。

一見無駄話をしているようでもその歩みは迷いのないものだったし、周囲への警戒も怠っていないと、少なくとも本人達はそう信じ切っていた。


彼らに間違いがあったとすれば、この元リートノルドの街、もっと言えば永眠の森そのものが「彼ら」の支配下にあるという絶対の事実を甘く見ていたという一点に尽きるだろう。


(……甘い香り?)


最初に気づいたのが彼だというのは、威張るだけのことはあると褒めるべきか。それとも、そんな彼だからこそ、この夜襲の無謀さにいち早く気付くべきだったと(けな)すべきか。

少なくとも、その高貴な香りを嗅いだ時点で全速力で(きびす)を返していれば、あるいは最も足の速い彼だけは助かっていたかもしれない。

だが、男爵という傲慢にも似たプライドのせいか、正常な判断力を失わせる甘い香りのせいか、あるいはその両方か。

いつしか目指していた方角すら見失い、遮蔽物など一切無い中央広場へと進み出てしまっていたことに気づいたのは、まるで一万年前からその場に立っていたかのような、天高くそびえる一本の細長い木を、先頭に立つ黒狼の魔族が発見してからだった。


「おい、あんなものが昼間にあったか?」


全員が知らないと言うだろうと半ば確信していた黒狼の魔族だったが、あいにくとそんな未来は訪れなかった。

声に出して言葉にするより先に、月影で黒に染まった木のシルエットがゆらりと大きく動いたからだ。


「おい貴――」


――ヒュオン


結局、その言葉の続きが果たしてどんなものだったかは、亜人魔族の代表たちが聞くことはなかったし、当の黒狼の魔族も言う機会はなかった。


代わりにその場に響いたのは、鋭く空気を切り裂く音と何かが弾ける音、そして生き物の骨が一斉に折れるという思わず耳を塞ぎたくなるような生々しくて痛々しい音だった。


「あれ、ゲルド様?」


誰よりも先に双子の妖精族の片割れが気付いた時には、黒狼族の姿は煙のように掻き消えてどこにもなく、扇動者を失った残された者たちは、それでも黒狼の魔族の帰還の可能性を考えてしばらく中央広場に留まっていたが、やがて無駄な時間だと悟ったらしく、狩人に怯える小動物のように、行きの倍の時間をかけて元リートノルドの街から出て行った。


その様子を見届けたかのように入れ違いで中央広場に姿を現したのは、敵を撃退したというのに若干難しい顔をしたフラン。

そして、


「あの人たちは逃がしてよかったんですか?」


「あの爵位持ちが無理やり連れていた連中です。別に放置しても問題ないでしょう」


建物の影から滲み出るようにフランの背後に現れた朴人。


その右肩には、数えきれない数の節を持つ身の丈の十倍はありそうな長さの竹が担がれていた。


「でもすごい威力でしたね。あそこまでしなる木なんて、私初めて見ました。ボクト様が振り回し始めてあまりの速度に私の目が追い付かなくなったと思ったら、あっという間にあの男爵様の御姿が消えたんですから」


「もっと大きくて太い木にすれば、逃げられる心配もせずに確実に当てられたんですけどね。他の人を巻き込むつもりはありませんでしたし、あまり派手にやると街を壊してしまいかねませんでしたので。それにしても、竹というのはこんなにもしなるものなんですね。一つ勉強になりました」


そう、朴人の言う通り事実は単純明快。今持っている特製バットでフルスイングしてボールを打って場外ホームランにしただけである。

そもそもバットでもボールでもないという、普通の野球とはいろいろな意味で(倫理的な問題も含む)違いが多過ぎるが、少なくとも朴人自身にとっては同じようなものだった。


「さて、逃げ出した彼らの方は任せましたよフラン。森から去るも良し、残るも良し。ただし、私の睡眠を少しでも妨げる意図のある者に対して、一切の容赦は許しません。意味は分かりますね」


「はっはい。それで、ボクト様はまたお眠りに?」


シュルシュルと音を立てながら、まるでメジャーのように朴人の手に還っていく竹から目を離せないまま尋ねるフラン。

怠惰な生活こそが信条の主に代わって、荒迅の魔王との関係に頭を悩ませる日々の始まりを予感して、思わず出そうになった溜息をかみ殺したフランだったが、しかし朴人の出した答えはやはり彼女の想像力から良くも悪くも大きく外れるものになった。


「まさか。快眠のなによりの秘訣は、悩み事を次の日に持ち越さないことです。なので、ちょっと荒迅の魔王の領地を荒らしてきます」


少なくとも、それを聞いたフランの悲鳴が元リートノルドの街中に広がるくらいには。

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