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ブラパ THE BLACK PARADE [SCENARIO Ver.]  作者: 藤原キリヲ
THE BLACK PARADE
3/21

2.The Black Parade is Dead!




 ある日見つけた工場跡地の廃車両で、俺はフジノと名乗るヘンな女の子に出会った。

 そして突然決闘を申し込まれ、街中を舞台にした超ハード鬼ごっこをさせられるハメになった。

 フジノは、とんでもないエキセントリック女子で、出会って数時間の間に、俺が何度彼女の言動に驚かされたかわからない。


 そして、紆余曲折の後、彼女は突然キャラ崩壊を起こし、……現在、俺の後ろで沈んでいる。

 ――空気……重っ……!

 いったい、誰の所為だ。

 俺の所為、なんだろうか……?




2.The Black Parade is Dead!




「えーと、次来るバスが……と」

 わざとらしいまでに独り言だった。

 重すぎる空気に耐えかねた俺は、バスの時刻表をひたすら確認するなどしていた。


 フジノは今、バス停前のベンチに腰を下ろしてうなだれている。

 夕方の駅前――往来で泣きながらへたりこんでしまった彼女を放っておけず、とりあえず落ち着けそうなところまで連れてきたものの、そこまでが俺の限界だった。

 彼女が泣き出した理由がよくわからないのに、なんとなくそれが自分の所為であるかのような後ろめたさだけがじわじわと俺の心を苛む。

 どうして泣いているのかがわからない。当然だ。俺は今まで女の子を泣かせたことなんてないんだから。

 それは俺が女の子を泣かせたりなんかしない聖人君子だからとかじゃなくて、女子と、喧嘩をしたことがないどころか、そもそもろくに喋ったこともないに等しいヤツだからだ。

 普段から何気ない会話を交わす女子の知り合いなんて、ほとんどいない。

 篠原とは自然に会話するけど、あれは、なんていうか、その、母親と自然に会話をしているような感覚であって……、

 ともかく、おかしな場所で出会って、わけのわからないやりとりをして、意味不明なゲームをやりながら、というヘンな状況下ではあったけれど、俺があんなに素の自分のまま感情をぶつけ合って、真剣になって女子と交流したのはフジノが初めてだと思う。

 だからこそ、それが妙に嬉しくて。まだ出会ったばかりでこいつのことなんか何もわかっていないのに、もっと仲良くなれたらいいな、とか、俺の話を聞いてほしいな、とか、そんなことを考えていたかもしれない。

 だから今、フジノが泣いているのが、しんどい。理由は知らないけど、理由とか関係なく、そうされることが俺にはつらいのだ。

 嫌われたんじゃないか、という漠然とした不安があって、顔を見るのが怖い。向き合えない。近くにいられない。

 だから俺は今、バスの時刻表を確認するフリをしているうちに、事態が好転したりしないかなぁ、などとあるはずもない期待を抱いていたのだ。


「…………」

 ちらりと、横目で見た限り、フジノは沈黙しているものの、とりあえず、もう泣いてはいないみたいだった。

 けれども、最初に出会った時から見せていた、あの、ちょっと引いてしまうぐらい華々しく輝いていた気配が、消えてしまっている。

 さっきまであんなに自信満々だったのに、今やどんよりと落ち込んで見る影もない。

 俺の所為なのかもしれない……けど、仮にそうだとすると、何がいけなかったんだ……?

 考えを巡らせた。

 ……俺が勝負に勝ったから?

 そして、自分が、負けたから……?

「……はぁ」

 考えつくことなんて、このぐらいしかなかった。

 ――そんなショックだったのかよ……、こうなるってわかってりゃ、ズルして勝ったりなんてするんじゃなかった……。

 ……しかしそれって、俺が悪いのか?

 俺は勝負をふっかけられた側なのに……。


「あ、あのさ……」

 いつまでも続く沈黙をいい加減どうにかしたくて、心に湧きかけたモヤモヤを無視して、俺はフジノに話しかけた。

 何気ない雰囲気を装って。フジノが落ち込んでいるとか、そんなことなかったかのように。

「バス……俺んちの方まで戻ろうと思ったら、あと二十分ぐらい待つんだけど、おまえの家、あの辺じゃないよな? バスの時間、確認しないのか?」

 話題として適切だったかどうかはともかく、それはそれとして気になっていたことでもあった。

 すると、フジノは伏せていた目線を俺の方によこして、ようやく口を開いた。

「……いい、留美が乗るまで、待ってる」

「……」

「最後に、……留美を見送って帰りたいから」

「……、そっか。そりゃ、……どうも」

「……」

「…………」

 ――会話、終わっちまった。どうしよ……。

 フジノは見るからに話したくなさそうだった。

 何かを言おうか迷う。ちょっと反応が遅れただけで、まだ会話は続いてますよ的な感じに。

 けど、バス停には俺たち以外にもバス待ちしてる人が何人かいて、真面目に何かを言ったりしづらい空気があった。

 それこそ、フジノを慰めるような言葉なんて、言い出せない。

 とりあえず、会話。なんでもいいから、会話をしようと、俺は思い直す。

 ええと、

 ――そういやこいつ、来る時は買い物に行くとか言ってなかったっけ?

 俺このまま帰ろうとしてるけど……もういいのかな?もしかして忘れてるのか?

 なら、俺がここから「一緒に買い物行こうぜ」とか言ったら行くことになるのかな。

 ……いや、あの廃車両が勝負に勝った俺のものになっちゃったから、あいつの中ではもう打ち切り、ってこと、だよな。

 ――勝ったほうが廃車両の持ち主……とか、そんなこと言われたってなぁ。

 俺は頭をかいたりしながら、ぐずぐずとまとまりのないことを考えていた。


 廃車両を見つけて、フジノと出会って。

 確かに俺は、そんな非日常を求めていたのかもしれないし、事実、ワクワクして楽しんでいた。

 でも、そんなの一時の好奇心でしかなかったってことなのだろう。

 フジノが沈んでいるのを見ているうちに、俺はいつの間にか全部面倒くさくなってて、さっさと家に帰ってゲームの続きでもしようかなんて、そんなことを思いかけているのが、自分でも解るんだ。

 ――そして、俺は、そういう中途半端な自分が、はっきり言って……好きじゃない。


 一台のバスがバス停にやってきた。ただし、俺の家がある方向へ向かうバスとは違うので、乗らない。

 フジノの乗ろうとしていたバス……か、どうかは知らない。だがフジノは動かず、ベンチに座ったままだ。

 バス停に待っていた俺たち以外の人たちが、やって来たバスに次々と乗り込んでいく。

 時刻表の前にいた俺は、なんとなく邪魔になっているような雰囲気を感じて、追いやられるようにしてフジノが座っているベンチの方まで移動した。

 そして何気なくベンチに腰掛ける。フジノの二つ隣の椅子。一人分のスペースを無意味に空けて。

 ……結果的に、バス停には俺とフジノだけが残された。


 ほら、周りにいた人はみんないなくなったぞ。

 フジノと二人きりだ。

 空気なんて気にする必要はなくなった。

 何か言うなら、今なんじゃないのか。

 俺は、嫌な俺を追い詰めるように、自分の心を追い立てる。


「なぁ……あの、さ」

 そして俺は、再びフジノに話しかける。

 声は上ずっていて、何を言いたいのかもよくわからないままに。

 それに何を感じ取ったのか、フジノは顔を上げて、ぼんやりと俺の方を見た。泣いてはいない。が、やはり落ち込んだ雰囲気がある。

「……あんた……じゃなくて、フジノ」

「何……?」

 考えながら、少しずつ言葉を口にする。

「今日、色々あったけど、なんつーか、その……結構楽しかったよ」

「……」

「会ったばっかりだけど、おまえってメチャクチャなヤツだよな。俺なんかじゃ、あんな遊び思いつかないし、思いついてもやろうなんて思わないよ」

 俺なりに、ちょっとフジノを持ち上げてみるようなことを言ってみる。ついでに愛想笑いみたいな顔をしてみる。だが、言葉はどうにも場当たり的で、苦笑みたいな表情しか浮かんでこない。

