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ブラパ THE BLACK PARADE [SCENARIO Ver.]  作者: 藤原キリヲ
SWEET REVENGE
12/21

10.Electric Head, Pt. 1 (The Agony)




 通称“北区”。そう呼ばれる地区がある。

 わざわざ“北”を強調して言われるのは南と比較してのことで、北区が南と比べて非常に栄えた街であるからだ。

 立ち並ぶ雑多な店舗。ターミナルを担う大きな駅。華々しい繁華街。

 喧騒には、人が集う。

 中には良くない者たち――“不良”も含まれる。

 北区。猥雑な裏通りは不良の社会。

 ……しかし、それも今では過去の話。


 ――たった一人のいかれた女が、不良の世界を終わらせたのだ。

 塚本淳平(つかもと じゅんぺい)は、そのように認識している。

 否、北区にて、その界隈に身を置いていた者たちは全て、口を揃えてそのように言うだろう。


 不良の世界を終わらせた女、名を、中村亜美香(なかむら あみか  )。

 彼女は、異常にして天才だった。

 其は、常人が決して至れない、純粋なる“暴力の天才”だ。




     ▼▲▼




 黒川神奈は喫茶店を好む。

 自宅と異なる環境に身を置くことで気分が一新され、執筆活動の作業効率が良くなるという面もあるが、それは気持ちの問題でしかないとも思っている。

 彼女は単純に、喫茶店という場所が好きだった。

 不必要に漂うコーヒーの良い香り。意識的に薄暗さを保たれた店内。わざとらしいまでに優雅なBGM。

 隣席の話し声も、それらに紛れてどこか遠のき、不思議と不快な雑音ではなくなる。

 神奈はそうした、計算され尽くしたようにしてある喫茶店の演出的な環境に、芸術性にも似たものを感じてやまない。

 だからこそ、彼女は、仲間内の集合場所にも度々喫茶店を選ぶ。

 一つの店にこだわることなく、点々と場を変えてはいたが、彼女の気に入る要素はどの喫茶店にも共通していた。


「裕哉、しのぶ。怪我はありませんか?」

 神奈は向かい合う席に座った、頼れる仲間二名に問うた。今回は、外部のゲスト――ブー子の姿はない。気の置けない三人のみだった。

「あたしは平気。ユーヤに任せて上手く逃げてたし」

「俺もどうにか。危ねえタイミングはいくつかあったけどな」

「それは重畳。二人に怪我をされては、今後の計画にも支障を来しますので」

 あくまで重要なのはその部分、とばかりに表情を変えずに神奈は言った。

 彼女のそうした冷徹さを頼もしさと捉える二人なので、特に気にしていない。

「しかし姉御も無茶苦茶言うぜ。新キャラを登場させるってのは同感だったが、そこにあの“死の恐怖”を呼び込もうなんざな」

「なにそのダッサイあだ名。あんたが考えてんの?」

「ホントに言われてる。ダッサイのはその通りだけど」

「“破壊魔”とか“殺戮者”とか言われてんのは、あたしも聞いたけどね。行方探して色々聞き込みしてる時に」

「みんな青ざめちまってて、全然喋りたがんなかったな」

「そうそう。中には喧嘩すんのも怖くなっちゃって、あたしが警棒出しただけでビビッてペラペラ喋りだしたヤツとかもいたよ」

「マジ?だっせえ!ホントに不良やってたのか?」

「荒れてる荒れてる言われてたけど、実際は見掛け倒しの骨なしばっかってことだね」

 嗜虐的な笑いをあげながら盛り上がる二人を、神奈は小さな咳払いをして諌めた。順調に話が逸れ始めていたからだ。この二人にはよくあることだが。

 それを聞いた二人は即座に談笑を止め、おずおずと謝意を口にする。

「すまん姉御」

「姫、ごめんなさい」

「理解が早くて結構。まあ、二人が苦労話に事欠かない程度には、困難な任務だったということは理解しました」

「えー、あたしはあの程度どうってことなかったのに」

「えー?シノは探し回るの疲れただの見つからなくて大変だの、不満だらけだったような気がするんですけどお」

「ちょっと、マネすんなってば。ムカつく。ウザいんですけど」

「悪かった。また話逸れてんぞ」

「……無論、私が信頼する貴方たち二人ならば彼女――“中村亜美香”に遅れを取るとは特段思っていませんでしたが」

 こともなげに告げられた名前に、二人は僅かな緊張を帯びた。

 実際に対峙して、その凄みに当てられた時のことが想起される。

 ――中村亜美香。

 知る人ぞ知る、その名。たった一人で、北区の情勢を一変させた女。

「どうでしたか。彼女は」

「強かったよ。でも俺ほどじゃあない」

「具体的に」

「チビだけど動き鋭いし速えし。何より人殴ることに全然躊躇がねえ。人間ってより動物相手にしてるみてえな気分だったな」

「貴方が本気で戦って勝てそうですか」

「いけんじゃねえの?俺一人じゃ時間かかんだろうけど、シノがサポート入ってくれたら余裕っしょ」

「しのぶ、貴方から見た所感は?」

「ユーヤが苦労してんなー、とは。こいつそこらのヤツ相手なら簡単に勝っちゃうぐらい喧嘩強いのに。中村亜美香がそんだけヤバイってことでしょ。ありゃ街の不良全滅させたってのもあながちフカシじゃないかな」

「ふむ」

 神奈は納得したように息をつく。

 上山裕哉と大森しのぶは荒事に慣れている。有象無象相手なら軽く捻れる程度に。

 それはこの二人がかくあらんと努力し続けた結果得た実力であり、神奈が重ねて二人に強くあれと命じた結果成し得た強さでもある。

 要するに普通ではない。

 換言すれば、それと渡り合える中村亜美香の異常性を示していた。

 かく言う二人ほどの恐いもの知らずであっても、中村亜美香の気勢には感じるものが少なからずあった程だった。

 ……それはそれとして、

「いや……、二人に聞きたいことがあります」

 と、神奈はこめかみを押さえつつ問うた。

 二人は神奈がどこか呆れたような様子であることに、少しだけ動揺する。


「――私は貴方たちに、彼女が廃工場へ赴くように交渉するように頼んだつもりでしたが、何故、戦闘になっているのですか?」

 それは神奈でなくても抱くであろう当然の疑問。

 現代において常人ならば、人の印象を戦力から語ったりなどしないのだから。

 神奈が二人に下命したのは、行方がわからなくなっている中村亜美香の発見と、彼女を件の廃工場へと誘導することだった。

 断じて、一戦交えて実力を測れなどと言ったつもりはない。

 しかし二人は「あー」と各々思い出したように思考し、

「つまり、中村亜美香はイカれてて――」

「――あたしら二人も同じくらいおかしいってことだね」

 などとのたまいつつ、再度哄笑するのだった。


「やれやれ、全く貴方たちは……」

 そんな二人の態度に神奈は頭を抱えつつ、彼等の好戦的に過ぎる気性が決して嫌いではない。

「心配しねえでも姉御、あいつは必ず来るよ。ちゃんと“あいつ”の話はしといた」

「うん。それはあたしも確信できるね。興味示してたし。きっとわかるんだよ、そういうのニオイみたいなの」

「……そうですか。今回に限って貴方たちの言辞は酷く信頼に値しますね」

 類は友を呼ぶ、と言う。

 暴力にまつわる者同士は、惹かれ合う。

 非日常の気質を持つ者同士は、惹かれ合うのだ。


 中村亜美香。不良の世界を終わらせた女。

 誰もが恐れる暴力の天才が、今、物語の舞台にいざなわれた。




10.Electric Head Pt.1 (The Agony)




 その日、いつものように廃車両にやって来た俺は、そこで繰り広げられている光景に呆気にとられてしまった。

 フジノを交えてそこにいたのは、どこか見覚えのある連中――、

「ワンペア」「ブタ」「……ブタだ」「ブタだな」

 おずおずとクズ役の手札を開示した四人。

「フルハウスよ」

 その後、満を持して相変わらずのキメ顔で手札を提示するフジノに、彼等はどっと騒ぎ出して頭を抱える。

「まーたフジノの一人勝ちかよー!」

「つーか塚本、おまえ自信満々に出しといてワンペアかよ」

「それを悟らせずに勝ちを攫う。それがポーカーというものだ」

「なんにせよ、今回も私の勝ちだわ。あら?敷田、あなたもう賭けるチップがないのではなくて?」

「チクショウ!おまえ表情変わんねェから、手の内全然読めねェんだよ!」

「ふふ、ミステリアスな雰囲気は私の魅力の一つなの」

 カードを置き、じゃらじゃらとチップのやり取りをする五人組。

 ここはいつからガラの悪い連中の賭博場になったんだ……?

