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月になれなかった君を  作者: 鷹夜賢人
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第3話 最後の日

 遂に、日本列島は、梅雨に入った。雲がほぼ毎日かかっており、涼しい日は涼しい。でもあの暑さは微妙に残っており、何とも言えない暑さがあった。

 今日の天気予報は、一日中雨。僕は憂鬱になりながらも、学校に行くために、歩いていた。

 「うわっ。びしょ濡れじゃん。」

 僕は、制服のズボンに雨がしみ込んでいるのを感じた。夏服のズボンだから、まだ重くはないが、冬服のズボンだったらと思うと少しゾッとする。

 少し重たく、尚かつ履き心地の悪いズボンを身につけながら、学校へ向かっていく。学校に着くとすぐに、僕はバッグの中にあった。本が無事かを確認する。

 幸い、本は無事だった。僕は恐る恐る椅子に座った。椅子に座った瞬間に嫌な感触があった。

 冷たい。

 それでも僕は、本を読めば、この現実から離れられると信じ、本を読み始めた。だが直ぐに僕は教室が変な空気に包まれていることを察した。そしてその原因が自分だという事も察した。

 僕は本を読んでいる振りをして、他のクラスメイトの話しに耳を傾けた。

 「あれ本当なのかな?一条君が結衣ちゃんと一緒にいたって。」

 「いや私見たからね。一緒にバスに乗っている所。」

 あぁこの前のことか。僕は誤解を生まないために本当の事を話そうとするが、変な人だと思われたくないし、ましてや椎名は誰にも言わないで欲しいと言っていたことを言うのは違うと僕は思い、何も言わないことにした。

 まだ話は続いているみたいで僕は、気まずいので何処か行こうか迷っている時に、椎名は大きな声で、挨拶をしながら教室に入って来た。

 「おっはよう!」

 その声に合わせていつもは合唱のようになる挨拶は今日は静かだった。

 「あれ。どうしたの皆?」

 「いやそれがね。」

 僕は、あの事を話すと思い教室から逃げることにした。だが脱出は、失敗に終わった。

 「一条君と一緒にいたでしょ。」

 「うん。そうだよね一条君。」

 椎名は、こっちに話を振って来た。僕は、立とうとしていたがもう一回座り、無視するのもあれなので、僕はとりあえず返事だけはすることにした。

 「そうだね。」

 僕は、なるべく目線を合わさないように本を読みながら返事をした。これだけみると、コミュ障の人の様だった。そう思われても良いのでとりあえず、この話を終わらせたかった。

 「そうだ。後で皆に発表することがあるから、期待して待っててね。」

 椎名はそう言って話を切り上げた。僕は、椎名にこれ以上厄介なことにならないようにしてくれたのには感謝した。椎名の発表する事とはどういう事だろう。だがまあ、どうせあの椎名のことだからどうでもいいことだろう。

 椎名の近くにいる人は、発表することについて口々に訊いていた。

 ******

 朝のホームルームが始まり、諸連絡を担任が終え、僕は、本を取り出した。

 「皆さん。椎名さんから報告があります。」

 僕は本を取り出すのを途中でやめた。

 椎名は立ちあがり、教壇の方へ向かっていった。椎名は、どこかいつもと違う雰囲気を出していた。僕は、病院に行く時と同じような雰囲気だったことに気が付いた。いや、まさかな。

 「えっと。まずごめんなさい。」

 この言葉でクラスがざわつき始めた。その中には、「どうした?」と笑っていながら話している人もいた。だがその笑っていた人も次の椎名の一言で笑いは無くなった。

 「私は、明日から入院するので、学校に来れません。」

 「えっ?」

 クラス中が静まりかえった。僕もその中の一人だ。

 「えっと、皆には話していなかったけど私、癌なんだ。」

 僕の悪い予想は的中してしまった。だけどおかしい。この前までは、癌は無いと言っていたのだ。

 「ねぇどういう事なの?」

 クラスの女子が訊いていた。確かいつも椎名の近くにいるクラスメイトだった。それよりも僕は、何も考えられずにいた。

 「昔から、病気を持っていて。高校に入学する前に一回、手術して、癌を取り除いたんだけど。この前に病院に定期検査に行ったら、癌が転移していたから、もう一回入院しなきゃ行けなくなったの。」

 椎名は、そう答えた。でもその答え方は、いつもの椎名だった。普通のことの様に。

 クラスの中には泣いているクラスメイトもいた。

 「とりあえず今日一日よろしくね。」

 椎名はそう言って自分の席に戻って行った。

 今日の授業はお通夜状態で進んでいった。授業と授業の合間の休み時間は、椎名の周りにクラスメイトの僕を抜いた全員がいた。僕は、椎名の方へ行く勇気が無かった。

 僕は本を読んでいるフリをしていたが気が気では無かった。自分が何故気が付けなかった。気が付くべきであった。あの日、ワザと僕を病院に誘って、気づいて欲しかったのではないか?なんで?分からない。僕はどうすればいい?

 僕は、分からなかった。ただその一言に尽きる。

 そして椎名の入院する前、最後のホームルームが終わりかけていた。

 「じゃあ。最後に椎名さん。」

 担任がそう言って、椎名は教壇に立ち話し始めた。

 「えっと。朝も言ったけどごめんね。病気のこと言わなくて。言うとさ、今日みたいなお通夜状態になるでしょ。それも毎日。あっ今の笑うところだから。」

 そう椎名が言うとクラス中が笑いだした。泣きながら笑っている人もいた。僕も笑おうとしたが笑えなかった。

 「うん。ありがとう。一応言うけど私は死ぬわけじゃないから、ただ病気に勝ちに行くだけだから。そうだから、皆待っててね。勝って帰ってくるから。」

 「おい。それフラグ立ててね?」

 クラスメイトの誰かが椎名に対して、言っていた。そう言うとクラス中が笑いに包まれた。椎名も一緒に笑っていた。

 「そうだね。ナイスツッコミ。」

 クラス中が笑いに包まれている中、僕は笑えないでいた。

 「じゃ、そういう事だから。」

 椎名は笑って自分の席に戻って行った。その間、皆に声を励ましの言葉を掛けられていた。

 「では、皆さんさようなら。」

 担任がいつもの様にホームルームを閉め、僕は帰るためにバッグを持った。椎名は、また皆に囲まれていた。

 僕は、その輪には入らずにいた。僕は、その時図書委員の仕事がある事を思い出し、図書室に向かった。

 図書室には誰もいなかった。

 僕は、速めに仕事を終わらせて帰ることにした。今、この学校にいるとダメな気がしていた。多分自分は相手の幸せも不幸も考える事が出来ない奴なのではないかと僕は思った。

 椎名は来ないだろうと思い、一人で仕事を続けていた。

 ガラッと強くドアを引いた音がした。僕はそれにビクッと驚いた。

 「一条君。なんで仕事あるよって言ってくれなかったの?」

 椎名は少し怒りっぽく言った。

 「だって入院前最後でしょ。ここで君に対して何も思っていない奴と一緒に委員会の仕事をするよりも他に君のことを思っている友達と帰った方がいいよ。」

 「なんで。そんなこと言うの?」

 椎名は強めに言った。

 「なんでかって?そんなの簡単じゃないか。僕は、君に対して何も思えない。もう一回言うよ。僕といるよりも、他の人たちといた方がいい。それに僕らは、ただ君の言うおトモダチの意味を探すだけの仲であって、友達でも何でもない。単なるちょっとした約束をしたクラスメイトだ。」

 椎名は僕が言いきっていた時には、椎名の眼には涙があった。

 僕は怖くなって、図書室から逃げ出した。


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