 だから当然、フジノの表情は変わらない。

 焦る。

 ――違う、こんなんじゃなくって……こんなどーでもいいこと言うんじゃなくってさ……。

 言葉の寄り道をしているうちに、また人が来る。乗るべきバスが来る時間も迫る。既に周囲は、フジノと俺の二人きりではなかった。

 けど、今更途中でやめられない。


「……やる」

「え?」

「だから、フジノにやるよ。あの廃車両。欲しかったんだろ?」

「……っ」

 あげく、出てきたそんな言葉に、フジノは、ちょっとだけ、動揺したように見えた。

「施しは、受けないわ」

「あ……」

 俺は、気付く。

 フジノの口調が今、戻ったことに。

 初めて出会った、あの時のそれに、少しだけ。

「私は、敗者よ。留美は……優しいからそんなことを言うけれど、その優しさに安易に食いついたりしては、……いけないの」

「あ、えっと……」

「私、……そんな安い女じゃ……ないわ」

「あぁ、そう……じゃなくって……」

 表情は暗いままだが、口調には明確に“彼女”が戻ってきていた。

 だから、俺は探した。

 ただ、さっき会ったばかりのフジノにまた戻ってきて欲しくて。


 ……そうすることの、本当の意味も解らずに。


「あー…あの廃車両、やっぱさ。俺が使っててもしょうがないよ。……正直持て余すっつーかさ。あぁいう場所を本当に楽しめるのは、きっとおまえみたいなヤツなんだよ。だからさ……、」

 ――おまえが一人で使ってくれ、と、そのようなことを言うつもりだった。

「だから……」

 でも、ここまで口にして、彼女が今ひとつ嬉しそうな顔をしていなかったから、つい


「……だから、フジノと俺、二人で使うとか、どうかな?」

 行き交う周りの目も気にせず、彼女に身を乗り出すようにして、そんな言葉を告げていた。


「……あ」

 で、ハッと気付く。

 言い終えて数秒を経てようやく、自分が口走った内容が反芻されて、猛烈な恥ずかしさがこみ上げてきた。

「いや、えっと…」

 誤魔化すように頭をガリガリと掻いたりするが、もう遅い。既に俺の脳裏では自分の発言のこっ恥ずかしさについて、十分すぎる自覚が生まれてしまっている。

 ――おいおい、いきなり何言ってんだ俺?俺と一緒ならフジノも喜ぶって?

 別に俺が加わったところで何か変わるもんでもないだろ!

 どんな自惚れ発言だよ。恥っず……。

 ――でも……、俺、他にフジノになんにもしてあげられないし……。

 つまりは、そういうことだった。

 俺が言うことができて、フジノが喜んでくれるかもしれない言葉なんて、その程度しかなかったのだ。

 ……実際のところ、安易だったと思う。

 俺のズルで泣かせてしまったようなもの、という負い目があったから出てきただけの、とってつけたような慰めの言葉だ。

 それが自分でわかってしまうから、だからもう、あまりにも恥ずかしくて、それ以上何も言葉が出てこなかった。

 だけど……、


「留美……」

 フジノは、俺が思っていた以上に、喜んでくれたようで。

 表情があまり動かない、感情表現が薄いと思っていた彼女が向けてくれた、本心からの笑顔であったように思えて。


 俺はその瞬間、なんだかすごくホッとして、

 ――ああ、あんな言葉でも、喜んでもらえて本当によかった、って、

 それまで感じていた辛い気持ちや、罪悪感が、全部報われたような気がしたんだ。


 ……ただひとつ、俺は勘違いをしていたことがあって。

 フジノは俺と一緒に廃車両を使おう、と言われたことに喜んだのではなく、

 ――――その発言の裏で、フジノに、フジノであって欲しいと願った俺の心がきっかけであったのだということに、この時の俺は気が付かなかった。


 俺は、フジノが笑ってくれたことが嬉しくて、不意に見せたその表情にドキッとして、泣いていた女の子に笑顔を取り戻してあげたことが誇らしくて、

 そういった前向きな感情の渦に押し流されるようにして、気付きかけた大事なことを、また忘れる。



 なんにせよ、それが決め手となったらしかった。

 フジノは、今までのどんよりとした気配はどこへやら、すっと優雅に立ち上がり、余裕ありげに腕を組んで空を仰いだ。

「忘れていたわ、留美」

 頼もしい雰囲気。感じられる余裕。

「“私たち二人の秘密基地”に持ち込むアイテムを買いに行かないと」

 口調と表情は、さっきの笑顔と違ってフラットなものの、漂わせる楽しそうな雰囲気は何か無粋なことを口にするのをためらわせる。

「制限時間は二時間。この街で自由に買い物をして、より面白いアイテムを買い揃えられた方の勝ちよ」

 ついさっき出会ったばかりだし、そこまでの回数見たわけでもないのに、俺は彼女のそんな仕草が、既に見慣れた感覚を抱いている。

「どう?単純明快でしょ? 題して、“ドリーム・オア・トゥルース”。面白味と実用性、あなたが選ぶのは一体どちら?」

 ――ああ、元のフジノだ、と。

「……はは」

 俺はツッコミも追いつかず、呆然。少しして、乾いた感じで笑う。

 けど、その笑いには、安堵感のような達成感のような、悪くない感情が伴っていた。


「さあ、行くわよ。留美」

「ま、待てって。そんないきなり急かすなよ……」

「あなたが死ぬまでに残された時間は、刻一刻と減っているのよ?」

「時間を無駄にするなって意味なのはわかるけど、なんだよその物騒な言い方は!? 俺がもうすぐ死ぬやつみたいだろ!」

 促されて立ち上がり、歩き出す俺たち。


「……っていうか、面白い方が勝ちって、基準わかりにくくないか?」

「そんなことはないわ。例えば留美と私なら、私のほうが圧倒的に面白いでしょう」

「なんなんだその自信……」

 会話をしながら、楽しげに。

 俺たちの背後では、ちょうど、俺が乗るはずだったバスが停車するところだった。乗り込んでいく乗客たち。

 それを見送るようにして視線を前に戻すと、俺を導くように先んじる、彼女の背が目に飛び込んできた。

 ――これで……良かったんだよな。

 俺は一人、そのように思うことにする。




     ★ ★




 俺とフジノは、ちょうどすぐ近くにあったホームセンターにやって来た。

 バス停で宣言された通り、俺はフジノと“どちらがより面白いアイテムを買い揃えることができるか?”という、極めて基準が曖昧な勝負をしていた。

 入り口で別れた俺たちは、各々店内を巡り、面白さを競うべく商品を吟味している。

 ――どっちが面白いものを買えるかって……、そんなのさぁ、誰が面白いって判定すんだよ。

 公平なジャッジを下す審判を立ててもらいたいところだった。

 ――だいたい、こっちはおまえと違って、人生使って笑い取りにいってないっつーの!