「それはそれとして。そんな所で呆けていないで、入っていらっしゃいな。留美」

 入り口で立ち尽くしていた俺にいつの間に気付いていたのか、フジノはこちらを向いてそう言った。

 そして、彼女を中心に円になって座っていた連中が、揃ってこちらを見た。

 ……それは、以前この廃車両を巡って俺たちと争った、地元の不良たちだった。

 廃車両をめちゃくちゃに汚し、怒ったフジノと俺の作戦によって、追い払われた連中――

「なに……してんの?」

「ポーカーよ。今は強運な私が大勝利を見せつけているところ」

「そ、そうじゃなくて!」

 俺が聞いたのは、今やっている遊びの種類ではなく、なんでこいつらがここにいて、おまえとポーカーなんかやってんのか、ということだ。

 自分でもわかるぐらいうろたえている俺を見て、不良たちの一人――痩せぎすの背高が反応する。

「よぉ、モヤシっ子。あん時はよくもBB弾で不意打ち食らわしてくれたなァ?」

 ――俺のことを知ってる。それにその言い方……!

「っ、や、やっぱりおまえらあの時の!」

 俺は最初は人違いか何かとも少し思ったが、やっぱりこいつらは俺とフジノで撃退した、あの不良たちで間違いない。

「フジノ、なんでこいつらが!?」

「なんでたァご挨拶じゃねェか。なんならもっぺん空まで飛ばすか?あァ!?」

 目付きの悪い小柄なヤツにケンカ腰に凄まれて、俺は思わず息をつまらせる。

 意味不明な状況に驚いたことと、こいつらの態度にビビッてるのが混ざり合って、わけがわからない。

「――その辺りにしておくのだな、お前たち。見苦しいぞ」

 そんな中で、奥にいたリーダーっぽい男が声を発した。

 俺に詰め寄りかけていた二人はそれを受けてサッと引き下がり、次いでおかしげに笑いだした。

 その有様に俺が困惑していると、リーダー格の男が俺の方へ一歩踏み出す。

「こうして言葉を交わすのは初めてだったな河野留美。部下の躾がなっていなくて頭目としては忸怩(じくじ)たる思いだが、俺たちなりの挨拶とでも受け取るがいい」

「は、はぁ……?」

 どうやらさっきのは、こいつら流のスキンシップか何かだったらしい。

 ……よくわからない。自分とタイプの違う人間ってのは、行動パターンが見えなくてやりづらさばかり感じてしまう。

 俺に絡んできたさっきの二人は既になんとも思っていないようで、最初向けてきた表情の険しさは抜けていた。

 以前程刺々しくないその態度に、俺はますます困惑する。

 そんな俺の隣にフジノが立ち、怖がらないでとばかりに腕を取って言った。

「安心して、留美。彼らとは今しがた和解が成立したの。これからはこうして、一緒に遊ぶ友人同士よ」

「は、はあぁあ!?」

 フジノの説明に、俺は思わず大きな声を出してしまう。

 あの不良たちと和解だなんて、一体なんでそんなことに――?


 で、なんでそんなことになったのかの説明を受ける。

 こいつらは元々この辺りが地元で、小中と同じクラスで過ごした幼馴染たちだということを話される。

 そして高校も皆で揃って北区の学校に通い始め、元々不良ばっかりで治安の悪かった周りに感化されるような形で自分たちもツッパり始めたものの、色々と面倒に巻き込まれて億劫になったので地元に溜まり場を移そうと思ったらしい。

 俺たちと廃車両を巡って戦ったのはちょうどその時だ。

 そして、俺たちに追い出されたものだから更に別の新しい溜まり場を探そうとしてみたが結局見つからず、仕方がないので廃工場の一角を溜まり場に使わせてもらいたいと恥を忍んで俺たちに頼みに来た、とそういう流れだそうだ。


「自己紹介しとこうか、俺、奥井譲です。よろしく」

「……張だ」

「なにじろじろ見てんだよッ!」

「こっちが敷田孝弘。俺は塚本だ。よろしく頼むぞ、河野留美」

 そうして雑な自己紹介のようなものをされて、話が締めくくられる。

「前来た時はもう一人ぐらいいたような気がするけど……?」

「ああ、遠藤祐希のことだな。奴はそこのフジノに感化されて、自分探しの旅に出てしまったよ」

「え?じゃあ、もうつるんでねぇの?」

「そうなる。寂しいが、別れ自体は友好的であったし、皆いずれはそれぞれの道を歩んで行くのだ。祐希の前途も俺たちのような者たちと群れているより幸多かろうよ」

「……」

 ――自分探しの旅って……。

 よく聞くフレーズではあるが、口に出すと途端に胡散臭くなる言葉のひとつのような気がする。

 いや、そんなことじゃなくて、さっきから俺がむずむずしてるのは――、

「ま、祐希以外の面々はこうしてここに留まっている。居心地の良い溜まり場はそうそう手放せるものではないよ」

「……ここって居心地いいのか?」

「お前も実感しての通り、この辺りの絶妙な地形は実に冒険心をくすぐるものであるのだよ。理解が早くて助かる」

「いや、理解っつーか……」

 ――山の中の廃工場を冒険して遊んでるとか……なんか不良っぽくないな。

 率直な感想としてはそれに尽きる。

 というか、こうして喋ってみてみて気付いたが、こいつらはそもそもあんまり不良っぽくない。

 敷田なんかは気性が荒そうでいかにもって感じだが、他の面々はなんか偽悪的っていうか……無理して不良っぽく振る舞ってるだけのような――、

 と、そこで不意に音楽が流れ始める。

 携帯電話の着信音だ。誰かの携帯が鳴ってるということなのだが――、

 ――って、これ『攻殻機動隊』の主題歌……。

 誰だそんなコアな着メロ使ってんのは。フジノか?

「俺だ」

 と思ったら塚本が携帯を取り出して電話に出た。

 ――おまえかよ!

 塚本は『攻殻』が好きらしかった。

 言われるとなんだか納得できるような気がするけど、不良……不良……?


『ジュン!あんた今日はどこ遊び歩いてんの!?』

 塚本の電話越しから女の子の大声が響いてきて、俺はびっくりする。

 本人は慣れているのか、受話器から耳を話しながら冷静に対応している。

「大きな声を出すものではないぞ、えり」

『また店番ほっぽりだして勝手に出歩いて!おばさん怒ってるんだからね!』

「俺たちは今、世界の危機を救うための重大な任務の遂行中だ。えりよ、お前に留守を任せるぞ」

『はぁ!?相変わらず意味分かんないこと言って!ちょっと聞いてるのジュン――!』

 ものすごく怒っているような口調だったが塚本はさっさと電話を切ってしまう。

 塚本以外の三人は一瞬気配をそちらに向けたが俺のように驚いてもおらず、特に気にしていないようだった。

「な、なんだ今の……?」

「あぁ、知人からのちょっとした電話だ」

「……相手、女子みたいだったけど?」

「俺の幼馴染、樺島(かばしま)えりだ。じゃじゃ馬娘で困っている。顔見知りのこいつらにとっては日常だが、いきなりあの大声には驚いたことだろう」

「いや、驚いたのはそっちっていうより……」

 ――この硬派っぽいヤツが幼馴染の女の子……。

 ますます不良っぽくねぇな……。


「塚本は『攻殻機動隊』が好きなのね」

「ああ。映画版よりTV版の方が好ましい半端者だがな」

「私はどちらも好きだわ。TV版だと一期より二期が好みね」

「奇遇だな。俺もだ。ちなみに好きな登場人物はクゼだ」

「敵方が好みなのね。あなたってわかりやすいわ」

「何を言う。男とは大志あるダークヒーローにこそ魅力を感じて止まないのだぞ。ちなみに奥井と張は強い女がとにかく好きなので素子にこき使われるのが夢だ」

「ばっ、言ってねえぞそんなこと!」

「似たようなことは言ってたと思うけどな張は……」

「うっせえぞ奥井!」

 俺がモヤモヤしている間、連中はフジノも交えて賑やかに談笑していた。

 ――なんだよこいつら、いきなり知り合い面で居座りやがって……、こっちはおまえらが散らかした後始末で大変だったんだぞ。


「なんにせよ、だ」

 話が一区切りついたところで、居住まいを正す塚本。

「かつての遺恨も今日限り。今後は有事に助け合えるような関係でいようじゃないか。これから先も顔を合わせた時は挨拶の一つもくれてやってくれ」

「……いいけど。」

 煮え切らない返事の俺は、ずっと引っかかっていたものの正体に気がつく。

 ……なんつーか、なんでこいつ、こんな漫画のキャラみたいな喋り方するんだ……?

