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転生することになった

木本朴人きもと ぼくとは死んだ。


ただ死んだのでは物語にも何もならないが、彼の死因はとても珍しかった。

なんと隕石に当たって死んだのである。


「というわけで悪いとは思ってるよ。まさかこれが人の頭部を直撃するなんて思わなかったんだ」


「はあ、まあ天命だと思えば別に」


「そ、そう?」


あっさりと自分の死を受け入れている朴人に話しかけている相手は、なんというか全くと言っていいほど特徴がなかった。

年齢性別はおろか身体的特徴を一つも見つけられない、街ですれ違っても一切記憶に残らないと確信できるほどぼやけた印象だった。

ついでに言えば今二人がいる空間も、何気ない自然の光景に見えて何の特徴も目印も見つけられないという不思議な空間だった。

そんな空間で最早人間と呼べるのかもわからないソレは、手の中でピンポン玉サイズの丸い石を転がしていた。


「ま、まあそれはともかく、僕の持ち物が君を死なせたことは間違いない。そこで君には第二の生をあげようと思うんだ」


「いえけっこうです」


「お願いします!受け入れてくれないと僕としてもいろいろマズイことになっちゃうんだよ!」


なぜか生への執着の少ない朴人だったが、必死に頼み込むソレを見て頑なに断れるほど浮世離れもしていなかった。


「わかりました」


「そうか!転生してくれるか!そうと決まったら早速希望を聞きたいんだけど、今なら大抵のものにしてあげるよ!なにがいいかい?勇者、魔王、大魔導師、大金持ち、果てはちょっとした神様くらいならなれるよ!」


「じゃあ、とにかく寝てばかりいても叱られない奴でお願いします」


「え?……え?」


なんの個性も存在しないはずのソレが、朴人の希望に思わず二度見するという一芸を見せていた。


「生前の私の唯一の趣味が快適な睡眠でして。仕事も普段の生活もすべて少しでも睡眠を良くするために調整しましたし、生活費以外の収入の大半は快眠グッズにつぎ込みました。なので、もし生まれ変わるなら人間だった頃以上に熟睡できる生を送りたいです」


「さ、さすがにその希望は予想外だったよ。でも君がそう望むなら僕から何も言うことはない。そうだな、それなら普通の人族じゃない方がいいだろう、精霊、亜人、魔族……うん、これかな」


しばらくブツブツ言っていたソレが顔を上げて手をかざした先に不意に人影が現れた。


「こいつはトレントって種族で、君を転生させる世界では人畜無害なことで知られている。主な役割は森や山の中で木々を育てること。まあ実際にはちょこちょこ魔力で創った(つくった)種を蒔いたり土を改良したりするだけで、あとは大自然の中でボーっとしておくだけで勝手に体内で栄養を作ってくれる。特に仕事も食事もする必要はないから、君に打ってつけじゃないかな」


「じゃあそれで」


「え?提案した僕が言うのもなんだけど本当にいいの?自分でよく探せばもっと合った種族もあるかもしれないよ」


淡々と告げる朴人に対して心配するソレ。

これではどちらが無個性かわからない。


「あまり悩むのは性に合わないので。それに考えすぎは睡眠の大敵です」


「うん、まあ君がそれでいいのなら僕から言うことは何もないよ。それに転生してみないと本当のところは分からないしね。じゃあ行ってらっしゃい、第二の生を全うした頃にまた会おう」


ソレの言葉と共に光に包まれる朴人の体。

そして視界が光で埋め尽くされようとしたその時、


「あ!!僕のことを言うの忘れ」


そこでソレの言葉は途切れた。






「さてと、ここは森かな?」


何の感慨もなく異世界に転生した朴人は特にはしゃぐことも緊張することもなく、自分と周囲の状況を確認し始めた。

すでに体は、全身が木の皮で覆われた姿に激変していた。

体毛はほとんどなくなっていたが、頭部だけは極細の蔓のようなもので髪の毛のように覆われていた。

辺りは薄暗い深い森の中、今までの朴人なら僅かながらも不気味だなと感じていたはずだが、トレントに転生した影響か、むしろ大きな安心感に包まれていた。


「種を蒔いて土を良くしろって言ってたけど……」


試しに体内を渦巻いているのを感じる魔力とやらで種を創ってみる。

すると初めてやったにもかかわらずあっさりと成功して木の皮のような皮膚から小さな枝が伸び、そこに高速の早送りで花が咲き、枯れて、実がなった。


「できた。これを植えればいいのかな?」


とりあえず足元の土を少し掘り返して埋めてみると種ができた時と同じスピードで成長してヒマワリに似た植物になった。


「あとは土を良くする、か」


朴人が地面に意識を向けてみると足の裏から植物の根が生えるのがわかった。

どうやらそこから地中の魔力を操作すれば土壌を改良できるらしい。


「なるほど、こうするのか。でもこれ、どこまでやればいいんだ?」


朴人がそう呟くのも無理はない。

どこを見回しても森、森、森、トレントになったせいか今まで気にも留めていなかったが日差しすらわずかしか差さない薄闇の樹海、そんな人を寄せ付けない極限の環境の中に朴人はいた。

もっとも、今朴人が考えているのは無限に続くとすら思えるこの森のどこまでを己の仕事場をするべきかということだけであって、すでに人間らしい思考は前世に置いてきてしまったようだった。


「さすがにちょくちょく移動しながらってのもな……そうだ」


そう呟いた朴人は何を思ったか、足元の苔むしている地面をおもむろに手で掘り始めた。

これが人間だった頃ならすぐに手がボロボロになって使い物にならなくなっていただろうが、トレントとなって硬い木の腕を手に入れた朴人にとって、時間こそかかるもののそれほどの苦痛な作業ではなかった。


「これくらいでいいかな」


それからたっぷり数時間後、人一人が余裕で寝られる深さ三メートルの穴を掘った朴人は今度は余った土の一部を自分の体にかけ始めた。


「思った通りだ。土の中に埋まっていたら少なくとも寒さに凍えることはなさそうだな」


今度はさほど時間をかけずに、砂風呂のように首だけを出した状態まで土に埋まった朴人は、背中と手足から無数の根を生やし始めた。


「よし、あとは根が伸びるままに任せておけば、勝手に土を良好な状態に持っていってくれるだろう。それじゃあお休みなさい……ぐう」


そんな冗談みたいな語尾を残して、元人間のトレントは安らかな眠りについた。

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