第6話 梛の木の下で
朝、指定された十分前に着くともうそこには椎名がいた。椎名は、白いワンピースを着て、腕に付けている時計を見ながら、周りをキョロキョロしていた。椎名のことが一瞬、白いワンピースで昭和のアイドルの様に見えた。そんな椎名が愛らしく見えた。
僕は椎名に近づき話しかけた。
「おはよう。早いね。」
椎名は僕に気が付き、いつもの椎名の声で返してきた。
「おはよう。一条君。じゃあ行くよ時間が無いから。」
「え。もう行くの?そんなに遠いところなの?」
「いや。行く場所急行乗り過ごすと面倒くさいから。」
「分かった。」
僕は椎名の後ろについて行き、券売機でチケットを買った。ちょっとしたことだがここの電車賃が想像以上に高かった。
椎名に連れられ、僕と椎名は電車に乗った。駅に着くまで一時間弱かかることを椎名に聞かされ、僕は椎名に昨日、話せなかった事を話そうとすると椎名はすぐに寝てしまった。僕は、仕方なく持ってきた本を読むことにした。
電車に揺らされながら本を読んでいると僕も眠りそうになったので、僕は、電車の窓外の景色を見ることにした。
窓外の景色は、自分がいつも住んでいる町とは違っていた。田んぼや畑に囲まれていて、自分の町に比べると、とても不便そうに見えるが、住みやすそうだった。
僕はまた本の世界に浸り始めた。
本を読んでいる内に、椎名が起きて、僕に話しかけてきた。
「もうすぐで着くよ。」
「そうなんだ。」
僕は本を読むのをやめ、バッグにしまって僕は椎名にある疑問を投げた。
「これから行く場所ってどんな所?」
「そうだね。私のお母さんの生まれた場所でも有り、私が生まれた場所でもあるんだ。生まれてすぐはこれから行く場所に住んでいたらしいんだよね。でも生まれてすぐだから覚えてないから、今回入院する時に絶対行こうと思って。」
「そうなんだ。じゃあ結構楽しみなんだ。」
「うん。そうなんだよ。」
椎名はいつも通りの椎名で答えた。
電車は、僕達の目的地の駅名に着くアナウンスを流し、僕と椎名は荷物を持って立ち上がった。
駅に着き、外に出るとムワッとした暑さで僕達をお迎えした。駅はつい最近、改修工事を終えたらしくとても綺麗だった。
僕と椎名は、改札を出て、すぐ目の前にあったタクシーに乗ることにした。椎名は「川下りの場所まで。」と伝え、運転手のおじさんは、タクシーを目的地へと向かった。道中、運転手のおじさんが僕達の間柄を訊いてきたので僕が「付き合っています。」と言うとおじさんは「いいね。青春だね。」と返してきた。その後もずっとおじさんが話したり、どこで昼食を食べたらいいかと訊くと駅前のうなぎ屋でうなぎのせいろ蒸しを食べると言いよと言っていたので僕と椎名は、そこで昼食を取ることに決めた。
そうこう話していると(八割がた運転手のおじさんが話していたが)目的地に着いた。僕がお金を出そうとすると椎名が「私が出す」と言いだした。それを見ていた運転手のおじさんは「痴話喧嘩はやめなよ。」と笑いながら言っていた。結局椎名が払うことになり、僕は昼食を奢るという約束をした。
運転手のおじさんに会釈をして、僕と椎名は川下り乗り場で少しの間待っていると川下りの船が来たので僕と椎名は舟に乗り込んだ。舟は「どんこ舟」と言うらしい。僕は椎名の隣に座った。そのほかに僕達以外にも数人の乗り、出発した。
どんこ舟を船頭お兄さんが説明を至る所で挟みながらどんこ舟は進んでいった。
僕が椎名の方に目をやると、椎名はそれに気が付き、僕に満面の笑顔で返してきた。僕はその笑顔を見た途端、妙に恥ずかしくなって顔が熱いことに気が付いた。
やっぱり僕は椎名が好きでたまらないんだ。
今までの自分ではありえない考えが椎名と会う度、出てくる。恥ずかしいくらいに。もっと近くにいたい。
川下りは、あっという間に終わった。川下りの終着点は、駅にとても近かった。
僕と椎名は、どんこ舟を降り、タクシーのおじちゃんに勧められたうなぎ屋に行くことにした。うなぎ屋のうなぎのせいろ蒸しは疲れている僕達の身体を癒してくれた。
「おいしいね。」
椎名は笑顔でそう言った。
「そうだね。」
君と一緒に食べるとまた一段とおいしく感じる。僕は、そう言おうとしたが、流石に引くかなと思いやめた。
食べ終わり、僕と椎名は店を出た後、神社に行くことにした。
神社でお参りを済ませた後、僕は椎名に御守りで蘇守のお守りを買った。
「はい。」
椎名はそのお守りを見ると一瞬、顔が引きつった様に見えたが椎名は笑顔でお守りを受け取ってくれた。
「ありがとう。」
椎名と僕はこの神社の神木の「梛」を見に行った。その神木は、昔から丈夫さにあやかって「縁が切れないように」と葉を身につけていると良いとされ、良縁に結ばれる縁結びの神木とされてきたらしい。僕と椎名は神木の前に静かに眺めていると椎名が話しかけてきた。
「ねぇ。」
「何?」
「一条君。私のことをどう思っている?」
僕は、訊かれて少し言うのを戸惑ったが顔を赤くして言った。
「好きだよ。」
「うん。知ってる。」
椎名はこっちを見て、笑顔でそう言った。その笑顔は、この世の中で一番可愛いと思ったし、同時に無くしたくないと思った。椎名は病気かもしれない。でも必ず病気を治して必ず帰ってくる。
この縁は絶対に切らせない。
僕はそう心の中に秘めた。