 相手してて妙に疲れるっつーか、むずむずするっつーか……。

 と、そこでふと思って、ちらりといつも顔を合わせているフジノの方を見る。

「どうしたの?留美。私の顔に何かついているのかしら?」

「……あぁ、わかった」

 こいつ、フジノと同じタイプか……。

 その持って回ったような喋り方。フジノが正義のヒロインなら、塚本は悪の組織の幹部かなんかってところだ。

「何が解ったのいうのだ?河野よ」

「別に。フジノとかおまえとか、最近変な喋り方のヤツが多いなって思っただけ」

「変?」

 訝る塚本。とぼけているのか自覚がないのか、その辺りが読めないのもフジノと同系統っぽさがある。

「そいうおめーだって、方言全然出てねェじゃん」

「え?」

 そしたら敷田からそんな指摘をされる。

「ま、気持ちはわからんでもねえ。漫画とか読んでると感化されて、方言とか出ないもんだよな。お前、そういうの好きだろ?」

「……」

 そして張からそんな分析をされた。

 ――いやちょっと待て、その理屈はおかしいような……。

 俺がこいつらと同類と言われてるようなもんで、ちょっと認めがたい……が、あながち間違ってもいないように思えて言い返せない。

「気にすることはない河野よ。口調など服の趣味のようなものだ。服飾が人それぞれ違って個性があるように、俺たちのそれとて数多あるうちの個性的な一つというだけのこと」

「……」

 塚本が励ますようにそんなことを言ってくるが、それってつまり場をわきまえずにやると服装と一緒で相当痛いってことになるよな……。

 ――ってか、漫画って……。

 俺はその辺りで確信する。

 塚本たちは、不良じゃなくて、ただの不良オタクだ。

 周囲環境の影響か、なりたい自分のビジョンなのか、単に悪ぶってそれっぽい感じを演技(ロール)しているだけのヤツらだ。

 まぁ、不良っぽく振る舞ってツッパってるヤツと、本物の不良にどんな違いがあるのかと言われれば、大差ないような気はするけど……。


「ってか、張……だっけ?なんであんた一人だけそんなボロボロなんだ?」

「う、うっせ!この顔の傷のことは言うな!」

「こないだ久々に北区に行った時、変なやつらとケンカしてボコられたんだ」

「ダッセェのな。笑ってやれよ河野」

「だーっ!お前らいい加減にしろーっ!」

 ……なんだかなぁ。

 人数が多いせいか、妙に騒がしく感じられる。二人で過ごしていた日々とのギャップにめまいがしてくるような気分だ。

 ――フジノが気にならないなら、俺は別にいいんだけど……。


 そんなわけで、俺たちの秘密基地近くに、騒々しい隣人が住み着くことになった。




     ▼▲▼




 不良連中が去って、廃車両はいつもの静けさを取り戻し、俺は背負ったままだったカバンをようやく下ろした。

「……フジノ、今日も続き、やってていいか?」

「ええ。私も今日は、読書の日にしようと思っていたから」

 定位置に腰掛けたフジノは、文庫本を手に取って開く。

 俺は、自分の荷物がしまってある座席を開いて中身を取り出し、廃車両の床にばらばらと置いていく。

 出てきたのは、大きめの模造紙と、数色入りのペンセットだ。

 そうして俺はペンを一本取り出し、広げた模造紙に向き合った。

「よし」

 そうして俺は、ここ最近取り組んでいる作業を今日も始める。


 ――フジノのために何か俺なりにできることはないか?

 そう考えて最初に思いついたのが、廃工場のマップを作ることだった。

 最初に廃工場を冒険した時、あの高い建物の頂上でフジノが語った六つのダンジョン――冒険の道筋。

 それを地図として、一枚の紙に落としこんでおこうと思ったのだ。

 ――ちゃんとメモしとかないと忘れるからな……。

 正直、あの光景やフジノが語った説明はメモするまでもなく頭に入ってはいる。

 でも、こうしてマップを作って、見えるようにしておくということは大事だし、冒険をより一層面白くするんじゃないかと思ったのだ。

 俺の作ったこの地図に、これから先、色んな情報を書き足していく。

 RPGのマップみたいに、冒険の進行に合わせて、世界がどんどん広がっていくんだ。

 ――素敵だわ。二人で一緒にいろんなことを書き込んでいきましょうね。

 家である程度の下書きをして、少し前にそれをフジノに見せたら、彼女はとても喜んでくれた。

 それから数日間をかけて清書と彩色を続けた地図は、とりあえずの完成形――いかにも地図らしい状態に近づいていた。

「へへっ」

 ――予想以上に上手く描けた気がする。

 絵を描くのは、実は昔から結構好きだ。小学校の頃なんかは、ゲームのキャラのイラストをクラスの友達に描いてやったりしていたし、将来の夢に漫画家とか描いていた程度には。

 今は昔ほど頻繁に絵を描くことはなくなったし、この程度の画力で漫画家になれるとも思っちゃいないが、それでも楽しいことに違いはない。たまにこうしてペンを手に取ってみると、それを実感する。

 さて、もう一息。仕上げといきますか。


 そうしてしばらく熱中していて、ふと気がつくと本を読んでいたはずのフジノが、すぐ隣に立って、地図を見下ろしていた。

「……」

「……、どうかしたの?留美」

「いや……おまえが、どうかしたか?」

「留美が地図を描いているところを見ていたわ」

「いや、それはわかるけど……」

「私のことは気にせず続けて。作業をしている留美を見ているだけだから」

「…………」

 ――そうやって見られているとすごくやりづらいんですが……。

 あらかたペン入れを終えた俺は地図にダンジョンの名前を書き込んだりしているところだった。

 “ヘル坑道”だの“オモイカネ屋敷”だの、そんな文字を真面目な顔して書いてるところを見られるのは、正直ちょっと恥ずかしい。

 名前を付けたのはフジノなので、俺が気にするようなことじゃないかもしれないが。


 ――しかし、こうして地図作って、今年は本格的に冒険をスタートさせてくってことになるんだろうけど……フジノが言ってる“鍵”なんて、ホントにあるのか?

 俺は前々から気にかかっていたその疑問について考え始めている。

 フジノは、“創世神の塔”とかいうラストダンジョンの入り口を開くために必要な六つの鍵が、この地図に描かれた六つのダンジョンに隠されている、と言っていた。

 最初俺はその話を聞いた時、「本当のRPGみたいだ!」と思って興奮していて、何も疑問に思わなかったが、後から冷静に考えて、そんな都合よく鍵が散らばって隠してあるなんて状況が、ホントにあるのだろうか。

 いつだって俺はフジノの言葉に乗せられていて忘れがちだが、ここはファンタジーの世界なんかじゃない現実で、この広大な敷地も財宝が眠るダンジョンなんかじゃなくただの打ち捨てられた廃工場でしかない。忘れられ、無人になったこの場所を、俺たちが勝手に冒険の舞台に見立てて遊んでいるだけだ。

 その個人的な遊びに鍵というゴールが設けられているとしたら、それは最初からあるものなんかじゃなくて、フジノが仕掛け人としてあらかじめ仕込んでいるって考えるのが自然なように思うんだけど……。

 いや、さすがのこいつでも、そこまでするかなぁ……?

 そもそもこの冒険だって、こいつが楽しみたいから始めたようなもんだろうに。

 俺を楽しませるためだけにやってんだとしたら、それはもう遊びというより客を呼んで商売やってるようなもんだ。遊園地のスタッフみたいな。

 そこまでする義理は、普通に考えてないだろ……。


「留美」

「…………」

「留美ったら」

「…………」

「――えい」

 地図を描いていたはずが、すっかり集中を切らして他の考え事に耽っていた俺の思考を断ったのは、不意に感じられた背中の重みと、どことなく柔らかな感触だった。

 俺の隣に立って見下ろしていたはずのフジノが、いきなり背中から抱きついてきたのだ。

「ちょ、いきなりなんだよっ!?」

「何って、ちょっと抱きついてみようと思って」

「はぁ!?」

 咄嗟に振りほどこうとするけど、フジノは俺の首元に手を回して離さない。

「何をうろたえているの?」

「と、突然後ろから抱きつかれたら誰だってうろたえるっつーの!」

「おかしな留美。別に初めてということでもないのに」

「そ、そうだっけ……?」

 結構前――不良たちと戦った時とか、そういやそんなことしてた気もするけど。

 あの時は特殊な状況っつーか、こんな自然な感じじゃなかったはず……!