 俺は自分が買おうとしているものが入った買い物カゴを眺めた。

 ジュースやお菓子、缶詰などの保存食が少々。加えて割り箸や紙皿など、使い捨ての食器類が何点か。

 必要そうなもの、という観点で選んだ品々だ。

 ……自分で言うのも及び腰で嫌なんだが、ひとつも面白くないチョイスをしているなぁ、とがっかりしてしまう。

 かといって、これがあったらあったで、絶対役に立つに決まっているのだ。これがあったら、少なくともないよりは楽しい時間を過ごせることは間違いないのだ。

 ――だから、俺は自分の選択を信じる……!

 決意を固める俺。


 そうしてレジまで行ってみると、フジノは既に店の入口に立っていた。俺に気が付いて、余裕の笑みを浮かべつつ、手を振ってきている。

「……っ」

 しかし、俺は言いようのない嫌な予感に苛まれた。

 フジノの足元には、あいつが買ったものであろう品――中身不明の怪しげな鉄製の箱が、圧倒的な存在感を顕示して鎮座していたからだ。

 ――だ、駄目だ!既にあいつの買い物のほうが面白い……っ!


 “面白さ”という、あまりにも曖昧な勝敗基準。

 そこには恣意的で理不尽なものばかり感じられるというのに、俺の中には純粋に“面白さで負けた”という意識が芽生えてしまっていた。

 敗北感に似た何か。否、完全に敗北感だった。


 会計を終え、袋を下げてフジノの元へ向かう足取りは重い。

 そんな俺の心情を察したかのように、フジノは楽しげに口元だけニマニマとさせて、俺の到着を迎えた。

「遅かったのね、留美。時間をかけただけの戦果はあったのかしら?」

「さぁな。……こんな感じだよ」

 既に若干なげやりな調子で言いながら、俺は手にしたビニール袋の口を開いて、買ったものをフジノに見せた。

 最初のつかみで負けている感のある俺としてはテンションが上がらない。そしてフジノの足元にある鉄箱が気になって仕方がない。

 袋の中を覗き込んだフジノは、表情はやっぱり変えないまま、でもどこか白けたような雰囲気を漂わせて、言った。

「……、素敵な紙皿ね」

「1ミリも思ってないこと口にするな!どうせ大した買い物思いつかなかったよ!」

「さっきもそうだけど、留美はずいぶん忙しそうに喋るわよね。それは趣味?」

「いや、おまえだよおまえ」

「趣味が?」

「原因が!!」

 そんなやり取りを終えて、気を取り直してフジノが買ったものを見せてもらおうとする。

「で?バカにしてくれてるけど、そういうお前は何を買ったんだよ」

「これよ」

 言って、足元に置かれた鉄の箱を示すフジノ。

 中身が見える窓どころか、一つの隙間もなさそうな、気密性の高そうな箱だ。原子力発電所から盗んできたプルトニウムが入っている、と言われたら信じてしまいそうな胡散臭さがある。

「これって……、中、開けて見せてくれよ」

「駄目よ」

「なんで!?」

 即答で拒否されて、思わず聞き返す口調も乱暴になる俺。

「よく聞きなさい、留美。この箱の中には私が厳選した、“秘密の七つ道具”が封印されているわ」

「……なんだよ、秘密の七つ道具って」

 相変わらず唐突なノリに呆れた反応を示す俺。

 なんだか、もうそうしなければならないような義務感さえある。

 フジノのこの手の発言に対して返すべき反応を、もはや理解しつつ楽しむべきであるといったような。

「それは秘密よ」フジノはニヤリと笑って言う。「秘密の七つ道具だけに、ね」

「……何ひとつうまいこと言えてなくね?」

 秘密という言葉がゲシュタルト崩壊しそうだ。

「良いこと留美。私とあなたはきっとこれから様々な危機に遭遇することになるわ」俺のツッコミなど気にせず、フジノは両手を上げて朗々と喋り始めた。「これはそんな私たちの窮地を救うための切り札(ジョーカー)なのよ。最初から公開されているはずがないでしょう」

「俺たちの窮地を救う道具が俺にも秘密って意味わかんないんだけど……」

「お馬鹿さん」

 若干ついていけない感じになりかけていた俺の発言に、フジノはくるりと身を翻して、ちょん、と俺の鼻先を指でつついた。

「そんなこと、その方が魅力的だからに決まっているじゃない。謎と伏線は重要でしょう」

「……そっすか」

「もう、留美はすぐそうやっていじけるんだから。ちゃんと想像して御覧なさい。私とあなたが様々な危機に遭遇する度、この箱の中身が少しずつ明らかになっていくのよ。その素敵な登場の瞬間……、考えただけで胸が高鳴ってくるでしょう?」

「……それは、」

 そんなことはない、とは言い返せなかった。

 一体どんなすごいアイテムが飛び出してくるんだろう?

 さながら漫画やアニメのように、主人公たちを助ける切り札。それが七つもあるなんて。言われて即座に、そんなワクワクする展開を思い描いてしまったからだ。


 現実に、そんな劇的な事態には遭遇しないことぐらいわかってる。

 でも……こいつと一緒なら、いつか本当にそんな日がやってくるのかもしれない。

 ……会って間もない相手にそんなことを、俺は早くも思っていて、


「ほら。留美は今、この箱の中身を想像するのに夢中って顔をしているわ」

「し、してねぇよ。そんな顔……」

「しつこいわよ留美。さっさと負けを認めて、飲み物のひとつも奢ってみせなさい」

「勝ち誇るの早っ!?」

「だって、あなたのお粗末な買い物と比べて、私の用意した“秘密の七つ道具”はあまりに魅力に溢れているわ」

「悪かったなお粗末で!どうせ俺はおまえみたいなセンスありませんよ!」

 言い返しはするが、概ねその通りだと納得する心持ちではあった俺は、「仕方ねーな」とこぼしながら、近くの自販機に視線を向ける。


「留美」

「なんだよ」

 そんな中、かけられたフジノの言葉に振り返った。


「あなたの思い描いた猫が、箱の中で元気にしているといいわね」

 そうして、謎めいた言葉を口にするフジノ。

 そう言った彼女の表情は、さっき感じたようなワクワクを、なんとも喚起させるものであるように、俺には思えた。

「……、シュレディンガーの話ぐらい、俺も知ってるけどさ……」

 自販機に硬貨を投下しながら、そうこぼす俺の有様は、自分でもちょっと無様だ。




     ★ ★




 フジノのおかげで大層な量となった荷物を抱えて、俺たちはバス停まで戻ってきた。

 そこにはちょうど廃車両のある工場方面へ向かうバスがやって来ていて、俺とフジノはそのまま乗り込む。運転手や他の客が、俺たちが抱える鉄箱を訝しげに見ていた。

「ちょうどバスが来てるなんて、タイミングいいな」

「ええ、そうね」

 気にしても仕方がないので、俺はフジノとそんな会話を交わしながら、空席へ向かう。こいつと一緒にいる限り、俺はこういう視線を幾度となく浴びることになるのだろうから慣れないとな。

