第5話 福岡にて
楽しみがあるとあっと言う間に時間が過ぎ、遂に夏休みに入った。夏休みまで、様々な事があった。山崎先生に会った、次の日、学校に行くと僕を除け物の様に扱う人が出てきた。多分、椎名が入院と僕に何か関係があると見当違いな事を考える人達が嘘の噂をくっつけて僕を悪者に仕立て上げたのだろう。
だが僕はそんなことはどうでもよかった。ただ椎名に会いたいという思いがあり、僕は夏休みまで屈しなかった。そしてやっとの思いで夏休みに入り、僕は片手に新幹線の切符を握りしめて、新幹線を待っていた。
一番最初に椎名と話した時よりも暑くなっていて、夏を感じていた。
新幹線が着き、僕は新幹線に乗った。新幹線の中は、涼しく、汗が一気にひいていく。新幹線が着くまでの時間を僕は、夏目漱石の「明暗」を読んでいた。だが途中で眠くなり、気が付いたら、もう博多の駅に着いていた。僕は体を起こして新幹線から降りた。
外は何とも言えない暑さがあり、自分の住んでいる地域とはまた違った暑さがそこにはあった。僕は自分の腕時計で時間を確認すると、一三時過ぎを指していた。僕は、駅構内にあったラーメン屋で昼食を済ませ、早速椎名の所へ向かうことにした。
多分、椎名驚くだろうなと思いながら地下鉄に乗り病院へと向かった。住所に書かれた通りだと地下鉄の駅出てすぐの病院だった。僕は、電車に揺らされながら、椎名にまず謝ろうと心に決めた。
電車が駅に着き、降りてすぐに病院があった。その病院は、自分たちの近くの病院よりも遥かに大きくとても綺麗だった。思わず僕は息を飲み込んだ。
病院の中に入り、受付のナースの人に椎名に面談をしたい事を伝えるとすぐに部屋の場所を教えてもらった。初めてのとても大きい病院で迷わないか心配だったが迷わずに椎名のいる部屋へとたどり着けた。
椎名の部屋は大部屋で一番窓側だった。プレートに椎名結衣と書かれてあることを確認し、部屋に入ると椎名は真剣な顔で何かを読んでいた。僕は、まず椎名がそこにいる事に感動して涙が出そうだった。でもここで泣くと変な目で見られるのでグッと我慢して、椎名に声を掛けることにした。
「久しぶりだね。」
そう声を掛けると椎名は、こっちを見て驚いた表情で返事をした。
「いっ一条君…?」
「そうだよ。」
椎名は急に泣き出した。
「一条君だ。……ほん、本物だ。」
「うん。本物だよ。」
僕はそう言うと我慢していたものが出てきた。遂に会いたかった椎名に出会えた。一カ月ずっと会いたかった人に。椎名と僕は二人して泣いてしまった。近くにいるおばあちゃんは不思議そうに訊いてきた。
「お二人さん。大丈夫?」
「……大丈夫です。」
椎名は、声になっていない様な声で返していた。おばあちゃんは何かを察したらしく僕に質問をしてきた。
「君、結衣ちゃんともしかして付き合っているの?」
「いえ、僕の片思いです。」
僕は泣きながら言った。そうこれが僕の答えだった。椎名に対しての答えだった。
「いいや、おばあちゃん違うよ。私たち両思いだよ。」
僕と同じく泣きながら返していた。おばあちゃんは
「そうかい。じゃあお邪魔しちゃだめだね。」
と笑いながら、椎名と間にあったカーテンを閉めた。
僕と椎名は顔を見合わせて泣きながら笑った。ただそんな時間が僕にとって、かけがいのない時間になった。
少し落ち着き、僕は椎名に話しかけた。
「この前はごめん。」
椎名は笑顔で僕を許した。
「いいよ。それにあれは私も悪かったかもしれないしね。」
「いや、そんなことは無いよ。僕がひどい言い方をしただけだよ。」
「いいや。私の方が悪かった。発表をする前に一条君に話さなかった私が悪い。」
僕は笑った。そうすると椎名は首をかしげた。
「なんで笑ってるの?」
「やっぱり僕達、方向性が合わないなって。」
「そうだね。」
椎名も笑いだした。
僕と椎名は、面談の時間が終わるまでずっと話し続けた。学校で今どうなっているか。僕は今、変な風に扱われているとか。他にも他愛のない話をしていると館内放送が流れた。
『午後六時三十分を過ぎました。ただちに面談に訪れた方はお帰り願います。』
「もうそんな時間か。」
「そうだね。」
僕はまだ話し足りなかった。離れたくなかった。僕は座っていたパイプ椅子から立てないでいた。
「一条君。明日さ、デートしない?」
「え?」
僕は、椎名の方を見ると椎名はニコニコしてこっちを見ていた。
「明日。朝九時に駅で待ち合わせね。」
「え?」
「それじゃよろしく。」
「分かった。」
「わかったなら、速く出ないと怒られるよ。」
「分かった。」
「じゃあね。明日よろしく。」
僕は椎名に少し追い出されるように部屋から出た。僕はだんだん椎名と明日デートするという実感が湧いてきてホテルまでの道のりで胸が高鳴って今にもスキップをする所だった。
ホテルのチェックインを済ませ、ホテルの部屋に入り、ベッドにボフッとダイブした。ベッドは、僕を段々吸い込んでいくように身体が沈んでいった。
それと同時に僕も深い眠りに落ちてしまいそうになったので僕は身体を起こすとガラス越しに福岡が一望出来た。外のビルや建物は茜色に染まっていた。普通のお店でもよかったが、ラーメンを昼に食べたのがまだ少し胃袋に残っていたので夕食はコンビニで売っている軽食で済ませることにした。
ホテルに戻って夕食を食べ終わり、ふと外を見るとさっきの景色とは違う福岡を見る事ができた。今さっきは、茜色に染まっていたビルたちは、月に照らされていた。
僕は月の方に目をやると月は綺麗な満月だった。
椎名も多分この月を見ているだろうと思うと明日のデートのことが頭から離れなくなった。
椎名が近くにいる事に僕は未だに信じられずにいた。どうか夢じゃありませんように、と月に願い、僕は寝ることにした。