第1話 僕らは方向性が合わない
この世界に人間は、何人いるだろうか。答えはそう、たくさんいる。あいまいな答えだが、僕はこの答えが一番合っていると思う。この世界には、限られた人数という概念が無いのだ。それは何故か。人は毎日生まれ、毎日死んでいく。だから限られた人数という概念は無い。その考えが僕の頭を駆け抜ける。何故、駆け抜けるかって?それは、椎名のせいだろう。椎名と結んだ例の約束のせいだろう。例の契約を何回も考えてみたが、やっぱり答えは出ない。それが椎名と約束と約束を結んで一週間が経った。何か大きな出来事があったかというと、特に無く。図書委員で会った時に、「おトモダチ」について話して、答えが出ず。それが一週間続いた。
今日も図書委員の仕事だ。今日は、図書倉庫の管理だ。昔の本がたくさん置いてある。この学校は、付近の高校と比べると、図書室は広く、また図書倉庫も広い。
この前の図書室に比べて、ここも負けず劣らず暑い。そもそもこの図書倉庫には、エアコンが無く、扇風機さえ置いてない。
汗が頬に流れるのを感じる。本がしっかりと並べられているか確認していると、後ろで仕事をしていた。椎名に話しかけられた。
「あのさ。」
「何?」
「私たちってさ、方向性とか絶対に合わないよね。」
「そうだね。僕がこれを好きと言えば君は、絶対に好きじゃないって言うと思う。」
そう、僕らは方向性は絶対に合わない。だが僕は、そう言いきることは出来ない。僕には、好き嫌いが無い。椎名の好きな物を受け入れる事も出来ないし、自発的にこれが好きという物も無い。
そんなどうでもいい事を考えなければ、暑さを紛らわす事は出来ず、逆に無意識にそれが出来ればいいのだが、僕にはそんな器用な事が出来ないし、それに椎名が何回か話しかけてくるので、結局は、無意識というのは出来ない。
僕が本の確認をしていると椎名が話しかけてきた。
「そういえばさ。私さ、ここ最近一条君を真似して小説を読み始めたんだ。」
「そうなんだ。」
「冷たいね。この暑さにはちょうどいいね。」
そう言いながら椎名はケラケラ笑っていた。僕は、今日この後、読む本のことを考えながら仕事をしていた。今日は、暑いのでホラーでも読んで、体を冷やすかなんて考えているとまた椎名が話しかけてきた。
「それでさ、お勧めの本ない?」
僕は、これは絶対に言ったら必ず、何かを言われることを思ったが、特に断る理由もないので答えることにした。だがやっぱり何も思いつかなかった。「お勧めの本」と言われると僕にはお勧めの「お」の字も無い。こういう時に好き嫌いが無いというのは、辛い。相手にこのような類は伝える事が出来ないのだ。
僕は、少し考え、確か椎名と会った時に読んでいた本のことを思い出した。
「太宰治の人間失格。」
「人間失格か。あれさ私あんまり好きじゃないんだよね。」
「はあ。」
答えてあげたのにもかかわらず、椎名は好きでは無いと言ってきた。まあ予測が出来ていたことだった。でもこの暑さで考えたので少しは尊重してほしかった。
「私さ、太宰治だったら、夏目漱石の方が好きだな。」
「そうなんだ。一応聞くけどそれは何で?」
「えっとね。夏目漱石がさ、アイラブユーを月が綺麗って訳したの。すっごいロマンチックじゃない?」
「そうだね。でも夏目漱石、小説書く時、鼻毛を抜きながら書いていたそうだけどね。そこはロマンチストでは無いね。」
「えっそうなの?」
「らしいよ。」
僕は、今さっきの事を少し恨んでいた。だから少し夏目漱石のイメージを悪くしようとする考えが働いた。でもそんなことは椎名はお構いなしだった。
「まあ。どうでもいいや。そんなことより私の夢聞いてくれない?」
僕は、本の確認がやっと最後の段になったので、僕は椎名の夢を聞くことにした。
「えっとね。私ね。一回さ、好きな人に月が綺麗だね。て言われたいの。」
「そうだね。君は綺麗だと思うから言ってくれる人が出てくると思うよ。」
「え?」
僕は、ハッとし冷や汗が出てきた。だが体は冷める訳でもなく逆にどんどん体は熱くなっていた。僕は、本の確認をしている振りをした。もうとっくに、確認は終わっているのだが、後ろに振り替えられずにいた。後ろを振りえると気まずい空気が漂っているからだ。
「そうなんだ。私って、綺麗なんだ。」
椎名は、何かをつぶやいたが僕の耳には届かなかった。
少ししてから、椎名は何の前触れもなく笑いだした。
「やっぱ無理だわ。笑い我慢するの。」
僕は、やっと気まずい空気から抜け出せた安堵感から、後ろに振り返って、椎名と一緒に笑う事にした。
「そうだね。」
「そうだ。そっちは、確認し終わった?」
「うん。終わったよ。」
「じゃあ出ようか。暑いし。」
僕と椎名は、図書倉庫から出て、図書室に戻った。この前のエアコンが壊れていたのがウソみたいに、涼しく、一瞬で汗が引いて行くのが分かった。僕と椎名は荷物を持ち、帰ることにした。
学校を出るとまたモワッとした熱気が体から汗を出させようとする。
「外も暑いね。」
「そうだね。もうすぐ夏だしね。」
僕と椎名は、校門まで歩いていく途中、椎名が小さな声で僕に話しかけてきた。
「あのさ、一条君。あの話なんだけど。」
「うん。どうかしたの?」
「私さ、もしかしたら、意味を解いていく上での重要なことを伝えたいんだけど。」
「いいよ。」
もしかしたら、早く意味を見つける事が出来るかもしれない。僕はそんなことを考えていた。でも、そんな甘い考えが僕を後悔させた。
「一条君。この後時間ある?」
「うん」
「ちょっと寄りたい所あるの、一緒に着いてきて欲しんだけど。」
椎名は、僕に「着いてきて。」と言って僕はそれに従い、着いて行った。椎名は、僕にお金を持っていることを確認した。僕は、少し遠い場所なのかなと思いながら、バスに乗ることを告げられ、バスを停留所で待っていた。椎名の方へ目を向けると椎名は、少し顔が青ざめていた。僕は変に思ったが椎名のことだからと割り切っていておいた。
バスに乗り三十分程、乗っていると終点の病院前に着いた。「降りるよ」と言った椎名の顔は今さっきよりも青ざめていて、何かを恐れているようだった。椎名は、学校にいる時の、明るい顔では無く、明るい雰囲気ではなかった。