「留美、奥のほうが空いているわ。進んで」

「ん、あぁ」

 フジノに言われ、俺は奥へと進む。言う通り、席はいくつか空いていた。

 ここまで来た時と同じように二列空いている席があり、俺は前列に腰を下ろす。

「もっと奥へ詰めてくれない?」

「え?あぁ、その荷物置くのな。だったらこのぐらいで……」

 てっきりフジノも来た時同様俺の後ろに座るものだと思っていた俺は鉄箱が置けるくらいのスペースを空ける。

 と思いきや、フジノは箱を傍らの通路に置き、俺の隣に座ってきた。

「ちょ、おまえなにしてんだよ!?」

 いきなり近距離に迫られて、俺はちょっと戸惑う。思わず大きな声が出てしまう。

「何って……留美は女の子を立たせたままにしておくつもりだったの?もしかして、罰ゲームのつもりかしら?」

「ち、違くて……!他の、後ろの席だって空いてるのに……!」

「席が勿体無いわ。他にも乗る人がいるのだから」

「行き先田舎なんだから、こんなバス使うのなんて年寄りばっかだろ……!」

 ――うわ、近くで見ると、髪とかさらさらだな、こいつ……。

 俺はゴネるようなことを言いながら、そんな余計なことを考えていた。

「恥ずかしがるようなことじゃないわ」と、フジノは俺の内心など意に介さず、優雅に髪をかきあげながら言う。「私と、留美の仲じゃない?」

「……っ」

 さっき見せたのとは一味違う、普段のフジノらしい自信ありげな笑みにドキリとする。こいつの、こういう振る舞いに、俺は……、

「私、ひとつ理解したわ。留美は私がこういう顔をすると喜ぶのよ」

「か、勝手なこと言うな!それと自分で言うな!」

 見透かしたようにそんなことを言うフジノ。

 よくわかんないけど。

 俺はこいつのあの表情に好意的なものを感じている……のか?



 益体もないやり取りをしている間にバスは発車し、俺たちは並んで座りながら走行するバスに揺られている。

 フジノは何気ないそぶりで窓の外の景色を眺めているが、窓とフジノの間には当然俺がいるわけで、フジノの視線を横顔に感じる。

 近距離で顔を合わせるのが気恥ずかしく、俺は同じように外を眺めているしかなかった。

 自然と会話は失せるが、さっきバス停で二人並んでいた時のような気まずさはない。

「…………」

 ――肩、触れてる……よなぁ。こいつ、恥ずかしくないのか?

 俺はフジノの方へ微かに視線を向ける。顔は見れず、膝に置かれた手などが目に入る。

 ――手、小さいなぁ……。

 あのパワフルさを見せつけられてからだと違和感がなくはないが、こいつだって女の子なんだ、と意識させられる。男の俺より細く、小さいその身体。

 ――バカ、なに焦ってんだよ。これぐらいで戸惑うほうが恥ずかしいっての……。

 会話がないと思考が捗るもので、俺はさっきからそのようなことばかり考えている。

 ――で、でも、もっと距離は空けた方がいいのかな?いちおう初対面なんだし……、けど、あえて隣に座ったってことは、こいつはこういう距離感を求めてるってことなのか? そこで俺が無理に距離を作ったら、こいつは嫌な気持ちになるのか……?

 ぐるぐると思考をしながら、俺はジリジリと左右にケツ移動を繰り返していた。

 ――でも、どうなんだ?肩とか腕とかが触れ合うのは向こう的にアリなのか? さすがにダメだよな?やっぱ。ほとんど初対面だし、でも……、少し隙間を作るくらいの座り方がベスト!? ベストなのか!?