「留美、手が止まっているから。また何かおかしなことを思い悩んでいるのね」

「悪かったなおかしな悩みで!」

「ところで留美、携帯電話はちゃんと使いこなしているかしら?」

「は?なんだよ突然――」

「見せて。この前、面白いアプリを見つけたの。教えてあげるわ」

 と、フジノは俺の手からペンを奪い取ってしまってしまう。

 ……絵を描かないならいつもみたいに自分に構えということらしい。

 仕方なく言われた通りiPhoneを取り出して画面をつけると、フジノは肩越しから手を伸ばして画面に触れ始めた。

 触れられてるのはスマホの液晶画面だというのに、この体勢だとなんだか自分の身体を触られているかのようなむずがゆさがある。

「これよ。このアプリ。なんと、事前にお互いの電話番号を登録しておけば、アプリの起動中はいつでも相手の居場所がわかるようになるの。すごいでしょう?」

「い、いいから、おまえちょっと離れれよ!くっつきすぎだよ!」

「これさえあれば、廃工場の探索で、どちらかが迷子になっても平気よ? 登録しておくわね」

「聞けよ!」

 俺を無視してケータイをいじり続けるフジノだったが、俺が声を荒げるとピタッと動きを止めた。

「なに?」

「なにじゃなくて……!」

「嫌なの?」

「え?嫌っつーか……」

「そう、よかった」

「……」

 俺の曖昧な反応のどこに満足したのか、フジノは再び同じ体勢のままオススメアプリの解説に戻った。

 しかし、俺は今の流れもさることながらこの状況が理解不能だ。

 ――ちょっと、これどういう状況なの?アプリの話するにしたって、こんなくっついてくる必要とかある?ないよな?なんで今日のこいつこんなベタベタして……ってなんだ、今のすげえ柔らかい感触……?密着してるとちょっともぞもぞしただけでこんなわかるもんなのか……、やばいだろ……!?

「ねぇ、留美」

 俺がが脳内で大騒ぎしている間に、アプリの説明は終わっていた。

 そして、不意にかけられたそんな呼びかけに、どこかいつもと違うものを感じて俺は我に返る。

「ど、どした?」

「――――留美は、私と一緒にいて、楽しい?」

 投げかけられた、不思議な問いかけ。

 至近距離すぎてお互いの顔は見えない。

 だからフジノの表情も見えず、質問の意図は知れない。

 いや、こいつのことだから表情はいつもどおりの澄まし顔で、見たって何かわかるもんでもないんだ。

 ちょっとシリアスな声音だから驚きかけたが、こんなのどうせいつものアプローチの一環で、俺に恥ずかしいことでも言わせたがっているのだろう。

 こいつともそれなりに長い付き合いだ。どうすべきかは、わかってきている。

 どういう言い方したら喜ぶのとかも。少しは。

 だから観念して、俺は言葉を考える。


「あぁ、楽しいよ。毎日色々メンドくさいし大変だけど、それもフジノと一緒にいるのが楽しいからがんばれてるんだと思う」


 ……って、なんか俺、すげぇ恥ずかしいこと言ってない?

 でもこいつ相手だと、自然とこういうこと言えちゃうな、俺……。

 言えてしまうし、言ってしまうし、言いたい。

 こいつに喜んで欲しいし、本心をちゃんと伝えたいって思うからだ。

 そして、

「嬉しい。私も、留美と一緒にいる時間が一番楽しいの」

 俺に後ろから抱きついていたフジノの手にギュッと力がこもる。

 より強く抱きしめられ、触れ合う身体の感触。

 いつかも感じた、良い匂い。

 ああ、胸がドキドキして、頭がクラクラしてくる……。

「お、おい、おまえくっつきすぎだよ。離れろよ……」

「嫌よ」

「な、なんでだよ?」

「なんでもよ」

 離れようとしないフジノ。気のせいか、答える声もちょっと嬉しそうだ。

 それがなんだか……可愛い、と思ってしまった。

 そんな感じで間近に感じるフジノの空気にあてられたように、フジノへの気持ちがなんだか高まってくる気がする。

 ドキドキ。

 互いの心臓の音。


 今更と言えば今更なんだけど……、

 ――ひょっとするとフジノって、俺のこと、好きなんじゃないか?


 嫌いな相手に「初めてを捧げる」なんて言うか?

 嫌いな相手に無防備に寝てる姿なんか見せるか?

 嫌いな相手にこんな風に抱きついてきたりするか?

 普通の女子は、自然にそういうことはしない、と思う。

 ま、まぁ、ずっと一緒に冒険して、来てるしな……

 その中で、何度かこいつのこと、助けたりもしてるし……


 フジノ。

 ちょっと変わったヤツだけど、言うことは面白いし、行動力あって頼りになって、色んなことも知ってて格好良いし。

 見た目も……整ってるし、髪型とか服とかよく似あってるし……、

 俺だって、好きか嫌いかで言えば、こいつのこと、好きなんだろうけど、さ……、


 その時、フジノの抱きついてくる力が更に強まり、そのまま倒れこんでくる。

 何の準備もしていなかった俺はそのまま床に押し倒される。

「え?」

 突然地面に放られた痛みより、いつの間にか抱き合うみたいな体勢で正面にいるフジノに俺は頭が真っ白になる。

 え?急展開?俺のことが好きって、そこまでのことなの?


 そう思った瞬間、

 自分を押し倒すフジノのすぐ近く――先程まで俺が居た位置に衝撃が走り、ズドーン!という轟音が鳴り響く。

 ……もしそのままそこにいたら、大変な怪我をしていただろう。

 それほどまでの威力だった。廃車両が揺れる程に。床に置いていた描きかけの地図が、風圧で軽く吹き飛ぶ程に。

 何事かと混乱する俺を危険な場所から引き離すように、フジノは俺を抱えるようにして入り口の方へと飛び退く。


「――へぇ、避けんのか。絶対気づかれてないと思ったのに」


 立ち上がる俺たち二人にそんな言葉が向けられる。

 そこで俺は、さっきの音と衝撃がこいつの攻撃によるもので、こいつは自分たちを襲撃しに来た人物であると理解する。

 廃車両の中にいた俺たち目掛けて、窓ガラスを蹴破って飛び込んできた。

 理由は?わからない。


 紫煙をくゆらす煙草と、それをくわえるむき出しの歯茎と犬歯が、その凶暴さを象徴している。

 ――獣のような、女の子がそこに立っていた。


「やっと会えて嬉しいぜ。思ってた以上に楽しめそうじゃねえか、なあ、フジノちゃん?」

 不躾に名を呼ばれて、フジノは警戒心をあらわにする。

 フジノのことを、知ってる?こいつは一体――?

「……あなたは一体、誰?」

「あたしか?あたしはな……」

 フジノの問いかけに、そいつは不敵に笑って、


「――中村亜美香だ!」

 その名乗りと共に、突風のような攻撃が飛んでくる。

 中村亜美香。

 知らない名前。

 ……けれど俺は知ることになる。

 恐るべき純粋さ。かけねなしの“本物”というものを。




     ▼▲▼




 ……。回想。

 場面、薄暗い、繁華街の路地裏のような場所――通称“北区”。

 不良たちのたまり場となっているその場所に、頭目の男に連れられて一人の少女がやって来る。

「テメェらー、ちょっと集まれー! 新入りの紹介すんぞー!」

 頭目の一声に不良たちはぞろぞろと集まる。

 その中のひとりだった俺――塚本淳平は壁によりかかって煙草をくわえながら、遠巻きに輪の中心に目をやっていた。


「中村亜美香。よろしく」


 ……グループのボスに連れられて、その女はやって来た。

 小柄で、まだあどけなさの残る面差し。

 こんな少女を仲間に?と最初は戸惑ったものだ。

 だが、俺よりは事情を知っているらしい仲間たちが口々に言う。

 ――どうやらこの女、相当にやばいらしい。



 ……。回想。

 場面転。駐車場のような場所。不良たちのたまり場のひとつ。

 酒を飲んだり、バイクを見せ合ったり、煙草を吸ったりしながら、みんなでわいわい楽しそうにしている。

 中村亜美香もその中で笑っている。


「すげーじゃん、これ、どんぐらいの速さ出んの?」

「走ったらビックリすんぜ」

 ……最初の頃。

 皆が言う中村亜美香の“やばさ”とやらを目にする機会は全くなかった。

 グループの中には他にも数人女子が混ざっていたが、そいつらと比べても特段変わった様子はない。

「今度後ろにのっけてやんよ」

「ホント!?やったー!約束だからな!」

 いつも楽しげによく笑い、男どもに対する愛想も良い。

 ……だが、その態度に微かな違和感を覚えたこともまた事実。

 中村亜美香。お前――少しばかり、荒事に馴れ過ぎてはいないか?



