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月になれなかった君を  作者: 鷹夜賢人
7/13

第4話 これが好きという気持ち

 次の日、椎名は言っていた通り学校に来ていなかった。

 僕は安堵すると共に、胸が痛かった。

 自分の席に座り、本をバッグから取り出して、読み始めるでも内容は全く入ってこなかった。僕は、昨日のことはどうしても頭から出す事は出来なかった。本のページをめくっても、めくっても、昨日の椎名の顔がどうしても思い出してしまう。

 本をただめくっている作業をしている所に一人のクラスメイトが話しかけてきた。

 「ねぇ。」

 僕は、本をめくるのを辞め、声の聞こえた方へ目を向けた。そこには昨日、椎名が例の事についてクラス全員に話している時、理由を訊いていた女子だ。名前は分からないが。

 「なんですか?」

 「一条君さ。もしかして、結衣の病気知っていたでしょ。」

 「うん。そうだよ。」

 そう答えると、その女子は僕を睨んで話しだした。

 「一条君のせいで。君のせいで、結衣は傷ついたの。」

 睨んでいた目には涙が出始めていた。彼女は、涙を流しながら話を続けた。

 「昨日、電話があったの。最初は元気に話していたの。でもっ。でもっ……途中から泣き始めて、『私、どうすればいいの?』って訊いてきたの、それでどうしたの?て訊いたら。結衣は……。結衣は、『私の事をいつも考えてくれている人と喧嘩しちゃったの。どうすればいいの?』って泣きながら訊いてきたの。その人は誰なのって訊いても教えてくれなかった。でも私は結衣とずっと一緒だから分かる。全部は一条君のせいだって。」

 彼女は、全てを誤解している。それは椎名にも言える。椎名は、椎名のこといつも考えてくれている人と言っていたがそれは僕では無い。僕はいつも椎名のことを考えていないし、椎名の病気を知ったのも、つい最近だ。それなのに私のことをいつも考えている人なんて、単なる僕と椎名は約束をしたクラスメイトでしかない。そんなすぐ切れるような脆い糸で繋がっている関係なのに、椎名は僕をそう思うなんて、多分椎名は自意識過剰なのだろう。

 僕の頭の中では、ただ椎名に対しての悪口しか出て来なかった。

 泣いている彼女は遂に泣き崩れた。クラスの注目が全て僕に集まっていた。「あいつ、泣かせてるよ。」「ひどい。」などの誹謗中傷の声が聞こえた。

 僕は呆れてしまった。このクラスにも。泣いている彼女にも。そして椎名にも。全部。全部に僕は呆れた。ここにいると駄目になると思い、荷物を持ち教室から出た。

 家には母親がいて、この時間帯に帰ったら何を言われるか分からないし、かと言って学校の外をほっつき歩いていると警察の厄介になってしまう。保健室も何か違う気がした。僕は考えていると目の前に図書室があった。ここなら誰にもばれないし、自分も落ち着くかもしれないと思い中に入った。

 図書室は静かで、世界にたった一人だけ自分が生きている様に感じた。

 僕はこの時何故か夏目漱石の小説に惹かれた。僕は、夏目漱石の本を眺めていると一冊だけが、無造作に置かれていた。タイトルは「明暗」読んだ事はないが大体、内容は知っている、確か主人公が温泉に行って、そこで昔の恋人と会って、それでその先は覚えていないが、でもこの作品は終わりが無い事は知っている。いや終わる事が出来ないのだ。この作品を執筆している時に夏目漱石は亡くなった。だからこの作品には終わりが無い。だから時々、色んな作家が自分の考察で最後までを書き上げることが多い。

 僕は、本を取り出すと一枚の紙が落ちた。紙には何かが書いてあった。僕は紙を拾い上げ、文字を読んでみる。そこには誰かの感想みたいなのが書いてあった。読んだ瞬間、誰が書いたのかがすぐに分かった。書いたのは椎名だった。多分、昨日返す時に間違えて一緒に入れてしまったのだろう。

 その紙を僕は眺めていた。何も考えずにずっと。ただ眺めていると、僕は椎名のもとへ行かないといけない気がした。多分それは、僕がこのまま終わらせるのは違う気がしたのだろう。

 僕は、とりあえず本を手に取り、持って行くことにした。学校を出ると今まで、授業を抜け出すという行為をしたことが無いので少し冷や汗が出たが、僕は走ってこないだの椎名と一緒に乗ったバスに乗り、あの病院に行くことにした。

