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四話 向けられる色




 森を抜けて少し歩けば、人工的な建物が並ぶ通りに出る。

 その通りの風景はいかにも西洋という感じで、俺の胸中に不安が蓄積していく。

 ………日本じゃない。

 今が何時かは分からないが、真っ暗な通りに街灯の不思議な明かりがポツポツ浮かび、いくつかの家には明かりが灯っている。

 人が生活している証拠だ。

 死んだと思ったら目が覚めて、今までいた場所とは全く違う場所に居たーーなんて、まるで鼓から聞いたライトノベルの話みたいだ。

 ………そんなまさか。

 頭を振って思考を振り払う。

 現実離れした話だと思う。今目の前を歩いている子は現実離れした容姿をしているけど。あ、ガチで好みです。


「じゃなくて」

「何がですか?」


 気付けば、紅の瞳がこちらを向いていた。

 足を止めて、首を傾げている。


「いや、なんでもない」

「そうですか。面倒そうですので追求はしませんが、目的地に着きましたよ、とだけ」


 視線を俺から通りに並ぶ建物のひとつに移す。

 追いかけるように視線の先を見れば、そこには店があった。

 読めない文字だが、出入口の上に大きな看板を乗せている。

 ところであれは何語だろうか。英語では無いし。

 店の明かりは点いているが、客がいる様子は無い。

 出入口の扉に札はかかっているが、文字が読めないので開店か閉店かも分からない。


「どうぞ、中へ」

「開いてるんだ」

「いえ、店はもう終わってます」


 言いながら、彼女は木製の扉を開き中へ入る。

 遠慮しつつ続いて中へ入れば、知った香りが鼻を擽る。

 ………珈琲の匂いだ。

 店内はダークブラウンで統一されたシックなデザインだった。

 壁には飾り棚が取り付けられ、白いうさぎと黒いうさぎのぬいぐるみが鎮座している。その少し離れた壁には細かな装飾が施された振り子時計が掛けられていた。

 奥にはカウンターがあり、メイド服の彼女はそこに居た。

 もう一人、黒髪の女性と共に。


 ▼


 黒髪を高い位置で括り、シンプルな服装に身を包んだ女性は、グラスを片手にこちらを見てにまりと笑った。


「いらっしゃい」

「お邪魔します」


 片手を上げる彼女に会釈すれば、面白そうに眉を上げる。


「まぁ座りなさい。ここにでも」


 女性はカウンター席の自分の隣を叩いた。

 頷いて、女性がいる席から一つ空けて座る。

 初対面でいきなり女性の隣に座るのはどうかと思っての行動だ。

 竹刀ケースを肩から降ろし、カウンターに立てかけた。


「なんだ、隣には座らないのか」

「もう少し親しくなってからの方が良いかなと」

「ふーん。まぁいい、どこから来たんだ?」


 女性は俺に質問を投げると、ティナ、と白銀の少女を呼んだ。

 ティナっていうのか。頭の中で咀嚼して記憶する。

 ティナは一つ頷くと、女性のグラスへ瓶を傾ける。

 グラスを黄金色の液体が満たしていくのを見ながら、俺は先程の質問にどう答えようか悩んだ。

 死んだと思ったら目が覚めて森の中にいたので、どこから来たかは分かりません。

 ………いや、正直ある程度の予測はついている。

 これも鼓がライトノベルを読み漁っていたおかげだ。

 だからこう答える。


「目が覚めたら森の中に居たので、どこから来たか分かりません」


 死んだ云々、元の世界が云々は伏せて、それだけ言う。

 女性はティナが注いでくれた酒を煽ると、ふーんと気のない返事をした。それからティナを見て、


「――嘘じゃないな」


 一言、それだけ告げる。ティナはそうですか、と淡々とした返事をした。


「貴方は貴方について、どれだけの知識がありますか」

「名前とか年齢とか、そういうこと?」

「はい。名前や年齢、それから――――」


 一呼吸置いて、


「自分が何者であるかも」


 ティナの声がやけに頭に刺さった感覚がした。

 自分が何者であるか。随分抽象的な話になった。


「まず名前は颯斗。緋彗颯斗」

「ハヤト・ヒスイか。ではヒスイ、君は自分は何者だと思う?」


 質問の意図が読めない。

 しかし、ティナの瞳から警戒の色が取れない以上、下手な答えはしない方が良さそうだ。

 自分が何者であるか。

 俺は緋彗颯斗だ。剣道部に所属するごく普通の男子高校生だ。

 これは何者であるかの答えになるだろうか。

 カウンター内に立つティナを見上げる。

 紅の瞳と視線が交錯し、気付いた。

 警戒の色だけだと思った紅の中に、もう一つ別の色がある。

 ………怯え? 怖がってる? 俺を?

 この色は知っている。よく向けられた覚えがある。

 日常でも、試合でも。

 目を伏せた。それから、胸の中で何を言うべきかを定め、もう一度ティナを見る。


「俺は敵じゃない」


 隣から、ほぉ、と感心の声が聞こえる。

 ティナは表情を変えないまま、瞼を降ろす。


「ティナ、どう思う?」

「的を射た解答ではないでしょうか。嘘かどうかの判断は専門外ですので別として。これ以上の批評は面倒ですので割愛させていただきます」


 そこまで言うと、ティナはカウンター内の後ろの棚から、ティーカップを取り出した。


「良かったな。間違えるか嘘をつくかしていたら首が飛んでいたぞ」

「良かったです………血祭りに上げられなくて」


 くつくつと女性が笑う。

 俺の目の前に、琥珀色の液体が入ったティーカップが置かれる。

 知識の中では紅茶と言えるそれを、俺はまじまじと見てしまった。


「紅茶です。飲めませんか?」

「いや、飲める。ありがとう、いただきます」


 ティーカップを持ち上げ、口を付ける。

 紅茶に詳しい訳では無いのでよく分からないが、とても良い香りがする。それに渋みも無くて美味しい。

 温かい液体が喉通ると、体が奥からじわじわ暖まる。


「ティナはお茶を淹れるのが特技みたいなものでね。ただ料理はからきしなんだ。ティナ、おかわり」


 女性がグラスをティナに差し出す。

 ティナは何か言いたげな瞳を女性に向けるが、大人しく瓶を持ち上げグラスに傾けた。


「さて、少年よ。これからの話をしようか」


 ティナが入れた黄金色の飲み物ーーおそらくお酒だーーを一気に煽り、グラスをカウンターに置き、女性はこちらを見た。

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