 ……。回想

 場面転。地下バーのような場所。だが店員の姿はなく、照明も消されている。

 室内はひどく荒らされ、ボロボロに負傷して床に倒れている男たちの姿。

 その中に佇み、凶悪な、それでいて退屈そうな表情を浮かべている中村亜美香。


「つまんねえぞ」

 この頃から、違和感は急速に現実味を帯び始める。

 ……中村亜美香は最初から暴力の世界に馴染み過ぎていた。

 容赦も躊躇も情けも無く、相手を一瞬で叩き潰す脅威の戦闘力もさることながら、相手を屈服させるための残虐な発想の豊富さも常軌を逸している。

 奴が身にまとう、あの、むせ返るように濃厚な、暴力の臭い。

 常人より遥かに強く、凶暴過ぎるソレを抱えた奴が求めた体の良い発散場所。

 奴が不良の世界に入ってきた理由は、ただそれだけの事に過ぎない。


 怯える男。それを嬉々として追い詰めながら、泣き叫ぶ声も、飛び散る血飛沫も全く気にする素振りもなく、亜美香はただ殴打を繰り返す。

「ひ、ひ……な、なんだこの女は……、頭おかし……ひぎゃっ!」

「おい、なに逃げようとしてんだよ?本番はこれからだってのに」

「いぎぃっ! い、足……俺の足が……!?」

「……つまんねえなあ」

「ひぃっ!やめ、ぎゃっ!いた、痛い……やばい、やば……!」

「……」


 ……中村亜美香。

 奴は不良ですらない。そんな言葉ではなまぬるい。

 アレは、人の姿をした、女の姿をした、……全く別の何かだ。

 ――一緒にいたら、危険かもしれない。

 あまりに突拍子の無いその思いつきを俺は看過しかねた。

 故に北区は見限った。

 信頼できる旧友のみを連れて、溜まり場を地元の廃工場に移した。

 逃げ出したと言われても仕方ない。

 しかし、最善であったと思っている。



 ……。伝え聞いた話。

 場面転。最初に亜美香が連れてこられた路地裏。頭目含めた不良たちが集う中、亜美香は周囲を睥睨しつつ気だるげに告げたそうだ。

「なんかつまんねえし、飽きたからやめるわ」

 あまりにあっさり言われて面食らう不良たち。しかし、そのまま立ち去ろうとする亜美香を行かせまいと立ちふさがる。

「どけよ。邪魔なんだけど」

「あァ!?どこまでナメてんだテメエは」

「亜美香、前から思ってたけどオマエやりすぎなんだよ。ケンカすりゃ相手殺しかけるし、すぐ物はぶっ壊すし、ヤバい店からも平気で物をかっぱらう。挙げ句仲間まで巻き添え喰らわせやがる。オマエの所為で何人捕まった?」