 思考と視線を忙しく回しながら、くだらないことに集中している俺の目には既に窓の外の景色など入ってきていない。

 ――よし、この辺りが最高の位置取り……。

 それなりの長時間に渡る試行錯誤の末、俺はそう結論付けた。

 結局。最初の位置とほとんど変わっていないような気がするが……。


 俺が一息ついたのを見計らったように、フジノから「留美」と、不意に声をかけられる。

「は、はいっ?」

「……何をうろたえているの?」

「う、うろたえてねぇし! なんだよ?」

「降りるバス停は、そろそろかしら?」

「え?」

 慌ててバスの運転席近くに掲示された停車駅一覧を見やる。

 気付いたら、結構な距離を走行していたらしい。窓の外を見ていたはずが、景色の変化なんてちっとも気付いていなかった。

 ――そうか。フジノにとってあの廃工場のあたりは地元じゃないんだ。どこで降りるかなんてわかんない、よな。

 そんな思考で俺が冷静になったと同時に、バスは停車する。数人のじいさんばあさんがぞろぞろと乗り込んできた。俺とフジノの周りに空いていた席はそれで埋まってしまう。

 じいさんばあさんが多い。それは俺の地元に近づいてきたことの証左でもある。

 うちの近所は田舎だ。年寄りがいっぱい住んでいる程度の。

「あと、三駅くらい、かな?そっからは歩こう」

「わかったわ」

 俺の言葉にフジノはうなずく。

 とりあえず、乗り過ごしていなくてホッとした。


 気がつくと、バスの車内はそれなりに混み合っていた。

 来た時のように俺とフジノで二列を独占していたら、周囲の年寄りたちは座れなくなっていただろうなと思われた。

「留美、一緒に座っておいてよかったわね」

「え……あぁ、うん」

 似たようなことでも考えていたのか、フジノがそう言い、俺は曖昧に返事をする。

 またそうやって俺を見透かすようなことを、こいつは言うんだ。

 席が埋まったことを言っているのだろうが、その言い方だと「私と隣り合って座れてよかったわね」みたいな風に聞こえるだろうが。

「……」

 なんとなく、俺は自分がやましい発想ばかりしているような気がして反省の念に駆られた。




     ★ ★




 バスを降りて坂道を進むと、見覚えのあるトンネルが見えてくる。

 崩れそうで少し怖いトンネルを抜けたら、そこは別世界――ではなく、広大な規模の廃工場群だ。

 一帯を取り囲んである金網に俺が乗ってきた自転車が立てかけてある。

「この自転車は、留美の?」

「あ、あぁ、ここまで乗ってきたんだよ」

「素敵なロードバイクね」


 最初に来た時は手ぶらだったから難なく乗り越えられたが、今は大きな荷物を抱えているので、俺たちは二人で協力してそれらを運び込まなければならなかった。

 俺が先行して金網をよじ登り、フジノが持ち上げた鉄箱を受け取る。

「これ持ったまま金網越えるの大変だな……」

「外に持ち出すようなものではないから、今回だけ頑張って頂戴」

 重い……、がフジノにいつまでも持たせておくわけにもいかないと思い、俺は力を込めて引っ張り上げた。


 そうしてどうにか荷物運びは完了し、俺たちはやっとの思いで例の廃車両へとたどり着いた。

 扉を開き、二人で中に入る。

 初めて来た時と少し違った、妙な安心感とワクワクが混在している。

 ここから始まっていくんだ、という雰囲気、とでも言うのか。


「これからここが、私たちの冒険の拠点になるのね」

「冒険の拠点、か……」

 楽しそうな足取りで奥へと進んでいくフジノの背中を見ながら、ぼんやりとその言葉を復唱する。

 フジノは車両の前方部、運転席の手前まで進んで振り返った。

「大切にしましょう?せっかく留美が二人で使うって言ってくれたんだもの」

「あ、あぁ」

 無我夢中で言い放った自分の言葉が反芻されて恥ずかしさがある。

 それに、俺はズルして勝ったのであって、本当なら俺はフジノに負けていた。そうなるとこの廃車両は二人どころか、俺のものですらなかったはずだ。

 ……今更ながら、その事実が、申し訳なさを喚起させる。

「留美も遠慮はしないで?好きな時に好きなだけ来るといいわ。私もなるべくいるようにするから」

「……」

「今日買ったアイテムみたいに二人で好きなものを持ち込んで、快適な空間を作っていきましょうね」

「……そうだな」

 それは、秘密基地そのものだ。

 小学生ぐらいの子供がよくやるような遊びを、高校生にもなった俺たちがやる。

 そんなの、漫画やアニメの中だけのものだと思っていた。だからちょっぴり、憧れがあった。

 バカな子供じゃない、それなりに成長した自分が秘密基地を作ったら、こんな楽しそうな場所が作れるのかもしれない、と。

 そして、こうやって真剣にやろうとしてみると、それはやっぱり、楽しいものなのかもしれない、と思った。

 フジノが語る、廃車両のこれから。

 それは俺が心の奥底で憧れていた秘密基地で、そこに自分が明確に加えてもらえていることが感じられて嬉しい。

 ……けど、自分の立ち位置やキャラ的に、反応としてそれを示すのにはなんとなくためらいがあって、嬉しいのに、俺の対応は生返事のようなものに収まっていた。


「そういえば、ねえ、留美」

「ん?」

 楽しそうな口調から、どこか真剣な口調に変わるフジノ。

 それは微々たる差だが、俺はなんとなくそれを感じ取った。

「あなたに言わなければならないことがあったわ」

「……なんだよ?」

「さっきは、奴隷になれだなんて酷いことを言ってごめんなさい」

「は?」

 俺が戸惑ったのは、フジノの発言に対してというより、フジノが綺麗なお辞儀で頭を下げてきたことだった。

「ど、どうしたんだよ?おまえ、そんなキャラじゃないだろ……」

「よくあるでしょう?」と、俺の言葉を封じるように喋りだす。「ヒロインが出会った主人公に突然「奴隷になれ」とかそんな命令をする展開。私もそれに倣ってみたのだけど、それは、やっぱり、違うと思ったの」

「……?」

 突然向けられた例え話の趣旨がよく理解できずに、俺は黙って聞いている。

「留美と私はここまで、あの“秘密の七つ道具”を一緒に運んだでしょう? ああやって力を合わせる大事な仲間とは、対等な関係でいるべきよね」

 そして、フジノは俺の目をまっすぐに見つめる。

 あの、星のように強い輝きを伴った、その目で――。


「――ねえ留美。

 私、あなたに友達になって欲しいわ」



 ……その言葉に、

 すぐ笑い返せなくて、「しまった」と思った。

 「なに言ってんだよ、俺たちもう友達だろ」とか「こっちこそ、これからよろしくな」とか、そんな風に軽く言えたらよかったのに、そう言えなかった。

 俺は――、


「あ……あはは、いやいや、友達って別にいちいちお伺い立ててなるもんじゃないだろ?」

 ズルして勝ったりするんじゃなかった。

「ははっ、ほんと、変なヤツだなぁ……」

 安易に慰めたりするんじゃなかった。

「……まぁでも、そうだな」

 いっそ素直に負けて、ドレイにでもなんでもなってればよかったんだ。

 こんなにもまっすぐな信頼を寄せられるのなんて初めてで、そんなフジノの言葉が、向けられる想いが、本当はすごく嬉しいのに。

 ズルして勝って泣かせてしまった負い目だとか、その後の中身のない勢い任せの慰めだとか、そんな余計なことばかりが頭の中を渦巻いて、


「これから、俺とフジノは友達だ。よろしくな」

 ――うまく、喜べないじゃないか。


 ……いっそ、何もかも白状するべきだったのかもしれない。

 でも、ズルをするようなヤツだって思われたら、……せっかく友達になってほしいと言ってくれたフジノに嫌われるような気がして、

 そう思ったら、もう「俺はズルして勝った嘘つき野郎です」なんて言えるはずがなかった。


 だからせめて、この時、俺は、こいつにとことん付き合ってやろう、と思った。

 友達?違う、これは契約みたいなものだ。

 友情の契約。

 俺が、支払うべき負債がある、そういう結び付きだ。


 こいつが友達でいてくれる間に、俺はそれに相応しい人間になろう。

 俺はフジノの友達だと、胸を張って言えるような人間に……。



「嬉しい。これからよろしくね、留美」

 そんな、今まで思ったこともないほど強く、俺は自分を変えたいと思った。

 本心からそう思ってしまうくらい、フジノの言葉と、向けられる信頼が、嬉しかったんだ。


 だとしたって、それはずいぶんと都合の良い、身勝手な考えで……、



「それじゃあ」

 と、フジノは会話を切り替えてしまう。俺の心を読んだようなことばかり言うくせに、今回は何も触れてくれずに。

「さっそくこの廃車両の中を探索しましょうか。さしあたって、さっき買ってきた荷物をしまう場所が欲しいわね」

 拳を握りしめるようなポーズを取って、フジノは宣言した。

 その姿は見るからにうずうずしていて、これからのことを考えて楽しくて仕方がないって感じで、……ちょっと眩しい。

 ……けれど俺は頑張って、その眩しさに合わせる。

 さっき、そうするって、決めたからだ。


「あー、……んじゃあ、まずはどっか収納になりそうな場所を探すってことだな」

 俺は気を取り直して、廃車両の内装をぐるっと見やる。

 今までドタバタし続けていて、落ち着いて中を見るのは初めてだが、なんだか変わった構造をしていた。

 自分がよく知る“電車”とは造りが結構違う。

 まず、座席の上の網棚がない。外した形跡もなく、もともとついていないのだろう。

 そして、車両が一両しかない。うちの近所は何度も言うように田舎だが、そんな地域を走っている電車でも、二両は少なくともあるのに。……というか、連結器のようなもの自体が、この車両にはなかったような気がする。