 もし椎名がいなかったら。とも考えたが僕はそんなことを考えているよりも行動の方が先に出た。もしいなかったら、あの山崎先生にどこの病院に入院したか訊こう。それでももし……。いいやそんなこと考えるよりも。

 バスは病院に着き、僕は降りることにした。

 病院に入ったはいいものの、この後のことを考えていなかった。僕はとりあえず、山崎先生に用がある事を受付の人に伝えた。

 少し時間が経ち、長いソファに腰掛けていると受付の人に呼ばれ、前に椎名と行った診察室に、と促された。

 僕は、エレベーターに乗り、目的の階に着き、診察室のドアをノックした。中からこの前と同じ声が聞こえた。「失礼します。」と僕は言ってドアを引いて開けた。

 「やぁ一条君。」

 「こんにちは、山崎先生。」

 「こんな時間に来るとはね。遂に不良デビューか。」

 「そう言う訳ではないです。ただ少し椎名について知りたくて。」

 「あぁ結衣ちゃんね。」

 「はい。あの今ここで入院されていますか?」

 「あぁ何も知らないのね。」

 「そうです。」

 「結衣ちゃんはね。福岡に行ったよ。」

 「え?」

 「この病院よりも良い病院があってね。それに結衣ちゃんのお母さんが福岡出身なんだよ。」

 僕は、椎名に会えないのか、椎名に言いたいことがあるのにどうしてだ?

 「あの。」

 「ん。なんだい?」

 「あっやっぱいいです。」

 訊けるわけが無い。僕はどうしたらいいですかなんて。とっても惨めだ。

 山崎先生は何かを思い出したように僕に話しかけてきた。

 「そういえば、一条君に渡したいものがある。でもそれは今渡せないんだけど。昼休憩まで待ってもらえる?」

 「はい。」

 「それじゃ。一回時間まで受け付けの方で待っていて。」

 「分かりました。」

 僕は、診察室からでて受付で待っていた。僕はどうすればいいかという問題がずっと頭の中にあった。考えても考えても出て来ない。本にも答えは出て来ない。

 ずっと考えていると隣から声が聞こえた。

 「一条君。もうお昼だよ。」

 僕は、声の聞こえた方へ顔を向けると山崎先生がいた。時計を見るともう十二時を過ぎ始めていた。

 「じゃあ行こうか。」

 「え?どこにですか?」

 「お昼だよ。食べないの?」

 「えっでも。」

 「いいよ。奢るから、そんな高校生に奢らせる訳には大人としての品格が疑われるよ。」

 そう言って山崎先生は、僕にお昼ご飯を奢ってくれた。でも食欲は湧かなかった。

 *****

 ご飯を食べ終わり、病院の屋上へ来ていた。

 山崎先生は、町の方を見ていた。

 「一条君。ここの景色最高だと思わない。」

 確かにこの病院は丘の上に作られているため、自分の町を一望できるので結構きれいだ。でもそんなことはどうでもいいことだった。

 「そうですね。」

 僕は素気なく返すと山崎先生は、僕の方を向いて話し始めた。

 「やっぱり。一条君は、結衣ちゃんのこと好きでしょ?」

 「は?」

 急な発言だった。僕は、本当に何を言っているのかコイツと声を出して、言ってしまいそうだった。

 「だって君はそうやってずっと結衣ちゃんのことを考えている。どうせ、君は何か理由を付けて、なんでもない関係だと思っていると思うけど、そうやってひた隠しても僕の目は騙せないからね。」

 笑いながら山崎先生は言っていた。僕が椎名のことが好き?えっ?なんでそう思ったんだ?

 「何でそう思ったんですか?」

 「そんなの簡単じゃん。君は、好きと言うよりもうーん。そうだね。憧れていたのかもしれないね。君は結衣ちゃんが言っているおトモダチの意味を知れば何が違うのが分かるとでも思ったんじゃないかな。結衣ちゃんの話からすると君はボッチらしいからね。」

 山崎先生は笑っていた。

 「そう一条君。君は、結衣ちゃんに答えを求めていたんだよ。」

 答えを求めていた?僕は椎名に答えを求めていた。何故だ?

