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迫り来る運動会


「…………♪」


 最近のシャーリィは妙に機嫌が良い。どのくらい機嫌が良いかというと、料理中や入浴中、何気ない日常の中で、気が付けば鼻歌を奏でるくらいには。

 だからどうしたと、彼女を知らない者はそう言うだろう。しかし、普段の彼女ならばそのような事はしないのだが、(じき)に迫る行事はそのくらいシャーリィにとって楽しみにしているものなのだ。


「第四映写機……魔術加工、よし。第五映写機……よし。第六映写機……も、大丈夫ですね」

「ピー……」

「あぁ、ルベウス。そちらの棚に置いてあるフィルムを持ってきてください。ベリルはそこの魔術触媒……そう、その鏡石(かがみいし)です」

「……ピー」


 魔道具《勇者の道具箱》の内部に広がる、幾つもの部屋で区切られた亜空間。その内の一室の中でシャーリィは三脚に設置された映写機を一つずつ、丁寧に迷彩、遮音、遮光といった魔術処理を施していく。

 いずれも他人の眼から逃れることを目的とした魔術処理を施されていく映写機、その総数は十にも及ぶ。貯りすぎて使い道のなくなった貯金から、今年と来年(・・)分、その他イベント用に購入した物である。


去年(・・)の雪辱を果たすとしましょう。これだけあれば、撮り零すこともないでしょうし)


 去年と同じ時期、同じ行事があった時のことをシャーリィは決して忘れない。あの時は映写機自体を持っておらず、マーサから借りた映写機を拙い技術で取り扱って、その結果何度も光悦し、何度も苦汁を舐める羽目になったのだが、今年からは違う。

 あれから映写機の事を勉強し、この手で何度も扱ってきた。個人で持つにはあまりに多すぎる映写機を、今のシャーリィは刀剣のように操る自信があるのだ。


「今年こそ……今年こそ運動会における娘たちの勇姿を、一つ残らず映写機に収めて見せましょうっ」

「「ピ、ピー……」」


 背後に燃え盛る業火が見えそうな気迫で、実に親バカ(いつも通り)な発言をするシャーリィに、それに付き合わされた、人間とは価値観が根本から違う鳥類ですら呆れ果てた。

 辺境の街の民間学校では、年に一度運動会という行事が開かれる。授業参観と同じく、保護者が堂々と学校敷地内に入って、自分の子供たちの様子を見れる行事なのだが、運動会は一種の祭りともいえるのだ。


「ふふふ……いけませんね。まだまだ日数が残っているというのに、私としたことが、逸る気持ちを抑えられません」


 そしてそんな行事を、このシャーリィが見逃すはずもない。

 ただでさえ、運動会は大勢の保護者と、主役である子供たちで賑わう祭り行事。しかもこういった行事は得てして、参加者(生徒)よりも観客(保護者)の方が盛り上がるのだ。

 シャーリィとて例外ではない。むしろ無表情ながら、内心では三週間ほど先の、未だ誰も大して話題にすら上げていない運動会に、一人先走って大いに盛り上がっているくらいだ。


「さぁ、やることや出来ることはまだまだあります。作業の高速化を図るために、もうしばらく付き合ってもらいますよ」

「「ピィ~……」」


 そしてその結果が、コレである。

 いかにも「えぇえ……」と、嫌そうというか面倒そうな表情を浮かべる精霊鳥二羽の気持ちなど気付きもせず、シャーリィはどんどん扱き使う。

 普段なら(娘たちに関することを除けば)何事もサラリと済ませてしまう、契約主の親であるシャーリィの熱の入りようには逆らうことも出来ず、ベリルとルベウスは熱心に映写機を魔改造するシャーリィに付き合う他なかった。


「……ふむ。とりあえず、映写機はこのくらいでいいでしょう」


 作業開始から既に二時間が経過しただろうか。ソフィーとティオが通学した直後にこの調子で作業し続けており、それに付き合わされたベリルとルベウスはようやく休めると安堵した。


「では、続いて映写機の設置場所の確認といきましょう。貴方たちにも映写機を一台ずつ任せることになりますから、運動会までには一通りの操作を覚えるように」


 学校敷地内の見取り図を広げてそんなことを宣うシャーリィ。

 どうやら準備どころか、当日までに映写機を動物の芸回しのように覚えさせて、手伝わせるつもりのようだ。

 ベリルとルベウスは鳥の姿でありながら、人間並みに知能が発達している精霊の一種。人語を理解できるし、映写機の操作も出来ないことはないのだが、精霊をこのような形で扱き使うのは、世界中どこを探してもシャーリィ一人くらいなものだろう。


「とりあえず、各所に設置しておいた映写機と映写機の間を移動しながら、私は娘たちのベストアングルを激写していきます。貴方たちは私が見逃しそうになったシャッターチャンスをフォローする形で……」


 未だ嘗て無いほどに生き生きとしているシャーリィ。そんな親バカに辟易としながらも、ソフィーとティオの顔を立てて渋々付き合うこと更に一時間。懐から懐中時計を取り出したシャーリィは、文字盤と針を見て一つ頷く。