「留美、何か気になるものでもあって?」

「いや……なんつーか、この電車、変な造りしてんな、と思って」

「留美は路面電車を見るのは初めて?」

「あ、うん。そうだな」

 あぁ、これ、路面電車なのか。

 知識としては知っているし、そうなんじゃないかとは思っていたが、その程度だ。

「見て、運転席の側、運賃箱があるでしょう」

「ホントだ。こんなの、普通の電車にはないな」というか、普通の電車は運転席が客席とつながってないが。「みんなアレに金入れて、乗ってたわけだ」

 見れば、料金表まであるし、電車というよりバスに近い用途の乗り物なんだな。

 俺はもっとよく見ようと、運賃箱の前まで進む。

「これ、開くかな」

 手をかけてみるが、鍵がかかっているらしく開かない。

 ガチャガチャやっている俺を見て、フジノはわざとらしいため息をつく。

「来て早々金目の物に喰いつくなんて、大した盗人根性ね」

「なんだよその言いがかり!? さすがに金が入ってないことぐらいわかってるよ!」

「こういう言い方をすると、留美は喜ぶのよね。理解したわ」

「ツッコミ入れてる俺はそんなに嬉しそうか!?」

 まるで、そうさせてあげてる、みたいな含みがあって腹立つ。


「はぁ……どっこいせ」

 俺はため息をつきながら、手近な座席に腰を下ろした。

 なんだか疲れた。今のツッコミが、というより、今日の全体的な疲労だ。

 最初にこの廃車両にやって来たのは昼頃だったように思うが、気付けばもう夕方だ。半日使って日が暮れるまでフジノに振り回され続けたことになる。

「どうしたの留美?まだ見るべき場所は残っているわよ」

「……あぁ、悪い、ちょっと休憩……、一日中動き回ってたもんだから、つい」

「まだ若いでしょうに、だらしのない子」

 そんな俺を見て、フジノが苦言を呈する。言うだけあってフジノはまだまだ元気そうで、見た目に反して体力あるなー、とやっぱり思う。

 部活動もやらず、家でゲームばっかりやって過ごしてる時点でお察しだが、俺はインドア派で、体力がない。激しい運動は、苦手だ。

「仕方ねぇだろ。こっちはおまえみたいに動き回るの得意じゃねぇんだ」

「謙遜して。留美からそれを取ったら後には何が残っているの?」

「他にもまだ色々残ってるよ! 俺が元気だけが取り柄のガキかなんかに見えるか!」

「そうは、見えないわね。どちらかと言うと、休日は家に閉じこもって寝てばかりいるみたいに見えるわ」

「人をダメ人間みたいに言うな!」

 いや、大体あってるのだが……。

 俺だってこう見えて、小学校の頃には運動系の習い事だってやっててだな――!

「いや……いいや」

「?」

「おまえの言う通り、だらしなかったかもな。もうちょっと頑張らなくちゃ――」

 フジノに対して、というより自分に言い聞かせるようにして立ち上がると、下からギシッと音がしたような気がした。

「なんか今、椅子が動いたような……」

「見せて」

 すかさずフジノがやって来て、俺が座っていた座席を検分する。

「見て、留美」と、フジノは座面のクッション部分を指でガコガコ動かしながら言う。「ここ、少し動くわ。引っ張り上げれば外れるんじゃないかしら」

「そんな感じ、するな」

「留美、手を貸して。この程度の障害、真の友情を交わし合った私たち二人にかかれば造作もないわ」

「……はいはい」

 “友情”とか、さっきの思考が思い出されるからあんま言わないで欲しい。

 自然と億劫になりかける返事をなんとかとどめて、俺とフジノは並んで座面に手をかける。

「せーのっ」

「っ……!」

 ちょっと力を込めたら、座面は簡単に外れた。

 中にはパイプが走っており、メンテナンスがここからできるようになっているらしい。

 しかし、いくらかスペースもある。ちょっとした荷物ならここに収納できそうだ。

 個人的には椅子が外れているところも、外した下がどんな構造をしているのかも初めて見るので、結構楽しい。

「ちょうど良いわ。買ったものはここに入れるようにしましょう」

「あぁ」

 俺が買ってきた保存食やら食器やら、フジノが買ってきた秘密の七つ道具が入っているらしい鉄箱やらを収める。椅子の下全部が収納として機能するようで、思っていた以上に色々入れられそうな広さがあった。