 「一条君分かっていないかもしれないけど。君は一人だった。どんなものにも好きとか嫌いとか無いとか思っているらしいけど、実際は違う。君は好んで本を読む。君は好んで椎名と一緒になって考えている。だから君は好き嫌いが無いって訳ではないと思うよ。」

 「そうですか……。」

 この先生は言っているのは全てあたっていた。すごい。その一言に尽きる。

 「あ。ちなみにこれ全部結衣ちゃんの手紙からだから。一条君が結衣ちゃんのことが好きって言うのは、僕の考えだけどね。」

 「え?」

 今さっきの感想を返してくれないかな。僕は呆れてしまった。なんだ、そう言う事か。

 山崎先生は、ポケットから手紙を出して僕に渡してきた。

 「それ、家に帰って読んでみて、あとそこに福岡の病院の住所書いてあるから、もうすぐ夏休みでしょ。」

 「いやまだあと一カ月ありますけど。それに会ったって。」

 「喧嘩したんでしょ。大丈夫だよ。」

 「知っているんですか?」

 「うん。昨日ね。病院にお礼の言葉を言いに来るのと一緒に訊いたら、喧嘩したって言ってたから。」

 「そうなんですか。それで椎名は何て言っていましたか?」

 「あぁ一条君には酷いことしたなって。」

 「分かりました。あの。ありがとうございました。」

 僕は、深々と頭を下げて感謝を述べた。

 「いいよ。そんなにも下げなくて。んじゃこれから仕事あるから、じゃあね。」

 山崎先生は、手を振りながら屋上から去って行った。

 ****

 僕は家に帰って、早速山崎先生から受け取った椎名の手紙を読んだ。

 拝啓 一条君

 二ヶ月間ありがとう。こんな面倒くさい私と接してくれて。いつも迷惑かけてばっかりだったよね。それでも一条君は何も言わずに私と一緒に図書委員の仕事とかやってくれて。(あっ言ってたっけ笑笑)

 まあそれは置いといて私は一条君に言いたいことがあります。それは

 「君は、好き嫌いがある。」

 です。何でかって?君はどうしても好き嫌いが無いように言っているけどでもそれは違っていて、一条君は好きだから本を読んでいると思う。そう私は感じるよ。一条君の本を読んでいる時の目はキラキラしていて私に持っていないものを持っている気がする。それと同じく一条君も持っていないものを私は持っていてそれを私に求めてきた。(例えば友達とか笑笑)私たちは、互いに答えを求め合った。私は一条君におトモダチの意味を。一条君は私に色々な物を。でも答えは見つかっていない。お互いの答えを見つけるために考えあって、毎日を過ごしていた。

 でも最後の日

 私は、ある事を犯してしまった。それは一条君に酷い事をした。結局「お別れ」が出来なかった。

 こんな形で「お別れ」を言うのは違うと思うし、それに私はまだ『おトモダチ』の意味が分かって無いよ。それに一条君に謝っていない。

 だから一条君。私の所に来て欲しい。住所は他の紙に書いてあるから。


敬具

                                    椎名結衣

 手紙とは言い難いものだった。内容はぐちゃぐちゃでとりあえず私の所に来いとしか言っていない様な気がする。でもそれが椎名結衣らしく感じれた。

 でも一つ気になる点があった。

 椎名の言う「お別れ」と言うものだ。それにこの手紙は手紙と言うよりも遺書の様に見えた。まるで私は死ぬから私と会って欲しいと言うかのように。でもこれはもしかしたら椎名は、また僕をだましているかのようにとも思えた。とりあえず椎名のもとに行った方がいいのかもしれない。

 僕はスマホを取り出し、福岡までの料金を調べた。結構な値段が付くことが分かったが、小さいころからあまりお年玉やお小遣いを使ってきたことが無い僕にとってはあまり痛い出費にはならないようだった。それに椎名に会いたいという思いが強かった。

 はっとした。

 もしかしてこれが「好き」と言うものなのか。今まで人、物に対して何も感じたことが無かった僕が初めて「好き」という感情が出てきた瞬間だった。

 僕は椎名の事を考えるだけで胸の鼓動が速くなって、椎名といた時間が頭の中を駆け回る。椎名と初めて話した時。椎名と一緒に図書委員の仕事をした時。全てが僕の「椎名に会いたい」という思いを押していく。今すぐに会いたい。

 僕はカレンダーを見る。夏休みまであと一カ月だった。今まで夏休みを楽しみにしていなかった僕は今この瞬間に初めて楽しみになった。

 あと一カ月、僕は待とう。そして夏休みになったら椎名に会おう。そして椎名にあの言葉を言おう。

僕は夏休みに初めて遠出の計画を立てることになった。


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