「知るか。あたしは馬鹿とのろまが大嫌いだ」

「待てコラ。何度も言わせんな。あんだけ好き放題暴れまわって、なんの落とし前もなくやめられるワケねェだろ」

 立ち去ろうとする亜美香の肩を掴む。


「へぇ、そう。

 ――そんなに死にてえか、オマエ」


 そしてその日を境に、中村亜美香は唐突に姿を消す。

 同時に、その場に居合わせたというグループの幹部連中も、揃ってどこかにいなくなった。

 何人かは数日経って戻ってきたが、怯え切った彼らは早々に不良の世界から足を洗ってしまう。

 そしてリーダー格の男は、未だ行方が解らない。


 頭を失ったグループは、当座の目的を中村亜美香に定め、徒党を組んで奴に挑んだ。

 だが、その全員が酷い有様で戻ってきたという。

 次第に、中村亜美香の存在は禁忌となり、忘れようと努められていったようだ。

 先日状況を知ろうと北区に戻ってみた所で、その顛末を俺は知る。

 中村亜美香は俺たちの属していたグループごと消滅していた。

 街は平和になっていた。

 不良たちがいなくなり、ややこしい抗争もなくなったのだから。


 ――中村亜美香。

 暴力の天才は、俺たち程度の並の悪党など容易く塗り潰してしまう。

 そうして彼女が姿を消したことに、北区の連中は一様に安堵していた。


 しかし、何の因果か。

 中村亜美香の選んだ新天地もまた、俺たちと同じ廃工場であったのだ。

 故に俺は、戦わねばならないと思った。策謀せねばならないと思った。

 あまりに馬鹿げた、ピカレスク作品の悪役(ヴィラン)そのもののような女から、大切な仲間を守るために、と。

 ……しかしそう思った時には、既に全てが手遅れだった。



 ……。つい先程の事。

 場面転。廃工場からの帰り道。フジノと河野留美、廃車両に居着いた二人組と和平を結び、上機嫌で帰路に着いていたその時。


「よぉ、塚本。変わった挨拶するじゃねえか。おめーのペットは」

 狂喜と言うより他ない表情で笑う中村亜美香。

 血振るいをするように拳を振り下ろし、俺たちを見やる。

 奴の足元には、我先にと攻撃を仕掛けたもののあっさりと返り討ちにあった敷田が、無惨な姿で転がっていた。

 かく言う俺の有様も似たようなものだ。敷田の仇と思って攻撃を仕掛けたが、俺程度の戦力では相手にされない。軽々と反撃をもらい、地面に倒れ伏している。

 頭目たる俺と、鉄砲玉たる敷田を一瞬にして蹴散らす強さ。その気迫に、張と奥井は気圧され尻餅をつく。

「まさかこんな所で出くわすなんてなあ、元気してたか? あんたは北区のゴミクズどもとは一味違うって昔から思ってたんだよね。弱いのは一緒だけど」

 倒れる俺の頭をぐりぐりと踏みつけながら、中村亜美香は言う。

「……何故お前がここにいる?」

 俺は努めて平素と何も変わらない口調でもって言い返した。

 垂れた鼻血が頬を伝う。

「あん?」

「こんな場所で何をしているのかと聞いた。北区を混沌に陥れた挙げ句、姿を消したとは聞いていたが」

「おいおい酷え言い草だな。それだとあたしが北区をメチャクチャにしたみてえだろ」

「相違あるまい」

「へっ」

 指摘されて、残虐に笑う中村亜美香。

 相変わらず仰向けに倒れ、踏まれたままの俺。

「退屈だからあちこち散歩してんだよ。北区にいたって、ゴミクズどもが群がってくるだけだからな」

「そうして獲物を見つけては、こうして狩って回っているわけか」

「人聞きの悪い言い方をするな。みんなあたしを見るなり殴りかかってくるから、結果的にそうなってるだけだよ。昔っから、売られたケンカは、売り切れるまで買う主義でね」

 言いながら、指を鳴らす。臨戦態勢。

「敷田たちをやったのが単なる退屈しのぎ……?ヤバイ、こいつ、ヤバすぎる……!」

 中村亜美香の凶悪なまでの気迫に怯えて、這うように逃げ出そうとする張。

 見逃すわけがない。あっさり捕まる張修吾。

「逃げようとしてんじゃねえぞゴキブリ野郎。慌てなくてもちゃんとぶちのめしてやるから安心しなよ」

「ひ、ひぃい……!助けて!殺される!」

「命乞いの言葉は大声で!それともっと面白おかしく!」

「うひぃ!わああああぁぁぁ!!」

 悲鳴を上げる張。

 生き延びるために、なりふり構わず。

「うぅ……お、俺たちなんかより、」

「んー?」

「もっと倒しがいのある女が、いるっ!」

 張が何を言おうとしているのか。俺は理解する。奴は「退屈だ」という中村亜美香が興味を引くような情報を提示して、許しを請うている。

 俺たちが敵わなかった女――フジノ。成程、如何にもこの女が喜びそうな話題。

 だが……、

「やたら強くておっかなくて、ば、バケモノみたいなヤツさ! そいつのこと、教えるっ! だから、助け……!」

「知ってる。フジノっていうんだろ?」

「は――?」

 恥も外聞もなく張が提示したソレは――、

「その前置きだけで十分わかったわ。そいつは確かにここにいて、この先に今ちょうどいるんだな?」

 ……中村亜美香の中では既に無価値な情報だったようだ。


「オーライ。知りたかったことも知れて嬉しいぜあたしは。

 そんじゃ、ご苦労さんゴミども。グンナイベイビー、フォーエヴァー」


 故に俺たちは許しを請うことも叶わず。

 雑草の如く踏み荒らされて捨て置かれた。


 ――嗚呼、河野留美、そしてフジノよ。

 お前たちの冒険も、最早此処までかも知れんぞ……。


 俺は最後の力を振り絞って、彼等に危機を伝えんと足掻き、そのままそこで力尽きた。

 折角同盟を組んだというのに、ろくな助力も出来ないまま、揃いも揃って脱落とはな。

 全く以て、残念無念……。




     ▼▲▼




 ……目の前で繰り広げられている光景が、俺には信じがたかった。

 廃車両を突然襲撃し、名乗りと共に攻撃を仕掛けてきた女の子――中村亜美香。

 初撃をフジノは紙一重でなんとか避け、その後に繰り出される連撃もどうにかさばいていったが、続く猛烈なラッシュの前の反撃の隙を見いだせずにいる。

「ほらほらどうした!逃げてばっかじゃつまんねえぞ!」

 少し離れた場所まで退避し、俺はフジノを見守っていた。

 大の男である自分や塚本たちを容易く圧倒していたフジノの活躍を俺は知っている。

 でも、だからこそ、あのフジノが押されているという状況が信じられない。

 理解する。……あの女は、相当ヤバイ。


「まだまだあああっ!」

 雄叫びを上げながら、攻撃が苛烈さを増していく。

 フジノより小柄なのに、鋭く、速く、重い打撃。

 そこらに落ちた角材を振り回したりブロックを投げつけたり、挙げ句の果てに風呂桶として置いてあったドラム缶まで蹴っ飛ばす……。

 拳法とか格闘技みたいな整然とした感じじゃない、その場の直感で繰り出されているだけの獣の暴力。だからこそ感じられる、災害めいた恐ろしさ。

 飛んできたドラム缶が廃材の山にぶつかって派手な音を響かせるばかりか、手当たり次第に放り投げられてくる物が俺の方にも飛んでくるので、俺は慌てて逃げ回る。

「あいたっ」

 小さいブロックが頭にぶつかって、俺は声を上げた。

「っ、留美――?」

 それを聞いて、つい俺の方に視線をむけてしまうフジノ。

 ……それが致命的なエラーだった。


「――もらったあ!」

 上手く回避し続けてきたフジノだったが、俺のことを気にして一瞬生じた隙を突かれ、亜美香の渾身の回し蹴りを喰らってしまう。

 なんとかガードするも、横薙ぎに吹き飛ばされる。

 ガシャーン!と、物凄い音を立てて廃車両の壁にぶつかり、ダウンするフジノ。

 ……初めて見た。あんな苦しげに顔を歪めるフジノなんて。

「う……」

「ほらどうした。立てよ」

 対して、亜美香の声は挑発的だ。声音はどこか艶めいていて、とても楽しげで余裕に溢れている。

「フジノ!」

 俺は呼びかけるが、フジノはぐったりとしたまま応答しない。

 倒れ伏したフジノの髪を掴んで持ち上げる亜美香。フジノは苦しそうに呻くが、亜美香は一顧だにしない。

「……あたしの買いかぶりかな? 案外大したことねえな、オマエ」

 何が気に食わないのか、乱暴に手を離され、地面に転がるフジノ。

「最初見た時はピンと来たんだけど。結局この程度かよ、つまんねえ」

 さっきまでの雰囲気から打って変わって、急に退屈そうな表情で見下ろしてから、亜美香はフジノにトドメの一撃を振りかぶる。

 ――フジノが、やられる……!


「フジノは、つまんないヤツなんかじゃない!」

 最早確信じみて現実味を帯びるソレをどうにかしたい一心で、俺はなりふり構わずそんな言葉を叫んでいた。

 飛び込んで阻止することも、バトンタッチして代わりに戦うこともできない俺ができるのは、亜美香の注意をひきつけることぐらいだったから。

「こんなっ、や、野蛮な……殴り合いじゃない、ちゃんとルールのある……そうだ、“決闘”なら!フジノはおまえなんかに負けるもんか!!」

 俺の主張を理解しているのかいないのか、亜美香は振り上げた手を下ろすことなく、視線をこちらに向けて止まった。

 ひとまず亜美香の注意をそらすことには成功したらしい。

 その隙に意識を取り戻したフジノは、横転するようにして素早く身を起こし、亜美香の間合いから脱出する。


「フジノ、大丈夫か!?」

「ええ、不意を突かれて遅れをとったわ」

 言いながら、蹴られた左腕を押さえているフジノ。

 あの衝撃をまともに受け止めた左腕は、余程痛みがあるのか、だらりと垂れ下がって動かない。


「亜美香」

「んー?」

 どうにか窮地を脱したフジノが亜美香に話しかける。

 疲弊こそしてはいるが、表情や口調はかろうじていつものままだ。

「認めるわ。あなたの暴力に、私はとても敵わない。でも、無様に負けを認めるのは嫌。だから、違う内容であなたに勝負を挑みたいわ」

 フジノのそんな態度に、亜美香は露骨に鼻白んだ。

「……交渉できる立場かよ? そんな勝負に乗らなくたって、あたしは力づくであんたを屈服させられる。違うか?」

「ええ。そうでしょうね。でも、それでは亜美香にとっても、つまらない結末でしかないように思えて」

「……!」

 フジノの言葉に、亜美香がピクリと反応した。

 その一瞬の間に割り込むように、フジノが言葉を畳み掛ける。


「私や留美を思う存分痛めつけて、この場所から追い出して、それであなたに何が残るというの? 何も変わらないわ。あなたは一欠片の虚しさ以外には何も得ることができない。

 どんなに力が強くても、暴力で自分の価値を示しても、あなたはきっと満たされない。

 その力を持て余して、退屈だったのでしょう? だから、ここに来たのでしょう?

 私はあなたほど暴力に長けた人間ではないから、ただの殴り合いで貴方に勝つ自信はないけれど、あなたにもっと素敵なゲームを提案してあげる自信は、あるつもりよ?」

 初めて出会った時、俺もこいつの言葉の勢いに飲まれて、動けなくなった。

 言われた言葉に感動して、というより、こいつの口調とか雰囲気に引き込まれて、ペースにはまったという感じだ。

 フジノの言葉には、そんな力がある。

 そしてその力は、この暴力女にも、効果を発揮したみたいだった。


「ふーん……、面白いじゃん」

 亜美香の燃え立つような気迫が、徐々に静かになっていく。

 フジノの言葉に、提示される“決闘”にこいつも興味が湧いたようだった。




     ▼▲▼




「ルールを説明するわ」

 勝負に応じる気になったらしい亜美香へ、フジノがいつもの調子で説明を始めた。

 流暢な口調。演劇のような所作。その振る舞いに変化はない。

 ……だが、俺の気のせいなのか、どことなく緊張した雰囲気が感じられたような気がした。

「舞台はこの廃工場の全域。制限時間は二時間。亜美香はその間、私たちから逃げながら、私と留美の携帯電話に電話をかけるの。

 ただし、いつでも電話をかけられるというわけではないわ。この工場内には、取り外せないように固定された音楽プレイヤーがいくつも設置されているの。亜美香はそのプレイヤーから流れる音楽が通話相手にも届く範囲内でしか、通話をしては駄目よ。音楽が聞こえなくなった時点で、こちらから通話を打ち切るわ。

 そうして通話をすることで私たち二人の持つ携帯電話の電池残量をゼロにすることができたら、亜美香の勝ち。そうなる前に制限時間を過ぎてしまうか、鬼である私たちに手でタッチされてしまったら私たちの勝ちということね。

 題して、“絶体絶命!テレフォン・マーダー”。あなたはこの恐怖を耐えぬくことができるかしら?」


まとめ

・舞台は廃工場全域。 ・鬼は留美とフジノの二人。

・音楽プレイヤーのあるチェックポイントからのみ、亜美香は鬼に通話可能。

・そうして鬼両名の携帯電話の電池が切れれば亜美香の勝ち。

・それまでにタッチされれば亜美香の負け。


「どう?単純明快でしょ?」

「いや、今回結構複雑じゃね……?」

 長々とルールの説明をし終えたフジノに、思わずツッコミを入れてしまう俺だった。

 ……にしても俺の時より、ルールがずいぶん複雑だな。

 しかも地味に条件がキツくなってるような……。

 ――亜美香の危険度に合わせて、難易度もアップしてるってことなのか?

