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じゃあ、そういうことで

2020年8月19日、朴人のモノローグを修正

「おい貴様!今すぐこれをほどけ!さもないと……な、なんだ?動けば動くほどきつく絞まって、この俺が動けないだと!?ぐあっ!」


「ちょっと黙っててください。次に私の許可なくしゃべったら、今度はその首を絞めますよ」


そう言われて黙った黒狼の魔族を一瞥した後、ツルを体から分離させた朴人は改めてリートノルドの街の入口広場を埋め尽くす亜人魔族たちに目を向けた。


「さて、私がこの森の主である朴人です。なんでもここにいる皆さんは私に用があるとか。あらましは眷属であるフランから聞きましたが、改めてどなたか説明していただけませんか?」


普段から必要最低限の言動しかしない朴人にしては、かなり丁寧なあいさつ。

だが、それを受けた亜人魔族の面々、見てはいけないものを見たという感じでは一斉に目を逸らした。


無礼な人たちと思って再びツルを出して何人か締めあげてみようかと考えた朴人を止めたのは、朴人からわずかに漏れた危険な空気を察知したフランだった。


「ちょ、ちょっと!なにをしようとしているんですか!?」


「なにって、ちょっと無礼な人たちだと思ったものですから」


「ボクト様自身の寸前の行動を思い出してみてください!あれは無礼を通り越して完全にケンカ腰です!」


「ふむ、そう言われてみればそうかもしれませんね」


出しかけていたツルを体内に引っ込めたボクトは、みたび広場の方へと向き直った。


「心配しなくても、敵意を持たない方へは攻撃しません。私も忙しい身ですので、代表者の方は前に進み出て自己紹介してください」


そう呼び掛けてみた朴人だったが、彼の予想に反してなぜか広場の亜人魔族の反応が鈍い。というより空気が重い。


「みなさーん。ボクト様は話の分からない方ではないですけれど、決して気の長い方ではありませんよー。交渉の意思があるのなら、代表者の方は早く出てきた方がいいですよー」


「失敬な、私のどこが短気な性格なのですか。これでも昔は『君はのんびりしすぎだ』とよく言われたものなんですよ」


「ボクト様、それ絶対寝坊した直後に言われただけですよね」


「よくわかりましたねフラン」


「というより、それ以外の可能性がみじんも考えられなかっただけです」


そんな主従の掛け合いをしているうちに、ボクトたちの元へおそるおそる進み出てきた亜人魔族の代表たち。

その顔触れは、奇しくも朴人が最初に姿を見せた時に発言していた者達と全く同じだった。


(いや、この大勢いる場で好き勝手に発言できるだけの権力を持っている人達、すなわち種族の代表というわけなのかな)


そんな朴人の推理は的を得ていたのだが、やはり一様に怯えた表情を隠さない面々を見て勘違いかなと、再び正解から遠ざかり始めた朴人なのだった。


「では、みなさん自己紹介から始めましょうか。種族とお名前をお願いしますね」


朴人の前に来てなお言い澱む様子を見せていた種族代表たちだったが、フランに促されてようやく重い口を開いた。


「……エルフのイーニャと申します」 


「妖精族のシャラよ」 「妖精族のファラよ」


「ハーピーのテリスです。鳥人族を代表しております」


「エルダートレントのヨルグラフルですじゃ。過去に爵位を頂いておったこともあったが、今は隠居の身ですじゃ」


「へえ、やっぱりトレントなんですね。実は私もそうなんですよ」


「な、なんと。しかしその、ボクト様のそのお姿からはとても同族とは思えぬのですじゃ……」


「ああ、これはですね、話せば長く……」


「ボクト様、話が脱線してますよ」


「おっと、そうでしたね。どなたか、簡潔に事情を説明してくれませんか?」


トレントのヨルグラフルに珍しく自分から興味を示した朴人だったが、フランの的確なタイミングの一言で当初の目的を思い出す。

果たして、睡眠時間をもっと取りたいという願望が「目的」と言えるのはどうかはさておき。


「ならば、私からお話ししましょう。すでにボクト様がお目覚めになる前に、主だった種族と話し合い、大方の目的が一致していることは確認していますから」


そう言って名乗りを上げたのは、フランに勝るとも劣らない美しさを持つエルフ族の女性だった。


「よろしいですね、ヨルグラフル翁」


「本来なら、年功序列でワシが御説明差し上げるべきところなのじゃが、御覧の通りの老体でな。すまぬが頼めるかのう、エルフの娘さんや」


「承知しました」


そうヨルグラフルに答えたエルフのイーニャの説明は、朴人の望みの通り簡潔なものだった。


「……要するに、みなさんは人族の侵攻で故郷を失いさまよっていたところに、この森の噂を聞きつけて移住するためにやって来たというんですね?」


「最近では魔王直轄領以外の亜人魔族の住処はほとんどが人族の手に落ち、人族以外が住むには厳しい土地に次々と作り替えられています。フラン殿に伺ったところ、この土地もまた侵されていたところをボクト様が人族の軍勢を撃退して再び森へと還したと聞きました。未だ信じられない部分もありますが、人族がこの土地を去ったのは紛れもない事実。ならば私達の生きる寄る辺になるのではないかと一縷の望みをかけてこの地にやって来たのです」


(正確には人族の軍は去ったんじゃなくて、そこら辺の地中に埋まっているんだけどな)