 ひとしきり収納し終えた後、改めて二人で座面を下ろす。

 そこには普段の長椅子があるのみで、とても下に何かがしまってある雰囲気ではない。

「秘密の隠し場所みたいで、なんだかワクワクするわね」

「……だな」

 自然と笑いあう俺たち。

 今となっては、最初こいつに感じていた警戒が、俺の中にはもうほとんどなかった。


 何気なく車内を見渡すと、中央あたりの床に見るからに空けられそうな鉄製の部分がある。

「見た限り、床も開そうね」

「開けてみるか?」

「ええ」

 鉄板の端を少し強く踏むと中央が少しだけ浮き上がり、開くことができる仕組みだった。

 ギイィと音を立てて開いた下には、エンジンなどの動力部がぎっしり詰まっている。

「へぇ……中、こんな風になってんだ」

「メンテナンス用に開くようになっているのかしら」

「ゲームに出てくる飛空艇の機関室みたいだ」

「確かに壮観ね。こんな複雑な機構を創り上げてしまえるなんて、人類の文明って凄いと思わない?これすらも前時代の遺物に過ぎないのよ?」

 俺の例えに合わせてか、フジノがそんなことを言うので俺は思わず笑う。

「おいおい、なんだよその言い方。ならここは、失われた古代文明の遺跡……ってことか?」

「その通りよ。私たちの冒険は、まだ始まったばかりということね」

 冗談めかして言った俺の言葉に当然とばかりに返してくるフジノに、俺は改めて呆気にとられかける。

 ――そうだった、こいつはマジでそういうことを考えてるヤツなんだよな。

 いつだって真剣で、本気で漫画みたいな冒険をしてやろうって考えてるんだよな。

 ――案外、ホントに……とんでもない冒険が待ってたりして、な……。

 考えながら、その展開を予想して思わず笑いかけてしまう。フジノに見られていることに気付いて、慌てて取り直す。

「で、でもこれ、意外と隙間が空いてるな。人ひとりくらいなら通れそうだ」

「引き抜かれたコードがいくつかあるみたい。本当はもっと色々な部品が入っていたのかもしれないわ」

「そういうのも、そのうち調べるか」

「素敵ね」


 そんな会話で盛り上がっているうちに、周囲は暗くなってくる。

 廃車両には明かりがないので、完全な夜になったら真っ暗になってしまうだろう。

「……もうすぐ、陽が沈むわ」

「世界が終わるみたいな言い方すんなよ……」

「あら?そんなつもりなどなくてよ」

「なんか意味深なんだよ。おまえの言い方全部」

 なんとなく、お互いに「そろそろ帰ろうか」という雰囲気を察し合って、俺とフジノは帰り支度を始めた。



 二人で廃車両の外へ出て、何気なく外観を一瞥した。

 初めて見た時も感じたが、やはりこの廃車両だけ、工場の他の部分と比べて妙に保存状態が良いように感じられる。

「しっかし、なんかこうして色々見てると放置されてるのが不思議なくらい綺麗だよな、コレ」

「実はまだ動いて、これに乗ってどこか遠くへ行けたりしてね」

「はは、そりゃいいや。乗り物に乗ってダンジョン攻略なんて、もう完全にロープレの世界だ」

 俺の発言に、フジノは不意になにやら考え込むような仕草をし始めた。

「乗り物……、ふふ、なかなか良い事を言うわね、留美」

「はい?」

 フジノのノリや急展開には慣れてきていても、予想はできない。

 また妙なことを考えついたらしいことは理解できたが。

「そう……、思えばこれは乗り物だものね。私としたことが大事なことを忘れていたわ」

「おい、なんの話だよ……?」

「名前よ、留美。私たちを大冒険に連れて行ってくれるこの乗り物に、相応しい名前を付けてあげましょう」

「名前……?」

 呆れた顔をする俺をたしなめるように、フジノはピッと指を立てて言った。

「良いこと? 私たちはこの廃車両に乗って冒険の旅に出発していくのよ?そういう乗り物に命名は必要でしょう?」

「でしょうって……、主人公の名前とかならロープレのお約束だけど……、乗り物にまで名前つけんの?」

「留美だって、“シルバード”を自分で考えた恥ずかしい名前にリネームしていたはずよ」

「は?シルバー……え?」

「シルバード。知らないの?時を渡る翼、よ」

「それは知ってる、けど……ああいや、そうじゃなくって、ってかおまえ、ここは冒険の拠点になるベースキャンプとか言ってたじゃん」

「そうね」

「大体からして、これに乗ってどっか行けるわけじゃないだろ」

「それはわからないわ。留美だってさっき、直るかもしれないって思ったでしょう」

「……。まぁ、いいけど。……で?名前?」

 色々と気になることを飲み込みながらもなんだかんだ言いつつ、ロープレで育ってきた身としてはわかってしまうノリなので、納得することにした。

「それで?留美はどんな名前にするの?」

「え?ちょ、ちょっと待てよ!なんで俺!?おまえが付ければいいだろ!」

「決闘で負けたあげく手篭めにされた私にそんな権利は存在しないわ」

「その言い方だと俺はまるで人間のクズだな!そんなゲスな扱いしてねぇだろ!」

「それにあなた、子供の名前は自分が付けるってあれほど言っていたじゃない」

「言ってねぇし!子供でもねぇよ!」

「冗談よ。本当は大切な友達である留美に名前を付けてほしいの」

「ぐぬっ……!」

 反射的に痛いところを突かれたような顔をしてしまう俺。

 ……どうやら、フジノに“友達”扱いされるたびに罪悪感が湧いてくるようになってしまったらしい。

 我ながらなんて難儀な……、全て自分の所為なのだが。

「さぁ、留美はどんな素敵な名前を考えてくれるのかしら。ヤングゴーゴーなやつをお願いね」

「……ヤングゴーゴーっておまえ……」

 フジノがまた気になることを言ったが、それを指摘するよりも突然の無茶振りに頭を悩ませるほうが先だった。

 ――突然そんなこと言われても考え付かないって……、ってかロープレの乗り物とかってやたら凝ってる格好良い名前が多いけど、ああいうのって大抵由来がわかんねぇんだよな……。ゲームのキャラってなんであんな当たり前みたいに思い付くんだ?

「あー、えっと、そのー、うーん」

「……思い付かないの?」

「い、いきなりすぎんだよ!そんなすぐパッと思いつくか!」

「その顔は、考え付いたけど言うのが恥ずかしいという顔ね」

「そ、そんな具体的な顔してねぇっ!」

「そう?」

 悩む俺をからかうような気配のフジノ。本当にこういう時のこいつはたちが悪い。

「……あの」

「なにかしら?」

「デフォ名とか、ないの?」

 デフォ名――デフォルト名とは、ゲームでプレイヤーが何も入力しなかった時に使用される、あらかじめ設定されている名前のことだ。新しく始めたゲームで主人公の名前を決める時にこれがないと、非常に悩むことになる。

 で、このままこうして悩み続けているとマジで日が暮れてしまうので、フジノにそんな質問を投げかけたわけだが。

「……」

 フジノはちょっと悩む素振りをした。

「……な、なんだよ。ダメか?」

「いいえ。散々悩んだあげく決められたレールの上に戻ってくるだなんてあなたの人生の縮図のようだと思って」

「名付け一つでえらい言われようだな俺……」

 そんな俺の反応をひとしきり楽しんだ後、フジノは腕を組んで目を閉じ、大きく息を吸った。




「――――THE BLACK PARADE」




「……へ?」

 いきなりやたら良い発音で言われて、俺は今日何度目になるかもわからない呆気に取られた顔をする。

「デフォルト名よ。どうかしら?」

「どうかしら……って言われても」

 ――か、カッコイイ……けど、やっぱ由来が全然わかんねぇっ……! なんだよ、ブラックパレードって?黒い行進?なにそれ?

 こういう時、どういう反応すんのが正解なんだろ? ロープレだと、カッコイイって褒めたりしてたっけ……?


「……まぁ、いんじゃね?」

 で、俺はそんな無難な返事。

「そう。留美も気に入ってくれたようで嬉しいわ」

 そしてフジノは俺の反応など気にしていない。

 どうせこいつのことだから気に入ろうが気に入るまいが、結局色々言い込められてその名前になるに決まってるのだし。



「それじゃあ、留美」

 そうして、金網を越えて、トンネルの前までやって来た俺たちは、別れる。


「また明日、この「ブラックパレード」で会いましょう」

 手を振って俺にそう言うフジノ。

 噛みしめるようにその名前を口にした彼女の表情は、楽しそうだった。



 こうして、廃車両での最初の一日は終わり、

 

