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月になれなかった君を  作者: 鷹夜賢人
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第2話 椎名の病気

 病院に続く並木道で何度か話しかけようとしたが、話しかけるのをやめた。いつもは学校で話しかけやすそうな椎名だが、今はそうではなかった。僕は黙って椎名の隣を歩いていた。

 病院に着き、椎名は手慣れたように診察券を貰い、呼ばれるまで待つことにした。この間、僕と椎名は一言も交わらさず、沈黙の時間が続いていた。

 僕は、椎名と顔を極力合わせないようにしていた。椎名の顔を見てはいけない様な気がしていた。だから僕は、辺りを見回していた。そこで僕は、気が付いた。

 確かこの病院、この付近だと一番大きな病院だったけ。僕も一回だけ、本を読みながら、歩いていた時に自転車に轢かれ、救急車で運ばれたことがあった。そして、ここで少しの期間、入院していたことを思い出した。

そして、僕の頭の中にある事が浮上した。

 椎名が、何らかの病気で定期的に検査に来ている、という事だった。

 僕は、この考えをすぐにかき消そうとしたが、かき消せなかった。思う節は、幾つかあり、まずバスに乗る前から、顔が青白く何かに恐れているようだったこと。そして、手慣れた様子で診察券を貰っていたことだ。

 僕は、それでも病気ではない事を願った。多分、お母さんが入院しているのだろうとか、お父さんかお兄さんが働いているのだろうとか、とにかく椎名が病気ではない事を願った。そうでも考えないと、僕は不安に駆られてしまう。

 そして、遂に椎名が呼び出された。椎名は「着いてきて。」と弱く、小さく、椎名らしくない声で僕に言った。

 椎名に着いていき、エレベーターに乗り、椎名はまた手慣れたようにエレベーターのボタンを押した。エレベーターの中で椎名は、僕に話しかけてきた。

 「これから、聞くこと見ることは二人だけの秘密にしてほしいの。」

 「いいよ。」

 僕は、そう言うことしかできなかった。

 エレベーターが目的の階に着き、僕と椎名はエレベーターを降りた。椎名は「こっち。」とまた椎名らしくない声で僕に言った。

 椎名は、あるドアの前でピタリと止まった。ドアには、「内科 山崎貴士」と書かれてあるプレートがあり、椎名はそれを見つめてから深呼吸してから、ドアにノックした。ドアの中から、「どうぞ。」と野太く低いけれども、どこか優しさのある声が聞こえた。

 椎名はドアを引いた。中には、声の主であろう男の人が椅子に座って待っていた。男の人は、少し太り気味で、四十代くらいのように見えた。

 「おぉ遂に結衣ちゃんが彼氏連れか。」

 「先生、この人は、私の多分、おトモダチです。」

 椎名から先生と呼ばれる人は、大きな声で笑っていた。だがそれよりも椎名が学校とは違うような声で返答していたことに僕は驚いた。いつも誰にでも明るく接している椎名がこんなにも椎名らしく無い声で人と話すのを見たことが無いからだ。

 男の先生は、椎名と僕に座るように手招きした。

 「えっと。結衣ちゃん。この友達の前で話していいの?」

 「はい。大丈夫です。」

 僕は、この二人のやり取りが分からないでいた。いや、分からないでいたかったのかも知れない。

 「えっとまず、僕はですね。結衣ちゃんを担当する山崎貴士と言います。」

 「一条蓮です。」

 「蓮君。結衣ちゃんが病気という事を知っている?」

 「いいえ。何も。」

 この時僕の願いは砕かれた。粉々にされた。

 椎名の方を見ると、顔を下げて表情が何も見えなかった。

 「そうか。ではまず、結衣ちゃんは病気を持っています。その病気の名前は癌です。それも、末期に限りなく近い状態です。でも今は、手術して治っているんだけど完治とは言い切れない状態です。」

 山崎先生は、椎名の病気についてとてつもなく簡潔に答えた。簡潔に答え過ぎて僕は理解が追い付かなかった。椎名はまだ黙ったままだった。

 「それで今日は結衣ちゃんは、定期検査の日で、今日はちょっとした話をするだけで、体調はどうとか、痛みは無いのかとか。」

 僕には、どうしても椎名が癌を持っているとは到底思えなかった。僕はそのまま放心状態で椎名が横で山崎先生と話し終わるまでいた。分からない。何で。何故。この言葉が僕の頭を支配し続けた。

 椎名に、「大丈夫?もういくよ。」と言われ、僕は立ち上がり、礼をして診察室を後にした。

 椎名に連れられて、僕は中庭に来ていた。椎名は「少しお話しようか。」と言い、中庭にあるベンチに腰掛けた。

 「一条君。さっき聞いた話はどう思った?」

 「分からない。」

 僕にはこの答えしか出せなかった。力無くそう答えると、椎名は大きな声で笑いだした。

 「一条君。そんなに重くとらえなくていいよ。」

 椎名はさっきのテンションと急に変えて笑いだし、話し始めた。僕には何を言っているのか分からないでいた。

 「一条君の先生から話し聞いていた時の顔すごかったよ。」

 また笑いながらそう椎名は答えた。僕は、やっと理解することが出来て、イラッとした。

 「あのさ、ここまで来るのにすごく暗かったのにどうしてそんな明るいの?」

 僕は、少し怒りっぽく言った。

 「怒ってる?」

 「うん。」

 「ごめんね。少し一条君の反応を見たかっただけだよ。ほんとごめんね。」

 椎名は、手を合わせながら僕に謝って来た。

 「一応、なんだけど。山崎先生が主犯格だから。山崎先生に一条君のこと話したら、今回のことやってみようって持ちかけられたの。」

 あの野郎。どれだけ僕が、椎名のこと心配したと思っているんだよ。はあ。なんか馬鹿馬鹿しくなった。

 「分かったよ。今回のことは許すよ。」

 「ありがとう。一条君だったら、そう言うと思ってたよ。」

 椎名は何故か誇らしげに言った。まるで僕のことを全て知っているようだった。だがそこまで問い詰めるのは面倒なので今日は辞めるかと僕は思った。

 「帰ろうか。」

 椎名は、そう言って、ベンチから立った。

 「そうだね。」

 僕も立ち上がり帰ることにした。

 

 空は、少し雲がかかり始めていた。それはまるで僕らの未来を暗示しているかのように。


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