 ルール説明を一緒に聞いて、俺はそんなことを思う。


「どうかしら?亜美香。ルールは理解できた?」

「んー、大体は。楽しそうだね。テレフォンマーダーって名前もクールだし」

 どこかぼんやりした調子で、そんな反応を示す亜美香。

 さっき散々暴れていた時と随分違う印象だ。

 こうして会話になると、フジノがよく喋るだけかもしれないが、亜美香の口数はさほど多くはなく、声のトーンもだらっとしていてゆるい感じが漂う。

「敗者の身柄は勝者の好きに。互いの尊厳を賭しての決闘よ」

 だが、フジノがそう締めくくるのを聞いて、不敵に笑ったのを境に亜美香の感じが変わり始める。

「オーライ。んじゃま、あたしが負けたらそん時は殺すなり犯すなり好きにしてもらって構わねえけど」

 タバコを取り出して吸い始めると、それまでの微妙にボーッとした感じが消え失せて、声音も低く、凄みが増したように思えた。

「あたしが勝ったら、フジノをあたしの奴隷にするぜ」

「……奴隷?」

「あんたに興味が湧いたよ。だからもっと色んな表情を見てみたいんだ。ああ、そうやっておすまししてる可愛い顔がどんな風に崩れんのかなあ、ってな。

 あんたがやめてって泣き叫ぶまであんたを殴るのもいいし、脳みそ蕩けるまで優しく優しく体中可愛がってやるのもいいな。そうされたあんたが一体どんな顔するのか、あたしはすごく見てみたいんだ」

 そのスイッチを切り替えるような気配の変化に、俺は“こいつは普通じゃない”と改めて実感する。

 普通の人間は、そんな火がつくみたいに簡単に性質が変化したりしない。

 そういうことが出来てしまう時点で、中村亜美香という女の子は、異常だ。

 フジノと同じかそれ以上の、普通じゃなさ。

 そんな人間がフジノの他にも現れて、そんな人間を相手に勝負をしようとしている。

 自分が直面する事態(クエスト)の難易度の高さを感じ取って、俺は思わずぞくりとした。


「……そう。いいことを言うわね。あなた」

 フジノも似たような印象を抱いたのか、どことなくこわばった口調でそんな返事していた。


 そうして、俺たちと亜美香の勝負が始まった。

 俺はかつて自分が亜美香の立場に置かれた時のことを思い出す。

 フジノとの決闘――あの時、俺は突然のことにわけがわからなくなり、追いたてられるまま逃げ惑って、必死に勝ちを拾いにいっただけだった。

 その過程には今まで感じたことのない楽しさがあったり、秘められていた自分の汚さに直面したりもしたのだが、あの時間の大半、俺の精神を支配していたのは極度の緊張と焦燥であったことは間違いなかった。


 対して、亜美香の余裕はどうだろう。準備体操などしながら、英語の鼻歌など口ずさんでいる。

 わけのわからない勝負に巻き込まれようとしているのに、何の気後れも戸惑いもなく、むしろ上機嫌になっている。これからの展開が楽しいものだと既に感じ取っているかのような。

 まして今回は、鬼が二人。俺の時より更に厳しい状況だというのに、なんでこんな楽しそうに笑っていられるんだ?

 ……理解できない。


「じゃーな。早くあたしを捕まえに来てくれよー、フジノ」

 ひとしきり準備体操をした後、亜美香は余裕そうな表情で、ジョギングにでも出かけるような気軽さでトコトコと廃工場の奥地へ駆け出していった。

 去り際にあいつが口元に浮かべていた不敵な笑みが印象深い。

 そういえば最初に廃車両に殴りこんで来た時にも、あいつはあんな顔を浮かべていた。


 鬼の俺たちは100数えるまで、その場を離れることができない。

 俺のiPhoneが刻むカウント画面を眺めながら、俺たちは方針を話し合う。

「留美、作戦はわかっていて? 私たちは二手に別れて、各ポイントに近い位置で待機しておくのよ」

「あぁ、ポイント1~3の中間地点にフジノ、4~6の中間地点に俺って話だろ」

「通話が来たら、バックから流れる音楽の種類で亜美香の位置がすぐに判明するわ。どのポイントからどの曲が流れてくるかのメモは、さっき渡したわね」

「あぁ、大体知ってる曲だから、覚えたと思う」

「通話を受けたら、あの子の居場所がわかった時点でメールを使って速報。亜美香の居場所に近い方はポイントに直接向かい、遠い方は亜美香の逃走方向を予測して次のポイントへ先回りするのよ」

「あぁ、わかってる。挟み撃ちだな」

 作戦が共有される。

 概要はさっきフジノが亜美香にルールを長々説明している最中にこっそりとメールで送ってきた。

 やけに冗長に喋っているなと思ったら、メールで秘密裏に作戦を伝える時間を稼いでいたってことらしかった。

 フジノらしくて手が込んでる。公平な勝負と言いつつ、今回もこいつは勝ちに行く気満々だ。

 というか、この決闘のルール自体は事前に考えてたのか?

 音楽プレイヤーをあちこちに設置とかはあらかじめやってたんだろうけど、こいつはこういう事態を予期してゲームの準備をしていたんだろうか。

 ……やりかねない、と思ってしまったけど。


「タッチするだけで俺たちの勝ちなんて、なんつーか、随分平和的なルールなんだな。俺とおまえでやった時は、テレホンカード奪い合ってたじゃん」

「仮にそのルールが無かった場合は、亜美香の携帯電話を奪うか、何らかの形で邪魔をし続けることになるのでしょうけど」

「そうだな」

「留美は、あの子を相手に携帯電話の奪い合いなんて出来るのかしら?」

 言われて考える。フジノすら圧倒する亜美香の強さ。そんな相手に立ち向かって、ケータイを奪う――、

「……無理だな」

「こういったルールにしておけば、亜美香は“見つからないこと”を最優先に動くはずよ。こちらに加害意識を向けてくることは、きっとないはず」

「なるほど……」

 確かに、それが普通の発想だ。

 触られたら負けになる“鬼ごっこ”という状況下では、鬼相手には逃げるのが大前提となるのだから。

 それはあいつの最大の強さである暴力を排除して俺たちの身の安全を確保しつつ、それを悟らせづらくしている名案……ではあるように俺には思えた。

 

「そろそろ行くか」

 雑談をしている間に、カウントがゼロになる。

 俺はiPhoneをポケットに入れて、指定された持ち場へ向かおうとする。

「――留美。ありがとう」と、歩き出した俺の背中に、声がかけられた。「決闘なら、私は誰にも負けないって言ってくれて、嬉しかったわ。この戦い、勝ちましょうね」

「……あぁ、フジノも、無理すんなよ」

 互いの無事を祈って、俺たちは別れる。

 ……フジノは、「ありがとう」と俺に言った。

 それはつまり、俺があの場で取った行動は、フジノの役に立ったということか。

 だとしたら、嬉しい。

 実際に戦ったりはできなくて歯痒いけれど、こんな風に少しでもあいつを援護できるなら、頑張ろう。

 しかも今回、フジノはケガをしてるんだ。いつもの無茶は、させられない。

 ――俺があいつを、守るんだ――!