 ――俺はフジノと友達になった。


 正直言うと、我ながら呆れたことに俺は相当楽しんでいた。

 次から次へと色々なことを言うフジノを見ていて、何かが吹っ飛んだ感じがした。

 現実は、つまらなくなんかない。

 退屈な学校、クラスの人間関係、その中で立ち回れない自分。

 楽しいのは、自分が先んじて見つけたネトゲぐらい……、


 そんな毎日の全てを、忘れたわけではないけれど、

 今はとりあえず、フジノと遊ぶことを、選んでみたいって。




     ★ ★




 フジノと初めて出会ってから、数日後。

 放課後の学校にて、俺はいそいそと帰り支度をしていた。


「なぁ河野、放課後みんなでカラオケ行こうって話なんだけど、おまえどうする?」

「河野が来るならー、あ、そうだ。ついでに篠原さんも呼んどけばいいんじゃね?」

 同じクラスのよくつるんでいる二人が話しかけてきた。

 大賀と川村というこの二人は、俺が言えた義理ではないが、俺と同じかそれ以上にパッとしない感じの男子で、クラスの中心には到底ならないようなタイプだ。

 とはいえ同類の俺にとっては学校の中では数少ない喋り相手で、放課後もたまにこうして遊びの誘いをしてくるが、休みの日まで一緒にいるわけではない……程度の友人。

 で、俺は――、


「ん、あぁ……悪い。今日は用事があるから遠慮しとくわ」

「そっか? んじゃまた今度にするかなー。二人だけじゃ盛り上がらねぇし」

 二人は少しだけ白けたような顔をして、連れ立って教室を出ていった。

 ――二人だけって……篠原も含めば三人じゃん。こいつら自分で誘う気ないな。

 俺の学校における友達とは、こいつら二人に、篠原を含めた三人といった感じだ。

 篠原もこの二人と面識はあるし、会えば普通に会話はする。が、大賀と川村的には篠原は「俺の友達」であって「自分たちの友達」ではないみたいな妙な線引がある。

 俺が来ない=篠原も呼べない、みたいな認識のようで、俺より一歩距離が遠い感じだ。

 ……要するに一緒に遊んだりしたいけど、自分から誘うのは恥ずかしいから俺をダシに使っている、みたいな感じだろう。

 その心境は理解できなくもないので、俺はあえて何も言わないけど。

「カラオケ……ねぇ」

 用事があるからと言って断ったが、果たして用事と呼ぶほどのことなのかは微妙だ。

 約束をしてるわけでもないし。

 ……これを知ったら、あの二人は怒るかもしれない。面倒だな……。

「ま、歌うのってあんまり好きじゃないしな」

 くだらない独り言を言い訳のようにつぶやいてから、学校指定のダサい白カバンを背負って俺は教室を後にした。



 帰宅した俺は、自転車に乗って出かける。

 放課後は、二日に一回ぐらいのペースで廃車両に向かう。そんな生活もずいぶん定着した。

 別に約束をしたりはしていないのに、俺が行くとフジノは大体廃車両にいて、二人でダベったり、廃車両の近くを探検したりして遊んでいた。

 もしかすると、俺が顔を出さない日もフジノは廃車両に来ているのかもしれない。


 フジノに付き合って遊んでいると、毎度帰りが遅くなる。

 なので今日は家に置いてあったマグライトを持っていくことにした。信号で停止した時、カバンを確認して確かに入っていることを確認する。

 ――夜の廃車両にフジノと二人か……、って何考えてんだか。


 夜まで一緒に過ごすことを前提にした選択に、下心がなくもなかった。

 いや、人気のない場所で女の子と二人っきりになりたいとか、そこまで直球なことは考えちゃいない。

 ただ単純に、フジノと一緒に迎える夜に、どんな楽しい出来事が待っているんだろう。あいつは何を用意してくるんだろう。

 そう考えたら、持ってきてしまったのだ。

 持っていくものなんてなんでもよかった。ただあの場所に、自分の持ち物を置いてみたくなっただけだ。


 淡い満足感のような優越感のような、そんな感覚があった。

 今の俺は、ついこの間までの俺とは違う。

 意味もなく友人たちの誘いを断るわけじゃない。しょうもないゲームで一日を無駄にするわけでもない。

 今の自分にはちゃんと目的がある。

 そんな、些細なことが自分にもあって、無意味に思えた日々が過ぎ去ったことが誇らしくて――。



「あれ?」

 トンネルを抜けて、廃工場が見えてきた時、何度か見てきたその景色に、俺は小さな違和感を覚えた。

 いつも自転車を停めて、よじ登っていた金網。その一箇所に、穴が開けられていた。

「あんな穴……あったっけ?」

 人間が通り抜けられる程度の大きさの、乱暴に引きちぎったようにして開けられた、いびつな穴。

 ――フジノが開けたのか? でもこんなの開けちゃっていいのか?誰かに怒られるんじゃ……

 嫌な予感がする。

 いつものように自転車を停めた俺は、その穴をくぐり抜け、廃車両へ向かい――、


「な、なんだよこれ……!」

 その状況に愕然とした。


 ……廃車両は、荒らされていた。

 散乱したビンや缶。食い散らかしたようなゴミ。祭りの後のような散らかりようだ。

 そこらに落ちているゴミの中には、俺が買ってきた紙皿や割り箸が紛れていた他、フジノの買ってきたあの鉄箱も、そこら辺に放り捨てられていた。

 そしてなにより、廃車両の窓ガラスが軒並み割られ、そのガラス片が辺りに飛び散っている。

「……」

 数日前から一変して見る影もない……変わり果てた姿だった。


 俺はそろそろと中に入る。入り口は開け放たれていて、そこから見ただけでも中も同じような酷い有様だということがわかった。

「誰?」

 俺が入り口の段差を踏んだ、ぎしり、という音を聞きつけて、中から声がした。


「……フジノ」

 声の主は当然、フジノだった。

 箒を手に、ゴミ袋を広げ、掃除をしていた。

 誰かが飲み食いした跡。残されたままのゴミ。

 秘密の隠し場所だったはずの椅子の裏も開けられ、中の道具も放り出されていた。

 フジノが掃除をしていること自体は、別に不自然ではない。これだけ手酷く壊され、汚されたのだ。掃除ぐらいするだろう。

 ただ、フジノが――、俺に冒険を語り、楽しい想像を膨らませてくれたフジノが、そんなことをしている姿に、俺は得も言われぬやりきれなさを感じた。


「……俺だよ。大丈夫か?」

「留美、良かった」

 掃除の手を止めて、こちらに向き直ってくるフジノ。

 ……その表情は、やはり少し重い。


「……これ、おまえが来たときには、もう?」

「そうね」

 各々掃除用具を手に、二人で掃除を再開する俺たち。

 会話を交わしているが、お互いどこか歯切れが悪い。

「昨日の深夜のうちに入り込まれたんだと思うわ。地元の不良か何かが、大勢で、偶然遊びに来たのかしらね」

「……なんでこんなこと」

「こうしておけば、居場所を荒らされた私たちが萎縮すると思っているのよ」

 フジノの判断は冷静だった。

 いつもそうだが、いつも以上に感情が読み取れない。

「怯えた私たちは自然とこの場所を去る。そうすれば自分たちが、この場所を手に入れられるだろう、とね」

 ……フジノの分析はおそらく正しい。

 そりゃ、ここは本来捨てられた場所だ。

 俺たちはここの所有権を賭けて争ったが、本来の持ち主は俺でもフジノでもない。

 だから、他の人間が奪いに来たって、別に不思議ではないこともわかる。

 でも、だからって、こんな踏みにじるみたいなやり方……っ!


 それは、怒りだった。

 この場所が、フジノと一緒に作っていた秘密基地が壊され、奪われるかもしれないという不安を抱えさせられたことに対する、怒り。

 もともとそんな執着していなかった俺が、そんな怒りを感じることに、自分でも少々驚いている。


 でも、だとすれば、俺よりこの場所にこだわっていたフジノは――、




「随分と、なめられたものだわ」

 不意に、そんな言葉が吐かれた。

 気付けばフジノは掃除の手を止めて窓の外を眺めている。

「留美。私は今、大切な場所を荒らされてとても腹立たしいし、留美にこんなことを手伝わせて惨めな気持ちだわ」

 こちらに背を向けているので、表情は見えない。だが――、

「でも不思議ね。同時に、少しだけワクワクしているの。

 彼らは必ずまたここに来る。私は、そんな彼らをここに来ようだなんて二度と考えられなくなるくらい、蹂躙してあげたいの。

 この程度の攻撃で私たちを駆逐できると思うだなんて、本当、愚かな考え」

「……フジノ」

 俺は気付く。

 淡々と語るフジノがこの聖域を荒らした誰かに対して、怒りに震えていることに。

 表情は変わらないまま、口調は冷静なまま、

 燃えるような怒りを心中に抱いていることを、俺は感じ取る。



「留美、彼らに戦争を仕掛けましょう。

 ――私たちを甘く見たのが運の尽きだと、解らせてあげるわ」


 そうして、振り返ってそんなことを言うフジノ。

 いつもみたいに腕組みをして、目を輝かせてそう言うフジノは、どこか楽しげで、



「取り戻すわよ。私たちの、ブラックパレードを」

 この苦境すら彼女にとっては、冒険の一部であるのかもしれない、と俺は思った。





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