「……そろそろ辺り一帯の魔物駆除の時間ですね。今日はこのくらいにしておきましょう」


 そう言い残して梯子を上り、《勇者の道具箱》から出ていくシャーリィの背中を見送って、ベリルとルベウスは深い溜息を吐きながら別室の鳥小屋へと戻っていく。

 どうやら明日以降もまだ扱き使われそうだ。そんな予感にヒシヒシと感じた二羽は、藁の上に寝そべりながら餌皿から乾燥豆を(ついば)み、大きな欠伸をするのであった。




 ギルドの竜舎から翼竜の騎乗竜(ランギッツ)を借り、今日も今日とてシャーリィは増えすぎた魔物を駆逐する。

 ユミナは「あの(・・)シャーリィさんが積極的にギルドに貢献をっ!」と、他の職員ともども感激していたが、当の本人からすれば実に失礼な話だ。


「まったく……あの(・・)とはなんですか」


 その返答は恐らく……と言うか、十中八九、娘の事情を最優先してギルドの要請を幾度となく断り続けることなのだが、規約に反していないのだから文句を言われる筋合いはないと、シャーリィは思っている。

 

(それにしても、忙しい時期に開催されるものですね。本当ならもっと準備に時間を使いたいところなのですが)


 運動会は春にやる行事としては新入生にとって早過ぎ、夏にやるには暑すぎる。冬にやるには逆に寒すぎる。だから秋にやるのは実に納得のいくのだが、それが魔物が活発化する時期と重なると思うと、この世というのは実にままならない。


(流石に魔物が街の中に入ってくる可能性を考慮すれば、私もある程度は依頼に専念しなければなりませんからね)


 街中に魔物が入ってくる。それが運動会当日ともなれば、当然の如く行事どころではなくなるし、何よりソフィーとティオにとっても危険な状況だ。

 有体に言えば、それこそが最近シャーリィが魔物の討伐に積極的な理由の全てだ。別に世のため人のため、ギルドの為に魔物を倒しているわけではない。


(もっとも、こればっかりは他人の力を当てにできる分、ある程度負担は少ないですけど)


 運動会の為に……何よりも娘の為に、街に入る可能性のある魔物は異能の力を使ってでも見つけ出し、入念に根絶やしにするが、動機は違えど他の冒険者にとってもそれは同じだというのは、ありがたい話だ。

 魔物に合わせて冒険者も活発に動けば、その分魔物も街に入り難くなるし、粗野なチンピラも厄介毎を起こし難くなる。そう考えれば、この時期に行事を執り行うのは最適解とも言えるかもしれない。


「とりあえず、今日は十四時まで可能な限り近隣の魔物を駆逐して回りましょう。その後はマーサさんに当日のお弁当の内容を相談して……」


 極めて忙しいが、それでも不思議と充実している。秋風が吹く天空を進むシャーリィは、普段は煩わしい魔物退治の道中でも上機嫌であった。

 



 一方その頃、民間学校の午後の授業は、普段にはない大きな賑わいを見せていた。

 普段行われる午前中授業に変わり、運動会で出場する競技を、各クラスで協議する時間になったのだ。

 もうじき行われる学校でも大きな行事に関することで生徒たちが盛り上がらないわけがなく、校舎は普段以上に子供の大声が響き渡っていた。


「それじゃあ、次のパン食い競走は誰が出る?」

「はいはーい! ティオちゃんが良いと思いまーす!」

「一番足が速いし、ティオなら一着になれるでしょ」


 そう言って黒板の前に立つ男性……ソフィーとティオのクラスの担任教師に捲し立てる女子生徒たちに、ティオは辟易とした表情で反論した。


「ねぇ……もしかして、個人競技全部にわたしを参加させるつもりじゃないよね? 障害物競走もわたしが出ることになってるんだけど……」

「えー? でも、ティオちゃん学校で一番運動神経良いし」


 勝てるなら勝てる方法、勝てる生徒を出して勝利をもぎ取る。それ自体は間違いではないが、その理屈で行くと全体競技を含めて二年生が出れる競技全てにティオが出る羽目になる。

 そうなると疲れるし、面倒くさい。出来れば断固拒否したいと、ティオは姉や担任教師に助けを求める。


「まぁまぁ、皆。それだとティオばっかりに負担がかかるし」

「そうだぞ。運動会は皆の為の行事だからな。クラス全員が均等に参加できるようにっていうルールがあるんだ」


 流石に一人の生徒ばかりに個人競技に出場させるのは、体力的にも外面的にも問題がある。そう言われては沈黙せざるを得ないクラスメイトたちに、担任教師は気を取り直しすように咳払いをしてから話を進める。


「それじゃあ、とりあえず一番得点の高い個人競技の障害物競走をティオにやってもらうとして、他の個人競技……これに出たいって奴はいないか?」


 その後、協議は順調に消化されていく。元々、そんなに難航する議題ではない。能力に見合った競技に、自信のある者が出ればいいし、手が上がらなければ他薦という手段も取れる。


「それじゃあ最後の百メートルリレー。これに出たい奴はいるかー? 定員は四人までだ」

「はい」

「俺が出るっ!」


 そして最後の個人競技である百メートルリレー。その参加者を募った時、教室で五人分の手が上がった。

 その内の一人はソフィー。残りの四人の中には、クラスでも一番体や声が大きく、男子生徒他に対して影響力のある生徒……いわゆるガキ大将の、マルコだった。



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