確かに、一部に事実誤認があるなと思いつつも、説明の必要性よりも面倒くささが勝った朴人。

微妙な顔つきをしている隣のフランも口を挟まないので、そのままスルーすることに決めた。

なぜなら、それよりも優先して問い質すことが頭に浮かんだからだ。


「ただ移住したいというのなら、このフランに森に関する全権を任せています。フランが困らない程度に皆さんで話し合って住んでくれれば、そもそも私に話を持ってくる必要はないはずなのですが?」


朴人としては普通に疑問を口にした程度の認識だったのだが、どうやら客観的な事実は違ったらしい。

なぜなら、向かい合うイーニャの顔が一瞬で血の気が引き、朴人の横でその様子を見ていたフランは盛大にため息をついたからだ。


「ボクト様、魔力が漏れてイーニャさんを威圧していますよ。というより、私以外の人達全員が怖がってますから、少し怒気を抑えてください」


「あれ、そんなつもりはなかったんですけど……」


言われた朴人が改めて広場を見渡してみると、フランの言う通りさっきよりも重く暗い空気になっていた。

全員が朴人達の会話に耳を傾けていた状況から見ても、元凶は朴人以外にあり得ない。それくらいは察しがついた。


「だからですねボクト様、事態がややこしくなった原因は、あそこの爵位持ちの方なんですよ」


フランにそう言われ、朴人は拘束した黒狼の魔族の方を見た。


「……ああ、たしか、魔王直属の部下に与えられる称号なのでしたね。そんなに偉いんですか?」


「偉いと言えば偉いのじゃが、それよりも問題なのはその実力じゃろう」


そう朴人に答えたのは、元爵位持ちと自己紹介していたトレントのヨルグラフルだった。


「魔王から認められた者は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の中から与えられた爵位に応じて強大な力を与えられるのじゃ。そこの狼の魔族は男爵と最も低い爵位じゃが、それでも爵位を持たない同等の実力者の十倍の力を持っておる。少なくとも、ここにいる我ら全員で掛かったとしても、あの狼の魔族と相打ちになれるかどうかといったところじゃのう」


「フランは私の眷属なのですが、爵位持ちではないんですか?」


「主の魔力を分け与えたという点では、爵位持ちと眷属に違いは無い。じゃが、そこから魔王にのみ許された権能である爵位を与えられた『貴族』はもはや爵位を得る前とは別次元の強さになるというわけじゃよ」


「ようやく分かったか!この俺に無礼を働くということは、我が主である荒迅の魔王への反逆だ!分かったならさっさとこの戒めを解け!」


さっきの苦し気な声とは打って変わって、威勢のいい啖呵をボクトに向けて放った黒狼の魔族。

当然、フランを含めた広場中が恐怖でざわつき始めたのだが、残念なことに当の朴人には一向に通用していなかった。


「話をまとめましょう。つまり問題は、あの男爵位を持っている魔族がこの森の主導権を握ろうとしているから、フランが二の足を踏み、あなた方もフランの言うことに素直に従えないと、そういうことですね」


「私達が住処を求めていたのは事実ですが、だからといっていきなり何の関わりもなかった魔王陛下の傘下に入れと言われましても……」


「かといって、これだけ豊かで手つかずの森を去る余裕も、もはやワシらにはない。それでこの森の主であるボクト様にお出まし願った、というわけじゃよ」


ここで朴人は考えた。

朴人が一つの事象に対して考え込むなんて前世で数えるほどしか経験してこなかったのだが、だからといって、別に問題の解決が難しいと感じたわけでは決してなかった。

事実はむしろその逆、なぜこの人たちはこんなにも簡単な問題に思い煩っているのだろうと。


結局、朴人が短いシンキングタイムで導き出した答えはいつもと同じ、難しく考えずにとりあえずやる、というものだった。


「フラン、ちょっとそこに立ってください」


「なんですかボクト様?……ふええ!?」


主に呼ばれたので何も考えずにその通りにしたフランだったが、その主の右の人差し指から鮮烈な緑の光が膨大な魔力と共に溢れ出した現象には変な声を上げずにはいられなかった。


だが、当事者であるはずの朴人の方が、今まさに自らが起こしている現象に戸惑っていた。


(うーん、なんで私はこんなことをしているのかな?)


繰り返すが朴人の行動には、基本的に深慮遠謀などあり得ない。

ただ、こうすればフランに黒狼の魔族に対抗できる力を与えられる、と頭のどこかで確信してやっているに過ぎないのだ。


(ひょっとしたら、あの称号を押し付けられたときにオプションで付いてきたのかな?……まあ、考えても答えが出る類いの疑問じゃあないな。さっさと済ませてしまおう)


「永眠の魔王の名において、我が眷属フランを公爵位に叙する」


パアアアアアアァァァ   カッ


その朴人の言葉と共に一瞬だけ強く光った緑の光は広場中の亜人魔族の視界を奪った後、まるで幻だったかのように跡形もなく消えた。


そして後に残ったのは、


「……え?ええ、ちょ、ちょっとみなさん一体なにを!?」


その光景に驚いたのはフランだた一人。

そこには、拘束されている黒狼の魔族といつも通りぼーっとしている朴人を除いて、リートノルドの入口広場に雲集していた全ての亜人魔族が、フランに向けて頭を垂れ、片膝を立てて敬意を表していた。


「……バ、バカな。魔王陛下はおろか、こんな爵位持ちなど一人もいない場所で、公爵位授与の儀式が行われただと……!?」


当然、その驚愕に満ちた黒狼の魔族の目は、それを成した朴人へと向けられる。

それを受けた朴人は、すべて解決したと言わんばかりにただ一言だけ告げた。


「じゃあ、そういうことで」

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