第7話 さよなら
僕と椎名は神社に行った後、町をブラブラと散策した。有名な詩人北原白秋の生家や生家の目の前にある水族館の中に入って白いすっぽんを見たりしていると道路が茜色に染まっていた。
「一条君。帰ろうか。」
「そうだね。」
僕と椎名は駅に向かって歩いていると甲子園の開始と同時になるあの何とも言えないサイレンが鳴った。僕は何か来たのかと思って少し心配になった。その様子を見て椎名が「これ、確か琴奨菊が勝った時鳴るとか聞くけど多分違うと思うよ。」と説明してくれた。
駅に着き、電車を待つためにベンチに座ることにした。ベンチに座ると今日一日中歩きまわっていたから、脚に疲れがあるのが分かった。
「あのさ一条君。今日一日楽しかった?」
「うん。楽しかったよ。」
「よかった。」
椎名は少しほっとした顔をした。
「あのさ何でそんな事訊いたの?」
「いや。なんとなく。」
「そうなんだ。」
僕がそう言うと少しの間沈黙の時間が流れた。流石に今日は歩きすぎて脚が重いし、少し眠い。多分椎名もそうなのだろう。今日一日大体椎名が話しだして僕がそれにリアクションをすることが多かった。でも今の椎名は話す気力がなさそうに見えた。
沈黙の時間が続いた後、やっぱり話し始めたのは椎名だった。だがいつもよりも元気がなさそうに話し始めた。
「一条君覚えている?おトモダチの一緒に探そうって言ったこと。」
「うん。覚えているよ。」
「その答えなんだけど私さ、まだ見つかって無いんだ。」
「えっまだ答え探してたの?」
「うん。どうしても答えを見つけたくて。」
椎名は、何故そこまでおトモダチに執着するのだろうか。僕はそう訊こうかしたが訊くタイミングと同時に電車が来てしまった。電車の中で訊けばよかったのだろうが僕と椎名は座った途端に寝てしまったのだ。次起きた時には終点の駅で椎名に起こされた。
電車を降りた。駅からすぐにある椎名の病院に戻らなければいけなかったので僕は椎名を病院まで送ることにした。
病院までの道、僕と椎名は黙って歩いていた。さっきの質問をするべきなのだろうか迷ったがやっぱり訊かないことにした。
病院の前に着くと椎名はこっちを向いて話し始めた。
「今日はありがとう。一条君。」
「ううん。僕も楽しめたからありがとう椎名。」
こう僕が言うと椎名は顔が赤くなり始めた。
「えっどうしたの?」
「いや。私のこと初めて名前で一条君が呼んでくれたからちょっと嬉しくなちゃって。」
椎名は、手で顔を少し覆いながら言った。僕も椎名をみて少し自分の顔が熱くなっていくのが分かった。
「そっか。やばい顔が熱い。」
僕はそう言うと椎名が少しずつ泣き始めた。
「えっどうした?」
「いや。何でも無い。それよりもさ、今日が福岡にいられるのが最後なんでしょ?」
「うん。そうだけど。」
僕は椎名の言葉で現実に引き戻された。そっか明日の朝には福岡を発つのか。
「それでなんだけど。」
椎名は自分のバッグから一つの手紙を取り出した。
「この手紙を飛行機の中で呼んで欲しいの。絶対に飛行機の中でしか見ちゃ駄目だからね。」
「分かった。」
椎名は、僕にその手紙を渡した。
「あのさ椎名。また冬休みに来るから。」
「うん。分かった。」
そう言う椎名は何処か寂しげそうな様子だった。僕はその椎名を見て、愛しく感じた。僕は無意識に椎名の身体をぎゅっと抱きしめていた。自分の身体より一回り小さい身体は温かみがあり、とても病人の身体では無いように思えた。
椎名は少ししてから僕の腰辺りに手を回し、ぎゅっと抱きしめ返してきた。そして僕は椎名を少し離して、肩に手を置き顔を椎名の近くにやり、初めてキスをした。
椎名の唇は柔らかく、椎名からとても良い匂いがした。
僕と椎名は唇同士を離した。椎名の頬は赤く染まっていて、可愛くて愛しかった。どんな詩人でもどんな作家でも今の僕達の相手を思う気持ちを表現することが出来ないだろう。たとえ、太宰治であっても夏目漱石であっても金子みすゞであっても宮沢賢治であっても僕らの今の感情はあらわす事が出来ない。
僕と椎名は少しの間見つめ合った。さっきの行動が気恥かしくて二人とも顔が赤かった。
椎名と僕は同時に噴き出して笑い始めてしまった。
「やっぱり一条君顔赤いよ。タコ見たい。実際キスするときタコみたいだったし。」
「椎名だって顔、タコみたいだったよ。」
「嘘本当に?」
「本当だよ。」
「嘘言っていたら別れるからね。」
「ごめん。嘘だよ。だから別れないで。」
「分かればいいよ。」
「うん。」
「じゃあ一条君バイバイ。」
「うん。バイバイ。またね。」
「う、うん。またね。」
そう言いながら椎名は手を振り、走って病院の中へと入ってしまった。僕は少し名残惜しかったがでも冬休みに会える事を考えるとあまり苦にはならなそうだった。
僕は今日の出来事を振り返りながら、ホテルへと向かう道の途中、空を見ると綺麗な満月が周りの星達よりも綺麗に輝いていた。
僕は、はっとあの言葉を言うのを忘れたことを思い出した。だがどうせ冬休みにあうのだから次来た時にしようと考えた。
ホテルに戻り、明日のタイマーをセットし、ベッドに身体を投げるとそのまま寝てしまった。
朝、僕は早めのチェックアウトを済ませ、駅に向かった。その道中で朝食をコンビニで買い、新幹線の中で食べることにした。
今日、家に帰るのだが最後に椎名に会いたかったが、今日は朝が早すぎて来れないと言っていた。それに昨日の今日で顔を合わせずらかった。キスのシーンを思い出すだけでも顔を何かで覆いたくなくなる。
僕は新幹線を待っている間に手紙を取り出して読もうか迷ったが、新幹線の中で読んだ方が良い気がして新幹線が来るまで昨日の余韻に浸ることにした。
新幹線が到着し、乗りこんで自分の席に着き早速、手紙を取り出して読むことにした。
手紙には、ただ一言大きく書かれてあった。
「ごめんなさい。」
そしてこの日から椎名とは音信不通になった。