 指定された地点に向かいながら、俺は決意と共に眼前に広がる廃工場を眺める。

 人気のない廃墟がどこまでも続いている。

 ……この景色のどこかに、あの亜美香が今もいる。




     ▼▲▼




 廃工場、旧工場施設付近を検索中のフジノの携帯電話に着信が入る。

 相手は当然中村亜美香。フジノは、意を決して通話を受けた。

「私よ」

『ハローハロー!フジノ。すげーなここ、なんか町みたいなところまであるよ』

 通話の背後から、聞き覚えのある音楽が流れてくる。

 ――亜美香の現在地は“要塞都市ヘイムダル”。

 作戦通り、背後の音楽からフジノは亜美香の現在地を把握する。

 最も、亜美香の発言から、居場所は推理できたようなものではあったが。

「この場所の魅力を少しでも感じてもらえたなら良かったわ」

『おー、ますますやる気が湧いてきたぜ!ここであんたに首輪をつけて散歩させたら最高に楽しそうだ!』

「まあ、亜美香ったら嗜虐的ね。少しは優しくして欲しいわ」

 フジノは亜美香と通話をしながら、裏画面でiPhoneを操作し、留美にメールを送信する。「亜美香がポイント4から電話してきたわ。気をつけて」。

 そして亜美香の逃げ道に先回りするよう、移動を開始する。

 程なくして、留美から「了解!」と返信があった。密かな挟撃が開始される。

「それに、そう簡単にはいかないわよ。今も留美と私が、あなたを捕まえに向かっているわ」

『あはは、余裕だっての。ポイント見つけるのにはちょっと苦労したけどな』

「呑気にお喋りしていていいの?あなたの位置、もう知れているのよ?」

『え?そうなの?すげーなフジノ、今喋った内容からそこまで推理できんだ。探偵じゃん』

「私だって負けたくないもの。それなりの細工は打たせてもらっているわ」

『上等。あんたの細工も、攻めてくる鬼も、全部まとめて返り討ちにしてやるよ』

「……」

 作戦を悟らせまいとできるだけ自然に会話をしていたフジノだったが、この辺りでふと違和感を覚える。

 電話越しの亜美香の雰囲気がいくらなんでもまったりしすぎているからだ。

「……。亜美香、あなた、随分と余裕があるのね」

『うんー?』

「さっきも言ったけれど、あなたの居場所は割れているのよ。私も留美も、そこに向かっているわ。だというのにあなた、全然移動する気配がないのね。そろそろ逃げないと、まずいのではなくて?」

『いや、そんなことはねえよ。むしろ逃げたらダメなんだって』

「姿を見てからでも撒けると思っているの?さっきの一戦で随分と舐められたものだわ」

『そんなつもりもねえよ。逃げたり隠れたりってのは、そもそも性に合わないって話さ』

 その声と共に、受話器の向こうから音が聞こえる。

 まるで金属製の棒か何かで、壁や床を叩くかのような。


「…………まさか、あなた――」

 その音に、寒気のようなものを感じながら、亜美香の意図に気づくフジノ。

 フジノの予想を肯定するように、亜美香は受話器越しで小さくせせら笑った。

 ――大変、急いで留美に知らせないと。

 フジノは、再度メールを打つ。「作戦変更よ。亜美香のいるポイントに近づいては駄目」。

 しかし、留美からの返信はない。

 ――留美、どうしたの?着信に気付いていないの?

 留美に電話をしようにも、亜美香との通話を切らないことには不可能だ。だが亜美香の後ろで音楽が鳴っている以上、こちらから一方的に切ることはできないルールだ。

 フジノは、失敗した、と思った。

 亜美香を甘く見すぎていた。

 この相手には、生半可な作戦は通用しない。

 勝つためには、自分も彼女と同じくらい容赦ない姿勢で臨む必要があったのに。


「亜美香」

『なんだよ?』

「勝負が済んだらあなたの望むように、首輪と、なんなら猫耳と尻尾までつけた私をあなたの好きなように可愛がってもらって構わないから、これからしようとしていることはやめてはくれないかしら?」

 一縷の期待を込めて、フジノは戯れるようにして言った。

 それで亜美香がなびくとは到底思えなかったが、そうするだけの余裕があることは示しておかねばならないと思ったからだ。


『あははははは!』土壇場で動揺しないフジノの態度が気に入ったのか、亜美香は哄笑する。『フジノォ……、あたし、あんたのことはやっぱすっげー好きみたいだけど、――そいつは聞けねえ相談だぜえ?』

「……そう」

『おっと。やれやれ、ようやくおいでなすったようだぜ。じゃあなフジノ。やって来たのがあんたじゃなくって、残念だよ』

 そうしてその発言を最後に、通話は亜美香の方から切られた。

 フジノは、急いで留美に通話を試みる。が、出ない。


 最悪の展開だ、とフジノは思った。

 読みの甘さから、留美を危険に晒してしまった。

 だが、悔やんでいる暇はない。急いで助けに行かなければならないのだから。

 彼の無事を祈りながら、フジノは廃墟をひた走った。




     ▼▲▼




 フジノからメールで連絡を受けた俺は、指定されたポイント――居住区の一角に足を踏み入れた。

 廃工場の東側。広大な敷地の中に、朽ち果てた団地のような建物が延々と連なっている。この工場で働いていた人たちが暮らしていたのだろうか。

 建物内は工場と違って、どことなく生活感の痕跡のようなものがあり、時が過ぎ去って、放置されるままに朽ち果てた家財やゴミなどが、どこか物悲しく、不気味さを漂わせている。

 階段を登り、廊下を進んでいくと、音楽が聞こえてくるのに気付いた。きっとそこが亜美香がいるポイントだ。


 俺は、古錆びた鉄扉を開き、室内へ入り、……そこで違和感を抱く。

 そこには連絡どおり亜美香がいて、向こうも俺がやって来たことに気が付いた。

 だというのに亜美香は、俺が来たことに驚きもせず、平然とその場に留まって、フジノと通話を続けていたからだ。

 俺の姿を視認する亜美香。その時浮かべた彼女の嬉々とした表情に、俺は本能的な危機感のようなものを覚える……。

「おっと。やれやれ、ようやくおいでなすったようだぜ」

 亜美香はけだるそうな、それでいて先程までとは明らかに違う鋭い気配を滲ませた動作で、傍らに立てかけていた何かを手に取った。

 ……その手に握られたものを見て、俺は愕然とする。

「じゃあなフジノ。やって来たのがあんたじゃなくって、残念だよ」

 フジノとの通話を打ち切り、俺に笑いかけてくる亜美香。

 それは、友好的な笑みではない。

 今日現れた最初の時、決闘をすると決まった時、勝負事や戦いを前に、こいつが決まって浮かべる、不敵な笑みだ。

 俺は率直に、恐い、と思った。

 ――ああそうだ。こいつはやっぱり普通じゃない。わかってたじゃないか。

 ぎらつく双眸も、口元に覗く歯も、まとう雰囲気は野獣のそれだ。


「遅かったじゃねえか。こうやって迎え撃てると思って、ずっとここで待ってたんだぜ?」

「迎え撃つって……、正気かおまえ?タッチされたら終わりなんだぞ?」

「……おまえこそ正気かよ。そのためにわざわざちょうどいい得物探して来たんじゃねえか」

 と、後ろ手にしたソレを慣れた手付きで肩に担ぎ上げる亜美香。

 それは、古錆びた鉄パイプだった。

 廃工場のそこら中に転がっている廃材。日頃、何気なく目にしているはずのモノなのに、何故だか今日は暴力的で物騒な気配が匂い立つ。


「あんたに直接触れなければ、いくらぶん殴ってもルールの範囲内だろ? 骨の一つや二つ折れば、もう追ってこれねえし、その辺であんたは大人しくケータイ差し出すかな?」

「な――」

 俺は絶句する。

 言われた言葉がが理解できなかったわけじゃない。

 だが、シンプル過ぎて考えもしなかった、その発想。


「フジノから“テレフォンマーダー”って聞いた時、あたしが真っ先に思い浮かべたのは『ハロウィン』って映画だ。知ってる?“ブギーマン”っていうイカれた不死身のサイコキラーが襲ってくるアメリカのホラー映画さ」

 鬼の撃破。捕まったら負けになる鬼を暴力によって屈服させ、その携帯電話を奪取してしまえば事実上の勝ち確定。

 ただ、普通はそんなのまずやらない。

 普(・)通(・)は(・)。

「で、あたしはこう思った。今回のブギーマンは電話越しから襲ってくるんだ、ってな。そうするとあんたたちが殺人鬼の役で、あたしはそれに不条理に殺される可哀想な被害者の役……ってことになるんだけど、」

 ただ、この女は普通じゃない。

 ずっと感じていたじゃないか。フジノと初めて出会った時にも感じた、恐怖すら含まれるあの感覚を。

 それがある種の危険を知らせるものと俺はわかっていたにも関わらず。

「あたしは死ぬ程抵抗するぜ。殺人鬼すら殺しちまいかねねえぐらいな!殺しても死なねえ殺人鬼が相手なんて、やりがいあんじゃねえか。なあ、そうだろ?」

 そしてこの女は、フジノと決定的に違う点がひとつあって、それは……、


「ヘイヘイ、なんだよ?ビビってんのか?

 だったら逃げろよ殺人鬼(ブギーマン)。逃がすつもりもねえけどな」


 ――こっちに対する容赦なんて、ちょっとも持ちあわせていないってことだ。


 死ぬかもしれない。

 普通に生きている限りまず覚えないその恐怖を、俺はこの時、強く実感した。


 中村亜美香。

 恐るべき純粋さを備えた暴力の天才が、いよいよ俺にも牙を剥く。





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